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大いなる、黄の残滓③

「それで、どうだったっすか?」


「こ、怖かったですね……なんか、野生動物感が今までのよりキツくて」


「あ、いや……あー、まぁそーっすよねぇ。最後は死に物狂いでしたからねぇ」


多分、柴鴨thは報酬やドロップがどうだったか聞いたな、ありゃ。微妙そうな表情で、ピュアの化身である御薬袋さんの話を聞いている。


ボスエリアの閉鎖も終わり、そのまま【瑠璃湖畔】前の最後のファストトラベルポイントである、【ララタウン】に足取り軽く向かっている。


意図的になのかたまたまなのか、ボスエリアを過ぎた後の次のファストトラベルポイントまでの道中は、エンカウント率は低い。このようにお喋りしながらでも襲撃される事態はない。


「俺はこいつ、じゃん!」


二人にドヤ顔で自慢したくてしたくて堪らなかった、足取りが軽くなりすぎちゃった一品。この話題を振られるまでずっっっと、ニヤけるのを我慢してたんだよなぁ。


インベントリから取り出したのは一冊の辞書みたいな分厚さの本、【魔技能書lv.1】。しっかり視認した途端、柴鴨thの顔、というか瞳孔がかっ開いた。


「うぉぉお‼︎神じゃないっすか‼︎」


「お、お、おぉ、だろ⁉︎やってやったんだぜ」


「ほぁ〜、やっぱ出る時は出るんすねぇ」


「これ、なんなんですか?私もさっきのボス戦で貰ったんですけど……」


ピシッと、空気が硬まる音が確かに聞こえた。我々のハイな様子に若干引き気味の御薬袋さんがおずおずと、取り出したるは見覚えのある一冊の本。


「えぇー……そんな事あるぅ?」


「私も、お二人のその運の良さは……流石にドン引きっす」


というか私だけ、と悔しそうにジト目を向ける柴鴨thを横目に、御薬袋さんがずっときょとんとしているので補足しようじゃないか!


「これはね、魔法かスキルのどちらかが一つだけ習得出来る本なんだよ」


「へぇー……え、でもそれならあのスクロールと一緒じゃないんですか?」


そう、それなら、ね。だがスクロールと決定的に違い、その決定的な違い故に神引きとまで言わしめる理由がある!


「これはっすね、スクロールと違って全スキルや魔法から、完全にランダムに習得出来る物なんすよ。後ろにlv.1って付いてますけど、獲得出来るものは一緒なのであんまり関係ないっすね」


「全部から……」


「そう、全部から。例えば……うーん……さっきの泥しぃが使ってた魔法や、上位の奴らが必死になって条件を揃えて習得したであろうユニークスキルでもね」


「それは……なんかズルいですね」


そんなんチートや!という真面目にスキルや魔法の習得条件を満たしたプレイヤーからは、苦情が幾つか上がったそうだが、そもそもこのアイテム自体のドロップ率が限りなく低い。


10000回ボス攻略をしたところで、1回もドロップしなかったという報告がある位、レア度は天井に近い。ただし、近いだけで確実に複数、存在する。


ので、プレイヤーマーケットや高級オークション等では時々目にしたりはする物だ。


「ズルっすけど、ドロップするかどうかと、使って何が当たるかは完全に運っすから。割としょーもない時もあります」


「だから自分で使わずに売るパターンもあるんだよ。2年前でもリアルなお金で50万位したはず」


「あ、はなださんいけないっすよぉ?RMT(リアルマネートレード)はマナー違反っす!」


「してないよ、知ってるだけさ」


このゲーム、RMTは原則NG。課金の類は自身のアカウントのみしか適応出来ず、送金するシステムも未実装だからな。因みにゲーム内での取引や、仄めかすやり取りもすぐに運営に察知され、最悪高いお金を出して強くなろうとしたアカウントごと消されるケースもあった。


それでも現実で待ち合わせ場所を決めてから、ゲーム外でお金を渡して……なんて方法も一時期は流行ったなぁ。


「はぁ〜、やっぱりゲーム業界って経済を回してるんですねぇ」


「あはは、いや、まぁこれはちょっと意味が違う気もするけど……まぁいっかそれで」


「兎に角、お二人ともヤバい引きっすよ?」


本当にな。こんな物が同時に二つもドロップするとは……世も末だな。そういえば御薬袋さんに値段を伝えたが、特に様子に変わりはなくペラペラとページを進めて……あ。


一拍遅れて、魔技能書が強烈に発光する。街中でなくて大変良かったが、街中ならちょっとしたスレッドとかが形成されたであろう案件だ。【金髪エルフ美女が魔技能書使ってた件について】みたいなね。


