初仕事、当たって砕けて、全力で⑥
こういう切羽詰まった時、リアルでもゲーム内でも、急に一瞬で色んなことを考えれるようになる気がする。一度車にひかれかけた時も、受け身の取り方だったり、痛かったらやだなぁとか考えながら転倒した覚えがある。
とにかくやけに意識がはっきりしている。体は未だ真っすぐ横向きに飛んでいるが、確実に高度は下がってきている。クレバスを飛び越えることはなく、落下するだろうこともわかる。
右腕には咄嗟にかばった御薬袋さんが、必死に俺の服を握りしめてしがみついている。足元の方角からはニッグが追撃をかけようと頭から迫ってきているのが見える。あいつ、あの角度的に俺たちを丸かじりにする気だな。
ホントに、笑っちゃうくらい一瞬が長い。折角頂いた不正な情報、パパラッチに入っているスキルの詳細も思い出す。さっきのレールスライドももうクールタイムは終わった、いける。後は、御薬袋さんがわかってくれるかどうかなんだけど。
「レールスライドォ!!」
発動しなかったら終わりだ。使い慣れないスキルなので口に出す。向かう先は空中、真上だ。さっきと違って空中なら転倒する恐れもない、ちょっとバランスは崩したがしっかり4~5メートル程上昇した。移動する方向は任意らしく、この分だと下に指定したら地面はどうなるんだろうかとか、要らぬ事まで頭が回る。
瞬間、足元の空気がガチン!と凄まじい質量の物がぶつかったような轟音が鳴る。少しでも遅ければグッバイ下半身だっただろう。スキルの慣性でバランスを崩した俺たちは、今度は頭からニッグのうなじを目掛けて落ちていく。さぁお次だ。
「御薬袋さん!!いまぁぁぁ!!」
「……えぇっ!!あ、はいいいいぃ」
ちょっと微妙な認識のラグがあったが、なんとか伝わったようで、合図があったら投げるよう伝えていた雪爆弾をニッグに向けて放り投げていた。このラグのおかげというか、ニッグもしっかりこちらに向き直しており爪で雪爆弾を弾く。
まるで大福のように引きちぎられたかと思うと、一瞬で辺り一面ホワイトアウトしたような煙幕が立上る。
「むおっ!?また、小癪な」
狼狽える糞竜、変わらずクレバスに落ち続ける俺達。こっからは正直賭けです。いやまぁ、ここまでも結構綱渡りだったんだけど。先ずは右腕にしがみ付いて加速度を上げている御薬袋さんを、と。
「ごめんなさぁーい!」
先にぶん投げる。まだ初期ステの為か少々苦労したが、軽い女性一人なら投げ飛ばせた。悲鳴を上げながらニッグがいた辺りの白煙に突っ込む御薬袋さん、本当ごめん。
しかし着弾する寸前、呼吸というか、気迫の籠った咆哮を飛ばすことでニッグの周りの煙は晴れ、御薬袋さんはすっと避けられる。そのまま、多分真っ逆さまだろう……いやマジでごめん。
そして最後は俺だ。如何にクレバスからの上昇気流もあれど、人二人分の落下速度、もう後2メートルもないだろう。何度も言うが初期ステの俺では余程の武器でもないとニッグには傷一つ付けられない。
しかし、このゲーム、基本的には物理法則やダメージ判定はリアル世界基準なのである。これほどの落下エネルギー、しっかりと頂戴した雪の剣を下向きのロケットのように、いや槍のようにかな、構える。狙うは……生き物全体の弱点!
そして最後の仕上げにぃ!
