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不良の生態 : 前編

入学3日目。ようやく普通に授業を受けることができている。


周囲からは『入学初日に上級生を保健室送りにした』だの『2日目には授業に顔も出さずにギガースを討伐した』だの噂が飛び交っており、同級生たちは私を『穂乃村さん』と控えめに呼称する。


――全て事実であるが、望んでやったことではないと最後まで主張していきたい。


初めての昼休みを迎え、学食で飾り気のないラーメンを(すす)りながら、設置しているテレビを視聴する。公共AIであるウィスダムの天気予報は今週が全て快晴であることを告げていた。


ウィスダムとは1960年に南極に設置された人工知能だ。全ての国が平等に使用権を与えられている公共的な人工知能で、スーパーコンピュータと膨大なデータベースの上に人工知能が成り立っている。


天気予報や科学技術計算、各種シミュレーションに使用されているようだ。現在の人類の中でウィスダムの恩恵を授かっていない者はいないと断言できるほど、生活に根付いた重要インフラのひとつであるとされている。


しかし、1970年にモンスターが南半球に出現し、南極に人の手を入れることは困難となった。それにも関わらず、ウィスダムは人間のメンテナンスなしに60年間稼働を続けており、通信設備も健在。なぜメンテナンスなしに60年間も安定稼働できているのか、度々テレビで取り上げられる。


――大体は、当時の科学技術の全てを注ぎ込んだオーパーツであるからという根拠のない結論に持っていかれる。


今は安定に稼働していても、今後ともそれが続くとは断言できないため、ウィスダムの使用は可能な限り控えるという暗黙の了解がある。せっかくの人工知能だというのにそのスペックを満足に活用できずにいた。


視界の隅に栗毛のツインテールが横切り、下方向に消えた。

さとっちが私の座っている席の正面に座ったようだ。


どうも、元気が無いようだ。


「ほのりん〜、ちょっと手を貸してほしいんだけど……。」


さとっちはいつもになく神妙な面持ちだ。


「ど、どうしたの?」


私が問うと、待ってましたと言わんばかりの反応速度で説明を始める。


「うちのクラスに兎野(うの) 静乃(しずの)ちゃんっているでしょ?」


兎野 静乃さん、青い髪の大人しそうな子だ。雪のように白い美少女だが、今日見た感じでは主張の薄そうな人だった。


「私と同じ時期に入学して勉強とか教えてもらってたわけよ。」


「でも最近……よそよそしいし、不良に絡まれているみたいなのよ。」


さとっちは言った。

なるほど、いじめというやつだろうか。


「……話はわかったけど、私には何ができるの?」


喧嘩が強いわけじゃないし、不良に正面から「やめろ」と言いに行く度胸もない。だって、いままでそういう生活とは無縁だったもの。


「とりあえず放課後に静乃を尾行して不良がどんなやつか見に行くのよ。」


さとっちは、ためらいがちに言う。

さらに、手を合わせて「お願いっ!」と懇願(こんがん)してきた。

もうこうなると私は断れなくなる。


「……わかったよ。」


私が渋々了承すると、さとっちは「ありがとう!」と言って、カレーライスを食べ始めた。


放課後。

静乃さんの後をさとっちと一緒に尾行する。魔道士科棟から共同校舎に向かっているようだった。


「ねえ、後をつけて、それからどうするの?」


私がさとっちに尋ねると、言葉を濁した。……ノープランということだろう。

静野さんは階段でひたすら上階に登り続け、やがて屋上の扉を開いた。

不良のたまり場=屋上という古典的な図式は現代にも当てはまるのだろうか。


屋上の扉をわずかに開き、隙間から様子を伺う。

3人の柄の悪そうな女がいる。一人は大柄で派手な緑色のトゲトゲ髪をした、腰に何重ものベルトをしたパンキッシュな女。二人目は金の短髪の竹刀を携えた浅黒い肌の女、最後は線が細く、目付きの悪いウェーブのかかった黒髪の女だ。


