カルテットシンドローム①
「おはよー」
「あ、識守くん、おはようございます」
休憩室に行くと今日は御薬袋さんだけじゃなく、鳥野内くんと道山さんも揃って机を囲っていた。荷物を降ろしながら、何やってるのか覗いてみると、例の【特務課新歓遠足】の用紙を記入しているようだった。
そうか、あれ提出もうすぐ締め切りだったなぁ。提出用の箱は既に休憩室にひっそり置かれていて、数枚はもう入っている。
「お、お、おはようございます。え、遠足の場所を決めてました」
「おー、おはよう鳥野内君、相変わらずだね。みんな何するか決めたの?」
「い、いやぁ、バ、バラバラ……ですねぇ」
どれどれ……ほーん。鳥野内君は屋久島か、ぽいなぁ。騒がしいとこよりはこういうフィールドワークみたいな方が好きなんだろうな。
「おはよう識守くん!私はこれだよ」
「お、おうおはよう道山さん。……ん?何これ、お祭り?どこの?」
「どこでも!なんか大きなお祭りに行きたい」
相変わらず元気ハツラツ大天使、因みに誰か突っ込んだのかどうかは知らないが、寝癖も元気ハツラツしている。お祭りなぁ、俺もあまり行ったことはないけれど、子供の頃地元のお祭りに何回か行ったなぁ。
今ではどうか分からないけど、子供の頃は広がる屋台も、神社から響いてくる太鼓の音も、浮足だっている人の波も好きだったなぁ。大人になったから行かなくなったというよりは、小さな地元の祭りなんかが、段々と減って来ていけなくなってきたって言う方が正しいか。
「で、私はこうなりました」
御薬袋さんから手渡された用紙には【海】と一言。海かぁ、これまたあんまり行った記憶がありませんね……高校の修学旅行で行った沖縄が最後か。もう10年位前の話か……えっ、こわ。
「御薬袋さんは海ね、海好きなの?」
「いや、好きというか……幼稚園の頃に家族で行って以来は行ったことが無くてですね。行ってみたいなぁ、と」
成る程、そりゃまぁ筋金入りだな。俺も大概長いこと行ってないけど、上には上がいるもんだなぁ。
そしてこの流れ的に自分の番かと思い、カバンから取り出してきた自分の用紙を皆に見えるように、テーブルの真ん中に置く。俺が是非、此度の遠足で行きたかったのは……。
「ゔ、ゔぇ、ヴェネチア⁉︎」
「えー‼︎識守くんずるい、国外じゃん!」
そんなぷりぷりしても何がずるいのかわからんよ、道山さん。そう、俺が行きたかったのはヴェネチア、まぁもう一個候補も書いといたんだがマチュピチュ。やっぱ水の都も憧れるし、空中庭園もそそるんだよなぁ。
わいのわいの盛り上がるお二人とは違い、参謀担当の御薬袋さんから一言。
「識守くんと鳥野内くんのは遠足というか、旅行ですね。期待薄では?」
「……ですよねー」
◆
ダメで元々!結局全員変更無しで提出しちゃったんだぜ。まぁこんだけ人数いたら全て叶えられるはずもないし。元よりあの二つ以外は思いつかなかったので、良しとします。
そして折角かち合ったしと、また鳥野内くんと道山さんと合わせて4人で、ミューゼスにお邪魔していた。ファストトラベル代掛からないのマジぱねぇ。
本日もリアル(ゲーム内だけど)大天使は絶好調で、目立つ外見から集まってくる野次馬達に華々しい笑顔を見せながら手を振りながら移動するという神対応を見せていた。
もうね、4人集まった辺りから止まないフラッシュ。隠しもしない黄色い声、これじゃあどっちがパパラッチなのやらですよ。
本日ミューゼスに集まった目的は二つ。一つは道山さん達の物資調達。相変わらず二人は呪胎による買い物不可を回避出来ず、依頼されたわけだ。因みに所持金半減は、預ける作戦で上手くいっている。流石に銀行内の金までは減少しないようだ。
そしてもう一つの目的は、ミューゼスの初心者エリアボス攻略。別行動して数日経つわけで、ボスエリアに行かずにホームタウンで行える事にも限界を感じてきたわけだ。そこで、俺と御薬袋さんがボス攻略を果たしたと聞いて、4人で攻略してしまおうと纏まったのである。
ミューゼスのボス攻略をすれば、勿論俺達もその先のエリアにファストトラベル出来る様になる。だが、ミューゼスには【天界の啓示証】がある為ファストトラベル無料なのだが、その外のエリアに関してはお金がかかる。
アタノールから飛べば楽だが、その分とても高い。どちらにしても一度ミューゼスに飛んでからのファストトラベルが現実的な為、正直旨味はそんなに無い。
無いんだけど、いいよね。二人の為だし、利益が無いとなんて言うならボス素材なんかもあるし、良いのだ!
