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初仕事、当たって砕けて、全力で⑤

「な、ななななな」


御薬袋さんがものすごい勢いで後ずさっていく。やー、これはそんな初期ステの二人が走ったところで無駄足だろう。逃走する気にさえならないな。死に戻りするのは確定みたいだが……ただで死ぬのはなんかやだ、納得できないし。


「屑、お前は逃げないのか」


「屑ってゆーな、糞竜」


何回も屑屑言うもんで、ちょっと腹立ったので嫌味で返してみると、そのお返しに頬を蒼炎が吹き抜けていく。この野郎、絶対わざと外しやがったな。


「黙れ塵屑(ごみくず)よ、今のはわざとだぞ」


「わかってるわ。なんですぐ殺さねーんだよ」


竜だから人ほど表情筋はないみたいだが、確実にどや顔である、この竜。その気になれば今のようにほぼノーモーションでブレスを吐けるようだし、俺たち二人なんてまとめて確定死だろ。


「……っち。口の減らない屑だな。まぁいい、お前たちを消すことに変わりはないが、理由を伝えてからと決まってるんでな」


「理由があるんですか?って言うか、識守くん消すって言ってますよ!」


おぁ、いつの間にか御薬袋さん戻ってきてた。まぁどっちでも一緒かも知れないが……いた方が好都合か。それにしても律儀な奴だな、理由なんて。


「あぁそのようだし、多分一瞬だよ、怖くないさ。それより……糞竜よ、理由って?」


「お前……まぁいい。ニッグだ」


「は?ニッグ?」


「様をつけろよこの塵屑野郎!!」


おい、口から火ぃ出てんぞニッグ様。ていうかこいつ絶対日本文化好きだろ。御薬袋さんはニッグが吠える度びくびくしている。まぁ普通の女性だし、こういうゲームも未経験みたいだし怖いよなぁ。


「塵にもわかるように伝えてやるが、我はこの世界を守り・監視する【五使】が一人である。故に、この世界へ不正な情報を持ち込んだお前たちを【許さぬ】という結論がでた。故にお前らに【罰】を与える。わかったな?」


「え?罰?不正?なんで、私たちが?」


そうだな、そこもわからないし、なんだったら一々丁寧というか回りくどくないか?宣言なんてしなくていいだろ。ただ、【不正な情報】か。


「身に覚えがないと?そうか……まぁどうでもいいがな、宣告はした。これで、一思いに消せるな」


瞬間、身を伏せる。しっかり御薬袋さん掴んでいるが、間一髪彼女の頭上を蒼炎が通過する。ニッグの奴も俺達が避けれると思わなかったんだろうな。追撃が来ることはなく、未だブレスは頭上で熱を放っている。


やがてブレスも掻き消え、出火元であるニッグの口からはプスプスと煙が立ち上っていた。やつも油断している、今しかない!


「御薬袋さん、行くぞ!」


ひええーーとか叫んでる御薬袋さんの腕を掴みながら慌てて立ち上がり、雪原を爆走する。落ちてるときから薄々感じてはいたが、どっちにどこまでいけばいいのかすらわからん、もう適当な方角に真っすぐ突き進むことにした。


「ほう……避けたか。面白い、が、我も任された故な」


ニッグの余裕そうな声色を背後に感じながら、俺たちは走り続けた。あいつ声でかいな。



「ちょ、ちょっと、識守くん、なんで私たちあの竜に襲われてるんですか?それとも最初からこういう感じのイベントなんですか?」


「いや、こんなイベントは今まで無かった。恐らく【不正な情報】ってあいつが言ってたから、俺たちが束内さん達から貰っていた【ギフト】のことじゃないかな。これ普通は初心者が手に入るスキルじゃないだろうし」


そういってステータスウィンドウを出して御薬袋さんに見せてみる。それにしてもこんな悠長にしているが、なんで奴は追ってこないんだ?もうとっくに追いつかれて消されていてもいいかと思ったんだが、そんなに足が遅いんだろうか……いや無いな。


「あ、このスキル欄にあるやつですか?私にも別の種類ですけどありますね。これが、不正な情報……ずるをしてるってこと、ですかね」


「恐らくね。あいつ、多分モンスターでもセキュリティとかそんなのに近しい存在なんじゃないかな。ところで御薬袋さんのギフトは……【錬金術師】ねぇ。生産系、かな」


「識守くんのは……なんですかこれ?【パパラッチ】?パパラッチってあの外国の有名人を追っかけてる人ですよね」


そう、俺のギフトは【パパラッチ】というスキルだった。実は空中でウィンドウを開いたときにちゃっかり確認している。俺のも御薬袋さんのも、このギフト単体のスキル効果もあるんだが、わかりやすく言えばバリューセット、みたいな感じで、おそらくこのスキルを取得するのに必要であろうスキルも全て内包されていたのだ。


俺のはアクティブというか、実際に戦闘でしか使えなさそうだが、御薬袋さんの【素材錬金】は今でも使えそうだな。


「パパラッチ自体のスキル内容はまだ全部は把握していないんだけど、まぁ大体軽業師みたいなもんだったよ。それより御薬袋さん、ニッグは多分見逃してはくれない」


「は、はい!」


俺の言葉に、ちょっと安心しかかっていた御薬袋さんの気が引き締まる。この人抜けてるとこはあるかもだが、とても素直だ。ニッグに関しては、あれから音沙汰も無くなったし、走ってるとはいえただの初期ステの走りでは大した距離稼ぎにもなっていない。にもかかわらず襲ってこないのには何かしら理由があるんだろうが、やれることはやっておかないと、だ。


