神器を十個持って異世界から帰って来たけど、現代もファンタジーだったので片手間に無双することにした。【短編版】
連載を開始しました!!
なお、最初は短編を分解しているので、最新話を読みたいという方は『第七話』から入ってください!
「さて、もうこの世界に俺は必要ないかな」
黒い髪に白いメッシュを入れた少年。唯一神秀星は呟く。
切っ先だけが紅に染まっている銀の長剣を背に吊って、黒い外套を着ている。
落ち着いた雰囲気で、目の前で行われている凱旋を見ていた。
「いいのですか?秀星様の援助がなければ、魔王の討伐と言う任務は果たせなかったと思いますが」
そんな彼に言うのは、セフィア。
身長は百六十センチに届くかどうか、と言ったところだが、別に普通といえば普通である。
銀髪を腰まで伸ばしていて、碧がかった瞳。
メイド服で、本場と言っていいヴィクトリアン・メイドだ。胸は大きいが、清楚な雰囲気がある。
「別にいいでしょ。それに、あまり、異世界から来た俺が歴史にかかわっても仕方がないしね。人との関係はできる限り抑えてきてたし、そのすべては庶民にしてきた。俺がこの世界から消えても、どうにかできるだろうしね」
異世界グリモア。
剣と魔法のファンタジーだが、魔族の進軍がかなり進んでいた世界だった。
五年前に漂流してきた秀星を待っていたのは、魔族の進行に寄る人類滅亡前と言う絶望的なもの。
だからこそ、彼は力を欲して、そして、自分にしかできないものを手に入れた。
秀星は、世界では『アイテムマスター』という職業であり、簡単に言えば、『素質的に最弱である代わりに、全てのアイテムの使用制限がない』というものである。
彼はこの世界で、基礎的なことを済ませた後、すぐに、この世界に存在するという神器を手に入れるために動いた。
そして手に入れた十個の神器。
星王剣プレシャス 【物理戦闘力】
万物加工のレシピブック 【製造】
オールマジック・タブレット 【魔法】
宝水エリクサーブラッド 【完全耐性】
デコヒーレンスの漆黒外套 【防御力】
究極メイド「セフィア」の主人印 【使用人】
戦略級魔導兵器マシニクル 【未来文明兵器】
ワールドレコード・スタッフ 【世界地図】
万能細胞アルテマセンス 【基礎能力】
オールハンターの保存箱 【倉庫】
実のところ、全てを秘密裏に進めるのはかなり骨の折れる作業だったのだが、それをしないと、秀星に依存しなければ継続しない世界になったのだ。
結果的に、彼はこの世界に身を置くことを早々にやめて、地球に帰るための準備を進めていた。
「それに……地球に帰る準備はすでにできているんだ。早く帰りたいものだよ」
秀星は行われている凱旋に背を向けると、そのまま広場を出て、道を歩いて、町の外の出て、左手を出す。
すると、一片五センチほどの立方体が出現する。
七色に輝くキューブであり、神秘的なオーラを発している。
「さてと、『ゲートオープン・ワールドクロス』」
キューブが輝くと、秀星の前方に扉が出現する。
ただし、その扉は鎖で縛られており、その鎖も、恐ろしいほど頑丈なものだ。
そして、その鎖のそばには、0と1で構成された帯が存在する。
さらには、頑丈な鍵もしっかりついていた。
「魔法で発見するところまでは一年くらい前に出来ていたが、ここからがつらいのなんのって……」
キューブを出現させたまま、秀星は左手を前に出す。
すると、金色の機械拳銃が出現する。
「『プロテクト・クラッキング』」
拳銃の銃口のそばに『Protect cracking』という緑色のテロップが流れて、そして、銃口が光りだす。
