不器用なこころ
フィレインと同居することになった西王寺。彼女との接し方がわからず、ぶっきらぼうに扱っている……。
一時の感情に身を委ねて、とんだ面倒を引き受けてしまった。ガキの相手をするなんて……よりにもよって、死んだ幼馴染の生き写しのようなヤツを。
赤と黒の缶に入った炭酸飲料を呷る。微炭酸と冷たい感覚が喉を通り抜け、涙が浮かぶような炭酸の刺激が喉を満たした。
フィレインを一瞥する。私の自室のベッドに腰を掛けてアニメを視聴している。真っ白な髪に白蝋のような肌、買い与えた白いTシャツに薄ピンクのパーカーを羽織り、短いフレアスカートを穿いている。
もうすぐ12時か。飯でも作ろう。
材料を冷蔵庫から取り出してキッチンに立つ。指先に小さい黒い輪を作り出すと、材料に向けて飛ばす。黒い輪はひとりでに材料を細切れに切断し、役目を終えると消滅する。
油をフライパンに入れ、よく熱してから材料を炒める。その間に卵を溶き、塩コショウを入れる。炊飯器から米をよそい、フライパンの中の材料に火が通ったのを確認して、卵と同時に米を入れる。
卵が固まる前に米とよく絡めて、仕上げに味覇を投入して混ぜ合わせる。簡単なチャーハンの出来上がりだ。
皿を2枚取り、チャーハンを取り分ける。
「飯だ。」
ぶっきらぼうにフィレインの横に皿とスプーンを置き、私はソファーでメシを掻き込む。
「わぁ! いただきます〜!」
フィレインは満面の笑みを浮かべてチャーハンに手を付ける。まだ熱かったようで、『ふ〜ふ〜』と吹いて冷ましている。
「お前、親とかいないのか?」
チャーハンをもぐもぐしているフィレインに問う。北斗は身寄りがない少女だと言ったが、両親は既に死んでいるのだろうか。
「おかあさんはね、ずっとむこうにいるの。」
フィレインは壁を指差す。方角で言えば……南だろうか。
「おかあさんはなんでもしってて、いつもみてくれているんだよ。」
「はぁ?」
『ずっと向こう』だの、『いつも見てくれている』だの、私にはありきたりな死の暗喩にしか聞こえない。本当にガキの言うことはよくわからん。
空になった皿を台所に置き、部屋の扉のノブに手をかける。
「どこかにいくの? わたしもいっしょにいきたいな。」
フィレインはとてとてと足音を立てて玄関まで走ってくる。
「ついてくんな。アニメでも見てろ。」
私はそう吐き捨てて家を出る。フィレインの寂しそうな顔が閉じゆく扉の隙間に映った。むず痒い感覚が芽生える。
「クソガキが。」
その感覚に苛立ちを覚え、壁を殴る。
――数日後、学園の1週間の休みが終わり、以前と変わらない生活が戻る。
だが、私がまともに授業に出ることはない。どんな高尚な文章を読み聞かされ、教養を磨いたとしても、魔道士としての道を選んだからにはモンスターと殺し合いをして生きる以外にない。
感性が磨かれ、素晴らしい教養を身につければ魔法が強くなるとでも言うのか。アリーナ・ランカーズ2位の私の前で。お笑い草もいいところだ。
私には戦場と力さえあれば他は何もいらない。こんな学園でさえ、私を縛る足かせでしかない。つまらない授業、練習にもならない任務、頭パッパラパーの学生共。
……本当に反吐が出る。
「フィレイン、共同校舎の場所はわかるか?」
家の玄関先でフィレインに問う。彼女は今日から初等部に編入になる。事前の学力テストでは年相応の知識は身についているという結果であった。
フィレインには当然、学校に通わせる。私には学園や授業が不要というだけで、教育の重要性を認識していないわけではない。
「うーん、わかんない……。」
私は軽く舌打ちをして、フィレインの手を引いて家から出る。
「どうしてみんな、ほむらをさけてるの?」
私が歩くと、人々は避けるように道を空ける。いつもに付け加えて、今日は訝しげな視線が向けられていた。それを目の当たりにしたフィレインは私に問う。
「んなことは知らんでいい。」
そうフィレインに返しておく。そりゃそうだろ、私を指すありがたい称号の数は数え切れない。『目線を合わせてはいけない人』なんて呼ばれ方は最高だ。
そんな人間が今日、小学生の少女と仲良く手をつないで登校しているんだ。訝しげな目で見られてもおかしくない。
