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房総半島迎撃戦:序

――4月某日 房総半島沖にて。

「こちらEr101部隊全機、射程圏内に入った。おくれ。」


ドローン型Boolean-Armorである、BA-135 Ergaster。それを操縦する機操士が無線で司令部に報告する。それの5機編成の部隊が黒雲のように蠢く膨大な数のモンスターの群れを捉えた。まるでその群れが1つの生物であるかのように動いている。


「こちら司令部、敵の詳細な種別は把握できるか回答求む。おくれ。」


無線から司令部からの指示が飛ぶ。パイロットは生態デバイスをズームさせ、目を凝らして黒雲の正体を掴もうと試みる。


この群れの大多数を占めるのは、人型に近く、両腕が翼になっているモンスターであるガーゴイル。頭部には角が生え、人間の仙骨にあたる部分からは尻尾が生えている。

そして、空を飛ぶエイのようなモンスター。これはスキュラだ。空中から高硬度の鱗を投射して攻撃する厄介な敵だ。


双方に共通しているのは、真っ黒な外皮に明滅する赤や黄色、青の四角い小さな斑点がある程度だ。これは全モンスター共通の特徴と言っても良い。


群れの中央が大きく蠢く。さらに目を凝らして観察する……20から30メートルはあるだろうか。巨大な――他のモンスターの影に隠れて全貌は把握できないが、太く短い触手が全身に生えたナマコのようなモンスターがいた。あの形でどうやって空を飛んでいるというのか。


「こちらEr101。ガーゴイル及びスキュラを確認。その他に20から30メートルほどの巨大モンスターがいる。おくれ。」


司令に報告を上げる。しばらくの沈黙。


「こちら司令部。了解した。以後本作戦で巨大モンスターをアンノウンと呼称する。」


「威力偵察を開始せよ。」


アンノウンとは咄嗟にモンスターの種別を判断出来ないときに命名される仮の名前だ。データベースと照らし合わせて、一致するモンスターが存在すれば改称される。国防軍は『モンスター』という呼称を幼稚な表現であるとして嫌っているふしがある。


司令から威力偵察の開始を告げられる。セーフティを解除し、トリガに指をかける。最も威力の低い攻撃から効果を確認する。


「Er101全機、APT12.7mm_Exorcistに切り替え。」


部隊全機に指示を送り、火器管制装置(FCS)を12.7mmの対魔重機関銃に切り替える。


「威力偵察を開始。全機撃ち方用意……放て!」


機体の下部から『ズドドドドド』と金属音混じりの砲声が轟く。

ガーゴイルにはオーバーキルといってもいい。四肢爆散し海上に落ちていくのを視認できる。スキュラにも着弾を確認したが、効果は乏しい――決して12.7mmで倒せないわけではないが、もう少し火力が欲しいところだ。

肝心のアンノウンに関しては分厚い雑魚モンスターの群れのせいで弾が阻まれる。


「こちらEr101。12.7mm_ExorcistはガーゴイルにS評価、スキュラにC評価、アンノウンにX評価。」


司令に報告を上げる。S評価は『1撃で即死』、C評価は『かろうじて外傷を与えることが出来る』、X評価は『着弾確認できず評価不能』の意である。


「Er101全機、APTを20mm_DragonSlayerに切り替え。」


部隊全機に指示を送り、火器管制装置(FCS)を20mmの対魔重機関砲に切り替える。こんな大仰な兵器をもってしても、対モンスターにおいては魔法の方が有効だったりする。物理的なエフェクトはそこまで重要なファクターではないのだ。


しかし軍事面で見ると、魔道士のようなごく一握りの代替不能な天才よりも、訓練を積んだ代替可能な凡人で動かせるB-SA兵器のほうが信頼性が高く重宝されるのだ。


「全機撃ち方用意……放て!」


機体の下部から『バリバリバリ』とモーター音が混じった砲声が轟く。

ガーゴイルは最早原型さえ留めない。スキュラにも有効、1秒程度当てれば落ちていく。

しかし、アンノウンに関しては先ほどと同様に分厚い雑魚モンスターの群れのせいで着弾を確認できない。


「こちらEr101。20mm_DragonSlayerはガーゴイルにS評価、スキュラにA評価、アンノウンにX評価。」


「現状の装備ではアンノウンに到達する装備は持ち合わせていないと判断。威力偵察続行の可否を問う。おくれ。」


再び司令に報告を上げる。A評価は『非常に有効』の意である。

残りは30mm_EvilDead機関砲弾と、誘導弾のみ。貫通力のある武装または取り巻きのモンスターを排除して裸にしない限りは命中させることは不可能であろう。


「こちら司令部。了解した。以上で威力偵察を終了、帰投せよ。」


――東京都内 学園生用キャンプ地 指揮所テント内


房総半島迎撃戦第5フェーズである、東京都内防衛のため、学園生は都内各地に展開していた。都内全域に国防軍は展開しているが、特に都心に近いエリアに関しては国防軍とスイケレ学園の協働で防衛することになっており、スイケレ学園のキャンプは上野公園に設置された。