それを扉に向かって発砲すると、0と1で作られた帯に直撃。
数々の魔法陣が、扉を守ろうとそのクラックを迎撃しようとその効果を発揮するが、そのすべては砕け散って行く。
「ここまでしなければいけないって言うのは面倒だが……まあいいか」
背に吊っていた剣を抜き放つと、縦に一閃した。
一瞬火花が散った後、そこからは抵抗なく、鎖が斬れた。
扉を妨害するものはない。
「さて、セフィア。戻っていろ」
「畏まりました」
そう言うと同時に、魔方陣がセフィアの足もとに出現して、一瞬で消えた。
「セフィアがいなかったら、この世界から出るために方法すらわからなかったからな……まあそれはいいとして」
機械拳銃を待機させて、キューブを格納すると、今度は両手を出す。
すると、一冊の本が出現する。
「鍵を検索」
音声コマンドと共に、該当するページが開かれて、付属されている必要な工具が出現した。
「必要材料のとりだし」
小さな箱が出現する。
白い箱に金の装飾があって、かなりきれいだった。たぶん、飾るだけでも十分なものである。
その中から様々な鉱石や植物が出現する。
幽霊のように漂っていたり、マグマだったりと、普通なら『運ぶことすら不可能』な物体がいくつもあった。
「自動作成」
様々な道具が自動で動いて、鍵が作られる。
「さて、これを使って開けることが出来る」
作業道具や本、箱を収納すると、鍵を手にとって、差し込む。
回すと、ガチャリと音を立てて開いた。
秀星は扉を開ける。
次の瞬間、膨大な魔力の奔流が秀星を襲う。
それを、漆黒の外套が全てを受け止め、そして、その奔流そのものを止めていく。
「よし、問題はないな」
扉の先には、膨大なまでの道が存在する。
そしてそのすべてが、別々の扉に通じている。
「さすがにここからローラー作戦なんてマゾイことはしないさ」
左手を前に出して、一本の小さな杖を出す。
先端に紫色の宝玉がついた杖だった。
「地球とグリモアを繋ぐルートを検索。マーキング」
音声コマンドと共に、一瞬でルートの検索が終了。
半透明のウィンドウに表示されるとともに、秀星の目に正確なルートが表示される。
走り抜けるにしても、その距離は少なく見積もっても二千キロを軽く超えて、さらに、曲がらなければならない回数も数万回では済まされない。
そしてそれを、万能細胞によって覚醒した膨大な演算が発生し、それを一瞬で記憶した。
「あとは……走り抜けるだけだ」
扉の中に入って、秀星は走りだす。
次の瞬間に扉が砕け散って、もう後戻りはできないことは分かっていたが、それでも、彼はそれを確認することはない。
白い一本の道を走り抜ける。
その間にも、大量の魔力の存在に寄って発生するすべての毒素が、体内にあるエリクサーブラッドによって解析・解毒され、そして体内に適用化される。
走り始めて数秒の時点で、彼の体は、普通なら入ることすらできない空間に適応していた。
彼は走り続ける。迷いはない。
旅の途中で見つけた捨てきれなかったものは、保存箱に入れているから。
「……見えた」
走り続けて、そして見えた一つの扉。
秀星は、その扉を容赦なく開ける。
そして……。
「……あれ?なんで便器に座ってんの?」
最後の最後に、台無しになった。
★
「マジでベンキかよ……何処をどう変換しても……いや、スワヒリ語なら銀行になるが、尚更意味が分からん……俺は一体何を言っているのだろうか」
勝手にネタに走って自滅している感じがする。
が……。
「ヤバい。俺の格好。異世界にいた時のままだな。感動して飛び出していたらヤバかった」
冷静になって、秀星は指をパチンと鳴らす。
