直往邁進⑤
「勿論、条件はあるわよ?」
ですよねー、甘い話には裏が付き物ですよ。流石に法外な条件では無いと信じたいが、聞くだけタダだ。固唾を飲んで待つ。
「貴方達……このまましばらく私に素材とかを卸しなさいな。後は……お店を構えたら、月に一回交流会をしましょう」
「交流会……素材」
「そうよ、勿論今日みたいな計算で買い取るし、無理矢理奪ったりはしないからそこは安心してね。ただ、貴方達面白そうな所に行きそうだから、いい素材が入って他の店に流れたりするのが癪なのよ」
成る程、珍しいアイテムや素材は目の届く所に置きたい、と。まぁ、これくらいならなぁ、素材の卸を強制されるわけでは無さそうだし。
「交流会は?」
「それはまぁ、半分お遊びよ。商売って楽しいけれど、毎日商売敵と喋っていると気が滅入っちゃうから、貴方達と息抜きできたらいいわね。後、新商品に向けた新しい意見も欲しいし」
ふと、疑問に思う。アリさんは店の商品のラインナップや、価格、店の外観や内装から見るに大店とは呼べないまでも、結構儲かっているに違いない。もっとこじんまりした店でも従業員を雇っているのが普通な位なのだが、ここでアリさん以外を見かけた事は無い。
聞いていいものか、何か事情でもあるのかと口籠っていると、察したわと言いたげな微笑みを浮かべたアリさんがくすくす笑う。口元を緩やかに手で隠す姿にはんなりを感じざるを得ない!
「心配してくれてるの?可愛いわね……大丈夫よ、素材の買い出しや雑務用の従業員はいるわ。ただ店番は、私がしたいからしてるの」
「べ、別に心配したわけでは……まぁなら、納得だけど」
あれ?これってツndれ……いや!皆まで言うまいよ、男のツndれとか誰得か。自分で自分に悪寒を走らせる。身も心も美少女になる日も近いのかもしれない。
「まぁ、ここまでは了解、有難い話だよ。でも、これだけじゃないでしょ?」
「勿論よ。まぁゆっくり話しましょうよ」
はい、といつの間にかこちら側に湯気のたったコーヒーが差し出される。ついでにピッとアリさんが指を指すので、視線をやると砂糖とミルクのポットが見える。セルフという事か。
砂糖はキューブを2つ、ミルクはカップ一周、これが俺の黄金比。ちょっと甘ったるく、仄かに苦味を感じる位が好みなのだ。まぁ飲み物を出したという事はここからが肝心な話だし、交渉も兼ねているという事だろう。
「ゆっくり、は待ち合わせてるから出来ないけど、後の条件は是非聞きたいかな」
「まっ白ちゃん?」
「そうそう」
「ならここに呼んだらどう?お店も二人で出すんでしょう?」
あっと驚く為五郎ですな。何故失念していた……。
◆
「……というわけよ、ここまではさっきはなだちゃんにも説明したわ」
「ありがとうございます……はなださん、びっくりしました、急に自分達で店を出そうなんて」
「あら?伝えてなかったの?」
「いやー……まだ脳内で算段していた位で、具体的に目処が立ってから相談しようと思ってたよ?」
アリさんにバラすような事になってごめんね、と謝られたが別にバレても悪い事ではない。幸い御薬袋さんも話を聞いている時は、かなり乗り気に見えた。
ちなみに御薬袋さんはコーヒーが飲めないようで、お紅茶を頂いている。
「それで、アリさん。残りの条件についてですが」
「そうね。残りの条件は2つ。一つは私の店の広告を出すこと。これは出し方は色々、新しく何かする時には宣伝をよろしくね」
成る程、条件の内1つは恒久的な宣伝、と。確かに宣伝も実際街中に貼り出したり、掲示板、アナウンス等でするにしろ、金額は中々かかる。
そしてこれは俺達にとってもプラスにもなる条件だ。アリさんの店の広告を出す事によって、アリさんの店に通うプレイヤーからは俺達の店の信用や興味を得られるわけだ。
「それで……もう一つは?」
「勿論、売り上げから幾らかマージンを貰えるかしら……0.5%くらいかしらね」
まぁ、ですよね。今までの条件は全て形の無い、直ぐには効果がないものだったけれど、それだけだと俺達の店が毎月の出店料更新を滞ったり、何か不祥事をやらかしたさいに推薦人であるアリさんにアタノールから罰則がかかる。
むしろこの%は優しさであろう、本当に気に入られているのがわかる。元のアバターのプレイ時は、フレンドに同じ方法で出店している奴がいたが、マージンは10%取られていた。
「えっと……本当に、それだけでいいのか?」