「会長、国防軍による威力偵察が終了したようです。」


生徒会副会長の稲城(いなぎ) 芦花(ろか)が、腰まで伸びた黒い髪を揺らし、生徒会長に歩み寄って報告する。会長は神妙にパソコンと向かい合い、威力偵察の報告を読み込んでいる。


「ああ、既に読み込んだ。アンノウンが洋上で進行を停止したらしいな。」


会長の言葉に、いつもうつむきがちな副会長は顔を上げる。


「第2フェーズが功を奏しているのでしょうか?」


副会長の物静かで穏やかな響きの籠もる言葉に、会長は首を横に振る。燃えるような赤い髪が揺れた。


「いいや、攻撃部隊の射程圏外ギリギリで停止したらしい。」


会長はいつになく神妙な面持ちだ。いつも自信にあふれるあの会長が。


「"あいつ"は大人しくしているか?」


副会長は、『あいつ』という言葉の指し示す対象を少し考え込むと、すぐに回答する。


「はい、西王寺さんならキャンプ内で監視下に置かれています。」


会長は軽く頷いた。西王寺――スイケレ学園で最も危険な女。

戦闘狂、狂犬、夜叉、阿修羅、鬼神。全て彼女に向けられた言葉だ。

その手に余る戦闘能力と素行の悪さから、何度も矯正施設送りを打診されたことがある。


「天音が別の国で作戦行動中の今、一番の切り札は西王寺だ。あまり機嫌を損ねてやるなよ。」


会長はさらに険しい顔をして警告する。できれば解き放ちたくない、それが本音だろう。天音がいない今、西王寺が暴れた際に止められる者はいない。


「会長、大変です。アンノウンの全身から正体不明の物体を発射しています。あと数分で都内に直撃する予想です。数は不明ですが相当数とのことです。」


"大変です"という言葉とは裏腹に、全く緊張感のないぽわーんとした声がかけられる。それは放送委員長兼生徒会広報の八幡(やわた) (りん)だった。


「なんだって?」


会長が声を上げると、テントから飛び出す。

副会長と広報も続いてテントから出る。


空を見上げて数分、空に黒い筋がいくつも飛び交って、それは放物線を描いて続々と地面に降り注いだ。視界に入った限りでも30〜40は下らない。

それはキャンプ地である上野公園にも飛来してきた。


ぴっちりとした黒い戦闘服を着た生徒が、続々と黒い筋の衝突地点から逃げてくる。


「凛、指揮所は任せた。私と芦花と篠崎でPTを組んで正体を確認する。おい篠崎!」


会長はテントに向かって叫ぶと、中から大慌ての様子で庶務の篠崎(しのざき) (はるか)が飛び出す。垢抜けない印象のメガネをかけた少女だ。


会長、副会長、庶務は、黒い筋の衝突地点に駆ける。

何か悪い予感がしていたが――いや、これではない。会長の野性的な勘は、これが序章であることを感じさせていた。


4〜5メートルはある、黒い1つ目の巨人が公園を闊歩していた。

青、赤、黄の四角い斑点が明滅している。


「サイクロプスですね……。」


庶務が呟く。

サイクロプス――ギガースの上位種で、普段の任務なら一部の上級生にしか討伐依頼が出されない危険な相手だ。


「これが都内各地にバラ撒かれたということか。ヤバイな。」


会長は言葉を発するのと同時に構える。

サイクロプスは地面に生えている木を一本引き抜くと、武器のように構える。

そう、サイクロプスは知能が高く、仲間と協調したり道具を使うことができる。


体格や力などの身体的スペック以上に危険な要素だ。


――しかし、ナンバーズ3位の会長の手にかかれば赤子同然。

強い風が会長の体を持ち上げる。両腕に煌々と輝く炎を纏い、髪は炎のようにオレンジ色に発光している。


風と炎と身体強化。会長が得意とする魔法だ。


「行くぞ! サイクロプス!」


会長が突っ込む。風の魔法と強化魔法で、サイクロプスの反応速度を超えたスピードで詰め寄り、そのまま炎を纏った拳を叩き込み。脇を抜けて距離を取る。サイクロプスが紅蓮に包まれる。


