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はじめての授業

燃え上がるように鮮やかな赤髪の女性――北斗さんは両手を広げて叫ぶ。


「じゃあ、学園生活を始めよう!」


大きな敷地を二人で歩く。カレンダー的にはまだ休みであるが、出歩いている生徒は多い。

学校の敷地だというのにもう10分も歩いている。


「ついたぞ〜。ここが学生寮だ!」


北斗さんは両腕を広げて目の前の建物を仰ぐ。

コンクリート造りのモダンな建物だ。5階建てのマンションのようなものが何棟も連なっている。

さながら集合住宅地のような様相で、とても学校の敷地にあるとは思えない。

一棟一棟が清潔に手入れされており、新築のようにも見える。


……本当に学生寮なのだろうか。


「ふふふ、驚いているな。ABC棟が男子寮で、DEF棟が女子寮だ。」

「18時までは互いに行き来できるがそれ以降はNGだ。不純異性交遊は慎めよ。」


「ま、私に言わせりゃ時間と場所をわきまえればヤッてもいいと思うぞ! これオフレコでな。」


北斗さんは腰に手を当てて大笑いしている。

私はただ苦笑いするしかなかった。なんて大胆で豪快な生徒会長なのだろう……。


「じゃあ穂乃村さんの部屋は――E棟の403号室だな。」


大きな手から鍵といくつかの資料を手渡される。

学園の施設案内と魔道士科についての簡単な説明資料のようだ。


「うちは年中入学者や編入者が来るから入学式とかやってないんだ。一応明日ガイダンスはやるから資料に目を通しておいてくれ。」

「じゃあ何か質問は?」


質問は?と問われて質問が出てきたことは今までの人生で一度もない。もちろん今回も例外ではない。

――頭の回転が鈍いのだろうか。


「いえ、ありません。」


と、答えなれた回答をしておく。


「そーかそーか、それは結構!じゃあ何かあったらLANEで連絡くれ、というか連絡先交換しよう。」


LANEとは一般的に普及しているテキストチャットサービスだ。何十年も前はメールというものを使っていたらしいが、今はすっかりLANEで代替されてしまった。

スマートフォンを取り出し、QRコードを北斗さんに提示する。彼女はにっこり笑いながら私のQRコードを読み取り、友達申請を送ってくる。


――了承っと。


「さんきゅ〜、じゃあ何かあればそっちでよろしくぅ!」


北斗さんはそう言い残し、手を振りながら満足げに去っていった。

終始彼女のノリと空気に振り回されていた。まるで嵐のような人だ。


確かE棟の403号室だな。大体部屋番号の先頭が階数を示しているので、恐らく4階だろう。

オートロックマンションのようで、エントランスの解錠機器に鍵を差し込むと、エレベーターホールへの扉が開く。

立派な建物だ、まるで高級マンションのような風格がある……が、掲示板にびっしりと貼られている部活や同好会勧誘の紙を見るに、間違いなく学生寮のようだ。


エレベーターに乗り込み、4階のボタンを押下する。体にわずかな重みがかかったあと、ゆっくりと上昇を始めた。

エレベーターが動いている間、階層表示を凝視するのは人間の本能に入るのだろうか、などと考えているうちに4階に到着する。


403号室を探して廊下を歩く。

403……403……。


「ぶふぇあ!!」


いきなり、通りすがりの扉が勢いよく開き、私は情けない声を上げて転倒する。


扉を勢いよく開いた元凶であろう、小柄で栗毛の愛らしいツインテールの少女が駆け寄ってくる。