買い出しも終わり、ムルテン雲海入り口に到着。この頃には街も出たし、流石に野次馬も鳴りを潜めていた。
「目標のボス、なんだっけ?」
「【下級天使兵アルコン】だよ。一応専用クエストもあって受けてきてるから、共有するね」
ぽぽんと脳内にアナウンスが響き、クエストが全員に共有される。WAOではパーティ内のフレンド登録したプレイヤー同士に限り、クエストの受注を共有出来る(エクストラクエストは不可)、進行度はプレイヤー毎に違い共有出来ないが十分破格の機能である。
これで俺達もミューゼスの【反乱分子の駆逐①】を受注出来たわけだ。何々……【下級天使の中には崇高な誇りや、神への忠誠心、民を守護しようという使命感も、薄れて来ている者もいる。反乱分子には、制裁を……】
あー、わかるわかる。どんな職場やら学校やら、何かしらのコミュニティに絶対いるよね。こういう何もやる気ないけどダラダラ仕事続ける奴。大概周りを巻き込んで行くから厄介なんだけど……しかし天使達の制裁エグいな、やる気ない奴は抹殺かよ。
俺達が目指すムルテン雲海の西端部、雲海と山岳の別れ目には周辺の警護を担当する、下級の天使アルコンなる者が配備されているらしい。そしてアルコンの職務怠慢気味な様子を憂いた天使長達が、忙しい自分達の代わりに探求者達を雇って抹殺するわけか。
「はー、可哀想に。見る人には見られてるもんだなぁ」
「ぼ、僕達も、が、頑張らない、と!です、ですね」
え、やめてよ鳥野内くんこわい。束内さん達がそんなこと……。
不穏な想像が頭に過ったが、今のところ五使騒動や呪胎なんかで世間を賑わせてはいるし、少しはゲームの活性化に役立ってると思っておく。
「そうですねぇ……怠慢で遅刻常習なんかになっちゃったら……いつの間にやら、居なくなってるかもしれませんねぇ」
「や、やー……気をつけなきゃだねー」
なんだかジト目で御薬袋さんから見られている気がするが、気にしない!一回、まだ一回だけだから!ごめんなさい!