会長が腕を振り上げると、風がサイクロプスを取り巻く。それはサイクロプスを焼く炎をより激しく、やがて火災旋風――炎の竜巻となって暴れ狂う。


「ブラストΣ(シグマ)!」


会長が魔法を唱えると、激烈な突風がサイクロプスを押し倒し、それを包んでいた紅蓮をかき消す。


未だもぞもぞと体を動かしているところに、会長は飛び乗り、サイクロプスの後頭部に瓦割りの要領で拳を叩き込む。爆発が起こった。


それは人の形を崩して黒い塵の山と化す。


「会長、お見事でした。」


副会長が賛辞を送ると、会長は手を上げて制止した。


「あいつを倒すのに4発も要した。西王寺や天音なら1撃で終わらせる。」


会長は塵の山を蹴り上げながら呟いた。ナンバーズ第3位と第2位の間には圧倒的なまでの実力の差がある。それを会長は身をもって体験していた。

これを乗り越えることができるまでは、それと比較してしまうが故に素直に喜べない。会長はそんな性格だ。


「恐らくサイクロプスが都内に解き放たれた。大体が3人1組の1PTで活動しているだろうが……まぁ大半はサイクロプスには勝てん。」


「2〜3PT以上で行動し、勝てないなら信号魔法を撃って撤退するよう通知しろ。」


会長は庶務に指示を出すと、庶務は指揮所まで駆け戻っていった。


――一方、穂乃村のグループは……。

「ねえ、なんでさとっちと静乃さんは制服なの? 戦闘服は?」


私はぴっちりとした黒い戦闘服を着用しているというのに、さとっちと静乃さんはいつもの制服姿だ。そもそも戦闘服の着用は必須ではなかったのか?


「変身魔法よ。」


さとっちはふふんと鼻を鳴らして答える。


「えぇ!? 私にも教えてほしいんだけど!」


私が教えを請うも、さとっちは取り合ってくれない。


「なりたい姿を詳細にイメージするのよ。すごい人は見た目をまるまる変えられちゃうんだけど……私達は見慣れてる制服姿に変身するので精一杯なのよ。」


静乃さんが代わりに答えてくれた。

なるほど、なりたい姿をイメージするのか。


意識を集中させ、記憶を頼りに制服姿をイメージする。


「ぷぷぷ! ほのりんひどい格好!」


さとっちが大笑いしている。私の姿を確認すると、上半身だけ制服姿に変身していた。……あんまりだ……。


すぐに魔法を解除する。次の正規戦までに絶対習得しなければ。


「しっかし東京は蒸し暑いわねぇ、ちょっと歩くだけで汗びちょびちょよ。……ん?」


さとっちとはぼやくのをやめて空を見上げる。私もつられて空を見上げると、黒い飛行機雲のような黒い筋が何十本も浮かび……それは放物線を描いて降り注ぐ。私達の近くにも落下したようだ。


「なに……あれ……。」


静乃さんが声を震わせて指をさす。その先には4〜5メートルはある、黒い1つ目の巨人が現れていた。


「あれは……ギガース?」


私の記憶に真新しい、初めての任務で出会ったモンスター。しかしあの時とは様子が違う。


「ほのりん、あれはギガースの上位種よ。なんていう名前だったっけ……。」


さとっちは静乃さんに問う。


「サイクロプス……だね。今の私達じゃ苦しいかも。」


静乃さんの声は、いつもの穏やかさから一転して厳しいものとなる。

私達はビルの陰に隠れて様子を伺う。まだ第5フェーズは始まっていないはずだが。


10分ほど経過したとき、生態デバイスに通信が入る。


「こちら生徒会広報、八幡(やわた) (りん)です。都内各地にサイクロプスの出現を確認しました。出撃中のPTは5人以上のグループを組み、太刀打ちできない場合は信号魔法を放って撤退してください。以上です。」


緊張感のない、ぽわわんとした声だった。

直後、生態デバイスから音楽が再生される。現代的でキャッチーな曲調で、勇ましさを感じさせる。美しい女性の歌声にのせられた歌詞は勇気や絆、未来について明るく謳っていた。


