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それぞれの休日

大きな戦いが終わり、学園は学生の休養のため1週間の休みとなった。彼女たちの私生活に迫る。

「うーん、こんな感じかな?」


自室の鏡に映る桜色の髪の女の子。白と黒のボーダーシャツに紺のパーカーを重ね着して、七分丈の黒いパンツという色気のない格好をしている。


先程までは結構長い髪だったが、今ばっさりと肩にかからないくらいに切りそろえた。心機一転する時にはばっさり切りたくなるんだよね〜。


このまま無造作ヘアなら楽だけど……。白いゴムで右側頭部の髪を結ってみる。……いわゆるサイドテールというものだが、なんか幼い印象だ。


もうひとつゴムを取って、左側頭部の髪も結ってみる。さとっちヘアー……つまりツインテールだが。さとっちのように小さくて可愛らしければ似合うが、私がやるとなんかあざとい感が拭えない。ゴムをとって、癖のついた髪を手ぐしですいてほぐす。


毎朝凝った髪にセットするのは時間がかかるのだ。小難しい髪型にセットしている女子を見ると手を合わせて拝みたくなるほどだ。


房総半島迎撃戦が終わって2日目。学園は学園生の休養のため1週間の休みとなった。昨日は学園生の大半が寝て過ごしたと思う。私も例外ではない。しかし1日も休めば活動的になるのが学生というもの。


部屋の呼び鈴が鳴る。インターホンの受話器を取ると、やはり相手はさとっちだった。今日はさとっちと静乃さんと遊びに行くのだ。


急いでリュックを持って部屋を出る。


「おまたせー。」


私は部屋の外で待っていたさとっちと静乃さんに声を掛ける。


「髪切った? ってか色気ないッ!」


さとっちが私の全身をねめまわした後に叫んだ。

かく言うさとっちもよくわからない英単語が書かれたシャツにデニム生地のジャケット、ショートパンツにニーソックスとスニーカーと動きやすさ満点のスタイルじゃないか……。


「まぁまぁ……。」


口を挟んだ静乃さんを見て私は目眩がした。

髪はハーフアップにまとめられ、真っ白な長袖のブラウスの胸元には細いリボン。腰には黒く細いコルセットを巻き、青いロングスカートにショートブーツ。肩にかけられた小ぶりなショルダーポーチの紐が、その豊満な胸の谷間に食い込んでいる。――女子力の化身がそこにはあった。


