不良の生態 : 後編
夕食を済ませた後、一人でアリーナの地下に戻ると、天音さんの姿があった。
「あなた……休まなくていいの?」
出会ったときのような、透き通る儚げな声音で声をかけられた。
「私だけファイアαも使えないから、頑張って練習しないといけないかなって。」
私の言葉を聞いた天音さんは、鉄製の木人の前を指さして「座って」と言った。
私はそれに従って、木人の前に座る。そして私の真横に天音さんが座った。
「あなた……固有魔法が使えるようだけど普通の魔法はさっぱり使えないのね。」
見破られていたようだ。確かに天音さんとの戦闘では吸収魔法以外は使わなかったし、使えなかった。
「手を出して。」
天音さんの言葉に従って、右手を差し出す。彼女は指先に小さな炎を灯して私の手のひらに近づける。
「どんな感じ?」
どんな感じ……か、ほのかに熱さを感じる。それだけだ。
「香りに例えると? 見た目はどんな感じ? 全て自分の言葉で表現するのよ。」
天音さんの言葉に従って、灯された炎を深く洞察する。
香りに例えると……天日干ししたお布団……かな。見た目は真っ赤に光るトマトのようにも……。
「よく感覚を味わって、自分の言葉で表現するの。言葉に出さなくていいよ。」
味に例えると、そうだな……柑橘系だけどかなりスパイシーで、触り心地は滑らかで絹のよう。
「じゃあ、それを感情で表すと?」
温かいようで熱くて、それでいて穏やかな。
例えるならば、友達……友情だったり恋だったりするのかな。
手のひらに感じていた熱さがなくなる。
「じゃあ、今感じたものを自分で再現してみて。」
私は球を両手で掴むように構えて、目を閉じてイメージする。
天日干ししたお布団、真っ赤に輝くトマトのようで、その味は酸っぱくてスパイシー。滑らかで絹のような見た目で、そこに籠もる感情は――友情。
両手のひらに熱いものが宿る。目を開けてみると、そこにはゴルフボール大の火球が出現していた。
「おめでとう。それがあなたのファイアαよ。」
天音さんは優しく微笑んで、私の作り出した火球を愛おしそうに見つめている。
「で、でもこれをどうやって飛ばすんですか?」
半ば焦りながら問うと、天音さんは木人を指さして言った。
「銃で撃つ、弓で射る、全身を使って投げ飛ばす。あなたが最も強くアレにぶつける方法を考えて。」
そうだな……この火球を弓の弦で思いっきり引き絞って――射る。
イメージした瞬間、火球がとてつもない速度で木人に直撃して破裂した。
「どうして、こんな簡単に……?」
義務教育時代も含めて、ファイアαは何回練習してもできなかった魔法だ。
なのに、天音さんの簡単なレッスンで十分な威力の魔法が撃ててしまった。
「魔法とはイメージが一番重要なの。教科書に書いてあるイメージは多くの人が共感しやすい表面的なものに過ぎないの。重要なのは自分がどう感じるか。」
「魔法の素養ってね、いかに高速に具体的なイメージを作り出せるかということなの。あなたが固有魔法を苦労せず使えるのは、固有魔法のイメージを反射的に作り出せているから。」
「……じゃあ、あとは頑張って。」
目から鱗が出るような解説だった。私が魔法を上手く扱えないのは、具体的なイメージが出来ていなかったからなのか。
「天音さん! ありがとうございます!」
私がお礼を言うと、彼女は手を上げて応えた。
もう少し練習してから帰ろう……。
翌日の放課後も、アリーナの地下へ向かうと、天音さんが待っていた。
3人の連携が出来上がってくると、天音さんも明らかにレベルを上げて対応し、先日とは比較にならないほどハードな特訓となった。
ファイアαも安定して発動できるようになったことで、戦闘方法にも幅が出たが、やはりさとっちのような上級生と比較すると起動時間が遅く、天音さんとの訓練では使い物にならない。
「見てみてこれ!」
さとっちが叫ぶと、まるでマシンガンのような連射力でファイアαを連射し始めた。
「里中さんは魔力は低いけれど素養が高いみたいだね。その連射は中々できないよ。」
と、天音さんのお墨付きをもらうレベルのようだ。
同じ歳だから同じようなレベルだと自然に思ってしまうが、さとっちは魔道士科では2年生のカリキュラムを受けている先輩なのだ。
静乃さんも同じく魔道士科2年生のカリキュラムを進行中で、彼女は強化魔法と得意の剣道を融合させた近接戦闘が得意なのだという。
その腕に疑いようはなく、天音さんの高速の体術に安定して対応できているのは彼女だけだ。
訓練は途中の休憩を含めて5時間続き、外はすっかり日が落ちていた。