と、まぁ概要を把握したところで雲海を西に西に進んで行く。今回は4人揃って戦っているし、前回散々散策もしたので比較的スムーズだ。
しかし2.3回戦闘をして感じた事があるのだが……
「カワセミぐりんくん」
「は、はい?」
「祈祷バフはボスだけにしよっか」
うんうん、と賛同して頷く女性陣達。それもそのはず、戦闘毎にバフを掛けてくれようとするのは良いのだが……長い。バフまでがラグがあるし、なんだったらこの辺の弱いモンスターだと掛け終わるまでに倒し切ることも多い。
流石にボスはバフがあった方が楽だろうし、バフ系は一旦保留にし、一応レベルが少し上がり習得したという【火の玉祈祷】【ファイアダンス】を中心に攻撃に加わってもらう事にしたよ。拳大位の火の玉をダンスの動作動作の合間で打ち出すよ、まぁまぁ強いよ。
道山さんはバフをすっかり捨て去ったのか、ごりごり最前線に出てきて音波を出しつつ、パペッターを操りながら攻撃に加わっていた。脳の処理速度半端ないな、笛吹きながらパペッターの座標やら行動把握しながら動き回るとか、3人分じゃん。
そして俺と御薬袋さんも最前線アタッカー、アタッカーばっかの戦い方をしているが、初心者マップなんかはこの方が寧ろ効率良いんですよ。大体のモンスターが2.3発しっかり入れれば倒せるし、そうなってくると時間のかかるバフは発動する頃には戦闘自体が終わっている。
という事で、さっくさく雑魚モンスター達を倒しながらボスエリア前に到着する。まぁ素材もよく取れたし、後の錬金タイムが楽しみだ。
あ、そう言えば、昨日の錬金タイムは全てポーション類の生成に費やした。その辺の薬草からも錬金出来るのだが、それに何でもいいのだが、モンスターの素材をプラスする事で、割とお手軽に【上ポーション】が出来る。前錬金出来た特ポーションに比べれば市場価値は落ちるが、錬金のお手軽さと初心者相手に売るには、都合が良いのはこっちだ。
昨今の俺のインベントリにはポーションが山の様に、寧ろ装備とポーション以外は全て御薬袋さんが持っている。
「さぁて、やって参りましたね、ボス!」
興奮しているのか、小刻みに小さな翼をパタパタさしている可愛い。体の小ささも合間って最早親戚の姪っ子の様な感覚だ。
「い、一応ぼ、ボスの情報をお伝えしますね。ぼ、ボスは何人かの、と、取り巻きの天使見習い、を、連れてます」
「可哀想に、見習いも先輩を選べないんですね」
「あー、成る程そういう考え方もあるか。俺はてっきり堕落した先輩に小判鮫のように付いていく、しょぼい見習いかと」
「あー、成る程……その路線もありそうですねぇ」
俺達がどうでも良い事であーでもないこーでもない言っていると、渾身の咳払いが一つ。とても申し訳無さそうな表情の鳥野内くんが立っていた、無理させてごめんよ。
「え、えーと。兎に角、取り巻きが、い、居るんですが。そいつらは、ま、魔法メイン。アルコンは槍術も魔法も使います」
「へー、面倒くさそうだね」
「へ、へーってチェリさん……昨日、ろ、ログアウト前に一緒にBBS見たよ」
「あれ……あ、あれか‼︎ご、ごめんね、なんか忘れてた‼︎」
大天使幼女がぺこぺこ謝る。イケメン祈祷師はおずおずする……なんか前一緒にプレイした時より二人が自然に話せている気がして、一人で微笑んでいると、隣から御薬袋さんにちょっと引き攣った目で見られてしまった。
そしてぽこん!と一発軽快な音が鳴り、鳥野内くんから画像が一枚送られてくる。画像はどうもこの雲海で撮られた物のようで、椅子や机っぽい形をした雲の上に、乱雑に食べ物や酒類のようなジョッキなんかが散らばっている。
その真ん中、机を囲むように4人金髪の美男子達が、その美貌を台無しにする様なへべれけな表情で各々だらけきっている。その中でも取り分け目立つ、赤のプレートメイルっぽい胸当てを着けて、頭に見事に天使の輪っかが浮かんでる奴がいる。あれこそがアルコンなる堕落天使だろう。
「ま、まぁ、こんな感じで大体、よ、酔っ払ってます。の、で、近づくのは簡単です。ただ、き、気づかれた後の連携は、目をみ、見張るものがあるとか」
