部活、委員会、その実態:前編
日本国国防軍の保持する、日本の領域をすっぽりと覆う探知レーダーが小笠原諸島付近のEEZ境界に雲のようなモンスターの群れを検知した。
国防軍総司令部の会議室には名だたる高官達がびっしりと座り、ディスプレイに映し出された、一見すると台風の進路予想にも見えるモンスターの予想進路図を睨みつけていた。
「ふむ、現状の進路では静岡から茨城の範囲に1週間以内に上陸する可能性が高い……と。」
白い髭を蓄えた、軍服の司令官が予報円から上陸の可能性が高い地域を確認する。
「ウィスダムの解析結果では、静岡10%、神奈川20%、千葉及び東京が40%、茨城が30%の上陸確率となっております。」
若い士官がメガネをかけ直しながら、人工知能ウィスダムに計算させた上陸予想確率を読み上げる。会議室に多くの唸り声があがった。
「東京の人口はおよそ300万、千葉県は200万。茨城は150万。どこに防衛ラインを設置すべきか一目瞭然だな。」
防衛省のスーツ姿の高官が呟く。東京と千葉は最盛期に比べ人口は1/3、茨城は1/2だ。かつての日本国首都ということもあり、人口激減後も東京の人口は関東以南では最も多い。
「東京が首都だったときの防衛作戦案が残っていたはずだが。」
司令官が発言すると、神経質そうなメガネをかけた短髪の参謀が手元の資料を漁る。
「はい。こちらの作戦は東京防衛を最優先にしておりまして。」
参謀は取り出した資料を数枚めくる。
「太平洋上での航空攻撃による威力偵察を主とする第1フェーズ。」
「房総半島の鉄道線である内房線に沿って配置した遠距離攻撃部隊によるモンスター上陸前の先制攻撃を行う第2フェーズ。」
「同半島の鉄道線である外房線に沿って配置した防衛部隊を防衛ラインと設定し、モンスター上陸後の迎撃戦を行う第3フェーズ。」
「第1防衛ライン突破後に発動する、首都高湾岸線沿いに配置した中距離攻撃部隊による攻撃の第四フェーズ。」
「これ以降は東京都内での陸上戦となる第五フェーズとなります。」
参謀は作戦の概略を読み上げた。
「文字通り房総半島を盾にして東京を防衛する作戦……か。」
「圧倒的な物量で攻めてくるモンスターに対し、魔道士とB-SA兵器を満足に積載できない海上戦はリスクが高い。東京防衛だろうと千葉防衛であろうと房総半島が焼けるのは避けられんか。」
「旧首都防衛作戦案を流用して迎撃作戦を実行するが、異存のある者はいるか?」
司令官は会議室を見渡す。挙手も意見も特にない。
モンスター戦は厄介なものだ。災害のように急に現れるため満足いく防衛策を練ることが出来ない。事前に宣戦布告をしてくれたらどれだけ仕事が楽になるだろうか。
「よろしい、3日以内に人員と装備をかき集めろ!」
――
「失礼します〜」
共同校舎内の風紀委員室の扉を開く。
私は昼休みに風紀委員に呼び出されたのだ。
……なんだこの緊張感は。空気が張り詰めており、背筋が勝手に伸びる。
これが風紀委員室の圧力だというのか。
「貴様、何用だ。」
風紀委員室の最奥のデスクから、大柄の女性が立ち上がる。
その体は筋肉質で、引き締まっており、濃紺の髪は短く切りそろえられている。
よく訓練された兵士、または厳格でストイック。そんな風格と鋭い眼力があるが、その制服姿が彼女の身分を示していた。
「お昼に風紀委員の人に呼び出されたのですが……」
私はその人の迫力に気圧されながらも言葉を絞り出す。
「ふむ、今日のアポイントは……ああ。キミが穂乃村さんか。入りたまえ。」
風紀委員室内は綺麗に整頓されており、きっちりと机と椅子が並べられ、書類は完璧にファイリングされて収納されている。
「かけてくれ。」
その女性の大きな背中に追従していくと、面談用と思われる小さなテーブルとソファがあり、そこにかけるように勧められる。
「さて、入学早々4人も保健室に送った魔道士候補者がどんなヤツかと思えば随分愛らしいじゃないか。 挨拶が遅れたな、私は風紀委員長の古海 椿咲という。」
古海と名乗ったその女は、挨拶をしながら淡々とお茶と菓子を用意して私の目の前に置く。