「おっせェんだよ!」


緑髪の女が吼えると、静乃さんを強引に押し倒す。


「……ご、ごめんなさい……!」


静乃さんは金髪の女に頭を地面に押さえつけられながら謝る。

……見ていて不快だ。ギリッと、さとっちが歯ぎしりする音が聞こえた。


「おい、今度こそアレやらせようぜ。」


黒髪の女が提案すると、他の二人は笑い出す。


「おい、今度こそ裸踊りしてもらおうか? おい、はやく脱げや。」


金髪は強引に静乃さんのブレザーに手をかける。


「ウチもう見てらんない!」


さとっちは立ち上がって、屋上への扉を蹴り開ける。


「ファイアβ!」


さとっちが屋上に乗り込んだ瞬間に火炎魔法を撃ち放つ。アリーナ以外での魔法行使は校則違反だ。


金髪はその竹刀を一閃すると、さとっちの撃ち出したファイアβを切り裂く。小さな爆発が起こった。


「あン? なんだてめぇ。」


金髪はこちらにガンを飛ばす。

私は恐る恐る屋上に出て、さとっちの背後に立つ。とんでもないことになってしまった……。


「あんたらゲスに名乗る名はないわ!静乃ちゃんを離しなさい!」


さとっちが啖呵を切ると、緑髪の女が吠えた。


「ゲスとは言ってくれるじゃねぇか高1の嬢ちゃんよォ。で、お前らは俺らになにができるってんだい!!」


凄まじくドスの効いた声で、それだけで萎縮してしまうような迫力を持っている。私はすっかり怖気づいて足が棒のようになっていた。


「うける、あいつ勢いよく飛び出してきた割にもうビビってるよ。」


黒髪の女はスマホを弄りながら、極めて冷静に言い放った。


「つーかあいつ俺に魔法撃ったよな?」


金髪の女は竹刀を振ると、空気の塊が射出され、さとっちを吹き飛ばす。

さとっちは屋上の扉に衝突して倒れる。


「はっ、威勢だけかよ。」


金髪は竹刀を私に向ける。

しかし、黒髪は金髪を制止させた。


「ちょっと待って、あまり暴れると風紀くるよ。せっかくならアリーナでボコらない?」


「あそこならいくらボコっても死なないし、風紀も来ない。魔法実技の点にもなる。」


黒髪がそう言うと、金髪と緑髪は笑い出す。


「そりゃいいや、死んだほうがマシなくらいボコってやるか。」


金髪はそう言いながらスマホを弄りだす。


「あのクソ戦闘狂が木曜までアリーナ予約してやがるぜ。」


「じゃあ金曜の夕方17時にアリーナに来い、来なけりゃそこの静乃を裸踊りで校舎内を散歩させてやる。」


3人の不良は、さとっちを足で除けて校舎の中へ戻っていった。


――保健室にさとっちを運んだ。幸い大きな怪我はなく、軽い打ち身程度で済んでいた。


「……あの……ごめんなさい、私のせいで……。」


静乃さんは平謝りすると、さとっちは彼女の頭をそっと撫でた。


「友達がいじめられてるんだもん、見逃せるわけ無いでしょ。」


「それより! 特訓しましょ!」


さとっちはベッドから跳ね起き、そう提案する。


「特訓?」


私と静乃さんは同時に反応した。


「アリーナ戦の特訓よ! あの不良共を返り討ちにして静乃を開放させるのよ!」


散々ひどい目に遭ってなお、こういうことを言えるさとっちの不屈の精神は正直すごいと私は思った。私は何も出来ずに立ちすくんでいただけだというのに。


そして3人はアリーナへ向かう。

アリーナには地下があり、いくつもの練習場がある。

コンクリートむき出しの無機質な部屋だ。


「で、静乃はアリーナ戦したことある?」


さとっちは静乃さんに問うが、静乃さんは首を横に振った。


「はは……誰もアリーナ戦をしたことがないわけね。」


「じゃあほのりん! この前の借りを返してもらうわ!」


さとっちはカンフー映画に出てきそうなポーズをとって挑発する……が、すぐに直立に姿勢に戻って頭を下げる。


「やっぱ無理! 吸収魔法されたら練習どころじゃなくなるから、まず普通の魔法撃てるように練習して!」


でしょうね……。

生徒会長にも吸収魔法に頼らず訓練をしろと言われたし、渋々鉄製の木人に向かってファイアαの練習をすることにした。


静乃さんとさとっちはお互いに1対1で対人練習をしているが、静乃さんは魔法で作り出した木刀で戦っており、かなり様になっている。


さとっちを圧倒しているように見えるが、あれだけ強いのになぜいじめられているのだろうか。


バッグから教科書を取り出し、『基礎の基礎』の章のファイアαの解説を読み込む。


魔法にはイメージが大切なのだそうだ。魔力とはイマジネーションという絵の具であり、素養とはイマジネーションを具現化する筆。魔法とはそれらの組み合わせで成り立っているという。……美術の教科書か何かであろうか。


教科書には魔法ごとにイメージ化を助ける言葉や図がふんだんに用いられている。


ファイアαには……ろうそくの炎、ゴルフボールくらいの大きさ、熱くて小さい、直線に飛ぶ。など、ごく簡潔なワードが並んでいる。後半の章になればイメージングの手法などが記されており、魔法の解説には難解なワードが並ぶようになる。


