リーマンになる前に①
「じゃあ、シキさん、おつかれっすー!」
「あぁ、お疲れ様」
時刻は朝5時の少し前。朝焼けが見えたり見えなかったりする時間だろうか。
俺の目の前で犬耳を付けた青年が光の束になって消える。今日のメンバーでは彼が最後、皆現実での生活が待っているのだ。
ここは最新のフルダイブ型VRゲーム【ハンター・ジェネレーション】内のとある広場。
巨大なモンスター蔓延るこの世界で、自給自足で生き延びろ!が、キャッチフレーズのこの世界で夜通し狩りをしていた俺は、彼を見送ると一気に途方もなくなってしまう。
あぁ……これからどうしよっかなぁ……このままハンジェネ続けるにしてもメンバー皆無だし、かと言って現実にも対した用事もなかった。
毎日、ふとした時に一人になって陥るこの、なんとも言えないモヤモヤをなんとかして解消したいが、なんとかする気力も湧かず、只日々を過ごしていく……
そんな生活がここ1年程続いていた。事の発端は1年前。
俺、【識守 蒼司】は、当時勤めていた靴のデザイン、製造の会社に愛想をつかし、重圧に耐えながら、半ばヤケクソに裁判に持ち込み、大勝利。見事多額の慰謝料をせしめ、退職したのだ。
毎日の残業(もちろん退勤扱い)、休日出勤(もちろん休日扱い)、理不尽な罵倒などに精神をやられていた俺はしばらく何も手につかない状態で、実家の両親の世話になっていた。
暫くしてリハビリがてら友人の企業に勤めるも、やはり続かず退職。あの時は迷惑をかけたもんだ。そこからは慰謝料生活を続けていた。回想終了!
この後、そうは言ってもハンジェネは普通にログアウトする。
仮想世界にいると忘れがちだが、現実の肉体は腹は減るし脱水もする。もちろんトイレも、間に合わなければダダ漏れだ。一応VR機器が警告を出すので、滅多に問題は起こらないが、廃人プレイヤーではお漏らしは勲章とのこと……
そんなわけで、やることもなくなった俺も少し前にログアウトして行った彼に続いてログアウトボタンを押す。視界が光の束に包まれ、徐々に寝起きの時のような感覚が襲ってくる。ゆっくりと意識がはっきりして……
ただいま、マイ6畳半ルーム。
◆
少しボーっとする。夜通し狩っていたのでこのままベッドに直行しても良かったのだが、先にトイレに向かう。
友達の企業に少しお世話になっていた頃から実家を出て、今は東京某所のワンルームマンションに住んでいる。一人暮らしならちょうど良い広さに、リクライニングチェアーに搭載されたVR機器が異質な存在感を放っている。
トイレで用を足し冷蔵庫を漁り、プリンと牛乳を流し込む。ここ最近一人でモヤモヤし続けているからか、あまり食に対して頓着が無くなってきていた。一応晩だけは無理矢理外食するようにしているが、今はこれで十分だ。
さぁ、もう寝ようかとベッドに近づく。ベッドより少し上の位置につけられた窓から外が快晴なのが見える。
…………いい天気だし、仕事探しに行こうか。
…………起きたらだな。
一大決心をし、深く身体を沈める。VRゲームは半分寝た状態で過ごすことにはなるが、頭は働いている。気疲れはするのだ。
段々と意識が遠のいていく。あぁ、とても心地良い…………
おはよう、外は大雨だ。
◆
時刻は進み夜11時。少し前に諸々の生命活動(概ね食べて出して)を済ませた俺は、日課の如くハンジェネにログインしていた。
辺りを見渡せば朝ログアウトした時とは違い、仕事や学校から帰ったハンターがウヨウヨいる。ハンジェネはVRゲーム業界でも上位の人気ゲームで、主に男性層にはなるが、かなりのユーザー数が存在する。
広場のベンチでダラダラと行き交うプレイヤーの装備を眺めていると、少し離れた場所から見慣れ姿が近づいてきた。
犬耳をぴょこぴょこさせながら歩いてくる。彼のプレイヤーネームは【シバックス】、彼が飼っている犬と同じ名前らしい、どんな犬なんだ。彼とはこのゲームを始めて直ぐに知り合い、以来一緒に狩ることが多く、毎回ログイン時にフレンド欄にいた場合呼びかけ合っていた。
「シキさーん、お疲れ様でーす」
人の良い笑顔を浮かべ、手を振りながら歩いてくる。少し気恥ずかしかったのは初めだけで、今では彼の性格に絆されることも多い。
「お疲れ様、シバックス。今日は少し遅めだったんだな」
「あぁ、それがですね……なんと!」
そこでイタズラを仕掛けた子供のように含む。なんだよ、なんと?
「彼女ができたが実は美人局で、知らない男達と楽しんできました、か?」
「違いますよー、ってか美人局ってなんですか?」
「知らないならいいや、うん」
ジェネギャジェネギャ。よくある、シバックスと話していると。彼のリアルは知らないが、年齢の話はした事がある。俺とは5つ程違ってまだ学生だったはずだ。
そっかー、今の子は知らないんだなー。
「実はですねー……仕事、決まりました!」
なん……だと……