元々背が高く、スタイルも顔も良いと思っていたが……唖々、今の彼女には後光が射している……。


「ほら、静乃に見惚れてないで行くわよ!」


さとっちに手を引かれて連行されるも、視線は静乃さんに向かっていた。照れている様子もなんとも愛らしい。


スイケレ駅から札幌方面の電車に乗り込み、座席に腰掛ける。思えば札幌の改札から外に出るのは初めてだ。


「ねえねえ、札幌って何があるの?」


私は2人に問いかける。


「駅に直結した建物には服とか、ご飯食べるところとかたくさんあるよ。」


静乃さんが答える。


「クラブ!飲み屋!風俗!盛りだくさんよ!」


さとっちはいやらしい顔をして大声を出す。あんたはおっさんか。


「ま、私達が遊ぶなら駅近の建物か少し歩いてカラオケ程度ね。」

「人が集まる前から札幌駅の近くはそこそこ栄えてたおかげで昔から変わらないのよね〜。遊ぶなら北広島のほうが選択肢多いわ、今あそこ熱いからね。」


と、さとっちはスマホを弄りながら続けて言う。

私は『北広島』で検索してみる……新千歳空港と札幌駅の中間。球場まであるが……学園からはかなり遠い。


そこそこ長い時間電車に揺られる。車窓の外は快晴の景色が広がっている。

やがて札幌駅に到着して、私達は電車から降りる。


「お昼近いけど先に何か食べちゃう?」


時計の短針がもうすぐで12を指そうとしているのを見て、私は2人に提案してみる。


「ラーメンね。」

「ラーメンかな。」


さとっちと静乃さんは即答する。その女子力の化身のような女子の口からラーメンなどという単語が出るとは。


「このあたりにラーメン屋さんはあるの?」


札幌マスターのさとっちは得意げに答える。


「狸小路やすすきのにも沢山あるし、そこの電気屋の上の階にもラーメン屋さんが立ち並ぶ場所もあるのよ。」


「へぇ〜」と、私は感嘆の声を出してみる。


「私は丘岡家が好きだけど……上の階のラーメン屋さんも好きだよ。」


静乃さんの口から飾り気も華もない店の名前が飛び出した。


「じゃあ近いし上のラーメン屋行こっかー。」


私達はすぐそばのデパ地下の食品店エリアから10階行きの直通エレベーターで登る。『ラ〜メン合州国』直通と書いてあった。


10階はなんの変哲もない飲食店フロアだったが、『ラ〜メン合州国』と呼ばれる一帯は薄暗く、昭和初期的な街並みを演出したような小道具が飾られている。


「お、店が入れ替わってるわね。」


さとっちは『ラ〜メン合州国』入り口の店舗リストを見つめている。


「当たりは……ここね!」


静乃さんはズビシと指で店を指し示す。眼光は鋭く、まるで肉食獣のソレに近い。


「静乃の選ぶ店にハズレはないわ。もう固有魔法のひとつと言ってもいいくらいの精度よ。」


さとっちはそう言うと、私と静乃さんの手を引いて合州国の中に入っていく。入り口から近い、『さっぽろ家』という素っ気ない名前だ。


昼時であるが、世間は平日であるため並ぶことなく席に案内される。さとっちと静乃さんはメニューを流し見して、最もベーシックな醤油ラーメンを注文する。私も慌てて同じものを注文した。


さとっちと静乃さんは目を閉じて神経を集中させている。彼女らは一体ラーメンにどれほどの思い入れがあるというのだろう。


やがて3人ほぼ同時に着丼する。難攻不落の要塞さながらの野菜の山に麺はおろかスープさえ隠れている。私が驚愕の視線でその丼に目線を落としていると、さとっちと静乃さんは互いに睨み合い、無駄のない動きで箸を引き抜く。


私が呆気にとられている間、彼女らは野菜の山を箸で圧縮するように押し付け、その要塞を崩しにかかる。フードファイターさながらの女子力0の戦闘が始まった。野菜の要塞が半分ほどになった瞬間に2人の表情が一変する。


箸を丼の深くに突き入れ、双方ともほぼ同時に箸を巧みに繰って――グルンと麺と野菜が回転し、反転する。野菜はスープの中に、麺はスープの外に飛び出す。


その黄色い中太麺を物凄い勢いで掻き込んでいく。食べると言うよりは胃袋にブチ込むという表現が正しい。怒涛の勢いで麺が無くなっていき、2人は丼を掴んでスープを飲み干す。バケツの水を排水口に流すような勢いだった。


『ドン!』と、空になった丼をカウンターに起き、近くの布巾でテーブルを拭いて立ち上がる。


「ほのりん、ギルティよ。」


「ギルティね。」


2人は私の背後を通り過ぎる瞬間に囁いた。私の丼を見ると、麺がスープを吸って膨張を始めていた。そういうことだったのか……!