「え?……あー、はい、成る程」


「あっちゃ〜……読んじゃったすか」


「使っちゃったね」


そう、魔技能書に関わらずだが本や辞書タイプのアイテムはページを進めた時点で効果が発動する。少し前に泥しぃから頂いた【フレイムランス】のスクロールを使用したが、スクロールは一枚の羊皮紙に描かれているので、インベントリから出した途端に発動する可能性もある。


目を背けながら取り出せば、一応発動はしないで手元に持っておけるのだが、そんな事わざわざする奴もおるまいよ。何故こんな誤使用するような仕様になったのやら。


「……ま、まぁ切り替えよう。まっ白さん、何覚えたの?」


この、当たった内容次第では50万なんてくだらないケースもある。たかがゲームのアイテム一つにと、未だにボヤく輩も存在するが敢えて言い切ろう。


ゲームや仮想通貨、現実は金になるのだ。多くの企業や著名人、富豪等も数多く利用しているこういった大きなタイトルは、決してそのゲーム内だけでの影響では留まらない。


さて、一体御薬袋さんはどんなものを……。


「【レジェンドオブフィッシャーlv.1】、です」


「「え?」」


「【レジェンド、オブ、フィッシャーlv.1】、です。釣り?」


釣りぃ。






______ファストトラベルポイント【ララタウン】の登録が完了しました。


お、ありがとうございます。レジェンドオブフィッシャー事件を経て、辿り着いたのはご存知ララタウン。瑠璃湖畔前の休憩所的な規模の町で、さっき通過してきた【シルクル】と比べると半分程の規模かもしれない。


瑠璃湖畔から得る恩恵が大きいので、町人よりも行商NPCの方が多く、ララタウンの住人NPCもそこを狙った所謂宿場町的な営業で成り立っているらしい。そういう設定。


「うっし、着きました着きましたーと……二人とも休憩する?」


「うーん、私特別何もしてないっすからねぇ……まっ白ちゃんは大丈夫っすか?はなださんはほっといても大丈夫そうっすけど」


おい。でもまぁ御薬袋さんはまだ長時間どっぷりプレイする事にも慣れていないだろうし、現実への影響も気になるところだ。小慣れてくると逆にダイブしてないと体調崩すくらいなんだけどね。


ただ、時間があまり無いのも確か。【シルクル】からここに来るまでに6時間程。現実に戻って休憩して来る余裕は無い。厳しいならどうするか相談にはなるが。


「大丈夫です!柴鴨thさん、ありがとうございます」


「大丈夫ならいいっすけど……はなださん、きっちりフォローしてあげてくださいよ」


「任して!……とは言え、瑠璃湖畔ではボスエリアには行く予定はないから、戦闘的にはがっつりする予定じゃないよ」


事前に泥しぃにマップを貰い、更に怪しい場所にも目星を付けてもらっている。最短コースで巡れば、割と時間を短縮出来るはずだ。


周る箇所は4箇所。瑠璃湖畔エリアは中央にどでかい瑠璃湖畔が広がり、その縁に沿って東西南北に分けられる。ララタウンからは南側からの入場になるが、泥しぃの目印は東部に2つ、北部に1つ、南部に1つ有り、西部には目印は無かった。


ここに向かうよ、と二人にマップを見せて説明しておく。正直俺一人でマップを見ていると幾ら目立つ湖畔が側にあるとはいえ、少し離れればただの森林地帯だからな。迷う自信しかない。


「お、この北部の場所は行ったことありますよ。猪なんかが使うヌタ場みたいな場所っす」


「ヌタバ」


コーヒーでも売ってるのかな?冗談はさておき、なんだっけ。


「身体に泥を塗りたくる泥溜めみたいな場所の事ですよ。そこで身体に付いた悪い菌や寄生虫なんかを落としてるらしいです」


「ほぇー、なんか汚そうだね。このゲーム無駄にリアルだからそういう菌とか寄生虫とか居て無いといいけど」


流石に寄生虫駆除薬なんてアイテムを見たことはないので、存在しないと信じているが。通常の虫も妖蚕の時位テンションを上げておかないと、触れないのだが体内に知らず知らずのうちに寄生されているなんて、身の毛もよだつ。