腕を構えてイメージする。……ろうそくの炎、ゴルフボールくらいの大きさ、熱くて小さい、直線に飛ぶ。魔力に込めて……飛ばす。


シュボっとごく短い距離をオレンジ色の光が飛んだ気がした。


「ねぇ、あなたたちとても真剣に訓練しているようだけど……。」


背後から、とても透き通った儚げな声が聞こえた。

振り返ると、まるで曇り空のような灰色の長い髪に、決意に満ちた紅の瞳をした少女がいた。歳は私達とそう変わらないよう見えるが、とてつもない美少女だ。

私とは制服の細部に差異があり、胸元にはヘルメット型のエンブレムと三角帽子型のエンブレムが2つついている。


「あの……あなたは?」


私はその美少女に問う。見ているだけでなんかドキドキしてくるような容姿だ。彼女は名を問われただけであるのにずいぶんと驚いた様子だ。


「ボクは天音(あまね) (れん)ていう名前なの。よろしくね。」


一人称がボクの女の子……ずいぶん変わった人のようだ。


「私は穂乃村 鈴音といいます。」


「よろしくね。」と小さく呟いた天音さんは言葉を続ける。


「あなたがあの上級生を初日で保健室送りにして2日目に授業を抜け出してギガースを討伐した不良さんなのね?」


最早私の立ち位置は破天荒な不良と化しているのだろうか。

輝かしい普通の女子高生生活はもう実現できないのであろうか。


「あなたたちとても真剣に訓練しているようだけど……。アリーナに参加するにしては熱量が違うわ。」


天音さんはお互いに打ち合っているさとっちと静乃さんを見つめながら言った。


「実は……。」


私は天音さんに説明する。静乃さんが不良にからまれて、私達はそれを助けるためにアリーナで決闘することになったことを。

そうすると、天音さんははっと顔を上げる。


「ボク、これでも戦闘には自信があるの。もしよければ練習相手にさせてもらえない?」


天音さんの見た目は華奢で、お世辞にも戦闘に向いているようには見えないが、練習相手になってくれるというならこれ以上の助けはないだろう。


「ね、ねぇ……ほのりん……その人……。」


さとっちは驚愕した様子で天音さんを指さしている。


「どうしたの? 練習相手になってくれるって言ってたよ。」


と私が言うと、さとっちは口をあんぐり開けて、自らの手で顎を閉じた。


「その人、アリーナ・ナンバーズ1位の天音さんだよ!!」


さとっちが叫ぶ。


「アリーナ・ナンバーズって何?」


と私が問うと、さとっちは即答する。


「この学園で最強の10人がアリーナ・ナンバーズで、彼女はその頂点よ!」


ああ……超すごい人だったんだ……。

ただのボクっ娘美少女だと思っていて大変恐縮です……。


そういえば、北斗さんもアリーナ・ナンバーズ3位と言ってたな。ということは北斗さんはこの学園で3番目に強い人ということなのだろう。


「で、で、で、練習に付き合っていただけるんですか!」


さとっちが興奮気味に叫ぶと、天音さんはコクンと頷いた。


「まとめてかかっておいで。」


私達3人は天音さんに対峙した瞬間、いつの間にか天井を見つめて倒れていた。……何事? 痛みも衝撃もなく、何故か天を仰いでいる。