パッチリとした大きな瞳、白いTシャツにスパッツという動きやすさを追求したようなスタイルは、元気っ子であることを伺わせる。


「大丈夫? 怪我はない? 見ない顔だね、新入生? 学年は? ってそれどころじゃない!」


マシンガンのように言葉を発するその少女。

慌てふためいて手をバタバタさせ、しっぽを掴んだトンボのようにツインテールが暴れている。

暴れ狂うツインテールは私の頬を叩きまくる。


「ちょっと落ち着いて、私は大丈夫だから!」


私は咄嗟に彼女の肩と頬を抑えてツインテールの暴走を止める。


「ああ!そう!大丈夫なのね。どうなるかと思ったわ。」


私は手を離す。

彼女は落ち着きを取り戻したようで、ぺたんと座り込んだ。


「あなた見ない顔ね。今日引っ越してきたの?」


彼女は再び私に問いかけた。


「うん。403号室に引っ越してきたんだ。」


私が答えると、彼女はパァっと顔を明るくして私の背後を指差す。


「ウチの隣じゃん! よろしくね〜!」


彼女の指差す方向には403号室があった。

差し出された手を握って、握手をする。


「ウチは里中(さとなか) 愛子(あいこ)って名前なんだ、『さとっち』って呼んでくれていいよ!」


いきなり愛称で呼ぶのは抵抗がある……。

とりあえず、ものすごくフレンドリーな子だということがわかった。

彼女が隣人である限り、寂しい学生生活とは無縁のような気がした。


「私は穂乃村(ほのむら) 鈴音(すずね)だよ。よろしくね、里中さん……さとっち。」


さとっちは握手したままの手を振り回す。

きっと彼女なりの親愛の表明だろう。


「じゃあ『ほのりん』って呼ぶね」


数秒で愛称をつけられた、もう彼女の中で私は『ほのりん』で定着したことだろう。


「あ、そうだ。ウチ用事あったんだ。 もし怪我とかしてたら隣の部屋にいるからいつでも言ってね!」


彼女はぺたぺたとサンダルを鳴らしながら走り去っていった。あの部屋着のような格好のまま……。

というか気温は10度半ばなのに半袖にスパッツとは寒くないのか。これが道民なのかと衝撃を受けた。


403号室の鍵を開け、室内に入る。

綺麗なフローリング張りのワンルームといったところか。風呂とトイレは別で、簡易なキッチンも備え付けてある。

日当たりも悪くなく、エアコンではなくストーブが備え付けてあるのは流石北海道といったところか。


家具等も事前に申請したように一通り揃っている。

家電はもちろん、テーブルやベッド、カーペットまで備え付けられており、モデルルームのようだ。


窓を開けて換気し、しばらく蛇口から水を流しておく。

テキスト類も本棚に格納されているのを確認した。ほぼ引っ越しの作業でやることはないと言っていい。


ベッドに腰を掛けて、生徒会長からもらった資料を取り出す。

施設案内でも読もうか。


――

スイケレ学園とは日本で唯一の特殊戦学校であり、将来の国家防衛を担う人材である『魔道士』と『機操士』を育成する学園である。

入学は6歳から35歳までで、18歳以下の未成年には、その年齢に合わせた基礎教育過程を受けることを義務付けられている小中高一貫校としての面もある。


スイケレとはアイヌ語で『終わる』を意味する単語で、本校設立当初はウェンペスイケレ=『悪いことが終わる』を意味する名を冠する予定であったが、

呼称のしやすさと覚えやすさを重視し、スイケレ学園と命名するに至った。


(中略)


