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塵の少女

南に行かなきゃ。


尾てい骨に黒い塵が集まり、真っ黒な尻尾と化す。穂乃村の体は黒い塵で出来たパワードスーツを纏っているような状態だった。手足に生えた鋭利な爪を地面に食い込ませ、南に駆ける。


走るというより、飛んでいる感覚に近い。


「穂乃村さん!」


何かが穂乃村の腕を掴む。この速度に匹敵できる、人語を解す存在など一人しかいない。――天音 恋。


「あなた……一体何が?」


穂乃村の体は脳からの命令無しに天音に斬りかかる。その両手に鋭く伸びた爪で、常識を超えた速度で繰り出される神速の二連続攻撃。音速の壁を突き破り、斬撃に等しい威力を誇る衝撃波を周囲に撒き散らす。


地面を滑るように瞬間移動する天音は、二発目の攻撃が繰り出される頃には穂乃村の背後に回り込んでいた。穂乃村は体を捻り、その尻尾を振り回す。天音は軽々と上体を反らして回避した。


穂乃村は両腕に火炎を纏い、集中させずに火炎の散弾として天音に乱れ撃つ。弾幕の間を縫うように滑る天音は一瞬の内に穂乃村の眼前に迫る。その右手は輝いて――。


その輝く右手を一閃すると、光の洪水が地面を埋め尽くす。航空機から降下した時に見せた、数十万以上のモンスターを一瞬で屠ったあの魔法。微かに空気が振動し、表皮が焼かれていく感覚。


数十秒光の洪水が襲い……それが引いた頃には穂乃村の体は全身から煙を上げて、焦げ臭い香りが鼻をくすぐる。だが、戦闘不能とは程遠い。天音の顔にも初めて感情の色が浮かんだ。


「穂乃村さん、ボクの声が聞こえる?」


「…………。」


「……そう。」


天音は瞳を閉じて、右手を突き出す。しかし何もしない。穂乃村はじりじりと距離を詰めて、天音の首元を狙って斬りかかる。その爪が天音のパワードスーツに触れた瞬間、虹色の光が噴射して穂乃村を弾き飛ばす。


穂乃村の纏う獣のような黒い外皮装甲に裂け目が入る。両者は互いに睨み合い、動かない。


「穂乃村さん、ごめんね。ちょっと痛いよ。」


天音は腰のホルスターから真っ白な拳銃を引き抜くと、迷いなく発砲する。穂乃村に直撃した瞬間、着弾地点を中心として黒いドームが展開され……あたかもそのドーム内の時間が静止したかのように動きを止める。


ドームの中心に白く輝く点が発生すると、ドーム内の全てのものが白点に吸い込まれ……青白いエネルギーの放射を伴って衝撃波の膜が地面を伝い、瓦礫とビル群を軽々と砕き飛ばす。


数キロトンのTNTを一斉に炸裂させたような威力。ドームが発生した地点から周囲二キロメートルの、天音と穂乃村を除く全ての物体は吹き飛ばされていた。


「こちら天音 恋。やむを得ず『反物質魔法』を使用したわ。使用対象はスイケレ学園の学園生、穂乃村 鈴音。『ドレイン』使用によりモンスター化したと推測する。」


天音は倒れた穂乃村に近寄り、首に指をあてがって脈を測る。


「……対象は生存。モンスター化は解除されていない。ただ……見た所、モンスターになったというより、モンスターを纏っているといったほうがいいね。」


「どちらにせよ、彼女の身分は学園生。学園の許可なく拘束することは許さないわ。一度学園に連れ帰ります。」


――――

――


穂乃村 鈴音はスイケレ学園に送還され、厳重な監視下に置かれ、アリーナの地下に突貫で作られた独房に拘禁される。学園に国防軍と国連軍の部隊が駐留し、物々しい雰囲気が漂っている。


危険度の極めて高いモンスターを容易く屠ったモンスター。両軍が穂乃村に向けた評価だ。人間がモンスター化するという前代未聞の事態に、両軍は処理方法の検討を進めているところであった。