「後は小僧のほうか……」
「んんぅ、ニッグぅううううううう!!!!!」
ありったけの肺活量を込めた大絶叫。瞬間奴の目と顔がこちらに集中する。いいぞ、こっち向いとけ。ジャストタイミングだ。
ぶすり。肉や鱗なんかとは違う。例えるなら膜張ったプリンみたいな?何とも言えない不快な感触と共に、雪の剣は奴の左目に深々と突き刺さった。
一拍。体感ではとても長く感じた一拍の後、大絶叫が響き渡り、絶叫の音圧が剣にぶら下がったままの俺に襲い掛かる。音圧もそうだけど、耳がいてえ、どうにかなりそうだ。
こっからどうするか考えてなかったな……さっき剣を突き刺した瞬間に、視界の端で虹色のエフェクトが見えた。プレイヤーが死亡した時にあのエフェクトが飛び散る。あれは御薬袋さんので間違いないだろう。ということはもう思い残すこともないか。
あれこれ考えていたら体がニッグが身体を振り回す際の遠心力で持ってかれそうになる。ついに剣を何とかしようと暴れだしたのだ。しかしこいつの手は鉤爪、ざまぁ!!そんな手じゃ、目の中の剣なんぞ取れないだろうよ!!
……うぇぇ、ブンブンされすぎて酔ってきた。ちょいちょい爪が体を掠そうになるが、片目が潰れて、更に顔のド真ん前、眉間のあたりにぶら下がっている俺がよく見えていないであろう大雑把な攻撃に、当たるほど初心者でもなかった。
こうなってくると【ニッグに殺される】か【クレバスに落ちて死ぬ】かの二択だ。逃げ切る選択肢はないな、クレバスのど真ん中なのには変わりないし、レールスライド使って反対側に辿り着いたとして先は長いからな。
……二者択一。こいつに殺されるの不快だからなぁ。落ちるか。
思い立ったがなんとやら、思い切ってパッと手を放す。もちろん、落下し始める体。びゅうびゅう音を立てながら、どんどん真っ暗な穴に落ちていく……おー、クレバスってこんなんなってんだなぁ!
そして、落下中の音とは違う、まるで長槍でも振るったかのような凄まじい音とともに、顔面に奴の尻尾がぶっ刺さっていた。完全に油断した。もう見失ったか探してすらなかっただろうと思っていたが。
そこには左目から人間から流れる真紅の血とは全く異なる、どす黒い血を垂らしながら、しかしその表情は、恍惚としたニッグが、あの糞竜がこちらを見下していた。
視界がにじむ、落下や衝撃の感覚はぼんやりある。あ、虹色エフェクトだ、何回見ても綺麗だなぁ……ニッグ、あいつ絶対性格悪いよなぁ、友達少なそう。
遅れて、その巨大な尾を振るった衝撃破がクレバスに舞い込む。虹のかけらは吹き飛ばされ、霧散した。
辺りに木霊するのは、興奮し、怒れる白竜の羽搏く音。そしてその口より放たれる、唸りと高笑い。生まれ持った役割故の怒りと、白竜自身もよくわからないが相手がいなかった永い時に、ようやく出会えた仇敵の、予想外の一撃への歓喜。
「一人損ねてしまったな……仕方がない、向かおう。それに……」
白竜は羽搏く、今までの滞空とは違い、力強く、果てなどないかのような巨大な空に向かって。
「あいつにも、同じ痛みを、与えてやらんとなぁ!!」
獰猛で、陰湿な笑みを携えながら……
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あなたは死亡しました。10秒後にホームタウンで復活します。レベルが10未満のためデスペナルティはありません。
称号【憎悪に対す者】【落下者】【ジャイアントキリング】を獲得
監視者・五使【憎悪するもの・ニッグ】部位破壊報酬 【白銀の水晶体】獲得 インベントリに収納されます。
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監視者による撃破を確認。プレイヤーに状態異常【呪胎】が付与されます。
同時に監視者・五使がワールドへ開放されます。不正なプレイヤーを対象にランダムに襲撃を開始。
並びにエクストラクエスト【監視者】が追加されます。
エクストラクエスト【監視者】を強制的に開始します。第一段階【邂逅】クリア。第二段階【襲撃】を開始します。
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復活まで……3.2.1、プレイヤー【はなだ】をリスポーン。良い旅を……