すると、小さな白い箱が出てきた。
蓋を開けると、ウィンドウが出現。
「ええと……学生服は……」
どうにかして残しておこうと何時も持っていたし、この中にも残していた。
おそらく大丈夫のはずだと思いたいけど……。
「お、あった」
『大切なもの』の項目にいれていた『学生服・上下』を見つけて、タップして出現させる。
すると、ブレザー型の学生服が出現する。
「よし」
二秒で着替える。
……冗談ではない。
万能細胞アルテマセンスによって才能そのものが強化されている秀星の体は、こんなことであっても何かよくわからんタイムで行うことが可能なのだ。
とりあえず、学生服を着て、外套とかはすぐに展開できるようにセッティングして、完了。
「さてと……」
ズボンに突っ込んでいたスマホをとりだす。
秀星が通っている高校はスマホを持ってきても何の校則違反にもならないのだ。
「あ、充電切れてる」
当たり前だ。五年も持つわけがない。
いや、マシニクルの力を使えば充電くらいはできるのだが、そもそも、スマホのスペックではマシニクルには到底及ばなかったのだ。
なので完璧に忘れていたのである。
「鏡はどこかに……あったあった」
そりゃあるわな。と思いながらトイレの鏡を見る。
「……あまり変わっていないな。とりあえず、俺のDNAから五年前のデータを引っ張り出す必要があるか」
十六歳の五年後なので、肉体年齢は二十一歳。
普通に大学生も折り返し地点を通りすぎている。
これではいろいろまずい。
高校生と大学生の違いが分かるかどうかは知らんが、身長も伸びているので直しておく必要がある。
忘れるな。秀星は主人公ではあったが漂流民であって、勇者ではなかったのだ。年をとらないなどと言うできた設定はない。
とはいえ、秀星がグリモアに漂流した時間に関しては、あえてそういうルートを選んで走ってきたのであっているのだ。
もちろん、別の扉を開けると、全く同じ地球だが、時間の設定が違うパターンもある。それはそれでいろいろ面倒だ。
「マシニクル」
機械拳銃をとりだして、銃口から出てきた吸盤を肌に付けて引き金を引く。
すると、DNAの情報が解析された。
「よし、解析情報から五年前の俺の構成して、インストール」
秀星の体に0と1のコードが出現して、インストールされる。
そして、五年前の姿にも戻った。
まあ、外見だけなので、大した差はないのだが。
「……うーむ。まあ、こんなもんか。あまり変わっていないな」
長くはあるがたいしたものではないというのが五年と言う年月なのだろう。
「さて。これでもう問題はないな。時間は……午後六時か。さっさと帰ろう」
腕時計もないし、スマホの充電もないのにどうやって時間を確認したか。
答えは簡単。マシニクルで把握できる。
未来文明兵器であるマシニクルだが、兵器と言うだけあって様々な機能がついているのだ。
もちろん、この機械拳銃をもって単騎で突撃する際のことを考慮されている。
で、どこの誰に聞いたのかよくわからん生活補助機能もあるのだ、多分執事あたりにアポでもとったのだろう。
そんなマシニクルだ。グリモアにとって地球は異世界だが、その程度では困惑などしない。
秀星のDNAを取得すると同時に、どういった時間の計測方法があるのかを見た。
そして、電子社会であるこの世界にある電波から様々なパターンを解析して、時間を特定したのである。
一つだけ言わせてもらう。
どこからどう見ても技術の無駄使いである。
だって、本来は腕時計を一目見るか、スマホのスリープモードをボタン一つで解除すればいいだけの話なんだぜ?