「これは、堕落してるねー、こんなやつには正義の鉄槌しないとだね!」
大美幼女天使のジャスティスパンチっ!可愛いくシュッシュっと、口で効果音を乗せながらシャドーボクシングする道山さん。俺は思わず吹き出し、鳥野内くんは直視出来なかったのか目を逸らして尊さに耐えている。
道山さんも御薬袋さんも、ゲーム内外問わず無自覚な尊みを振り撒くのは最早テロ。時々心臓の疾患を疑う位の発作を伴う可愛さを醸し出す。
「でも思っていたよりとても……人、ですね」
「あぁー、まぁねぇ……人間って神様とか天使基準に作られたとも言うし、むしろ俺達の方が【思ってるよりずっと神っぽいですねぇ】とか思われてるかもね」
多分、御薬袋さんが考え込んでいるのはそういう事じゃないんだろうな。先日のハイゴブリンより更に、何というかちゃんと人間を意識する見た目だ。ハイゴブリンは体色も燻んだ緑色だったのだが、天使達はしっかり肌色。
「まっ白さん平気?今回は後方から支援とかでも大丈夫だよ?」
「いえ……でも、良いんですか?」
「まぁ強さはハイゴブリン達程度だし、連携がある分、数は少ない。今回は二人もいるし、錬金しまくって飛び道具っぽいのも余裕あるし、大丈夫と思ってるよ」
適当にランダム枠も錬金したおかげで、レア度や希少性は低いにしても、多様なアイテムが出来た。流石に弓や銃が必要な矢や弾、熟練が必要な暗器なんかは難しいだろうが、ニッグと遭遇した時に使ったような、雪爆弾みたいなお手軽系で十分だろう。
「そ、そうですね!お二人は、は、初の人型ですし……ぼ、僕とはなださんで、大丈夫……ですよね?」
いや聞かれても!言い切ったらカッコよかったのになー。ただ、やはり経験者なだけあり、鳥野内くんはすぐに察してくれたようだ。そしてもう一人、人型モンスター初心者の道山さんは鳥野内くんの隣で見るからに頭上にハテナマークを浮かべている。
「え、どういうこと?まっ白ちゃん具合悪いの?」
「あ、ち、違うのチェリさん……前はなださんとボスを倒しに行ったんだけど、今までのモンスターと違って、なんか生々しくて……」
「生々しい……」
うーむと唸る道山さん。そう言えば、まだ経験がないとは言え、ボスの情報を伝えた時も余り悩んだ素振りは見なかったな。後で実感湧いて来るパターンかな。
「チェリさんはさ、人相手に戦うのは大丈夫そう?」
「多分大丈夫!ファンタジーなゲームはあんまりなんだけど、結構色んなゲームやったからさ。ボクシングの奴とかダイエット目的でやってたりしたから」
おぅ、ボクシングか。あれも中々最近のフルダイブのやつだとリアルに質感とか、パンチを打ち込んだ時の拳の衝撃とか再現されてるんだよなぁ。あれがつづがなくこなせると言うなら、大丈夫な気がする。……とは言えフルダイブでダイエットは出来んぜよ……。
成る程……ボクシングと呟く御薬袋さんは、ここまで呆気からんと言い切られたおかげか、少し緊張が解れたようで「参考にするね」と道山さんと二人でシャドーボクシングごっこしている。
「と、と、ということは……はなださんは前衛として」
「はい!私前衛します!」
「えぇ、チェリさんが?楽武もパペッターも中距離位がベストじゃない?」
さっきまで二人でシャドーボクシングしていた筈だが、はいはーい、と元気良く乱入して来る大天使は今日もハツラツです。とは言え、まぁ効率を考えれば中距離がベストなはず。
「いやー、初ボスだし、ちょっとお手柄感味わいたいな〜……なんてね」
「あー、まぁ……わかる」
「でしょ!」
お手柄、というか達成感は味わいたいな。支援職に徹してしまうと、そういう前衛での切った貼ったの実感は薄くなる。特に道山さんの場合はメインのアタックはパペッターだろうしね。
「チェリさんすごいね……じゃあ私とカワセミくんが後衛、かな」
「そ、そう、なります。僕、き、祈祷中は無防備なんで、で、出来たらカバーして下さい」
「うん、よしっ!じゃあそろそろ行きますか‼︎」
おー!と、腕まで振り上げ年甲斐も無くはしゃいでしまった成人済み4人ではあるが、それはほら、ゲームだから許されるのである。