「うっぷ……もう無理……。」


私は膨張した麺までなんとか平らげて店を出る。スープまでは完飲できなかったが……。さとっちと静乃さんはベンチで談笑していた。


「やっと来たわね」


なぜあの2人は大盛りのラーメンを食べて平気な顔をしているのだろうか。まさか本当にフードファイターか何かなのだろうか。


「ゲーセンでもいこっか〜丁度真下だし。」


さとっちの提案に乗って、私達はエスカレータで下階へ向かう。丁度1フロアをゲームセンターにしているようだった。


「ちょっと私ここで休む……。」


私はゲームセンターのベンチに腰掛け、その大きくなったお腹をさする。腹の中で麺が膨張しているのではないだろうか……。


「大丈夫?」


静乃さんが気遣いを見せてくれる。


「大丈夫だよ、先遊んでて。」


私が返答すると、やや心残りがあるような顔をして、さとっちとゲームセンターの奥へ向かった。


天井を見上げる。白い天井にふわりと視界を横切る黒い斑点。飛蚊症の症状だろう。この黒い斑点を見るたびにモンスターが散る間際の塵を思い出す。


モンスターに対して、不思議とトラウマや恐怖はない。先の戦いでは歌唱魔法でハイになっていたこともある。それがなければ今頃は部屋に閉じこもってフラッシュバックに怯えたりしていたのだろうか。


この日はゲームセンターで散々遊んだ後、私はさとっちと静乃さんの着せ替え人形にされてから学園に戻ったのだった。


――一方、学園で休日を過ごす者もいる。

「ぅ……ん?」


保健室で、先の戦いで保護した白い少女が目を覚ます。生徒会長の北斗は少女の深い青の瞳を覗き込む。随分長いことこの少女に付き添っていた気がする。


「おう、あー……なんて声をかければいいんだ? 」


会長は言葉に詰まる。姉妹はいないし、初等部もあるが特に生徒会が面倒を見るわけでもない。年の離れた子の扱いには慣れていない。


「おなか……すいた……。」


少女は力なく呟く。見た目こそ10歳前後だが、その口振りはその見た目より遥に幼く感じさせる。


「あー……腹が減ったのか。何か買いに行こう。」


裸足のその少女に、保健室の着替え用の靴下と運動靴を履かせてから、少女の手を引いて購買部へ向かう。なんて白くて細い手だろう。少し力を込めたら折れてしまいそうなほど華奢だ。


「ガラナ1本頼む。」


購買部で注文をする先客――西王寺 焔子。

身長は180cmを超え、その髪は狼のように灰色で伸び切っている。

彼女はお金を支払い、赤と黒を基調とした意匠のロング缶を鷲掴みにする。


ひどく鋭いその金色の眼が会長を一瞥すると、何も言葉を発さずに立ち去ろうとする……が、彼女は視線を動かして白い少女を視認すると、その憎悪と殺意に満ちた瞳に驚愕の色が混ざる。


「……玲音(れいん)……なのか?」


西王寺の発する声が震えている。常に剥き出しの敵意をぶつける彼女が明らかに動揺し、牙を剥かれた山猫のような……。


「わたし……フィレインっていうなまえだよ。」


少女は名乗る。フィレイン……日本人ではないのだろうか。少なくとも発音に外国語訛りは混じっていないようだが。


フィレインは西王寺に恐る恐る手を伸ばす。西王寺は特に拒否する様子はない。フィレインは私の手を離すと、西王寺を抱きしめる。


「なッ……!」


西王寺は一瞬、拒絶の姿勢を取るが、相手が幼い子供故に強く出られないようだった。まさかアイツにそんな一面があるなんて……と会長は意外そうな顔を見せる。


「おかあさんとおなじにおいがする。」


フィレインは鼻をスンスンと鳴らせて、西王寺の体に顔を埋めている。まるで長いこと会っていない両親と再開したときのような、ある種の甘えを見せるような態度で、会長に見せていた姿とは大きく異なる。