とりあえず、ルートは南部から入るのでそこからスタート、東部、北部の順に向かう。手がかりや【黄衣の蜥蜴】自体が存在しているのかも怪しいので、それぞれの場所に到達してもゲーム内で2時間ずつと探索時間を設定した。


「んじゃー、出発前に腹ごしらえだけでもしておくっすか?特に目立った特産品は無いっすけど、無難に美味いっすよ」


「おー、じゃあそうしよっか。まっ白さんもオッケー?」


「勿論。私辛い物があれば嬉しいです」


どうやら御薬袋さんは辛い物が苦手だそうで、現実では甘口以外食べれないので、そういった類のものを経験してみたいそうな。


まぁ本当に柴鴨thの言う通り、これといった特産品がないのでよくある類の食事が多い。宿場町ならではの宿前の屋台が連なった食事処は、辛い物のみならず大方のものが揃っているだろう。


例に漏れず、俺達もそちらに移動する。【白糸の路】で散策している間はチラホラしか見かけなかった他プレイヤー達が、宿場町に近づくに連れて数を増す。


「あ、そう言えば……アレ、本当に売りに出しちゃって良かったんすか?」


「アレね……まぁ、あんまりこういう会話すると決意揺らぎそうなんだけど、大丈夫、っぐぅ」


アレ。魔技能書lv.1ですね。さんざっぱら考えに考え抜いた結果、俺の方はプレイヤーオークションに掛けることにしたのだ。


プレイヤーオークションは、アタノールで何度もお世話になったプレイヤーマーケットとは違い、完全に高級品限定の売買形態だ。勿論会員制で、ある程度の身分やレベルでないとどんな商品が掛けられているのかさえ閲覧出来ない。RMTには当たらない範囲で行い、公式の管理記録に残る、という点で運営からも認められているのだ。


今回の出品物である魔技能書は例えlv.1であろうが、あらゆる所で需要の絶えない品であり、そこには無尽蔵に金を持っている上位帯や富豪プレイヤー達が含まれる。


寧ろこのまま単純にプレイヤーマーケットで売りに出した所で買い手はつかないだろう。偽物だと思われるか、高過ぎて手を出す者がいないかだろうな。


と、いう事で。柴鴨thに代理で出品して貰っていたのだ。価格は強気の1000万ドンから。俺がプレイしていた頃でもそれくらいは全然あり得た金額だからね。


アタノールでの出店に必要なのが最低50万ドン。お釣りどころの話ではないが、寧ろコツコツと50万貯める方が時間を浪費する。それに自分で使った所で必ずしも役立つものが当たるとは限らない。俺はガチャ運は弱い。そう自分に言い聞かせている。


そして現在は入札待ちだ。値段が値段だけに、時間はかかるかもしれないが。今すぐに売れなくても構わないので先に本題の【黄衣の蜥蜴】探索、前の腹ごしらえというわけだ。


大きな街に比べれば大した事はないが、それでも【瑠璃湖畔】が人気エリアなだけあって、観光や素材目当てのプレイヤーが他の小さな町に比べると多い。俺達の事を知っているプレイヤーはアタノールと比べると少ないが、目立つのは目立つので視線は浴びまくりだ。


やがて一軒の無骨な親父エルフが鉄板で何かしらを手際よく加熱している屋台に差し掛かる。


「お、ありましたよー。【辛・サンマドラ】」


「【辛・サンマドラ】……」


「サンマドラは秋刀魚……っぽい動物」


食べた事はないが、まぁ戦った事はある。秋刀魚+ドラゴン、だ。アイツら……食えるのか。


辛、と大きく殴り書かれた看板に恐れをなしたのか、秋刀魚【っぽい】というフレーズが引っかかったのか。先程までの足取りが徐々にゆっくりになる。


「何してるっすかお二人〜?席とりました……よっ⁉︎おぉぉ、はっや」


「「え?」」


何やら急にこめかみ辺りを抑えて、一人で苦笑いを浮かべ出す柴鴨th。よく分からないが、俺も時々あんな感じなのだろうかと反省する。


だが一歩引いて眺める俺達に遠慮する事なく、ずずいと肌が触れ合う距離まで肉薄し、何やら囁いて来る。


「いいっすか……出してたやつ、売れました」


「え……えぇ、もう?」


「いや、私も予想の何倍も早くてマジびっくりしたっす……しかも額が」


「い、幾らでした?」


「67M」


んえ?