「ちょっと! ほのりんが監禁されるってどういうことよ! せめて顔だけ見せなさいよ!」


「ここには極めて危険度の高いモンスターが捕らえられています、通すわけには行きません。」


「モンスターですって!? ほのりんはモンスターなんかじゃないわよ!」


アリーナの地下に響く、里中と国防軍の兵士の声。もう一時間近く同じやり取りが繰り返されている。両者は一向に引かない。


「愛子ちゃん、軍の方が困ってるから……。」


「静乃はほのりんがモンスターだって言われて我慢できる!?」


静乃は里中をなだめようと試みたが、焼け石に水だった。


「通してあげて。ボクが許可するよ。」


アリーナの地下に足を踏み入れる天音 恋。


「天音さん……かしこまりました。」


国防軍の兵士は道を開ける。


「穂乃村さんのお友達でしょう? ついてきて。」


「はぁ……どうも。」


里中と静乃は、天音に連れられて独房まで歩く。独房の中に横たわる、獣のような黒い外装を纏った穂乃村。鋭い爪は独房の地面を容易く切り裂き、無意識に振り回される尻尾は独房の強化合金の壁を削る。激しい戦闘の痕跡なのか、外装はボロボロにヒビが入っていたり、割れている箇所もあった。外装の損傷箇所から覗く、素肌の生々しい傷が痛々しく見えた。


「うそ……ほのりん……どうして!」


「鈴音ちゃん……。」


里中と静乃の二人は予想以上のショックを受けた様子で、口を手で覆っている。


「ボクと南半球に任務に出た穂乃村さんは、ドレインを進化させることに成功した。でも、その力のせいでモンスターとしての力を獲得してしまったみたいなの。」


天音の言葉を、二人は黙って聞いていた。


「じゃあ……なんでこんなボロボロになってるのよ……。」


「今の姿になって、理性を失って暴走状態にあった。だからボクが倒した。」


里中は衝動的に天音の胸ぐらを掴む。しかし天音は顔色一つ変えなかった。『責められることになるのは覚悟の上』といった印象さえ受ける。


「そもそもなんでほのりんが、南半球に行くことになったのよ! 学園生が任務で行くような場所じゃないはずよ!」


「ちょ、ちょっと愛子ちゃん……。」


激昂した里中に静乃が止めに入ろうとするが、振り払われてしまう。


「穂乃村さんが、ボクに『強くなりたい』と言ったの。だから……。」


「『強くなりたい』って……ほのりんはまだ一年生なんだよ! 確かに一年生の中じゃ強いけれど……。」


里中は何かを言いかけて、言葉に詰まった。そっと掴んだ胸ぐらを離して、寂しげな瞳で独房の中の穂乃村を見つめる。


「ごめんなさい……。『ドレイン』にそんな力が秘められているなんて誰も思っていなかったことだわ。」


「天音さん、ほのりんを連れ戻してくれて……ありがとう。」


人に当たってしまった自己嫌悪を抱いて、里中は去っていった。


「ま、まって愛子ちゃん!」


静乃も後に続いてアリーナの地下から出ていく。天音は廊下の壁にもたれかかり、そのまま座り込む。フィラメントの焼けかけた電球を見つめながら己の軽率さを呪った。


地下への入り口のほうから、ぺたぺたとサンダルを鳴らしたような音が近づいてくる。やがて音の正体が姿を現す。真っ白な髪に白蝋のような肌をした小さな女の子だ。何かを探しているようで、周囲をキョロキョロと見回している。


「あなた……どうしたの?」


「うーんとね……あ、いた!」


少女は背伸びをして独房の窓から中を覗く。


「フィレイン! ここは立入禁止だぞ!」


少女のやってきた方向から、また誰かが近づいてくる。西王寺 焔子、アリーナで幾度も戦った間柄だが、アリーナ以外で会話を交わしたことはない。西王寺は天音に明確な敵意の視線を向ける。


