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化け物の種子

任務のため、薄暗い機内で移動している。ただの任務ではない。天音さんの好意で、特別に国連軍の任務に同行しているのだ。


ステルス機で北海道の飛行場から飛び立ち、間もなく作戦領域に到着するとのことであった。場所は南半球の旧オーストラリア連邦のシドニーがあった場所だ。モンスターに南半球を侵略されてもなお、一般教育過程ではオーストラリアのことも触れている。いつか奪還する日を迎えるために。


機内の居心地はお世辞にも良いとは言えないが、少なくとも『BA-135 Ergaster』なんかに比べたら遥かに静音で広々としている。


「そろそろ降下するよ。」


天音さんはいつものような透き通った儚げな声で言った。今日の彼女は戦闘服なのか、白いアーマーのようなものを装着している。私も房総半島迎撃戦で装備したコンバットスーツを着用しているが、それよりもずっとヒロイックな見た目でかっこいい。


私がスーツをまじまじと見つめているのがわかったようで、天音さんは説明をしてくれる。


「……これ? このスーツは『BS-99EX Asura』っていうBinary-Suitsだよ。」


Binary-Suits。確か歩兵用に装備させるB-SA兵器の一種のパワードスーツだ。これを扱うには機操士の過程を収めなければいけないはずだが……。


「天音さん、機操士の資格持っているんですか?」


「うん。ボクはずっと前に機操士科の過程を修了しているよ。今は魔道士科を受けてるんだ。」


女性に機操士の才覚があることは極めて稀であるはずだが。それに加えて国連軍に引き抜かれるほどの魔道士としての才能も持ち合わせているということになる。一体何者なのだ、天音さんという人は。


「じゃあ固定するね。」


天音さんは私の背後に回り込み、ベルトで私と天音さんの体を密着させ、固定する。私の顔面をすっぽりと覆う防塵マスクも装着した。


「ちょっと歩きにくいけど我慢してね。」


機体側部の大型のドアが開き、暴風が入り込む。


「わ、私高いとこと苦手で……!」


天音さんは有無を言わさず、迷いなく飛び降りる。眼前には分厚い真っ黒な雲。その中に突入した。


突入してわかる。これは雲じゃない。モンスターの素……『黒い塵』そのものだ。


分厚い塵の雲を抜ける。雪のように黒い塵が降り注ぐ大地。崩れた瓦礫の街。地上を覆い尽くすモンスター。天音さんが言ったように、ここは紛れもなく地獄だった。東京タワーを奪還したときの数の比ではない。


『ズン』と全身に衝撃が加わる。パラシュートが展開され、降下速度が減少していく。私の視界に天音さんの手の平が映る。その手の平は輝きだし、それは徐々に強さを増す。


「ちょっと眩しいよ。」


その天音さんの声音はいつもと異なる。抑揚のない、無感情で無機質。まるで機械が話しているようだ。


天音さんは腕を一閃する。空振と共に眼下の瓦礫の街が光の洪水に包まれる。モンスターも、瓦礫も何もかも光の中に埋没した。その範囲は――地平線の彼方まで。視界に収まる全ての範囲が一瞬の内に……。


すーっと光の洪水が引いていき、消え去った頃にはモンスターだけが忽然と姿を消していた。


地上に着陸すると、天音さんは慣れた手つきで私と天音さんを繋ぐベルトを外し、パラシュートも投げ捨てる。不思議なことに、投げ捨てられたパラシュートは液状化して地面に吸収されてしまった。


「穂乃村さん、よそ見しない。」


天音さんの目に光がない。飲み込まれそうなほど暗く恐ろしい瞳をしている。この瞳――西王寺さんが戦っていたときのと同じだ。


地上には続々とモンスターが生み出されていた。


「そんな……これじゃキリがないじゃないですか。」


「そうだね。例え奪還したとしても三日もあればモンスターに再度制圧されるでしょうね。」


空を覆う、陽光をすっぽりと隠す黒い塵の雲がある限り、無限にリソースが供給されて、無限にモンスターが湧き続ける。


「モンスターを倒して土地を奪還するということは砂場を掻き分けて地面を発掘するのに等しい。一時的に別の場所に追いやるだけで、根源を消すことは出来ない。紀元前の人たちはなんとか塵を封印する方法を見出したようだけど……。」


その技術は今やロストテクノロジー。モンスターと黒い塵に酷似した記述のある古文書があった。授業で知識レベルとして語られる内容だ。遥か昔はモンスターとの戦闘が長く続き、魔法技術の進歩が現代より遥か先に行っていたらしい。それから千九百年以上の平和で魔法を戦争行為で扱うことはなくなり、次第に技術は失われていった。