「すまんな。もう少し柔和な態度がとれたらとは思っているのだが、これがどうして中々難しくてな。」
古海さんはテーブルを挟んだ正面のソファに腰を掛ける。
「いえ、お気になさらず」
フォローを入れてみるが、なんとも気まずい。
「単刀直入に言おう。先週金曜日にお前たちが行ったアリーナ戦で、お前の固有魔法を受けた鶴城 勝美……金髪の女だ。そいつが日曜まで体力衰弱状態にあった。」
「えっ」
衰弱状態とは、今までそんな状態に陥った者はいなかったはずだが……自然と声が出てしまった。確かに、あの時に放った吸収魔法は様子が異なっていたが。
「お前の固有魔法を学園内では『ドレイン』と呼称されることになったことも伝えておこう。当初は魔力を吸収するのみの効果であると認識していた。この状態を『ドレインα』としよう。 しかし、お前が素養を磨いた結果、魔力及び体力まで吸収するに至った。これを『ドレインβ』と呼称しよう。」
古海さんは一呼吸置いて、続ける。
「もし、お前がこれを制御することが出来るのならばアリーナ戦等の対人ではドレインαまでの使用に制限する。」
「制御不可能ということであれば、アリーナ戦等での対人使用を禁止する。」
「今後、ドレインがγやΣ、果てはΩクラスまで進化した場合にどのような効果になるのか現状では想像がつかないため、生徒会と風紀委員で協議した結果、禁止または制限を課すことにした。」
古海さんは極めて厳しい顔つきで言い放つ。
αで魔力を。βで魔力と体力を吸収できるようになった。γ、Σ、Ωになれば……。
実はドレインというのは底知れぬ恐ろしさを持った魔法なのだろうか。それを最も理解していたのは私ではなく、風紀や生徒会なのであった。
「制御はできると思います。」
率直に述べる。もちろんデタラメに言っているわけではない。しかし確固たる自信があるわけでもなかった。
「"思います"では困るんだ。それで、来週の放課後にスペックテストを実施する。αとβを自分の意志で制御できることを証明してもらうぞ。」
古海さんはそう言うと、お茶を自分のグラスに注いでから豪快に飲み干す。
「わかりました。来週テストを受けます。」
そう答えると、古海さんは私の眼を凝視しながら言う。
「よろしい。では今日の用件は以上だ。帰宅してくれて構わない……が。」
古海さんはいきなり考え込んだ様子で押し黙る。
静かな風紀委員室だが、外からなにやら賑やかな声が響いてきた。
「部活とか委員会に所属する気はないのか?」
先週は忙しすぎてどのような部活があるのか見てすらいなかったが、所属する気は今の所ない。
「特に所属する気はありませんが。」
私は正直に返答する。なんとなく所属を勧められる気がするのを察した。
「うちの学校は任務とは別に国防軍からの正式な要請で3人1組のグループを作って、本物の戦地に向かうことがある。その際に人脈や気心の知れた仲間がいることは大きな武器になる。」
「とりあえず色々見てみることを勧めるぞ。これは学生生活に限った話じゃない。案外自分の知らないところに楽しみがあったりするものだ。」
古海さんは「時間をとって悪かったな」と続けて、私は風紀委員室を後にした。
静乃さんは剣道部に所属しているようだけど、さとっちもどこかに所属しているのだろうか。私は中学生だったときも何かするわけでもなく、授業が終わったらまっすぐ帰宅していたからなぁ。
風紀委員室のある共同校舎を出ると、目の前の通り道は部活動勧誘の花道が出来上がっていた。
「なんじゃこりゃあ!」
その通りを歩く人は見境なく勧誘の人に絡まれ、必死に手を振りながら断り続けるか、走って強行突破していた。勧誘と言うよりは繁華街のキャッチのような……これで入部する人はいるのだろうか。
野球、サッカー、アメフト、自転車、ゴルフ、水泳、テニス等々スポーツ系はやはり多い。文化系でも吹奏楽、文芸、美術、カメラ、茶道等々、こちらも負けず劣らず多い。
アリーナ部、魔法研究部、オカルト部、おじさん部等、帰宅部等ユニークなものも散見される。……おじさん部って何?