「えぇ、勿論よ。別にお金に困っている訳じゃないし。貴方達が途中でヘマしたり、投げ出したりするような人じゃないのは、まぁ見たらわかるわ」
「いえ、でも……せめて5%にはしてくれませんか?私達も申し訳ないですし」
「じゃあ3%、決まりね」
うふふ、と妖艶な笑みを浮かべながら三本指を立てるアリさん。有無を言わさぬ態度に、こちらはぐぬぬと唸りながら引く他にはなかったのだった。
「それで、この条件を呑んでくれるというなら私からは商業登録の推薦。保証人名義の貸与。後はまぁ何かあったら後ろ盾、みたいな感じかしら、してあげるわ」
一番デカいのが商業登録の推薦だ。これは推薦がある出店希望者は半額で出店する事が出来る。要は店舗型なら【250万ドン】、露店型なら【25万ドン】で出店できる。目標達成までがかなり短縮出来る。保証人も兼ねてくれるみたいだし、書類選考は通ったも同然さ。
それでは、とアリさんの手の仕草一つで、今の話の条件を箇条書きにして、一枚の羊皮紙に自動で記載された契約書がカウンターに出現した。これは良く商談で使われているアイテムで、この契約者にサインをした者はその契約に従わない場合、常に対する契約者に居場所を知られ、商業ギルドやNPCの営む店などには出入り禁止となるものだ。
御薬袋さんとお互いに確認し合い、二人でサインする……改めて自分のネームを書く、という行為は実はレアなんじゃないかと思い至る。そして隣では微妙に恥ずかしそうな顔をしたまっ白ちろすけが。
「はい、私と、旦那は今外してるから代筆しておくわね」
「はい……え⁉︎」
御薬袋さんはかろうじてというか、流れのまま返事をして、遅れて衝撃が襲ってきたようだ。俺?開いた口が塞がらない。え、まず、どっち?リアル?WAO内限定?
「あら失礼ね、さっき言ってた今外してる従業員が旦那よ。あの人は素材を調達してくる係なのよ」
「ほぇー……え、おめでとうございます?」
「ふふ、ありがとう。結婚したのは大分前よ、二人で暇だっから始めたらどハマりしちゃって」
あ、やっぱりリアルの方でのご結婚か。中々それを公言してるってのも珍しいなぁ。結構、ゲーム内だろうと恋愛やらのすったもんだはギルドやパーティーの空気を壊すか、和ますか極端で隠してプレイしている人も多い。
まぁアリさん達ご夫婦のように、殆ど二人でプレイする分には揉めるも何もって事なのかもしれないけどね。ちなみに、羊皮紙には【手背臼】と。成る程、お二人はアリアドネとテセウス物語から命名した訳だ……意外と熱々なのではないか?
「へぇー……いいですねぇ、憧れます」
「憧れるの?」
「憧れますよー!まぁ別に、ゲームじゃなくてもいいですけど、一緒に趣味や楽しい事を共有できるというのは凄いことですからね」
あー、わかる。例えこれから先お付き合いする人が出来たとしても一緒にいて、趣味であるゲームやお菓子作りを私嫌いだからやらないで、と言われたら苦しいかもしれない。
正に理想のお二人なのかもなー。
何はともあれ、無事契約は成立。羊皮紙は【テーセウスの糸】店主のアリさん、店名未定の代表まっ白さんが保管する事になった。両名揃って契約を破棄しない限りアイテム欄からは無くならない、地味に圧迫する。
これで本格的に出店の目処が見えた俺達の目標は、やはり変わらずに少し下がったが出店資金を集める事にある。このまま適当に狩りを続けるか、その辺のクエストをちまちまこなすか。
「ありがとうございます、アリさん。正直言って私も自分のお店を持ちたいなって薄々思っていたんです」
「え、そうなの?」
「そうですよ、子供の頃から憧れてました」
そう言った御薬袋さんの目はキラキラしていて、横から眺めていた俺はしばらく自分が御薬袋さんを凝視している事にも気づかず、アリさんに咳払いで諭されて我に帰る。
「まぁ貴方達が一緒に楽しく商売する仲間になってくれるのは嬉しいわ……旦那は外しているけれど、資金が貯まったらちょっとしたお祝いをしましょう」
「旦那さんにも挨拶したいしね」
「そうですね、でははなださん!張り切って稼ぎに行きましょう!」
「二人で待ってるわね」
◆
「あれ?ホテルには行かないんですか?」
アリさんのお店から意気揚々と出てきた御薬袋さんは、さぁ錬金錬金!とずんずんホテルに向かって行くので腕を引っ張り引き止める。というか、ホテルって言うのやめよ?