現代で救いがあるとするならば、B-SA兵器による攻撃手段が拡充されたこととに加えて、魔法技術が再興しつつあることだろう。戦争は文明を進歩させるのだ。


「天音さん、では今回の任務の達成条件は何なんですか?」


天音さんはその恐ろしい眼で私を捉える。学園内での頼りなさそうな目でも、特訓してくれたときのような熱意に満ちた目でもなく。強いて言うならば――化け物の目。


「達成条件はない、地理関係とモンスターの生態をある程度調べる。だがボクの目標は――穂乃村ちゃん、君を望み通り『規格外』にすることだよ。」


突如、塵の雲が渦巻き、稲妻を伴って天音さんの背後に塊が落ちる。それは十メートルの体高はあろうかという巨大な狼のようなモンスターが出現する。


「穂乃村さん、これを一人で倒すのよ。あなたは『人をやめる覚悟』があるとボクに言った。それを行動で示して。」


「もし君に素養がなければ――死だ。」


私の背筋が凍りつく。サイクロプスなんかより遥かに強大な相手じゃないか。あの時はオカルト部の助けがあってなんとか倒せた。だが今回は……例えあの時のメンバーであったとしても勝てる気がしない。


「ヘルハウンド。南半球に生息する地上戦に特化した尖兵。」


「もしあなたがこれを打倒できるというのならば……『私達』の仲間になる素質があるのよ。」


ヘルハウンドは咆哮し、ゆっくりと私との距離を詰める。三階建ての建物がじわりじわりと迫ってくる感覚に等しい。一歩、また一歩と歩を進める度に地面に振動が走る。


考えろ。私の武器はなんだ。――身の安全が保証されていないこの状況でも、私は自然に立ち向かうことを考えているのか。


何故だろう。危険が迫っているときほど周りがよく見えてくる。コンクリートを割って生えた雑草。崩れ、朽ちたビル群。しかしこの場で使えそうなものは……。


とりあえず、距離をとる。瓦礫を潜り、飛び抜け、矢のように走り抜ける。集低音と瓦礫を撒き散らしてヘルハウンドが突撃してくるのが聞こえるが、恐らく振り返ったら速度が落ちて喰われる。


急停止し、反転。瓦礫の山に潜る。下手くそかもしれないけれど、変身魔法を試みる。――瓦礫の姿に。


コンバットスーツが瓦礫のような色と模様に変わり、迷彩となる。変身魔法には精密なイメージが必要という話であったが、そんなものは今は不要。なぜなら目の前に実物があるのだから。


私を見失い、索敵しているヘルハウンドを背後から捉え、ドレインを放つ。全身に魔力と活力が漲る。


「サンダーボルト……γ」


胸の前で合掌し、徐々に手を離していく。両掌の間に流れる眩い電流。――うまく発動出来ている。勢いよく両掌を打ち付けると、ヘルハウンドに向けて眩い電流が迸る。――効果なし。ヘルハウンドは痛痒も感じていない様子で、こちらに向き直る。


匂いを嗅ぎ分けるようにスンスンと鼻を鳴らし、その巨大な顔面は私を一点に睨みつける。四肢の持てる力全てを使って瓦礫の山から這い出し、再び逃げ出す。


今の私に圧倒的に足りていないのは魔法火力。これを克服する術を考えろ……。ふと、脳裏に北斗さんの言った言葉が再生される。


『魔法の発動は魔力と素養の足し算で決まる。その固有魔法で魔力を奪い取れば確かにある程度の魔法は使えるだろう。』


確かこの言葉の後には、ドレインに頼った魔法の使い方をしていると素養が育たなくなる……と続いた。


『魔法は魔力と素養の足し算』。では素養が0でも魔力が無限大にあれば……? しかもこの場に限ってはあるではないか。無限の魔力(リソース)が。モンスターから魔力を吸収することができる、それはすなわちモンスターに魔力があるということ。さらに分解して考えると、モンスターは黒い塵で構成されている。すなわち『黒い塵には魔力がある』。


手の平を天に向ける。『ドレイン』は真っ黒な塵の雲からありったけの魔力を抜き出し、私の体に吸収させる。細胞のひとつひとつが焼けるように熱い。脳が認識できる魔力量を遥かに逸脱し、奇妙な感覚が全身を支配する。


特訓をしてもらった時の天音さんの声が再生される。


『魔法とはイメージが一番重要なの。教科書に書いてあるイメージは多くの人が共感しやすい表面的なものに過ぎないの。重要なのは自分がどう感じるか。』


今ならこの意味がよくわかる。そもそも『固有魔法』なんて言葉があるから魔法の正しい理解に支障をきたすのだ。魔法はイメージを具現化する手段、つまりイメージさえ出来ていれば『固有』なんてものは存在しない。言ってしまえば『なんでもあり』。


ヘルハウンドは牙をむき出しにして襲いかかる。私が地面を踏み鳴らすと、周囲の瓦礫が集って盾の役割を果たす。――いける。


――――

――


天音は天から穂乃村のことをじっと観察していた。彼女は頭がいい、勉強ができるとかそういう話ではない。周囲がよく見え、それを活用する応用力がある。『ドレイン』という特殊能力を除いても、魔法に関しても発動まで時間はかかるが、出力される威力は上々。


