初仕事、当たって砕けて、全力で⑧
「ざっとまぁこんな感じだったかなぁ……ちょっと最後らへんは俺も切羽詰まっててうろ覚えなんだけど」
あれから今度は俺と御薬袋さんの方のことを皆に説明していた。いやー、案外口に出して説明してみると良く出来たよなぁほんと。
「……じゃあなんですか、あのぶん投げられたのは故意じゃなかったと?」
……故意じゃない、という風に説明しておいた。思いっきり狙って投げたんだけど、咄嗟に合図をする際に誤って投げちゃった(てへっ)ってことにしておいた。いやだって、ねぇ、あんなん狙ってやったって結構正気というかマナーを疑われるだろ。
「う、ウン。そうだね」
「……へぇ」
いやせめてなんかコメントして!!小さな声で「高いところ怖かったな……」とか「死ぬ感覚って、初めてだなぁ」とか聞こえるし。
「まぁまぁ、そうか……君達の方は兎に角直接的に攻撃してきたわけだねぇ。こうなってくると【五使】はかなり性格や個性がはっきりしているし、何かグランドクエスト等に関わってくるんだろうね」
こちらも笹部さんと同じく涼しい顔でハイボール(なんかもっと細かい名前があるらしいが庶民なんでわかんない)をもう何杯目かわからん勢いで飲んでいる秋月さん。表情や声色が爽やかだから目立たんが、この人相当ざる、というか蟒蛇だな。
「まぁ、俺もそう思います。実際ニッグの口ぶりからするにあいつらに【粛清】を依頼したもっと上の存在がいるのは確定っぽいですし」
「まぁまだまだ私たち低レベルもいいとこですけどね」
ふふふ、と笹部さん。笑い方からして上品かよ。そう、なんだかんだと色々情報量の多い一日だったが、まだ初期のアバターを作ったくらいなのだ。上の存在とか、何それ美味しいの。
こういうゲームに慣れてない、道山さんと御薬袋さんは頑張って考えているらしく、二人で携帯端末で調べながら俺たちの話を聞いている。
「まぁ、今日のところはこんなところかしらね。後は難しい話は抜きにして、みんなゆっくりしましょう」
「はーい!!」
難しい話終了!というところに真っ先に食いついた大天使が、一番元気よくお返事する。かわいい。しばらくわいわいしていると、忘れかけられていたTO大卒こと御方くんもトイレから無事帰還して、笹部さんから白湯をもらってなんとか回復していた。
◆
「ねぇ、識守くん弟か妹いるでしょ?」
「え、なんでわかったの?妹がいるけど……」
「お兄ちゃんぽいというか、なんかそんなんがにじみ出てるよ」
わかるわかると御薬袋さん、まぁ……妹も1つしか歳も変わらないし、そんな風に彼女らにも話しかけていたかもしれない。
「あと、識守くん、ネカマですよ、変態」
絶対根に持ってるジト目で、思い出したかのようにカミングアウトされた事実……おお大天使よ、そんな目で見ないで。
全員リスポーンした後は、大騒ぎの街中で集合したのは良いものの、大注目の中あまり時間も取れずお互いのアバターやらネームやら確認する間もなくログアウトしてきたのだ。
だからまだ、多分大体の人が俺が女性キャラでメイキングしたことに気づいていないし、ちょっとずつ周りに知らしていこっかなーとか計画していたのにいぃ。
「それはまた、僕はまぁ、そういうのも理解ある方だと、思っているから……一応仕事だしほどほどにね?」
秋月さぁん!!違います。
「理解ある、ならなんにも言わないで良かったと思うわね。別にいいじゃないかしら、私も男性で作ったわよ、キャラ」
やはり、やはり助け船は笹部様しかいない!!落ち着いた様子からも段々後光が差しているように見え始めてきた。
「あぁ、そういえば男性でしたね、長身の」
「そうね、カッコ良かったでしょ」
そうか、御方君は笹部さんとペアだったから一瞬とはいえキャラを見ているのか。しかしまぁ、人のこと言えないけど笹部さんが異性キャラだとは思ってなかったな、意外ー。
「そう、ですね。一瞬で、一瞬で死んじゃいましたからあれですが!なんだか、なんというか漢み?を感じました」
「あら、貴方意外にうれしいこと言ってくださるのね」
「意外とは何ですか」
「TO大が余計な事をしているのかしらね」
ぐぬぬ、と悔しそうに唸る御方君だが笹部さんの表情は先ほどまでの呆れた表情よりも幾分も穏やかだった。おや、意外といい組み合わせなの、かな。
「俺も、別に変な目的があったわけじゃないですよ?会社から一目でわからないようって指定されてましたから……あれは俺の従妹に似せて作りました」
「え、妹さんいるのにあえて従妹さんなんですか?」
それな、絶対言われると思ったわ。
「まぁ、なんというか妹とはあまり上手くいってなくて……」
「あー……色々あるよねー」
まま、どーぞどーぞとよくわからん世代の感じでチーズじゃがもちをよそってくれる道山さん、マジ天使。いやでもチーズじゃがもち美味しいよね、知らない?
「ほんとにねぇ、世の中色々あるわよぉ」
「笹部さんが言うと説得力が違いますね」
「まぁね、貴方も人のことは言えなさそうだけどもね」
またまたーと秋月さんとオトナトークに入っていく笹部さん。自然とこちらは4人で会話が進む。なんだろう、こんなに面と向かって人と楽しく話すのは久しぶりな気がするな。
シバックスや他のフレンドとも集って話したりはするけど、リアルではつい最近まであんな生活だったしな……不覚にもちょっと涙がこみあげてきて慌てて欠伸で誤魔化す。
御薬袋さんは砕けてきて、道山さんは相変わらず大天使で、御方くんは……まぁあれだが、さっきから笹部さんに言われて気にしだしたのか、まぁ少し落ち着いてきたし、なんだろう。ここで何かやらなきゃって気になるな、酔ってんのかな……まぁいいや。
それから、しばらく酒の席は続き、解散した。店の外で解散し、それぞれ帰路につく。少し手前まで御方くんと歩いていたが、彼は少し遠くから通うそうで駅に向かっていった。一人になり、ゆっくり家に向かう。
外はこないだまでの雨続きの梅雨から少しづつ、夏の暑さが迫ってきているが、今日はなんだか心地よい。一人でも、空しくない。
誰もいない家のドアを開け、真っ暗な部屋に思わず「ただいまー」と呟く。まぁ返事はないんだけど、それでもいいや。色々こなし、布団に入る。普段ならしばらくもぞもぞと動画サイトを見たり、眠気に抗っていたのだが、それもいいや。
久々に感じる布団の温もりに包まれ、ゆっくり眠っていく……
◆
おはよう、朝だよ。いや、昼とも言うかな。
枕元では充電し忘れた携帯端末が、ギリギリのバッテリーで踏ん張って、喧しい着信音を鳴らしている。これで起きた。
画面には昨日登録した、【御薬袋さん】が。オワタ。