続いて本校の施設を紹介する。


■機操士科棟

最も西側に位置する8階建ての建物が機操士科棟である。

1階から3階はB-SA兵器の格納庫と整備場となっており、主に機操士科の専門教科の講義・実習等で使用する。


最新の電子黒板、リフレッシュルーム、個々のデスクにはコンピュータを完備しており、最新の設備で快適な講義を受けることが可能だ。

また、ブリーフィングルームや会議室等も併設しており、有事の際には作戦司令部として活用することもできる。


■魔道士科棟

最も東側に位置する5階建ての建物が魔道士科棟である。

魔法実技等の実戦は後述するアリーナで行うため、本棟は講義を行う上で必要なものだけを揃えている。


特筆すべきは魔道士科棟の最も西に存在する1階から5階までを貫く図書館で、魔法に関する本の蔵書数は日本最多となっている。


■アリーナ

魔道士科棟の正面に造られた円形の施設がアリーナである。

魔道士科の魔法実技や、自由練習試合アリーナ戦等で使用される戦闘場がアリーナである。

円形に作られたアリーナは広い戦闘エリアと観客席を設けている。


戦闘エリアには特殊な儀式魔法が仕込まれており、重度の怪我を負うことがないよう加護を与える。


■共同校舎

機操士科棟と魔道士科等に挟まれる、本校敷地の中央に位置する校舎。

主に基礎教育課程の講義を行う際に使用する校舎で、7階建てとなっている。


高度な設備等は存在しないが、図書館や購買部、食堂もあり、全生徒の憩いの場となっている。


各部室や生徒会室、委員会室もこの校舎にある。


■グラウンド

共同校舎裏に設けられている。

各部は使用割当を見て、他の部活に影響がないよう使用すること。


■学生寮

グラウンドのさらに奥に6棟の寮を設けている。

詳細については入居時に配布した資料を参照すること。


――


その他にも部活案内や広報誌等、いろいろと挟まっていた。

気になったら読めばいいよ、うん……。



翌日。

朝食を終え、制服に着替える。

生徒会長が着ていたのと同じ、胸元に三角帽子のエンブレムが縫い付けられた藍色のブレザーだ。


外からドンドンとノック音が響く。


「はぁい」


バッグを持って、玄関の扉を開くと、小柄で栗毛の愛らしいツインテールの少女――さとっちがいた。

先日とは異なり、制服を着用している。


「ほのりん、一緒に学校いこ〜。今から行かないとエレベーターと入り口が混み合ってひどいのよ。」


さとっちと一緒に学校へ向かう。

言う通り、エレベーターには混雑の兆候が見え始めていた。

バタバタと慌ただしく階段を駆け下りる音も聞こえる。


二人で話しながら数分歩き、敷地の中央にある――確か共同校舎という名前の建物に向かう。

共同校舎の入り口には大勢の人が集まっており、一喜一憂する声が聞こえる。

ああ、クラス分けかなと、私はなんとなく察した。


横長の掲示板がずらっと並んでおり、まるで大学の合格発表のようにも見える。

『しょうがく1ねんせい』から『高校3年生』、『成人入学者』までのクラス分けが掲示されていた。


私のクラス分けは――


「あった!ほのりんもうちと同じクラスじゃん!」


真横でさとっちが吼える。ぴょこぴょこと飛び跳ね、暴れるツインテールが私の顎をくすぐる。


「私は新入生だから多目的教室に行かないといけないみたい。」


私は掲示板の隅を指さして言った。

掲示板の隅に小さく、”新入生はガイダンスのため共同校舎3階の多目的教室に集合”と記されている。


「なーんだ残念。じゃあ3階まで一緒に行こうか」


さとっちの言葉に従い、3階で別れて、多目的教室に向かう。

始業のベルが鳴るころには10人前後の人が集まった。

年齢も様々で、下は小学生くらいの子から上は大学生くらいの人まで。いずれも女性だ。


魔道士候補者には女性が多く、機操士候補者には男性が多いらしい。

何故かは解明されていないが、性別による適性の傾向があるのだと昨日読み込んだ資料に書いてあった。


勢いよく教室の扉が開き、スーツを着た女性が入ってくる。


「よーし集まったな。ではガイダンスを開始する。」

「私は魔道士科教官の西影(にしかげ)だ。」


スイケレ学園の成り立ち、学園での過ごし方、授業の進め方など、30分ほどガイダンスを受ける。

魔道士の学校というからどんな授業かと思えば、ガイダンスはやっぱり普通なんだなぁ。


「オッケー、これでガイダンスは終わりだ。これからアリーナでスペックテストを行うぞ。」


教官はそう言うと、「ついてこい」と命じ、新入生を引き連れてアリーナへ向かう。


アリーナは、小さな野球場のような様相だ。

楕円形の人工芝で覆われた戦闘エリアを囲むように、木製の座席――観客席が並べられており、

誰が座っているわけでもないが厳かな空気が漂っている。


「これが『ファイアα』の魔道紙(スクロール)だ。素養と魔力さえあれば習得していなくても『ファイアα』を発動できる。」


教官は古びた紙を右手にかざして説明する。

ファイアαとは初歩的な火炎魔法だ。一応義務教育で習ったが使えたことはない。


「二人一組になって、お互いに向かってスクロールを用いてファイアαを撃ってみろ。」

「……っと、一人余るのか。待ってろ。」


教官はスマートフォンを取り出し、誰かを呼び出している。