「その子、身寄りがないんだ。もしよければ……面倒を見てみないか。」


会長は西王寺に持ちかけてみる。少なくとも自分より懐いているように見えるからだ。


「北斗……お前は私がどういう人間か理解しているはずだ。」


西王寺は低い声で唸るが、いつものような迫力はない。フィレインの前では抑えているということだろうか。


「わかっていたつもりだったが、西王寺がその子に向ける目を見て、まだ私には理解しきれていないことがわかったよ。」


会長は返答する。西王寺はその牙のような犬歯を噛み鳴らして睨む。


「ぎゅってして?」


フィレインは西王寺にねだる。その言葉に西王寺の眼は大きく見開き、後ずさる。


「やめろ。玲音(れいん)の顔でその言葉を使うな。」


西王寺は苦悶の表情を浮かべて、片目を抑えている。思い出したくない何かを思い出しているような……。


「……くそっ、私に余計な面倒をかけたら放逐してやる。」


西王寺はフィレインの手を引いてどこかへ立ち去ろうとする。


「おなかすいたな。」


西王寺はフィレインの言葉に軽く舌打ちして、購買部で牛乳とサンドイッチを買って与える。そして制服の上着をフィレインに羽織らせる。フィレインの服装は4月にはまだ寒々しい、袖のない白いワンピースと、貸し与えた運動靴のみだったからだろう。


「……ありがとう。」


会長は誰にも聞こえないような小さな声で呟く。フィレインの存在が他人を否定し続ける西王寺によい影響を与えることができるとよいが……。



――オカルト部の部室にて。


その部室は黒い遮光カーテンで窓を覆われ、昼間だというのに薄暗い。ほんのりと紫色の光を放つランプがいくつか天井からぶら下がっており、不気味な雰囲気を演出する。


その光は、部室の地面に蛍光塗料で描かれた大きな五芒星のマークを青く発光させる。紫色の光と、地面に輝く五芒星の魔法陣。


その魔法陣の中央に横たわる包帯でぐるぐるに巻かれた少女は、なぜこんなことになってしまったのだろうと己の運命を呪っていた。


「さあ、サバトの幕開けである!」


ニルガルが大鎌を振りかざして叫ぶ。メイガスは魔法で鬼火を呼び出し、いかにも呪いの儀式っぽい空間を演出する。


「さあ村正よ、コキュートスよりいでる闇の魂をその身に宿し、真なるダークナイトとして転生するのだ。」


ニルガルは尊大な態度で言葉を言葉を紡いで儀式の準備を進める。


「……時は満ちたわ。」


メイガスはそう言うと、鬼火を高速回転させ始める。


「混沌の心臓、嘆きの川に囚われし悪魔王よ。冥き呪いを顕現し、秘術による解脱を図らん……コラプト・リンカーネイション!!」


ニルガルは呪文のようなものを唱えると、村正はゆっくりと空に浮き上がる。もちろんメイガスが浮上させているのだが……。


「ちょちょちょ! 何が起こるんッスか!? まずいですよ!」


村正は混乱し、本当にダークナイトになってしまうのではないかという不安と……若干の期待を抱いていた。


「暴れるでない! 暴れるでない!」


ニルガルは村正に暴れないよう伝えつつ、念を送るような怪しげなポーズをとっている。


「おどりゃ……クソボケカス共がァ!!!」


部室の扉が突如吹き飛び、風紀委員の腕章をした女が飛び入る。

3人はびっくりして跳ね上がり、メイガスはうっかり魔法を解除して包帯に巻かれた村正を地面に落としてしまう。


村正は痛みに悶て声に鳴らない悲鳴を上げてもぞもぞと苦しんでいる。


「貴公ら……共同校舎での魔法行使は厳禁だと知っての行いかおいゴルァ。」


やたら口の悪い風紀委員にニルガルとメイガスは戦々恐々とし、村正は依然として痛みに悶えている。


田辺(たなべ) 友香(ともか)。そろそろ風紀委員室まで来てもらおうじゃねぇか?」


風紀委員の言葉にニルガルは憤慨する。


「田辺 友香と呼ぶでない! 余はニルガル。【死神】のニルガルぞ!」


――この後、オカルト部は2時間にわたり説教を受け、2週間の活動停止を言い渡された。

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