「じゃあ、もうやれることはやったからゆっくり休んでね。」
天音さんはそういうと、アリーナから出ていった。
あれだけ長時間、激しく打ち合ったにも関わらず天音さんは汗一つ流さず、呼吸も乱れていない。私達は全力で立ち向かったはずだが、彼女には児戯にすらならないのだろうか。
残されたさとっちと静乃さんと私は、ラストオーダー間際の学食に潜り込み、いつもより豪華な料理を注文して簡単な決起会を行う。
「その……私のためにありがとう。そして巻き込んでごめんなさい。」
「全力で立ち向かうから、もう少しだけ私を助けて!」
静乃さんはそう言うと、頭を深々と下げる。
「まったく、助けを求めるのが遅いのよ!」
さとっちは料理を頬張りながら静乃さんの頭に手を置く。
「絶対勝つわよ!」
さとっちの掛け声と共に、3人は乾杯をした。
それから各々は自分の部屋に戻る。
お風呂に入り、明日の授業の準備をする。
時計の針が0時を示しても、緊張で瞼が落ちない。
ベランダに出て、夜風を浴びる。空が東京よりも近いような気がする。
いろいろ巻き込まれて忘れていたけど、まだ入学して1週間経ってないんだよなぁ。
巻き込まれて随分と濃密な時間を過ごしている気がする。主にさとっちに巻き込まれているのだが……まぁ友達の増えたし悪い気はしない。
「ほのりん、寝ないの?」
いきなり人の声がしてギョっとする。真横を見ると、横の部屋のベランダにさとっちがいた。
「さとっちこそどうしたの?」
私が聞いてみると、彼女も明日が不安で寝られないと返ってきた。
死ぬほど訓練したけど、やっぱり怖いものは怖い。それはさとっちも一緒なのだろう。
「やっぱ、本番は怖いよね〜。もし負けたら静乃は……。」
さとっちは柄にもなく弱気になっているようだった。
もし私がそうなっていたら、元気な彼女ならこう言って支えるだろう。
「負けないよ。」
私がそう言うと、さとっちはハッとしてこちらを見返す。
「天音さんから何を学んだの?」
「辛い時は決意を抱くんだよ。私達はなんのために戦うのか、胸に刻むの。」
さとっちの曇った顔が晴れていく。
「ふふ、何を弱気になってたんだろう、ありがとう!ほのりん!」
彼女はベランダから部屋に戻り……少しだけ顔を出して「おやすみ!」と言った。さて、明日に備えて寝よう。
翌日の放課後。
私達3人はガチガチになりながらアリーナへ向かった。
手は汗ばみ、体は震え、熊を前にした猟犬のように強張っている。
アリーナの控室で、私は落ち着かずにひたすら部屋の中を歩き回っていた。
時計が17時を告げる。
「行くよ! ほのりん、静乃!」
3人はアリーナに足を踏み入れる。
人工芝の柔らかい感触が足の裏に伝わる。緊張で見慣れたアリーナが大きく見えた。
観客席には曇り空のような灰色の髪をなびかせた天音さんが見守ってくれていた。
「よう、まさか本当に来るとはなァ。その根性は認めてやる。」
金髪が竹刀を地面に叩きつけながら言う。
「今、謝罪して土下座すれば静乃嬢ちゃんをひん剥いてやるのは許してやるぞ?」
緑髪は、拳を鳴らせて構えている。許す気がないのは明白だ。
「とっととやっちゃおうよ。」
黒髪はやる気がなさそうにスマホをいじっている。
「じゃあ、おっ始めるぞオラァ!!」
3人が同時に飛びかかってくる。
静乃は精神を統一し、召喚した木刀を逆手持ちにし――円を描くように一閃。
3人の不良はその勢いに弾かれて同時に体制を崩す。
いち早く体制を立て直した黒髪に、さとっちはマシンガンのようにファイアαを連射し牽制する。
静乃は木刀を順手に構え直し、鬼気に迫るウォークライと共に激しく、そして迅速に踏み込み、黒髪の脳天に強撃を喰らわす。
地に伏したそれに、私は吸収魔法を放つと、黒髪は魔力欠乏を起こして痙攣する。もう数時間は立っていられないだろう。
「なンだあいつら! 前と全然ちげぇじゃねぇか!」
一瞬の出来事に、緑髪も金髪も戦々恐々としていた。
天音さんのそれに比べるとあまりにもお粗末で、遅い。
「弱いやつから各個撃破する! ピンク髪から狙え!」
金髪が叫ぶと、静乃さんは私との距離を詰めて防御の構えをとる。
緑髪が突進の構えを見せると、すかさずさとっちがファイアの牽制を入れ、怯んだ隙に私が吸収魔法を撃ち込むと、後方によろけて倒れ込む。
「チッ、雑魚共が!」
空気が金髪の竹刀に向かって流れ込む。
「死ねやゴミ虫共! ブラストγ!」
金髪が竹刀を振るうと、強烈な空気弾が人工芝を捲り上げながら飛翔する。