しばらくすると、アリーナにさとっちが走って入ってきた。


「里中、悪いな。スペックテストをしたいんだが一人余ってな。誰でも良いから相手になってやってくれ。」


教官はさとっちを呼び出したようだった。

結構な学生数がいるであろうに、その中からさとっちが偶然選ばれるなんてどんな確率だろうか。


「はーい」


さとっちは返事をすると、周りをぐるっと見渡して、私の元に駆け寄ってくる。


「はい、テスト始め!全力でスクロールを発動してみろ!」


教官の号令とともに、各々がスクロールの扱いを模索し始める。

使い方もわからないのにスペックテストとは一体なんなのか……。


「簡単だよ〜、そのスクロールに魔力を貯めるイメージをしてファイアαを唱えるだけ!さあカモン!」


さとっちはあっさりネタを明かしてしまう。

私はスクロールに魔力を込めるイメージをすると、うっすらスクロールが輝き始める。


「今だよ!撃って!」


さとっちの言葉に合わせて、ファイアαを発動――しなかった。


「ファイア!ファイア!ファイア!」


私が何度叫んで試してみても、スクロールが輝くだけで一向に何も起きない。

それもそうだろう、私が扱えるのはショックαという最低級魔法くらいだ。


魔力が魔道士候補者に達したとしても、これは変わらないようだった。


「ちょっと貸してよ。」


さとっちはスクロールを取り上げると、いとも簡単に小さな火炎を飛ばしてみせる。


「スクロールの不調じゃないみたいね。まぁ頑張ってみて、最初はそんなもんだよ!」


さとっちは私にスクロールを返すと、腕を広げて「当ててこい」とアピールしている。

周りの人は、既にスクロールの使い方がわかったようで、炎を出している人もいる。


ええい、もう何でも良いから出ろ!


私の手のひらから3つの光の玉が飛び出て、さとっちに直撃すると、彼女の胸から紫色の光が飛び出て私の手のひらに吸収される。

体の芯が熱くなり、スクロールは輝きを増す。


「あふぇ!?あひぃ……」


さとっちは意味不明な声をあげながら、人形のようにへろへろと倒れ込む。

全身の筋肉が弛緩して力が入らなくなったような……。



「えっ、どうしたの!?」


私はさとっちに駆け寄る。


「ま、まりょくが……いきなり……なくなって……ウェップ!」


さとっちは顔を青くして、かなり気持ち悪そうにしている。

ひどく酔っているような様相だ。


「おい!何があった!」


教官が叫び、駆け寄ると、黒い紙を取り出してさとっちに握らせる。

魔力測定用の紙のようだ。


「魔力がすっからかんじゃないか。穂乃村、何をしたんだ?」


「とりあえず何でも良いから魔法を出そうとしたら、さと……里中さんが倒れてしまったんです。」


何をしたんだと問われても、私自身もよくわからない。

私は正直に説明するしかなかった。


「おい穂乃村、とりあえずスクロールを使ってみろ。」


教官は鋭い目つきで私を睨む。

さっきまで何回やっても使えなかったんだけど……。


スクロールに魔力を込めると、大きな火炎の塊が手のひらから飛び出し、遠くで爆発する。

人工芝が焼け焦げ――自動修復した。


「な、なにこれ!?」


思わぬ魔法の発動に驚きを隠せなかった。

もう一度スクロールに魔力を込め、射出を試みるも、何も起こらなかった。


「魔力吸収か、ただのファイアαなのにβクラスの火力が出てるな。」


教官はそう呟くと、手を鳴らしてテストの終了を告げる。

さとっちを抱きかかえて、私に「ついてこい」と命じた。


行き先は保健室のようで、さとっちは真っ白なベッドに寝かされた。

消毒液のような香りが充満している。


「魔力が切れただけで、しばらくすれば回復する。」


私は少しだけ安堵する。一生このままだったらどうしようと、ここに来る間ずっと考えていた。

効果不明の得体の知れない魔法が暴発したのだから……。


「それで、暴発した魔法についてだが……。」

「多分お前の固有魔法だ。」


「固有魔法ですか?」


私が問うと、教官は説明を続ける。


「固有魔法とはその人オリジナルの魔法のことだ。大体はある程度訓練を積んだ人に発現するんだが……。」

「お前の場合は恐らく吸収魔法だろうな。今後訓練を重ねれば、さらに効果が増強される可能性は否定できない。」


吸収魔法、さとっちの魔力を吸い取ったから、スクロールで大きな炎を出すことができたということだろうか。


「まぁ、詳しくは今後の授業でやるからよく聞いとけよ。」


教官は氷水に浸したタオルをさとっちの額に当てると、保健室から去っていった。

私はずっとさとっちの手を握って、しばらくの時を過ごした。


「――い。おーい!」


私ははっとして目を覚ました。いつの間にか寝ていたらしい。

声の主はさとっちのようだった。


「目を覚ましたらほのりんが寝てるんだもん、びっくりしたよ。」

「まさか新入生にやられるとは思わなかったわ……。」


さとっちはいささか不満そうに頬を膨らませていた。


「ご、ごめんなさい……。」


私が謝罪した瞬間、さとっちは勢いよく手を合わせた。


「ふふふ、こうなったら名誉挽回よ!」


「行くよ!モンスター退治!」



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