「さてと……俺のかばんはどこだ」
異世界に行ったときにかばんはなかった。
となると、この世界にあるはずなのだが……。
「教室にありましたよ」
「ああ。ありがとう。セフィア」
メイド服姿のセフィアがかばんを持って立っていた。
「……なあセフィア。その格好で教室に入ったのか?」
「いえ、誰もいなかったので普通に入りました」
「そうか」
鞄を受け取って中身を確認する。
ううん……うん。普通だ。
「さて、かばんもあるんだし、帰るか」
「分かりました。それでは、私は何かあるまでは待機しています」
「よろしく」
セフィアは魔方陣に消えて言った。
「……一体いつ出てきて鞄を取りに行ったのやら……」
まあ、いいか。
秀星はどうでもいいと思うことにした。
★
次の日。
「……セフィア」
「なんでしょう」
「あれ、何?」
「『霊獣』ですね」
秀星は学校近くに来るまで通学路で普段は誰にも会わない。
そして、自転車で来るような距離ではなく、普通に歩いて来ることが可能だ。
で、途中まではセフィアが鞄を持つといって聞かなかったので、それはそれとして任せたのだが……。
途中で、遠くの方に狼がいるのが分かった。
……だが、変な狼なのだ。
白い粒子のようなものが漂っており、毛並みも真っ白さらに言えば、かなり大きい。
普通の狼の大きさは、体高が六十センチ~九十センチ。体長が百センチ~百六十センチくらいだったと思うのだが、この狼は体高の時点で二メートルを超え、体長は四メートルを超える。
どこからどう見ても普通ではないだろう。
そして最大の特徴、ちょっと浮いてる。
いや、本人としては地面に立っているつもりなのかもしれないが、某青猫ロボットのようにちょっとだけ足が浮いているのだ。
「『霊獣』ってこっちにいたのか?」
動物、魔物、霊獣。
この三つに分かれるのだ。
魔力的な要素をあまり持たずに進化してきたのが動物。
魔力的な要素を伸ばして進化してきたのが魔物。
魔力的な部分しか使わずに存在するのが霊獣。
と言ったわけかただ。人間は動物から進化した種族で、魔族や亜人は魔物から進化しており、妖精や精霊といったものは霊獣である。
なのだが、霊獣とは言うが幽霊とはちょっと違う。
魔力は質量を持っているからだ。
幽霊は怨念と言う形で存在はするが、物理的な干渉手段は持っていないのが通例である。
霊獣は、れっきとした物理的な影響を持つモンスターなのだ。
「おそらくいたのでしょう。ただ、霊獣を認識するためには、特別な感知能力が必要になります。気が付かたなかったのも無理はないかと」
「だよなぁ……ていうか、あれって種族的に何?」
「『エイドスウルフ』……自分を見るものに対する幻術が得意です」
「……思ったんだ。あの狼、俺達が気が付いてるってこと分かってないよね」
「そうですね」
さて、こう言った存在が地球にもいたというのは驚きだが……。
「セフィア。こういった生物についてと、あと、こういった奴らを対応している組織について調べておけ」
「畏まりました」
まずは知ることだ。
下手に暴れるとこういうのって批判がすごいからなぁ。
★
「……もっとラノベを持ってきておくべきだったかもな……」
秀星はそうつぶやいた。
十の神器の一つであるアルテマセンス。
圧倒的なほどの基礎能力を得るものだ。
身体能力向上。五感情報拡張と補正。記憶力・演算能力上昇。
そして、魔力生成能力、及び魔力的技術の行使力の上昇など。
簡単に言えば、RPGに出てくるようなステータスが大幅に向上するといっていいだろう。
外見的にはそうでもないがな。
ただ……速読まで強化されるとは……ラノベ一冊が一秒とか頭おかしい。
パラパラ漫画でも見ているかのようなスピードでページが進んだが、実際には普通に読んでいるのだ。
これで頭がおかしくないとすればどうなるというのだ。まるで意味が分からんぞ。
「まあ、もうラノベで時間稼ぎはできんな。保存箱に入れてくることもできないわけじゃないけど」
オールハンターの保存箱の保管容量は地球を超える。
ただし、オールハンターは全ての法律・条令・規則などを常に認識しており、収納するためには所有権が自分のものであると確信している必要がある。
ただ、大きさに得に制限はないので、飛行機も船も入るのだ。
ラノベを入れるのはできるといえばできるが、どうせ多くなるのならダウンロードすればいい。
「マシニクルとスマホを接続して改造するのもありか……」
マシニクルは兵器ではあるが、電子的、魔力的という両方の観点から見てすさまじい性能を持つ。
スマホを改造する。性能を格段に上昇させるプログラムを作ってインストールすることくらいは普通にできるのだ。
「ま、教室だし、それは置いておくことにしようか」
ラノベを鞄に突っ込んだ。
すると、教室の出入り口で音がした。
見ると、一人の女子生徒が入って来たところだった。
八代風香
緑色の髪を腰まで伸ばしており、常に微笑の絶えない少女だ。
容姿端麗、成績優秀、スポーツ万能(体力はあまりない)という、2・5拍子揃った少女である。
神社の出身と聞いたことがある。
それもあって中学時代に文化祭で巫女服を着たそうだが、その時の写真が今だに『学生裏市場』で流通しているらしい。闇や裏と言うのは日常の近くにいるものである。
ちなみに一番値段が高いのは『着替え中』だそうだ。ぶっ飛ばされても文句は言えない。
なお、巨乳である。その大きさはFだそうだ。
入ってきた瞬間にクラスメイト全員が風香の方を向いたが、数秒後に空気が戻って行って、またしゃべり声が聞こえてきた。
「……入ってきただけで空気を変えるか。異世界にいた時はそこまで気にしなかったが、すごいもんだな」
呟きながら、秀星は鞄のチャックを閉めた。
視線を感じる。
その方向を見ると、風香の瞳が秀星と合わさった。
……いや、秀星を見ているが、実質、ほかの何かを見ている。
(何を見ているんだ?)
