房総半島迎撃戦:急
東京タワー奪還戦が始まる。しかし、西王寺は……。
「ようし、それでは東京タワー奪還戦を開始する! この一帯を綺麗に殲滅すれば房総半島迎撃戦は終了だ。心してかかれ!」
午前11時。曇天。眼前には真っ二つに折れた東京タワーと、数千から1万を超えるモンスター達の地獄があった。
会長の号令と共に、東京タワー奪還が開始する。房総半島迎撃戦に参加したスイケレ学園の生徒の大半が加わっており、穂乃村、里中、オカルト部も含まれている。
「西王寺、時間だ。」
会長は真横に立つ大柄の女に声を掛ける。狼のような伸び切った灰色の髪、腹のあたりが引き裂かれたような迷彩柄のタンクトップにファーのついた黒い外套を纏い、ボロボロのハーフパンツ。機動性を重視した、ある種の野性味さえ感じさせる。
西王寺は空に浮かび上がり、腕を空に向けて伸ばす。手のひらは光り輝き、魔力がその腕を満たす。
そのまま西王寺は敵陣の中央に飛び入って拳を叩きつける。周囲300メートルのコンクリートがめくり上がり、局地的な地震とも呼べるような振動が襲う。
――
「精々満足行くまで持ちこたえてみろ、クズ共。」
最初はただ戦闘狂と呼ばれるだけだった。その頃はまだ"西王寺"と私のことを名前で呼ぶ人間がいた。しかし、私が戦いに明け暮れるうちに人は私を人間と認識しなくなった。
狂犬、阿修羅、鬼神。まったく下らない称号だけが増えていきやがる。
意気揚々と敵陣に飛び込み、既にそこは舗装されたコンクリートが割られたガラスのようにヒビ入り、めくり上がり、着弾地点は深く抉れ、死んだ敵の塵がその溝を黒く染めていた。
2日もテントに軟禁され、ムラムラと湧き上がる怒りと破壊衝動。中途半端な攻撃で死ぬ程度の雑魚では話にならん。まずは雑魚を間引いてそこそこ耐えられそうな"多少マシなゴミ"を選別する。
再び空に浮き、魔力を両手のひらに集める。魔法なんて簡単だ、怒りだの憎悪だの破壊衝動を魔力に乗せて撃ち出すのみ。それだけで私の望む事象が現出する。
確か学園では今から出す魔法をこう呼んでいたな――チェインスラッグ。
両手のひらから拡散する光弾を高速連射する。死を告げる魔力弾の雨は正面一帯に無作為に着弾し、その衝撃で砂埃とコンクリート片を巻き上げる。
小さな人型のゴブリンだの、犬のようなヘイルドッグだの、そのレベルの間引かれるべきゴミ共と共に、その砲火で焼き尽くして正面一帯を焦土に変える。
砂埃、黒い塵、コンクリート片。そういったものがもうもうと立ち込めて、視界を遮る。上空から見れば、まるで砂嵐に襲われているような状態に見えることだろう。
次だ。両手首に黒い輪を作り出す。地面に向けて放り投げると、その輪は人間一匹分くらいの高さとなり、地を這って進みながら敵を追尾し――両断する。
名前などどうでもよいが、チェイスサークルという名前がついていたな。
自動で追尾する黒い円形の刃は好き勝手にギガースだのサイクロプスだの中型レベルも含めて塵に変えていく。このまま放置していても30分もあれば殲滅が終わるだろう。
私は深い溜息をつく。つまらない、締まらない、燃えない、沸き立つものがない。これでは家の芝刈りと何ら変わりないではないか。
この場には"多少マシなゴミ"さえ存在しない。
空中を飛ぶエイのような――スキュラが、高硬度の鱗を飛ばしてくる。それを人差し指と中指の間で掴み取り、その敵の姿を指ですーっと上から下になぞると、スキュラは真っ二つに裂かれて塵と化す。
地に落ち行く塵を冷たい目で見つめながら、自分の戦意の消沈を実感する。
力のない脆弱な群れを相手に力を振るって悦に浸るような、程度の低い遊びははるか昔に飽いている。
例えば蟻の隊列を踏み荒らして、自分が強いなどと喜ぶことがないのと同じだ。私が求めているのは戦闘であって、害虫駆除ではない。
目的が戦闘から害虫駆除に移行した今は、最短時間で作業を終わらせることだけを考えればいい。
「デブリストームΩ」
――
「ほのりん……何あれ……。」
さとっちは驚愕の視線で、あの大柄な女性――北斗さんからは西王寺と呼ばれた人の一方的な虐殺劇を見ていた。