「おう、フィレインと西王寺か。おはよう!」
馴れ馴れしく声をかけてきたのは――北斗 聖桜、生徒会長。
「おはよう〜!」
フィレインは元気に挨拶を返し、北斗に頭を撫でられている。
私は踵を返して立ち去ろうと試みた。
「待て、西王寺。」
やはりと言うべきか、引き止められた。『授業に出ないのか』だのを起点に説教が始まるのだろう。100万回は聞いたフレーズだ。
「フィレインを案内してくれてありがとう。」
北斗は礼を言うと、軽く頭を下げる。
「言いたいことはそれだけか?」
私は北斗を睨みつける。
「ああ、それだけだ。」
「……そうかい。」
フィレインを一瞥して立ち去り、任務へ赴いた。
――夕方 共同校舎にて
「天音さん!」
私は授業の終わりに、偶然見かけた天音さんに声を掛ける。
「あなたは……確か穂乃村さんだね」
曇り空のような灰色の長い髪に、決意に満ちた紅の瞳をした少女。天音さんは私のことを覚えてくれていたようだった。
「前の戦いで活躍したって聞いたよ。見てみたかったな。」
天音さんは透き通った儚げな声で言った。そういえば、あの時は天音さんがいなかったようだけど……。
「天音さんは参加していなかったんですか?」
「私はその時は外国で作戦行動中だったの。私、名目上は魔道士候補生だけど実際は国連軍の魔道士部に籍をおいてるから……。」
国連軍魔道士部。確か授業では南半球の奪還をミッションとして組織された世界的な魔道士部隊だと聞いた。押されつつあった人類の生存圏を赤道線上まで押し返すことができたのも、国連軍の大きな戦功だという。
「やっぱり天音さんってすごいんですね」
「ボクはこの国の守護者を自称しているからね」
天音さんは少し恥ずかしそうに笑いながら言う。『国の守護者』を自称するなど、かなりの自信がなければできない。
先の戦いでは西王寺という人が単騎で圧倒的な戦力を私達に見せつけた。彼女がナンバーズ2位ということならば、ナンバーズ1位の天音さんは、少なくとも彼女と同等以上なのだろう。
「私も天音さんのように強くなれたらな……。」
私はうっかりこぼしてしまう。
「一年生にしては十分強いと思うけれど……。」
天音さんは思案を巡らせて、手をポンと鳴らす。
「もし、あなたに"覚悟"があるのならばいい案があるわ。」
真剣な眼差しで私の瞳を覗いてくる。覚悟……一体どれだけの覚悟があれば覚悟と認めてもらえるのだろうか。
「覚悟って……。」
「強くなるのは簡単じゃないわ。とてつもない苦痛と喪失の過程を経て手に入るもの。あなたには人をやめる覚悟がある?」
その柔らかい口調と裏腹に、その紅の瞳は私の全てを見透かすような迫力を持っていた。この間も間違いなく試されている。
「ボクと地獄に行きましょ。もし、その気があるなら私の手をとって。」
天音さんは細い手を差し出す。紅の瞳に射抜かれ、まるで金縛りにあったかのように体が硬直する。彼女を見つめていると、目から内蔵にかけて凍てつくような緊張感が流れ込んだ。
冷や汗が背中を伝う。右腕に全神経を集中させ、緊張で縫われた腕を無理やり引き剥がす。そして、天音さんの手を掴む。
「ふふ、あなたには"素質"があるわ。じゃあ……明日また会いましょ。」
天音さんはそう言い残して去っていった。
――西王寺が任務から戻る。
任務から戻ると、スイケレ学園はすっかり夜になってしまった。フィレインもお腹を空かせているだろう。家の扉に鍵を差し込む。扉に張り紙がしてあるのが目に入る。
"ガキは預かった。アリーナまで取りに来い"
私がそれを読むと、瞬間湯沸かし器よりも高速に全身の血液が沸騰するのを感じた。怒りが全身を駆け巡り、沸騰した血が神経を侵して理性の枷を解き放つ。
アリーナには10人ばかりの不良がフィレインを取り囲んでいた。
全身から赤黒い魔力が漏れ出し、さながら狂気のオーラを纏っているような私がアリーナの人工芝を踏みつけた瞬間、彼女らの眼が戦慄で凍りつく。
「ま、ま、待ってくれ西王寺さん!」
「ちょっと魔が差しただけなんだ!」