私を狙う空気弾を、静乃さんは木刀で受け止める。
空気弾と静乃さんは互いに激しく削り合う。
「私は……立ち向かうことを学びました……だからもう……友達のためにもあなたたちに屈するわけにはいかないんです!」
静乃さんが叫ぶと、かるく跳躍して重力と自身の自重の力を借りて空気弾を両断した。
瞬間、静乃さんの眼前に金髪が迫り、竹刀を振り下ろしていた。
木刀でなんとか防ぎ、鍔迫り合いとなる両者。
「お前が剣道部に入ったときィ……新入部員にボコられた俺の気分がわかるかァ?」
鍔迫り合いの状態で、金髪は静乃にローキックを入れて吹き飛ばす。
私は咄嗟に吸収魔法を試みるが、横から手が伸びた。
「待って、これは静乃の戦いよ。」
それはさとっちの手だった。
「剣道部でトップ張ってた俺がよォ。てめぇみてぇな1年坊にィ!」
再度突進する金髪と鍔迫り合いになるが、次は静乃が蹴りを入れる。
「最初にてめぇをアリーナでリンチしたときすげェすっきりしたよ。」
「だからよォ……もう一度地に伏して、あの時のように奴隷に成り下がれェ!!」
金髪は竹刀を地面に擦りつけながら距離を詰める。
振り上げられた竹刀は高速で静乃の脳天を狙った。
「今の私には……」
静乃が空中で一回転すると、金髪が仰け反る。
瞬間、金髪の竹刀は真っ二つに割かれ、首には木刀があてがわれる。
静乃の右手には木刀が、そして左手には氷の剣が現れていた。
「また俺の上に立つのかよ、お前はッ!」
敗北が明らかになっても、金髪はガンを飛ばすのをやめない。
「今の私には、友達がいるんです。だから、傷つける人は決して許しません。」
静乃は召喚した木刀と氷剣を分解し、背を向けて立ち去る。
「……。……!」
金髪は割かれた竹刀を手に取り、静乃に突進する。
私は吸収魔法を構えて放つ。赤黒い玉が5つ飛び、着弾すると、金髪の胸から赤と紫の2本の光線が私の手のひらまで返ってくる。
金髪は苦痛に悶えるような絶叫を上げて倒れ込む。
体が熱くなり、そして活力が漲る。いつもと違う感覚だ。
「ほのりん、もう行こう。勝ったよ。」
さとっちに背中を押されてアリーナを後にした。
「勝ったね。」
なんとなくすっきりしないが、勝ったという事実を認識するために言ってみる。
「思ったよりすっきりしないけどね〜」
さとっちは不服そうに体を伸ばしてている。
「どう? 静乃、少しはすっきりした?」
さとっちに問われた静乃さんは答える。
「すっきりした……というより安心した……かな?」
「ま、静乃が安心できたなら今回の目標は達成よ!」
私達は、勝利の余韻に浸ると言うよりは、ようやく終わったという安堵感を噛み締めてアリーナを出た。
「かっこよかったよ。」
背後から、透き通った儚げな声が聞こえ、振り返るとどこかへ立ち去る天音さんがいた。今度会ったらお礼を言わないとな。
「よっしゃ、今晩は祝勝会じゃあ〜!」
……昨日決起会やったよね……。
これはこれで、別の話か!
私達は開放感を味わいながら、2日連続の祭騒ぎを行った。
そして静乃さんという新しい友達との懇親会でもある。
――翌週。
入学してから忙しすぎる1週間を乗り切った。
しかし、今週に入ってからというもの、クラスメイトからは畏怖の入り混じった視線と態度を感じている。
……またよからぬ噂話がついたのだろうか。
「おい! 穂乃村 鈴音はこの教室か!」
クラスの外から私を呼ぶ声が聞こえる。
「はい! 私ですけど……。」
声の主の元へ駆け寄る。風紀委員の腕章をした気の強そうな女性だ。
胸の三角帽子のエンブレムを見るに、魔道士科だろう。
「ほう、入学初日に上級生を保健室送りにし、翌日には授業に参加せずギガースを討伐。さらに同じ週に不良3人と喧嘩しまとめて保健室送りにしたという不良がどんなやつかと思ったが……お前本当に不良か?」
半笑いでその風紀委員は言う。
「違います。」
と、即答するしかない。
……クラスメイトの畏怖の入り混じった態度は、徐々に長くなる私の行動実績によるものか。
全てさとっちに巻き込まれた結果であり、私はそんな戦闘狂紛いのことは自分から進んでやるような人間ではないと声を大にして主張したい。
「まぁいいや、お前たちの始末した不良は風紀狩りとかいってアリーナでリンチ紛いのことをしていたやつらだ。これで風紀をやめたやつも多い。」
「一応感謝はしておくが、放課後風紀委員室に来てくれ。先週の決闘の件で話がある。」
私が「わかりました」と言うと、「結構」と返して去っていった。
一体私はどうなってしまうのか……!