「ホテル戻って錬金会したらもうログアウトじゃん?その前にあれ試したくてさ」
「あれ?」
「【うさうさペレット】」
「っあ〜‼︎すっかり忘れてましたね」
アイテム自体は御薬袋さんが保管している為、インベントリから取り出してもらう。小さな麻みたいな袋に入っているが、中身は小動物が食べていそうなペレットそのまんまだな。試しに匂いを嗅いでみるが、仄かに草の香りがする。
更に試しに齧ってみるとじわぁっと青っぽい味が広がったのと、中から謎のドロっとした香ばしい液体が口に飛び込み、余りの不快さに思いっきり吐き出す。
「ぶふぇぇぇ!!くっさ‼︎きっしょ‼︎」
「うわぁぁ……およそ女の子がしてはいけない行為をコンプリートしてますよ、はなだちゃん?」
「いいよ男の子だもん……ボォええ、うえ」
いかん、止まらない気持ち悪さ。これ本当に好んで食べるのか?ダメだ、ゲーム内なのに嘔吐感が凄い。
「と、兎に角、これ兎に一回試してみたくてさ」
「まぁ、成る程わかりました。もう大丈夫ですか?はなださんが行けそうならこのままいきますけど……」
もーまんたい!って事で、チャカっとミアンの森まで移動してきました。ゲーム内でも日が傾いて来ていて、薄暗さに拍車がかかる。
道中厨二美少女が美エルフお姉様に嗚咽を上げ、介抱されながら街を歩いたおかげで、結構話題になっていたらしい、知らんけど。
ようやくしっかり口が回るようになって来た。取り敢えずこうなったら絶対確かめるまで諦めたくはないので、魔眼を開き、兎の反応を探る。
「まぁ、いるいる。取り敢えず……直接やってみるよ。無理だったら倒して、次は罠スタイルでいこう」
「了解です。食べてくれますかねー」
ワクワク♪といった表情をしつつも、一歩引いた場所から見守る御薬袋さん。ちゃっかり自分は安全を確保してますね、いや良いんだけどね。
ホーンラビットはまだ此方に気づいた様子もなく、5.6メートル離れた茂みの中で在らぬ方向を向いている。いやでも、結局スニークしても意味ないし、脅かしてみますか。
「わぁぁぁぁっっ!!」
一際大きな声で茂みの中に突っ込むと、いつもは好戦的なホーンラビットも、虚を突かれたおかげか、距離を取ることを優先した。その隙を、見逃すはずが無い。
「レールスライドドォぉおい!」
瞬時に詰め寄ると口元に数粒握っていた、例のペレットを突き出してみる。急な切迫に一瞬固まるホーンラビット。だが目の前に突き出された物から漂う香りに気づいたのか、鼻をひくつかせる。
やった、反応してるぞ……いっだ‼︎痛い‼︎
こいつ、ペレットに指ごと食いついて来やがった!
ブンブンと力任せに振り払うと、思ったよりあっさりホーンラビットは振り解かれた。正直もっと食いつかれてるかと思ったんだけど、と思い良く見てみると……。
「きゅっ……きゅぎゅぎゅ‼︎きゅ〜」
おかしくなってしまった兎さんが、兎とは思えない恍惚な表情を浮かべながら激しく地面に背中を擦り付けている……え、こわ。
そのまましばらく眺めているが収まる様子は無く、むしろ動きは更に激しくなり、だらしなく開いた口元からは涎が撒き散らかされている。
「まっ、まっ白さん……これ、やばい薬なんじゃ」
「またたびです!」
「……え?」
いつの間にか近寄って来ていた御薬袋さんは、強めに言い切ると有無を言わさずうさうさペレットを回収して行った。
「ま、またたび……」
「はい、またたび、のような物です」
「じ、常習性ありそう、だよ?」
効果が切れたのか正常な姿勢に戻ったホーンラビットは、荒い息を吐きながら御薬袋さんの持つ袋の前まで匍匐前進し、しきりに鳴き出して、恐らく催促している。
「……またたびです」
良い事思いついた。
「ハクトちゃんに……」
「ダメです」
「ダメです」