すると、スマホのバイブ着信が来た。
……チャットか。
誰だろ。
『セフィア:私です』
『秀星 :お前か!』
なんでこうなった。
『秀星 :え、セフィアって携帯買えたの?』
『セフィア:メイドですから』
『秀星 :さすがにその説明は無理があるぞ』
『セフィア:冗談です。スマホ。と言うものを自作しました』
自分で作っちゃった。
『秀星 :自分で作ったのか』
『セフィア:構造さえ分かれば可能です。ナノレベルと言うのが少々厄介でしたが』
だろうね。
『秀星 :まあ、学校にいる時でも自然に連絡が取れるのはいいことだ。で、他に何か用か?』
『セフィア:秀星様。魔力が漏れていますよ』
『秀星 :え?』
『セフィア:この世界に存在するモンスターについて調べたところ、【八代家】という神社を中心として、治安を維持していることが分かりました。八代家以外にもそれらしき団体はいますが、丁度、秀星様のクラスメイトです。秀星様ほどの魔力生成量があると、ばれる恐れがあります』
『秀星 :手遅れの可能性がある』
『セフィア:秀星様がそういった時はいつもすでに手遅れなのですが……』
『秀星 :悪いか?』
『セフィア:はい』
だよな。俺もそう思う。
『秀星 :どうすればいいと思う?』
『セフィア:魔力の生成量と言うのはあくまでも才能のようなもので、経験ではありません。下手に隠す必要はないでしょう。ただ、実力を隠したい場合は初心者を装ってください』
『秀星 :そうか、ていうかタイピング早すぎない?』
『セフィア:メイドですから』
『秀星 :……さいですか』
あまり解決できていない気がするが……まあいいだろう。面倒な部分は棚上げできるんだ。これ以上に良いことはない。
とりあえず、何も知らないやつを装うとしよう。
演技力は……あまり自信はないなぁ。
異世界ではあまり貴族とか相手にしてないんだよね。悪徳貴族に関しては説得の余地なしでちょっと肉体言語すればよかったし。
「隠して生きるのは無理か……めんどうだよなぁ。こういうのって」
★
一時間目が終わった時だった。
八代風香がこちらに歩いて来る。
かわいいが……異世界で濃密な時間を過ごしていると思ってしまうんだよな。
こいつ子供だって。
まあそれはいいか。
「ねえ、唯一神君、ちょっといいかな?」
唯一神。
読み方は『ゆいかみ』だ。『ゆいいつしん』ではないぞ。タイピングで変換するときはそっちの方が早いけどな!(泣)
「八代さん。どうかしたのか?」
演技力はないが緊張することはない。
エリクサーブラッドによって、状態異常にならないのだ。
緊張すら発生しないとか人間じゃないだろ。と思わなくもない。
セフィアに言ったところ『神器を十個持っている人間が今更何を言っているのですか?』と言われた。そこまでいうことはないだろうに。
「放課後、時間があったら中庭に来て欲しいんだけど、いいかな?」
「ああ、今日は暇だからいいぞ」
「ありがとう。放課後に魔ってるから」
そう言い残して、自分の席へと戻っていった。
女子はわいわい騒ぎだして、男子はこちらをにらんできた。
別に勉強だろうとスポーツだろうと喧嘩だろうと正面から勝てるのだが、下手にやってもなぁ。
チラッと窓の外を見る。
哀れみの視線を秀星に向けるセフィアの姿があった。
(そんな目をするな)
(いえ、ここでどんな顔をしても結果は変わらないと思いまして)
(ならそこにいなきゃいいじゃん)
(ちょっと見ておきたかったので)
(性格悪いなこのメイド)
(なおかつ高性能です)
(余計にタチが悪いわ!)
