初仕事、当たって砕けて、全力で③
視界の暗転。一瞬の浮遊感。毎回のことだがこのダイブ開始の感覚は、なんというか、いわゆる無重力感に近いかもしれない。まぁ無重力なんてゲーム内でしか経験ないけどね。やがて視界がはっきりしてくる、ようやくきましたねー。いざ、WAOへようこそ、だ。
始まりはプレイヤーおなじみの【異界の書庫】から。この書庫には度々訪れることになる。あたりは一面本棚、果ても見えず、一応後日訪れる際には制限付きで書物も閲覧可能だ。更に転職や途中特殊チケットによるキャラの再メイキングなんかもここで行うので、なにかと来ちゃう場所。そしてこういうゲームではおなじみのパターンと言えるが。
「やぁやぁ、ようこそいらっしゃーい!!」
突如書庫に響き渡る関西弁、こいつ後から「書庫ではお静かに!」なんて言ってくるんだもんなぁ。茶色ベースのふさふさした毛並み、子供のころ一回は憧れた赤白の飴の棒に似た黄色と緑の棒(本人曰くは神杖)、そして体の可愛い感じからしては異質な羊の頭部を持つそいつは……。
「僕が、このワールド オブ オーダーの案内役、アンクちゃんでっせー!!」
変なところにアクセントをつける、うるせえ羊猫である。
すっ、と俺(まだこの時点では透明な膜が人型にあるだけ、なんだけどね)の前に舞い降りると、俺があんまりリアクションしないことにすっと目を細める。
「あれあれ、お兄さんあれやね。経験者やね。もう知ってはるんかいな、なーんや」
おい、明らかにつまんなそうな顔をするな。てかあれだからな、俺らのほうが何回お前と会うねんってくらいお前の顔見飽きてるから……っは!つい口調が移っちまった。
「はいはい、ほなもう説明もええよね?あっちにコンソールと鏡あるさかい、いい感じにメイキングできたら戻ってきてね」
ちょいちょい杖で指す方にはみんな大好き、キャラメイクコンソールがある。まぁスーパー横長ハイテクキーボード付き姿見って感じかな。近づいてみるとわかるんだが、ボタンの一つ一つに【目の色】みたいに説明書きが振ってあるから、操作はほぼ誰でもできる。
さぁアンク野郎は放っておいて、さっさとメイキングに入るとするか。
◆
さて、今回はキャラメイキングにも会社指定はある。仕事だからね。
①ネームは必ず色にちなんだもの、②種族はそれぞれ割り振られたものを選ぶこと、③容姿は必ず本人特定が不可能なほど変化させること、と3つ条件が会社から課せられている。
②に関してはチーム分けの時点で束内さん達から伝えられている。俺と御薬袋さんは闇と錬金の地下帝国【アタノール】をホームとする種族である【人族】・【エルフ族】から選択できることになっていた。どっちにするかまでは任せられている。ということで……
まずはHNからだな……丁度色が入っているので安直に本名から蒼、とかそれ関係でもいいんだが、少々芸がない気もする。なら青の種類で……決めた!
【はなだ】、だ。漢字では縹と書くが、俺も自分の名前の色に興味があって調べるまでは読めなかったしな。皆に読めるよう、平仮名のままでいこう。
次に種族だが、これは一択。【人族】だ。種族ごとにメリット・デメリットがあるんだが、人族は職業やスキルの選択肢がとにかく多い。どんな事態になるかわからないし、グランドクエストを目指すなら戦闘も必須だろう。器用貧乏にならないようにだけ気を付けていれば、こんんなにしっくりくるのもないだろう。
最後は容姿、なぁ。意外にもこれが一番難題だったりする。今までの他のゲームでもそうだが、基本的にはリアルの外見のままにしている。考えるのがめんどくさいし、こだわりなんかもないし、後からリアルを知られて幻滅されたくもないからな。
ただし今回は事情が違う。変えなければいけない、のだ。そしてこのゲーム、【目】みたいな大きなくくりではなく、【目じりの角度】などよくわからないパーツまで細かく作りこむことができるので苦戦必至かな。
しかしなぁ、一見して俺っぽかったらダメってことだろ……髪型と体型さえ違ったら大丈夫かな。あー、いいこと思いついた、というか普段なら絶対、なんか罪の意識が芽生えて出来ないが。いっそ性別を変えてしまおう。変えた上である程度似通った顔立ちにしてみる、と。
お、おぉ……親戚の従妹に激似だ……これが血は抗えない、というやつか。これで俺だとわかるやつもほぼいないだろう、決定だ。
見た目は黒髪のミディアムロング、瞳は日本人らしくうっすら茶色、鼻筋は普段の俺よりすらっとしていて、目はぱっちりまん丸、デフォルトでうっすら頬に紅を入れてみた……こうした方が男性受けいいんだよなぁ。
自分で言うのもなんだが、いわゆる清楚系、ある界隈の人からしたら清楚風ってやつ、に見えるな。今度従妹に会ったら絶対言おう。
これで、ようやく準備完了!いっつも決まったようなキャラメイクしかしなかったから、思ったより時間がかかったなぁ。もしかしたらもう御薬袋さん待ってるかもしれないな。
ゲームを始めたばかりのプレイヤーは自動的にホームタウンにスポーンする。で、チュートリアルが始まるわけなんだが、一応チュートリアルを始める前に御薬袋さんとは合流するよう約束してある。
あんまり待たすのもあれだし、今回は書庫内を無理やり散策したりせず、ちび羊の前に戻る。うわ、こいつめっちゃ遠いとこみながら白目向いてやがる、こわっ!!
遠慮なくがたがた揺すってやると、あくび一つ俺に吹きかけてようやくこっちを向いた。
「なんや、えらい長いことかかったn……ってお兄さん、お姉さんになってるやん。」
「んだよ、悪いかよ」
「口悪っ!その清楚風な顔でそれはあかんで。……いや、むしろ有りなんかもしれん」
なにやらくねくねしだしたアンクを鷲掴み、無理矢理ポータルの前に移動させる。ここからゲーム内に移動するのだが、こいつの許可がないと起動しないのだ。
「いいから、さっさと、しろ!」
「はいはいわかりましたよー、なんやもう嫌われたもんやなぁ」
ぶつくさ文句を言いながらも、ポータルに光が溢れ出す。一瞬目が眩むが、人を待たせてるんでね。迷いなく、飛び込んだ。
さぁ、ここからいつもの電脳世界で、俺のリアルお仕事が始まる!!
◆
_______ようこそ、はなだ。ワールド オブ オーダーへ
_______認証完了、キャラ固定完了
_______スポーン開始……失敗。未認証ギフトの受け取りに成功。
_______再度スポーン開始……成功、ダイブ開始。良い旅を
「あららぁ、お姉さん。不正はあかんよ、残念やなぁ」
心底冷めたような、どっかの羊っぽい声が、聞こえた気がした。