黒いエネルギー流を剣のように束ねて両手に持つ。瞬間移動に等しい速度で突進し、フィレインの近くに陣取っている5人を0.07秒で切り伏せる。もしアリーナの加護がなければ分子レベルで分解されているところだ。
だが、その痛みはしっかりと支払われる。その5人は絶叫し、白目を剥いて失神した。
「な、なんで……!」
残りの5人あまりの不良達は腰を抜かしながら体を後退させる。
ガキを攫い、あまつさえこの私に姑息な手を使って喧嘩を挑む。その程度で本当に勝てると思っているのか。
この私が正義を騙るなどありえない。だが、ガキを盾に取ることが気に食わない。私が面倒をみているガキに手を出すようなウジ虫共の言いなりになるとでも思ったのか。そのように舐められていたのなら余計に腸が煮えくり返る。
アリーナから叩き出し、一人ずつ腹の中身をぶち撒けて、その豚の脂身以下の大脳新皮質を引っこ抜き、ケツの穴に突き入れて人間オブジェにしてやろう。
フィレインを背にして立ち、両腕を前に突き出す。白い極光が夜のアリーナを照らし出す。それは目も開けていられないほどの光量に達すると……。
掌から閃光を放つ熱線が放たれる。依然として夜のアリーナは昼間よりも明るく、不良達の凍りついた顔を照らし出す。腕を一閃すると、熱線がアリーナを両断し、爆轟と閃光が視界に映る全てを滅却する。
熱線が消滅し、闇が訪れる。わずかに空中に残る紫色の残光。溶け抉れたアリーナの地面、炭化した観客席と防護壁は、この場にかかった加護によりゆっくりと修復されていく。不良達はぴくりとも動かず地面に伏している。
「ブチ殺してやる。」
チェイスサークル――自立攻撃する黒い丸鋸とでも言っておこう。それを両脇に待機させる。
「もうやめて!」
フィレインが叫び、全身で私を止めようと右足に抱きつく。
彼女の全身から金色の淡い光が放たれ、私の体に吸い込まれていく。
神経を焼き焦がすような激憤が沈静化していく。オーラが消え、全身の魔力が落ち着きを取り戻す。やがて体が理性の支配下に入り、意識らしい意識を取り戻す。
「フィレイン……怖かったか?」
「ううん。ほむらはわたしをまもってくれたんだもん」
「そうか……じゃあ学食で飯食って帰るぞ。」
「チャーハンがいいな〜」
やっぱり、このガキとはどんな態度で接していいか私にはわからなかった。
――翌日 生徒会室
「西王寺をリンチしようとフィレインちゃんを人質にとった……ねぇ。」
会長は風紀委員長の報告に頭を抱えていた。
「はい。風紀委員としては不良達は3ヶ月の停学処分、西王寺は情状酌量の余地ありとして厳重注意に止めようと検討しておりますがいかがでしょうか。」
「おう、それで良いんじゃないか。」
風紀委員長の提案に会長は賛同する。
「つーか、誘拐って普通に刑事事件扱いだよなぁ……一応教師会には私から報告して判断を仰ぐよ。殺人には至ってないから海驢島送りはないだろうが……やっぱり停学だけじゃ甘いかもしれんな」
会長は嫌そうに言い、昨晩の出来事を取りまとめた資料をコピーするように篠崎に命じる。海驢島とは北海道の北限に近い場所にある島で、埋立工事により元の無人島からかなり大きなサイズに拡張され、そこに魔道士用の刑務所が建てられた。
「昨晩行使された魔法は……うわぁ、『ディスメンバーΣ』に『マグネターΩ』、さらに『チェイスサークル』か。あとは……名称不明の魔法?」
「アリーナの外で使われてたら学園が滅びてたな。」
アリーナで行使された魔法は一定期間記録される。会長はそのログを読み込んでいた。名称不明の魔法は珍しくない。固有魔法等は大半が名称不明と判定されるからだ。
「それでは失礼します。」
「おう、おつかれ〜。」
風紀委員長は一礼して立ち去る。
「まさか、あの西王寺が他人のために怒るなんてな。」
アリーナは修復されつつあるも、ひどい有様だった。アリーナと任務に明け暮れるのが西王寺であるが、アリーナにあそこまでのダメージを与えたのは天音とのナンバーズ1位争奪戦以来だろう。あのときは確か、北の山に大穴を空けた。それに比べたら、今回なんて可愛いものだが……。
「あいつが少しでも人間らしい感情を取り戻してくれればいいが。」