「んえ?」


ヤバい、思考が定まらない。




______プレイヤー間の同意を確認。【柴鴨th】から【まっ白ちろすけ】へ、【50000000ドン】移行されました。


「ほ、本当に、いいっすか?端数の分貰っちゃって」


「いいんです、いいんです!ね?」


「ま、まぁなぁ、手数料みたいなもんだと。……色々世話になってるしなぁ」


オークションで落札したプレイヤーからは即座に全額が振り込まれていた。67M、まぁ6千7百万、ドンだ。ドン→現金には変えられないが現金→ドンは可能だ。1Mが日本なら1万円で課金出来る。


要するに今回は課金額で言えば67万円程で売れたのだ。柴鴨thにはそのうちの17M、17万円分だな。因みに俺は呪胎の日付変更に伴う所持金半減の呪い対策に、一旦御薬袋さんに全額預け、そこから少しずつ頂くお小遣い制となっている。


「……んー、なんか貰いすぎな気もする……けど、まあ、とりあえず有り難く戴いとくっすかね」


「頂いとけ頂いとけ。その代わりと言ったら元も子もないかもしれないが、まぁ今後もよろしく」


アタノールでの皇女様との絡みもあるしな、比較的人の良さそうな奴とは言え、お世話になりっ放しは性に合わない。


兎角、これで大きな目標の一つである【出店資金】は終了。アリさんの旦那さんが受けた、【黄衣の蜥蜴】の手掛かりもあればパーフェクトだ。


「あいよ、辛・サンマドラの姿焼きだ。うめぇぞ」


「ありがと、おっちゃん。これお代ね」


そうこうやり取りをしている間に焼いてもらっていた、真っ赤に染まった秋刀魚の姿焼きを受け取る。お代は三人前より多めに置いておき、釣りは要らないと伝えると、おっちゃんエルフは機嫌良さそうに送り出してくれた。


商売を行っているNPCの好感度を上げるにはこれが一番手っ取り早い。更にはここで好感度を上げておけば、この街のNPC全体からも好感度上がるんだから、金に余裕があるプレイヤーは大体行っている。俺も呪胎がバレれば好感度激下がりだからな、媚び売れる時は売っとくさ。


アッツアツの皿の中には現実の秋刀魚より2回り程大きく、翼というよりは羽を身体の左右に生やし、更には焼かれていて見え難いが牙はとても鋭い、そんなモンスターの串に突き刺された辛味噌焼き、と思われる料理が。


【瑠璃湖畔】までの道すがら、勿論アツアツを逃す手はなく齧り付く。ジュワッと油が染み出し、次いで味噌ダレの濃厚な甘味と旨み、遅れて熱さと辛さが口いっぱいに広がって止まらない。


「うんまっ!」


「ん〜、最高っすねぇ」


元気良くお口一杯に頬張り、顔を綻ばせている柴鴨thと、対照的に攻めあぐねている御薬袋さん。お上品なサイズに口を開けたままフリーズしている。


やがて意を結したのか、可愛いサイズにお口を開けて齧り付くと暫く咀嚼した後に「美味しい!」、頂きました。やりました。



「この、後から来るピリ辛感が堪らないですね」


「そうだねぇ、食欲刺激されるよね」


「うまうまっすね……また今度辛い店行ってみましょう、私好きなんで結構巡ってるっす」


へぇ〜……そういえば俺って好きな食べ物なんなんだっけ。特に嫌いな物は無いし、まぁ妖蚕みたいなゲテモノは論外として、大方食べれる。


寿司……ラーメン……んー。なんかこれといって好き!と、宣言出来るものが思いつかないなぁ。甘い物、か?強いて言えば。作る方が好きなんだけど。


「ふぃ〜……ご馳走様でしたっと。お二人共、もう着きますよ?」


「え、あ、ちょっと待って!思ったよりアツアツで辛くて」


「私も、ちょっとだけ……」


しっかり食べ進めてはいたが、熱さと辛さが相乗効果でしっとり汗ばむ位には感じられる。御薬袋さんに至っては大苦戦しているようで、買い溜めしておいた水をガブガブ飲みながら頑張っていらっしゃる。


サンマドラに夢中になっていてボーッとしていたが、確かにララタウンまで延々と続いていた生い茂る森林の景色の中に、時折暗色に輝きが垣間見える。


まだ小石程度の大きさのものしか見受けられず、あれでは幾ら集めても集める労力の方が余程かかるが、掌サイズ位の大きさになればそこそこの金額はつくだろう。


「さぁさぁ!謎の巨大怪獣蔓延る湖畔に、いざ行かんっす!」


「ぉ、おぅ。相変わらず元気ぃ」


「え、はい……辛っ!」

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