初仕事、当たって砕けて、全力で①
朝、端末にセットしておいたアラームが鳴り飛び起きる。寝覚めがいいようにデスメタにしてある、朝からパンクロックだぜ。
窓から差し込む朝日が眩しく目を細める。こんな朝もいつぶりだろうか。基本的にここ何ヶ月かの間は朝までダイブして、日が昇る前に就寝する生活だった。全く我ながら苔でも生えそうな生活だったもんだ。
それも今日から終わりだ。
朝起きて、朝食も食べ、歯と顔を磨き、寝癖を整える。そうそうヒゲも剃らないとな、割と伸びるの早いんだよ。
そんな当たり前の動作すら今は心が躍る。自分に生きていていい許可が降りたような、そんな感覚だ。今までの暮らし振りは、自分でもダメな道を辿っていた事はわかっていたから、一人暮らしのくせに居心地が悪かった。
一応、昨日干しておいたスーツに着替え、荷物、それと昨日帰りがけに渡された社員証を確認して、革靴を履く。昨日は久々に使った靴ベラで四苦八苦したものの、今日は体が思い出してきたのかすんなり入る。
一人暮らしだし、誰も答えてくれる人なんていやしないけど、なんとなく、こう……誰しもそういう時があるだろ?
「じゃあ、行ってきます」
なんとなく、普段こんな恥ずかしい事なんか絶対やらないが、ドアを開けながら呟いてしまった……
「あら、いってらっしゃい」
鍵を閉めていた俺に隣から声がかかる。返事なんか期待していなかったからちょっと背筋がゾワっとしたのは内緒だ。
多分すごい表情をしながら隣を見ると、左隣の工藤さん(すごい、なんというか、優しい包容力のある奥さん。旦那さんは何故か気配すら感じたことはない……人妻)が、これまた聖母のような表情で手を振っていた。
「あ、く、工藤さん……い、行ってきます、です」
「はい、いってらっしゃい」
甘えさしオーラ全開な工藤奥様を振り切るように……というか恥ずかしさから逃げたくて、足早にマンションの階段を下っていった。
◆
「やぁ、皆さん。おはよう」
非常に爽やかに挨拶する植原さん、そしてその背後で頭を抱えながらフラフラしている束内さん……どうやら昨日飲みすぎたらしい。
「……おぇっ」
嗚咽というか、えづきながら何やら暗褐色で中に割り箸が一杯刺さった瓶……ビール瓶だな、を持っている。
あれか、未だ我がしょっぱい人生において体験した事はなかったが、王様ゲームというやつなのか!このITご時世に?アプリでも無く、瓶で?
「おぉ、それ王様ゲームですか!みんなでやるんですか?」
我がアイドルは朝から元気です。いやー、束内さんの現状程では無いけど、低血圧気味だからその溌剌さが羨ましい。
相変わらず溌剌オーラ全開で束内さんに近寄っていく道山さん。やや束内さんが勢いに負けたのか引き気味、というか単純に頭に響いてるんだろうな、声が。
「えぇ、そう、王様ゲーム、というか唯のくじ引きよ。昨日皆に……アイタタ……ちょっと喋っちゃったけど、ギフトを用意してあるの。それぞれ違うものだから、運任せってわけよ」
なるほどくじか……そっか。
「ぇ、えっと……」
「……ギフトってなんだよ?」
すっかり懐かれたのか、今日は自然と砂塚の隣に吸い込まれた下野さん。なんだかんだ面倒見がいいのか、下野さんの言いたそうなことをチラチラ横目で確認しつつ、砂塚が問う。
「そうね、説明しておくわ。これから貴方達がダイブする【WAO】内ではプレイヤーがスキルを覚える、要は技能よ。それらを特別に一つずつ、普通にプレイしていれば入手困難なものばかりをアカウント毎に元々インストールしておいたわ」
「本当はもっと強い装備だったり、色んな場所にいけるパスみたいなアイテムだったり、用意してあげたかったんだけどね……いかんせん、社内はもちろん、社外秘なもんで見た目でバレるような手助けは出来ないんだ」
ごめんね、と植原さんが付け足す。確かに俺が一時期プレイしていた時にも、スキルには種類がいくつかあり、入手条件が困難な物も多かった。
勿論、そんな激ムズ難易度のクエストなり条件なりを乗り越えて手に入れる力だ、弱いわけもない。大体がぶっ飛んだ性能をしているに違いない。
「へぇ〜……じゃあ私引いてもいいですか?」
「もちろん、どうぞ」
道山さんが率先してクジを引きに行く。誰か反対してジャンケンでもして勝った順かと思ったが、まぁ、クジだからな。結局はどれ引いても一緒だ。
「私は……2、って書いてます」
「なら貴方は2号機ね、その番号が貴方達に使ってもらうアカウントになるわ。ログインするために必要なパスやIDはそっちで決めといてね」
その後はみんな順々に引いていった。ちなみに俺は5番。内容もわからんし、特に何の感慨もないな。
「さぁー……みんな引いたわね?じゃあ次は……とりあえずダイブしちゃいましょ……オエッ」