「さあ、もう一度。」


集中して天音さんを凝視すると、人ならざる速度の体術で私達をなぎ倒していることがわかった。


何十回と倒され、私達はその速度に目が追いついていることに気がついた。

もう一回、もう一回と何度もなぎ倒され続けては立ち上がった。


「124回目。そろそろ辛いでしょう? 辛い時は決意を抱きなさい。何を守るために戦っているのか、胸に刻むの。」


戦闘回数を重ねるごとに、天音さんの言葉に熱が帯びる。最初の儚げな声は鳴りを潜め、毅然として熱意に満ちたものに変貌していた。


124回目の戦闘、飛び出した天音さんの一撃を、静乃さんが剣で受け止める。

すかさずさとっちがファイアβを撃ち込み次の動きを牽制し、私がトドメに吸収魔法を放つ。


静乃さんを自由にするための戦い、決して負けるわけにはいかないという意思を心に刻んだ。


ファイアβは、突如現れた石の壁に阻まれて爆発する。

吸収魔法が石の壁から魔力を抜き取り、壁はぼろぼろと瓦解していく。

ついに天音さんに魔法を使わせることに成功した。


瞬間、目の前に天音さんが現れ、足をすくわれる。

頭を地面にぶつけないようにやさしく支えられて地面に横たえられる。

残り2人も間もなくして同じように倒された。


「うう……もう体が動かないわ……。」


「……私ももう限界です……。」


「天音さん……吸収魔法を使っても勝てない……。」


私とさとっちと静乃さんは口々に降参する。


「もう遅いし、今日はやめにしましょうか。」


天音さんは終わりを告げて、言葉を続ける。


「覚えておいて。負けられない1戦で必ず勝つために、1億回でも1兆回でも失敗しておくのよ。」


「それじゃまた明日」と言って天音さんはアリーナを出ていった。


「天音さん……ヤバイわね……124回やって魔法1回しか使ってないのよ……。」


さとっちは水を補給しながら呟いた。

学園最強には私達は魔法を使うことなく始末できる……ということであろう。


「でも最後の連携はよかったよ。静乃さんが攻撃を受けて、さとっちが牽制、私が吸収魔法で攻撃すればいけるんじゃないかな。」


と、私は個人的な所見を述べてみる。

個人的な技量も向上しているが、3人で戦う上で重要な連携も、訓練の中で自然に身についたと実感している。


「そうね、あんな不良3人集くらい天音さんに比べたらちょろいもんよ!」


「……うん、頑張って攻撃を受けてみるね。」


2人も特に異存はないようだ。

決意を新たにして学食で簡単な夕食を済ませた。


「じゃあまた明日、放課後にアリーナ集合ね! 天音さんも来てくれるといいけど。」


さとっちは明日の約束を取り付ける。今日は水曜日、明日が練習できる最後の日だ。私達に与えられた時間はあまりにも短かった。


「私、帰る前に寄るところがあるから先帰ってて。」


私はそう言うと、一人でアリーナの地下へ戻った。

だがそこには、天音さんの姿があった。

後編に続きます。

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