同じ魔道士候補とは思えない戦闘能力。彼女の広範囲に渡る攻撃のせいで、私達本隊は進むことが出来ない。
時折凄まじい衝撃が足を伝う。
「北斗さん、これじゃモンスターより被害が大きいのでは……。」
私は北斗さんに声をかけるも、北斗さんは唇を噛み締めて西王寺と呼ばれた人を見つめ続けていた。
「もう、あいつを止める術はない。例え全員で止に入っても、10秒も保たない。あいつは……西王寺は……そういう人間なんだ。」
北斗さんの声は震えていた。
西王寺と呼ばれた人は、空中から黒いものを2つ地上に落とす。それは砂埃を巻き上げ、地面を砕き、地を走ってモンスター達を切り裂いて回っている。私とさとっちと静乃さんと、オカルト部全員で立ち向かってようやく倒したサイクロプスも、その他大勢のモンスターと同じように一撃で塵に姿を変える。
「おい! みんな伏せろ、防護魔法を貼れるものは防護魔法を!」
会長が叫ぶ。空に静止する西王寺に紫と金色の光が集中し、それはまだ魔法に疎い私でも危険なことが起こることを予想させる。
分厚い雲を貫き、何本……いや、何十本と光の筋が続々と地面に突き刺さり、間近で大量の火薬を爆発させたような轟音が何十回と鳴り響く。
流星群が落ちてきた、そんな様子を思わせる凄惨な光景が繰り広げられる。
爆音が止むも、巻き上げられた砂埃で目を開けることが出来ない。しばらく本隊は地に伏せながら砂埃が地面に落ちるのを待った。
ようやく目を開けた時、分厚い雲には何十もの大穴が空き、その雲間から陽光が差し込んでいた。一方で地上は大なり小なりの数えきれないクレーターが穿たれ、まるで空爆を受けて荒れ果てたようになっていた。
美しい雲間からの陽光と、荒れ果てた地上のコントラストは聖書に描かれるような最終戦争を思わせる。
地上に降り、本隊を無視してどこかへ歩き去っていく西王寺のその姿を見つめる人々の視線は、人でなくモンスターを見る目と何ら変わりはなかった。
「……穂乃村、覚えておけ。あれがアリーナ・ナンバーズ2位、人類の規格外のひとりだ。」
北斗さんは私にそう呟くと、手を叩いて混乱した本隊をまとめ始める。
「あー……よーし、掃討戦を開始するぞ。各自PTを組んで生き残っているモンスターがいれば排除しろ。……ま、いないだろうけどな。」
「穂乃村と里中、あとそこの2人は私達と来てくれ。」
私とさとっちと、一緒に行動していたメイガスさんとニルガルさんは北斗さんと行動することになった。
北斗さんが引き連れているのは、同じ生徒会メンバーの稲城さんと篠崎さんだ。7人はまっすぐ折れた東京タワーを目指す。
地面は割れ、抉れ、でこぼこ道となり、何度も足を取られながら進む。モンスターの気配など一切ない、あるとすれば黒い塵となった残骸のみだ。
やがて、見上げるような大きな塔脚の下までたどり着く。メインデッキから上は、折れ曲がり地上に頭をおろしている。そして一際目を引くのが、塔脚の中心部にぶら下がっている白い繭のようなもの。
心臓のように鼓動しており、その繭はメインデッキや鉄骨から生えている白い菌糸のようなものに支えられている。
「なんだあれは……。」
北斗さんは繭を見上げて呟く。
「繭……でしょうか。」
副会長の稲城さんは、黒い前髪を払い除けて、北斗さんと同じように繭を見上げて呟く。
「モンスターが産まれるんですか?」
私は誰に訪ねているわけでもないが、疑問を投げかけてみる。
「モンスターは黒い塵から産まれる……前触れもなく、一定の量の塵が集まればモンスターになるわ……。」
答えてくれたのはオカルト部のメイガスさんだった。
彼女もまた、フードが落ちないように手で押さえながら繭を見つめている。
「でも、こんなものがモンスターと一切関係ないなんて誰が思うのよ。」
さとっちは意見する。
「確かにな、アンノウンが関係しているのは疑いようがない。誰かあれを落とせるか?」
北斗さんは全員を見渡して言う。
「ふははは! 余に任せろ。【鏖殺】のジェノサイズ!」
ニルガルさんは黒いコートをはためかせ、よくわからないポーズを取って黒い大鎌を召喚する。それを空に投げると、鎌は自律的に飛び回り、繭を支えている菌糸のようなものを切断する。