「あいつが追っかけだしてくるまで、その素材錬金のスキルでこの辺の雪を、色々錬金していってくれない?」


「あーやっぱり来ます、よね」


「まず間違いなく。無理矢理こんな所まで引っ張って来ておいて、何もなく姿を見せただけでは帰らないと思うね」


二人で背後を確認するが、ニッグの姿も気配もない。ほんと何やってんだあいつ、まぁいいんだけどさ。


「で、今のうちになんか作れるなら作っときたいわけよ。スキルはうまくコツを掴んだら意識するだけでも使えるけど、最初は口に出すと確実に発動するよ」


「こう、ですか?【素材錬金】」


雪を両手で掬ってそう唱えると、御薬袋さんの掌が発光し始める。さて、どんな感じかな?発光が収まると出てきたのは……


「【雪の剣】……ですか」


白い、透明でも金属色でもない白色の片手剣。え、マジで……こんなん、こんなんチートに近いぞ。


「え、やば。ちょ、御薬袋さん走りながらでいいから、片っ端からしていこう!」


「あ、はい!ついでに私使えなさそうなんで剣あげますね」


剣を受け取って装備ウィンドウを取り出し装着する。このゲーム、物品は手渡しでも大丈夫だが、装備は持つだけでは判定されない。武器や防具は装備しないと使えないぞ、と。


さてお次は……御薬袋さんの手に生み出されたのは真っ白いハンドボールくらいの塊。先ほどの雪の剣と同じように透明度のない真っ白。


「えーと、【雪爆弾】ですって。なんか投げてぶつけるとダメージと、煙幕効果と書いてあります」


おお、僥倖だ。これなら武器など振るった事のない御薬袋さんも支援しやすいだろう。ちなみにこのゲーム、インベントリもイメージ形式か口頭呼び出しだ。インベントリを開いていればアイテムを出し入れできるし、アイテム説明も確認できる。慣れて来たらアイテムスロットとかで、素早く使えるんだが今は割愛だ。


「よっし、それはあいつが来て、合図出したら投げてくれ」


「はーい、えー次は」


素直な分、イメージする事などの飲み込みも早いようで、今のは口頭でスキル名の宣言すらしていなかった。俺は最初の頃はスキルなんてほぼ口に出してじゃないと間に合わなかったなぁ。よく中学生みたいと言われたもんだ。


「おーこれはまた……すごいですよ、識守く…ん」


こいつは、また足音も、気配もなく。


すっかり錬金に夢中になっていて俺も反応できなかった。またも五使の一人、ニッグがなんだか絶対こちらを嘲ってそうな表情をしながらこちらを見下ろしていた。


その赤い目は御薬袋さんが生み出したばかりの……なんだあれ、え、キモ。なんか白くてぷるぷるうねうねした物体を見つめて、失笑した。


「っは、屑が、ゴミを生み出しおったわ!許容はできんがなんと洒落のきいたことか」


「ぷるんちゃんはごみじゃないです!」


「あぁその通りさ、ごみごみうっせえぞ、糞竜!」


「……少し遊びがすぎた。では心置きなく、死ね」


っこの野郎ほぼノーモーションから鉤爪で殴りつけてきやがった。寸前でパパラッチに内包されていたスキルの、【レールスライド】で真後ろに無理矢理移動できたもんだが、初めて使うスキルなせいで感覚が掴めず転倒する。強制的にある程度の距離を移動するスキルだ。


すぐさま追撃の反対の足によるスタンプが迫ってきているのが見えた。大体のアクティブスキルには使用後のクールタイムがあり、レールスライドはもう使えない。万事休すかと目を瞑りかけた隣で、一緒に転倒していた御薬袋さんが咄嗟にさっきのぷるんちゃんを盾にする。ひでぇ。


爪が食い込む、その瞬間。ぷるんちゃんが発光し、奴の足回りにびたぁっと伸びて付着した。それが付着した状態で踏みつけられた俺たちだが、妙な圧迫感はあれどHP表示は一切減少することはなかった。


「む、なんだこれは!」


取り乱したニッグが付着した右前肢を振り回す。何回かガスガスこっちに当たっているんだが、ぷるんちゃんが付着した部位なら一切ダメージ判定はないようだ。


今がチャンスと御薬袋さんに二人、ニッグの脇を通り抜け走り出す。


「何度もにがすかぁぁ」


流石にその通り。繰り出される鉤爪。しかしその腕は大丈夫な方。衝撃で吹っ飛ばされるものの、ダメージなし!距離も稼げる……う?


まだ吹っ飛ばされて滞空しているが、地面が黒い。急に雪原から抜けた?いや違う、これはあれだ……クレパス?バス?


俺たちを真上に構えた巨大で真っ暗な氷穴は、こんな騒ぎの中、唯びゅうびゅうと風の音をまるで呼吸音のように響かせながら、今まさに自動でやってきた獲物を飲み込もうとしていた。



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