「やぁ穂乃村さん。お困りのようだね?」
聞き覚えのある声が聞こえる。
「あ、北斗さん。こんにちは。」
それは生徒会長の北斗さんだった。軽く会釈をし、挨拶を交わす。
「これはこの時期の名物でねぇ、この所属バッチを制服につけていないと、金魚の水槽に投げ入れられた餌のようにこいつらに食われることになるぞ!」
北斗さんは、その燃え上がるような赤い髪を除けると、襟元に輝く天秤のような意匠が施されたバッチが現れた。
「さて、穂乃村女史はどこの部活にも所属する気はないのかね?」
それは先程風紀委員長にも問われたことだ。
「ええ、今のところは……。」
そう答えると、北斗さんは何故か嬉しそうに鼻を膨らませてから、何やら悪い顔をして私を一瞥した。
「よかろう!ここも時間が経てば解散する、良い避難場所があるぞ!」
北斗さんの大きな手に引かれて連れて行かれた場所は学食だった。
「実は宝くじで3000円当たってな、パフェでも奢ってやろう。幸せとは共有するものだ、そうだろう?」
北斗さんは鼻高々に言う。なんて素晴らしい思想を持っているんだろう。
「えっ、いいんですか?」
北斗さんは券売機に1000円札を入れる。赤く光ったチョコレートパフェのボタンを押下すると、お釣りと共に食券が排出される。
お釣りを投入口に再度入れ、北斗さんはプリンアラモードの食券を買った。
「はーい、ちょっと待っててね〜」
食券をおばちゃんに渡すと、しばらくして2人の注文したデザートが出てきた。私はそれを北斗さんの座っているテーブルまで運ぶ。
「おうサンキュー。」
北斗さんはプリンアラモードがテーブルに置かれた瞬間に自身の手元まで手繰り寄せて、スプーンをプリンに突き入れる。
「すみません、おじさん部って何かご存知ですか?」
先程見かけた謎の部活、おじさん部。北斗さんがそれの正体を知っているか聞いてみる。
「あー、あそこな。」
北斗さんはプリンを一口含む。
「あそこは28歳以上でないと入部出来ない部活だ。何をしているか私も知らんが……。」
さらに一口運ぶ。
「流石大人の集まりだけあって知恵者揃いだ。生徒会もよく知恵を借りる。生徒の目線に立って助言できる大人というのはおじさん部を除いておらんし、私達のような子供では見えんものが見えている。」
プリンの周りの生クリームを絡め取り、プリンの上に乗せて一緒に口に運ぶ。
「特に今の部長の黒魅 零士はキレ者だな。ここに来る前は『Integer&Consulting社』の日本法人でコンサルタントをやっていたらしい。なによりイケメンだ。」
「今年で卒業するのが本当に惜しいよ。」
おじさん部の詳細な活動実態は不明だが、要望があれば知恵を貸すような生徒たちの長老的な立場にある部活……ということなのだろうか。先生という立場でなく、生徒という同じ立場で助言する大人がいるというのは幅広い年齢層が入学してくる特殊戦学校ならではの特色だろう。
「Integer社ってB-SA兵器を開発している会社ですよね?」
私はパフェのクリームを口に運びながら、北斗さんに問う。
「お、勉強熱心だな。『Integer&Consulting社』はInteger社のコンサルティング部門が子会社化したコンサルティングファームだ。
一時期『Integer&ThinkTank社』という研究機関と分けようという話があったが、結局Consulting社と合体する形になったようだな。」
北斗さんは企業の事情に精通しているのだろうか。それともInteger社オタクなのか。どちらにせよ、極めて流暢に語っているのが印象的だ。
Integer社はB-SA兵器の開発が最も大きな功績と認知されているが、科学分野や工業分野でも世界を牽引するリーディングカンパニーだ。その企業体質は徹底された実力至上主義で、入社には学歴も年齢も経歴も考慮されないが、入社希望者は人工知能ウィスダムの上でそのスペックを丸裸にされる。
人工知能ウィスダムの開発を主導したのはInteger社であることは義務教育を受けたものであれば誰もが知る一般常識だ。
「その黒魅さんってどんな方なんですか?」
私は興味を持って尋ねる。実力至上主義の会社で生き延びた人が気にならないはずがない。
「こう言っては失礼だが……歩くウィスダムではないかと私は睨んでいるよ。ひと目見ただけで私の性格や家族構成まで当てられた。本人曰く、観察しただけというが……腹の底の見えない人だ。」
「機操士科の中でも成績はずば抜けているらしい。魔道士科で言えば天音のような規格外だろう。」
北斗さんは遠い目をしながら答える。恋する乙女の目というよりは畏怖の対象と言った感じを受ける。
「そういえば古海に呼び出されたらしいな。穂乃村の固有魔法について生徒会でも議題に上がったぞ。」
北斗さんが話題を変える。
古海さん……風紀委員長だったな。
「ええ、私が攻撃した人が衰弱状態になったそうで……。」
相手が衰弱状態になるなど、予想もしていなかった。
ただの魔力吸収するだけの魔法だと思っていたのだから。
「その魔法……というよりは固有魔法全般か。魔法の効力が完全にわかっているもののほうが少ないからな。なんとか制御できるようになってくれ。」
「もしかするとそのドレインが、対モンスター戦を終結させる力になるかもしれないからな。」
北斗さんは冗談めかして笑った。
「古海はな、見かけはおっかないが実は風紀の中で一番の穏健派だ。手下どものほうが躍起になって取締している。」
「生徒が主体的に校則を守るように願っているから、積極的な取締はしない立場をとっていてな。……まぁ、根は優しいやつなんで敵視せんでやってくれ。」
私と北斗さんは注文したデザートを食べ終えた。
「くっくっく、穂乃村よ。”食った”な?」
北斗さんは悪い顔をしてこちらを見ている。
「騙して悪いが生徒会も人手不足でな……体験入会してもらおうか。」
……しまった、図られた……!