私……いや、さとっちは静乃さんも儚い金色のベールに覆われる。


「何……これ……。」


私は声をあげる。

この曲が流れてから不安や緊張が吹き飛び、勇気と戦意と活力に満ち溢れた。


「歌唱魔法ね、音楽に乗せて広範囲に強化魔法を飛ばすのよ。」


さとっちが解説する。魔法にはこのような形態も存在するのかと私は関心する。変身魔法に歌唱魔法、最早なんでもありの世界なのだろうか。


「歌唱魔法が展開されたということは、戦闘開始の合図。」


静乃さんは静かに呟く。


「まずは他のグループと組まないとサイクロプスには勝てないね。」


私の言葉にさとっちも静乃さんも同意する。

周囲を見渡すと、3人組の学園生と思われる青い輪郭がビル越しに見えた。身につけている生態デバイスは周囲200メートルの味方識別信号を検知し、遮蔽物に阻まれていてもその位置を教えてくれる。


「信号魔法を撃つわ。気づいてくれるかも。」


静乃さんはそう言うと、天に向かって魔法を放った。花火のように打ち上げられた光弾が上空で炸裂し、下向きの矢印の形をした光が現れた。


さとっちはビルの陰から路地を覗き込むと、何かを見つけたよで、身を乗り出して手を振る。


「こっちこっち!」


さとっちがビルの陰に3人の女の子を招き入れる。


全員見事な変身魔法で服装を変えている。

一人は長い銀髪に黒いコートを纏い、右腕には包帯が巻かれており、胸には十字架を模したネックレスをしている。背は私と大差ない――つまり平均的な身長だが顔には幼さが残る。3人の中央に立って、尊大な態度で腰に手を当てている。


もう一人は黒いローブにファーのついたフードをかぶっている、短い紫の髪の少女で、ドクロのペンダントを胸につけている。身長は低く、さとっちと大差ない。半目の暗い色の瞳は無気力感を漂わせる。右手で左目を隠して銀髪の子の左側に立っている。


最後の一人はヘルムのない黒い鎧に身を包んで、黒い炎が揺らめく剣を携えている少女。その肩までかかる真っ黒な髪にぱっつんな前髪で、その瞳は青く自信に満ちている。剣を地面に突き立てて銀髪の子の右側に立っている。背丈は銀髪の子より小さいがフードの子よりは大きい。しかし胸は一番大きい。


……なんだこの無駄に個性的な子達は。


「ふう、感謝するぞ凡骨共。我らはオカルト部の黒竜騎士団の者だ。そして!」


銀髪の子はオーバーアクションで口上を述べると拳を天に掲げる。

……近くにサイクロプスがいるんだけど……。


「余は黒竜騎士団団長! 【死神】の――ニルガルだ。」


ニルガルと名乗った銀髪の子はよくわからないポーズをとって恍惚の表情を浮かべている。明らかに偽名だが……。

次はフードを被った紫髪の子がどこからともなく背丈ほどもある木製の歪な杖を取り出して構える。


「私は黒竜騎士団の魔導王……【黒魔術】の――メイガスよ。」


紫髪の子は杖を天に掲げると、眩い紫色の魔法陣を展開する。

待ってましたと言わんばかりに黒髪の騎士風の子が剣を引き抜き叫ぶ。


「ふはははは! 我こそは黒竜騎士団の騎士王! 【魔剣】の村正ァ!」


村正と名乗ったその子はブンブンと剣を振り回す。


なんだかとんでもない味方が来てしまった。私とさとっちと静乃さんはあんぐりと口を開けて神を呪った。


「じ、じゃあ交代の時間も近いしキャンプに戻ろうか……。」


私が提案した瞬間、オカルト部の3人の背後に巨大な影――サイクロプスが覗き込む。


「メイス・オブ・メイガス。三重魔法(トライン・マジック)、固有魔法"術式複製(ミラージ・マジック)"。」


自称メイガスさんの杖が紫色の光を放つと、その小さな体に三角形のオーラが宿る。続く固有魔法と彼女が称した魔法を起動すると、三角形のオーラは六角形となる。


「ブラストγ(ガンマ)


メイガスの杖から6つの魔法陣が展開されると、強烈な空気弾がそれぞれの魔法陣から射出される。それはサイクロプスに同時に命中し、体制を崩させる。


「征くぞ! 【鏖殺(おうさつ)】のジェノサイズ!」


自称ニルガルさんが叫ぶと、どこからともなく浮遊する黒い大鎌を召喚し、サイクロプスに飛ばす。ニルガルさんが操作しているのか、黒い鎌はひとりでに空中を飛び、サイクロプスに切りかかっている。