「ほむら! この子だよ!」


「あ? この子って何のことだよ。」


西王寺も独房の窓から中を覗き込む。


「……これが噂のモンスター化した人間ねぇ。」


西王寺は一切天音に絡もうという気を見せず、半ば無視するようにフィレインの横に立つ。


「うーん……なんか苦しそう。」


「そりゃボロボロになってるしな。なんでこんなとこに来たんだよ。さっさと飯食うぞ。」


「ちょっとまって!」


フィレインは独房の扉に手をかけると、その全身が青く光る。独房の中で穂乃村が暴れだし、絶叫する。


「おい、フィレイン何してんだ!」


「じゃましないで!」


独房の鋼鉄の扉が、まるでチーズでも切り裂くかのように容易く内側から爪が飛び出す。


「ちょっとアンタ達! 許可なく入ったらダメだよ!」


国防軍の兵士が独房の前に姿を現すも、西王寺が行く手を阻む。


「えーい!」


フィレインが扉から手を離した瞬間、大量の黒い塵が独房の中から噴出する。表情が変わる天音と西王寺と兵士。黒い塵が一つの塊となって上階へ向かうと、西王寺は反射的に塵を追いかけてアリーナの地下から飛び出す。


天音はそっと独房の中を覗き込むと、普段の姿に戻った穂乃村の姿があった。


――――

――


黒い塵を追って、アリーナの闘技場にたどり着く。その塵は渦巻き、収縮し、巨大な狼のような姿に変貌する。


「ヘルハウンドか。少しは楽しめそうだな。」


私は余裕の笑みを浮かべて戦闘体勢に入る。南半球でしか見かけない特上の獲物だ。雑魚を蹴散らすのとはわけが違う、せいぜい楽しませてくれよ……!


ヘルハウンドは口から業火を吹き出す。アリーナの人工芝の半分が一瞬にして灰と化す。私は空に浮いて回避していた。


空に向けて腕を伸ばし、魔力を込める。腕全体を満たす魔力をこぶし大にまで圧縮し――その拳をヘルハウンドの脳天に叩き込む。炸裂音と共に黒い塵が舞い上がるが、思ったほどのダメージは通っていないようだった。


思わず笑みが溢れる。


「そうだ……それでいい!」


ジャイアント・キリングほど戦いの楽しさを味わわせてくれるものはない。全力で攻撃を叩き込んでも平然としている敵の姿にゾクゾクとする。一撃でも喰らえば即死なんて場面は最高だ、高鳴る心臓の鼓動や全身を支配する緊張感からヒシヒシと生きている実感を得られる。


この場面こそ、乾ききった人生に潤いを与える至福の一時。誰にも分けてやるものか、この数少ない人生の楽しみを!


「BANG!」


右手で拳銃のような形を作って、発砲する真似をしてみる。天空から何本も光の筋がヘルハウンドとアリーナに降り注ぎ、着弾の度に数十メートルは砂埃や砕かれた地面が巻き上げられる。


『デブリストーム』という魔法。地球の周囲を飛び交う物体を地上に落とす。それは一個一個が強烈な質量爆弾として作用し、とてつもないエネルギーを産み出す。


ヘルハウンドはよろよろと地面に伏すが、そのいくつもの大穴が空いた体でしきりに私に向かって火炎を放射する。


「お前、火炎より肉弾戦のほうが得意なんだろ?」


では望み通りに。私は地上に降り立ち、強化魔法を何重にも重ねがけして肉弾戦の構えを取る。本当は魔法の撃ち合いが本領ではあるが、たまにはこのような趣向も悪くなかろう。


肉弾戦は良い。命の削り合いという言葉の真意を教えてくれる。精神や肉体の限界を超えた先を見たい私には――たまらないやり方だ。


ヘルハウンドは立ち上がり、前脚を振り下ろす。よくもあの傷で動けるものだ。その前脚を右手で受け止めると、その重みで体が地面に沈むのを感じた。


「ウラァ!」


強引にヘルハウンドの前脚を投げ捨て、地面を滑るように移動して距離を詰める。私を噛み砕かんと襲いかかるヘルハウンドの顎にアッパーカットを入れ、間髪入れずに頭上に乗る。