白い繭が重力に従って地上に落ち、衝撃とともに砂埃を巻き上げる。
地面に落ちた繭は、信じられないことに一切の傷がついていなかった。
「ふむ……得体の知れない物体を放置しておくわけにも行くまい。破壊するぞ。」
北斗さんが全員に破壊を命じる。彼女が一目散に繭に紅に燃え盛る右腕を叩き込む。爆炎が上がった。
「……ったぁ!」
「なんだこれは、滅茶苦茶硬いぞ!?」
北斗さんは右手を抑えて痛みに悶ている。
各々、様々な魔法を放って繭の破壊を試みるが、傷一つつかない。
「何よこの繭!」
さとっちが悪態をつきながらファイアβを連射する。何か目に見えない膜が繭を覆っており、それに魔法が阻まれているように見受けられる。
「余の! ジェノサイズが! 歯も立たぬなど!」
ニルガルさんの鎌も、メイガスさんの6重魔法も全て弾かれた。
「すみません! この繭、何か魔法的な力を感じます。」
発言をしたのは、生徒会庶務の篠崎さんだった。
「魔法的な力……か。穂乃村、ドレインで吸えないか?」
北斗さんの言葉を受け取り、私は繭にドレインを試みる。
光弾を飛ばし、繭に触れた瞬間に紫の光線が私の手元まで返る。
真っ白だった繭は、色がくすみ、やや灰色が混じる。
3回ほどドレインした結果、繭は灰色に染まり、ぼろぼろと外殻が崩れていく。
その繭の中には――純白のワンピースを着た、真っ白な腰まで伸びた長い髪に、白蝋のような白い肌。深い青の瞳の……見た目は10歳ほどの少女が立っていた。日本人とは思えない顔つきで、それは白人に近い印象を与える。
裸足で、衣服というものはワンピース以外に何もない。
その少女はよろよろと繭の中から歩き出し、そして地面に倒れる。
北斗さんは急いで駆け寄り、その体を抱きかかえた。
「……なんだこの子は。」
地面が揺れだし、黒い竜巻が複数箇所で巻き上がる。この一帯を黒く染めていたモンスターの残骸――黒い塵が上空に舞い上がり、ひとつの塊となって南方へ飛び去る。あの塵たちも、やがて新たなモンスターとして襲いかかってくるのだろうか。もしそうだとすると、私達は果のない戦いをしていることになる。
モンスターとは一体……。
――
房総半島迎撃戦は終わった。上野公園のキャンプ地も、続々と国防軍がテントを撤去していき、私達は輸送用のBoolean-Armorの到着を待っていた。
「北斗さん、その子は……。」
私は撤去されつつあるキャンプ地で、白い少女を抱えた北斗さんに話しかける。
「んー、軍医の診察ではバイタルに異常はないそうだ。だがな、疎開した住人の中に行方不明者届けを出した者はいないし、身元不明なんだ。あの繭のこともあるし、一旦スイケレ学園で保護することにした。」
「しかも、驚くべきことにこの子には魔道士候補者に足る魔力がある。もし引き取り手がいないのならば、学園で過ごすのも悪くなかろう?」
「じゃあ、詳しく話をしたいなら学園に戻ってからにしよう。私はもうくたくただ。」
北斗さんはそう言うと、少女を抱えたまま輸送ドローンに乗り込んだ。
「ほのりん〜、はやく帰ろ〜。」
さとっちと静乃さんが到着したばかりの輸送ドローンの前で私を待っていた。
私も学園に戻ろう。今はゆっくり休みたい。
東京は壊滅を免れたが、戦闘の爪痕は広く刻まれてしまった。
やがて集団疎開した東京の住人達は戻り、復興という長く辛い戦いが始まる。
戦争とは、戦闘とは、敵を屠るだけではなく、その後に営まれる生活のことも考えて行わなければならないのだと北斗さんは言った。
パパとママは無事だとLANEで連絡があったが、多摩地区の実家も無事だといいな。出来ることなら私が直接行きたかったけど……。
私はドローンの窓から小さくなった故郷を見つめながら、魔道士としての決意を新たにした。天音さんや西王寺さんのような力はないかもしれないけれど。もっと強く、戦い抜ける力を……。
不測の事態に不測の事態が重なったこの戦いは、学園生も国防軍も、モンスターへの認識を深く改める出来事となる。私達だけでなく、モンスターもまた進化し続けているのだ。
今は、万人に束の間の休息を。