付き合いが長いうえに、向こうはこちらのことをよく知っているので、視線だけで会話できる。
だが、一々高度な読みあいをする必要があるので、アルテマセンスを持つ秀星としても面倒なのだ。
(放課後かぁ……全力で逃げたい)
(どんまいです)
……で、放課後。
秀星は中庭でベンチで座って本を読んでいた。
いや、読んでいるフリをしていた。
……最初は何度も……本当に何度も読んでいたんだけどね。途中からそれも飽きたんだよ。うん。
結果的に、もう読んでいるフリしかできなくなったわけだ。
スマホゲームは町づくりをはじめとしたシミュレーションゲームしかいれてないから放っておいても多少問題ないし。
それに、スマホをいじっていると何をしているかよくわからんからな。スリープモードにできるけどなんか手を出しにくいだろ。特にアクションゲームやっててすごい勢いで手が動いている時に話しかけられるか?え、出来る?みんなすごいね。
「あ、唯一神君」
中庭に風香が来た。
まあ、聴覚は強化されているからぶっちゃけ足音もしっかり聞こえていたんだけどな。
「ごめんね。こんなところに呼びだして」
「いや、問題はない」
用事がなかったのは事実だ。あったとしても変更可能なものしかなかっただろうし。
「ちょっと聞きたいことがあるんだけど……唯一神君って、幽霊とか見えることある?」
なるほど、魔力的なところではなく霊的な部分から来たか。
「いや、さっぱり」
あえてとぼける。
とはいっても、普通に見えるんですよね。
五感情報が補正されるだけでなく、拡張されているのだ。
幽霊が見えるだけじゃなくて声だって聞けます。
ぶっちゃけ、異世界で戦っていた時、この霊感がなくて、一方的に殴られていた時があるのだ。
わずかに感じ取れる殺気を拾ってなんとか逃げたが、あの時はヤバかった。
「そっか……あ、ごめんね。私の勘違いだったみたいで」
「いや、いいけど」
むしろ万歳!
これで無関係でいられる!
別に親衛隊が総出でかかってこようと一網打尽にできるが、面倒です!
何か事情を抱えているのならかかわってもいいが、そう言うわけでないのならかかわりたくはないのだ。うん。
「あと、クラスの皆を勘違いさせちゃったみたいでごめんね。私から言っておくから」
「次から気を付けろよ。八代さんは可愛いからな」
「そ……そんな、私がかわいいなんて……」
「勘違いされるだけならまだしも、この状況で何もないってなったら襲われる可能性もあるからな」
「あ……アハハ……そ、そうかもね」
何か歯切れが悪くなったような気がするが……何かあったか?