二発、三発と脳天に拳を叩き込み、飛び散った黒い塵に全身を黒く染める。


「どうした犬っころぉ、耐久力ばかりでクソも楽しくねぇぞ!」


ヘルハウンドの頭で跳躍し、空中で一回転した後に、全体重を乗せた肘を叩き込むと、再び潰れるように地面に伏す。


「トドメだ、木偶の坊。」


右腕を構え、魔力を充填する。瞬間、ヘルハウンドが横に一回転し、その尻尾に弾き飛ばされる。観客席のベンチに衝突し、停止する。


「な……に……?」


私は倒れたまま、砕かれたベンチの破片を横薙ぎに吹き飛ばして視界を確保する。ヘルハウンドが闘技場内から軽々と観客席に飛び込んだ。巨体に押しつぶされ、呼吸ができない。体が潰れないのは強化魔法の効力だろう。


その木の幹のような牙で何度も肩を抉られては、その顎を殴り返す。黒い塵と赤い血が地面にほとばしった。


「西王寺さん。苦戦しているようなら手を貸すけど。」


人がいい気になって戦っている時に、耳障りな声が耳に入る。真横に天音が立っていた。

自分も戦闘狂のくせに、いつも穏やかなフリをして可憐な声で話すのが気に食わない。戦っている時の機械のような声のほうがよっぽど性に合ってるぜ、天音 恋。


「手出したら次はお前を殺してやる、天音。」


これ以上、天音に苦戦しているように見られるのは心外だ。両足でヘルハウンドを蹴り飛ばすと、それは観客席からアリーナ内に転落する。


右肩から血が滴り、腕まで赤い線が引かれた。傷口がジクジクと痛み、血が吐き出される度に充実感が心を満たす。


――わずかの間を楽しく過ごさせてくれたお前に敬意を表して、特上の一撃を。


観客席から跳躍し、滞空する。右手を天に掲げて魔力を集中させる。煌々と輝く魔力の球体が出現し、それは二方向に回転する光線を発している。


「パルサーΩ」


その球体を鷲掴みにして、急降下してヘルハウンドに叩き込む。完璧に指向性を制御されたその魔法は、真上にのみ真紅の爆炎と紺碧のエネルギー流が立ち昇り、それは成層圏をも貫いた。


爆発と共に飛散した黒い塵を眺めて、私は快楽に浸る。


「ほむらー!」


天を仰いで悦に浸っている最中、フィレインが足元まで駆け寄ってきた。


「ボロボロじゃないの! わざとやられたの!?」


「悪いかよ?」


「しんじゃったらだれがフィレインのごはんたべさせてくれるのさー!」


私はお前の給仕係かよ。高揚した気分が一気に萎えてきた……。


「つーかお前何したんだよ。」


フィレインの頭を鷲掴みにして、頭をワシャワシャと乱暴に撫でる。


「ほむらがたおしたモンスターが下にいた子にくっついてたから、『べりー』ってはがしたんだよ。」


何故フィレインはそんな事ができるのだ。固有魔法か? それはつまり『黒い塵を操れる』ということではないのか。


モンスター化する人間に、塵を操る少女。これらがほぼ同時に現出したことは、一体何を示しているのだろうか。


「フィレイン、飯食うぞ。」


「いや、そのまえにほけんしつでしょ!」


――――

――


スイケレ学園 国防軍駐留テント内。

女性の魔道士士官は、アリーナの地下で独房前の警備を行っていた兵士から電話で報告を受けている。


「報告ありがとう、佐伯君。モンスター化した生徒と、それを人間に戻した少女ですか……これは本部に至急エスカレーションするべき案件ですね。」


「これは国連軍は……そうですか、既に察知していると。」


「……この学園に塵を直接操れる者が二人いる。それはモンスターの生態解明に大きな進展を与える存在になるでしょう。もしかすると、奪い合い……なんてこともあり得るかもしれませんね。これは一介の兵士である私にはどうしようもない。」


「……そうですね。血の流れるような展開は避けてほしいですね。」

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