「でも、それだけじゃ足りない。」


天音は呟く。機転を利かせて塵の雲にドレインするという発想は流石の戦闘IQだと言っていい。その発想力と、戦闘中でも迷わずリスクを取る性格のおかげで一年生ながら、名を挙げていることに違いはない。このまま学園で普通に勉学に励み、素養を磨けば間違いなく一流の魔道士になれる素材。


だが――まだ人の域を抜け出せはしない。今回の目的はその更に上を行く、『人をやめる』ための特訓なのだから。


眼下では、穂乃村が瓦礫の盾を破られ、空き缶のように蹴り飛ばされていた。ヘルハウンドの巨大な口に火炎が集い、放たれる。穂乃村が吹き飛ばされた地点は紅蓮に包まれた。


十秒、二十秒、動きがない。天音は見かねて地上に降りる。

瓦礫を蹴散らしながら焼けた地面を歩く。奇跡的に炎の射程外だったのか、穂乃村は地面に倒れて気絶していた。


「……ボクは君のことを過大評価していたの?」


天音が思っていたほど、穂乃村は強くなかったのか。ここに誘った時に激しく威圧し、それを物ともしなかった彼女に、天音は半ば確信を得ていた。『化け物の種子』を持っていると。


天音は地面に座り、穂乃村の頭を自分の膝に載せる。まだ温かい、傷もそこまで深くない。ただ意識を失っているだけ。その桜色の髪の毛を撫でてみる。瞼がぴくりと動いた。


「辛い時は決意を抱くの。あなたは何のために戦っているの?」


――――

――


遠くで天音さんの声が聞こえた気がした。私……なんのために戦っているんだっけ。最初は守りたい人を守れなかったのが悔しかったから。房総半島迎撃戦で気絶してから一層強く意識するようになった。


では、守りたい人とは? その主体はどこにある? 私はなんのために戦っているのだ?


違う。『守りたい人を守る』なんてこれっぽっちも思っちゃいない。ただ『悔しかった』だけが本音。迎撃戦のときも、単に無力な自分を呪っただけ。全ての動機の中心には私しかいない。殊勝な理念なんて持ち合わせちゃいない。


――こんなところで自問自答しながら死ぬのか。嫌だな……。


さとっち、静乃さん。


私は……。


心臓が強く脈打つ。魔力がざわめく。まだ死ねるわけないでしょ、モンスターなんかに殺されるのはまっぴらごめんだよ。いるじゃない、守りたい人が。


思い出して。静乃さんが吹き飛ばされた時の気持ちを。血が沸騰したように熱くなって、とっさに前に出た。あの時どう思ったっけ。


確か――『ブチ殺してやる』。


目を開く。天音さんが私の顔を覗き込んでいた。


「大丈夫……?」


なんとなく今は天音さんの言葉に反応する気にならない。一刻も早くヘルハウンドを殺したい。立ち上がり、ヘルハウンドの眼前へ。なんだか、むしろワクワクしてくる。こんな怪獣のような奴が実在するなんて。


「ドレイン。」


光弾を飛ばし、ヘルハウンドに命中すると、赤と紫と青の三色の光線が私に吸収される。青色の……光線? 一体何を吸収したのだろう。感覚的に、全く異質な力が追加されたような気がする。


黒い塵の雲が渦を巻きながら私の体を巻き込む。竜巻の中にいるようだ。塵が私の体に纏わりつき……。竜巻が消失した時、私は目を疑う。


体が黒い塵に覆われている。ヘルハウンドの頭部を模したようなヘルムに、鋭い爪の生えた手足。背中には毛とも棘ともつかぬ無数の突起が生えていた。私はモンスターになってしまったのか。


ヘルハウンドが飛びかかる。サイズで言えばビルが身軽に動いて跳躍するようなものだ。しかし、今なら――腕を一閃すると、その爪がヘルハウンドの前脚を両断する。私の上に覆いかぶさるように落ちるヘルハウンドを片手で受け止めて、すぐ横に投棄する。


両手を構える。火炎が集中した瞬間、前方をヘルハウンドと共に広範囲を焼き尽くす。

ファイアの魔法ではない、先程ヘルハウンドが使っていた魔法だ。まさかと思って試しては見たが。


『ドレイン』の第三の吸収対象は、恐らく『能力』。


人間では不可能な高度まで跳躍し、爪を振り回してヘルハウンドの首に喰らいかかる。豆腐を包丁で切るような感覚。首の落ちたヘルハウンドは塵の山と化した。


南に行かなきゃ……。知り得た情報を報告しなければ……。


私の体は、唐突に訪れた使命感に操られるように動き出した。


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