「ふむ、さすがサイクロプスといったところか! だが我のメガデスカースブレイドを受けて立っていられるかな!?」


村正さんはサイクロプスの足元に駆けると、その剣でコツンと斬りつける。すると、サイクロプスの影から黒い鎖が飛び出し、その四肢を拘束する。


キワモノ揃いの3人かと思ったがその実力はかなり高そうだ。鎖で拘束されている間に6人はビルの陰から路地に飛び出す。


「私の6重魔法を受けてもピンピンしているなんて……。」


メイガスさんはぼそっと呟く。

ニルガルさんは鎌を手元に戻し、村正さんと静乃さんは皆を守るように最前線に立つ。私とさとっちは周囲を見渡して他のサイクロプスがいないことを確認した。


サイクロプスは鎖を引きちぎり、咆哮する。

静乃さんは木刀を召喚して構える。直後、サイクロプスは静乃さんに向けて拳を振り下ろす。


まるで空き缶を殴り飛ばすように静乃さんが吹き飛ぶ。


「アンカーチェインα(アルファ)!」


静乃さんが叫ぶと、木刀から地面に向かって鎖が伸びて――縮む。吹き飛ばされた体を強引に地面に引き戻したようだ。


「静乃! 大丈夫!?」

「こんなのしかできないけど……連続ファストエイドα(アルファ)!」


さとっちの得意とする魔法の高速連射で回復魔法を連射する。

この連射速度であれば、例え効果が小さくとも数で補うことが出来る。


サイクロプスが迫り来る。近接で受け止められる静乃さんはしばらく動けない。


サイクロプスが腕を横薙ぎに振るうと、最後の前衛である村正さんも跳ね飛ばしてしまった。


……! いや……でも……。私の中にある考えが浮かんだ。この前線を維持できるかもしれない方法を。


「ニルガルさん! メイガスさん! 攻撃を続けてください!」


私は2人に声をかけて前線に踊り出る。


「凡骨! 何をするつもりだ!」


ニルガルさんが叫んだ瞬間、私はサイクロプス渾身のストレートを受けて全身が砕かれるような痛みが襲う。


こんなものを静乃さんや村正さんが受けていたのか。


「ドレイン……β(ベータ)!」


5つの光弾が飛び、サイクロプスの胸から赤と紫の光線が私の手元に返ってくる。

全身の痛みが嘘のように引いていき、傷が物凄い速度で埋まっていく。


やはりドレインβは体力を奪うもの。過剰な体力は体の修復に利用され……一撃でもドレインが当たれば体は全回復する。


私は村正さんの元に駆け寄る。


「こんなときにすみません、私に……先程サイクロプスにかけた魔法を撃ってください!」


村正さんは身動き一つ取れない体でも、その顔には混乱が広がっていた。


「あの……魔法は……動けなくなるぞ……。」


村正さんは苦しそうに言葉を絞り出す。


「構いません。考えがあります。」


私が答えると、村正さんはコクンと頷いて私に触れる。

私の足元の影が揺らぎだす。急いでサイクロプスの正面に戻ると、私の影から鎖が飛び出して私の四肢を拘束する。


そしてサイクロプスは私に拳を叩きつける。鎖のおかげで私は動くことができない――つまり吹き飛ぶこともできない。


「ドレインβ(ベータ)。」


サイクロプスから体力を奪い取り、体は完全な状態に再生する。

私が一撃死するか、意識が飛ばない限りは前線を維持できる。


「あいつ!無茶だ。メイガス、全力でトドメを刺すぞ! 黒竜騎士団は仲間を見捨てん!」


ニルガルさんが叫び、再び鎌を飛ばす。それはサイクロプスの首を掻く。


「あの人の魔法……すごいわ。」

三重魔法(トライン・マジック)、固有魔法"術式複製(ミラージ・マジック)"。」


メイガスさんの杖が紫色の光を放ち、六角形のオーラが宿る。


「黒竜騎士団最高火力の私ですもの。サイクロプスの首一つ落とせないようでは名が廃るわ。」


「サンダーボルトγ(ガンマ)。」


再びメイガスさんの杖が輝くと、6つの魔法陣が展開され、それぞれから眩い稲妻が放たれる。メイガスさんが杖を横薙ぎに一閃すると、稲妻は威力を増してサイクロプスを塵に変えた。


なんとか……倒した……。

私は地面に崩れ落ち、そして意識を失った。


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