「それじゃあまた明日」
そう言うと同時に帰って行った。
秀星しかいなかった中庭に、セフィアが来た。
「お、セフィア。どうかしたのか?」
「……秀星様。女性を相手にする際の経験値が足りませんね」
「そうか?セフィアとはよく話してるけど」
「そういう経験ではありませんよ……」
セフィアは溜息を吐いた。
そして、その意味を秀星は理解できなかった。
★
「森の中を歩くのって久しぶりだな。自然の中で取れる素材とか、ほとんど魔法で作れたから用事なんてなかったし」
「そうですね。オールマジック・タブレットの力を使えば、魔法を自ら構築することも可能です。魔力を材料にして、素材を生み出すことも可能でした」
「結果的に森にはあまり入ってなかったから、森林浴とか久しぶりだ。五感情報がすぐれているからなのかどうかは知らないけど、それなりに良いもんだな」
秀星とセフィアは森の中を歩いていた。
秀星が通っている学校、沖野宮高校の北にある森で、標高もそれなりにある山だ。
八代家の実家があるのもこの山である。
毎日、山を上り下りするのはしんどいので、八代風香は近くにマンションを借りているようだが。
「霊獣か……異世界にはあまりいなかったんだけどなぁ」
「魔力を使って膂力を得た魔物の方が、平均的な戦闘力を比べると高いというのが評価ですからね」
「どこかの宗教が進行していた時もあったけどな。まあ、妖精や精霊に近いっていうかそのまんまだから、信仰の対象が間違えている訳ではないが、信仰していることそのものに意味があるのかよくわからん宗教が多かったけど」
エイドスウルフを信仰する宗教はなかった。
というか、エイドスウルフがいたかどうかすらわからん。
ていうか、セフィアはいつ知ったのだろうか。
まあいいか。
「宗教と言うのは物理的な意味ではなく、精神的な意味が発生するものです」
「宗教を利用した詐欺商法をやってるやつが食いっぱぐれないわけだ……」
まあ、稼げる限度を正確にとらえておけば、後は大体何とかなるのだ。
高度な科学やマジックは、場所を選べば魔法や超能力に見える。
科学やマジックで認識を止めておけばいいのだが、変に欲張るからこそ、一時の莫大な利益を得た後にお縄ちょうだいになるのだ。
世の中と言うのはそう言うものである。
「精神的な解決と言うのは、ジャンルを問わず、時代や世界に関係なく人に必要ですからね」
「人って強くないもんなぁ」
秀星も同じだ。
異世界についた時、周りに誰もいなくて、ただ、人に教えられたことを一つずつやって、それでも騙されて、一度奴隷にまで身を落とした。
だが、主人の運が悪く。秀星の運は良かった。
奴隷から這い上がって、結果的に力を自分で手に入れる必要性を知った。
魔法がある異世界でも、精神的な救いを求めるものはたくさんいる。
モンスターと言う外部からの恐怖だけではない。
ただ、平穏を求めるだけでも、なかなか手に入らないものなのだ。
神器をいくつか手に入れているうちに、永遠の平穏が近いことは何となく感じていたが、それでも、求めることは止めなかった。
秀星は、自分が勝てない独裁者が生まれる可能性があること。それが怖かったのだ。
「まあ、異世界のことはいいさ。もう済んだ話だ。俺はもうのびのびと生きて行きたいからね。地球に帰ってきたら本当にのんびりやって行けると思ったのに、実は現代ファンタジーだったとか、本当に勘弁してほしいのなんのって……俺、世界に嫌われるようなことしたかな」
「心当たりがあるのでは?」
「いやまあ、あるけど」
実際問題。いろいろあるな。
そもそも、様々なことを解決はしておいたとは言え、異世界グリモアにおけるパワーバランスをぶっ壊すようなアイテムが神器たちだ。
しかも、そんな神器たちは十個しかなく、すべて秀星が試練をクリアして手に入れた。
グリモアを運営する神がいたとすれば想定外だろう。
試練を作った神が悪いのだが、秀星もなんだかんだ言って強欲である。
「さてと……いるな。それなりに」
狼は群れる習性がある。
従える。従わせる。リーダーを選んで群れを作る。
獣として、群れを作るのが狼と言うものだ。
そして、それは霊獣でも変わりはない。
「来ているのは見張りかな?攻撃の意思が若干薄い代わりに、警戒が強いように見える」
「そうですね。とは言え、当然かと。秀星様もいますから」
「ぶっちゃけセフィア一人でも震えあがるくらい強いもんね」
使用人として、セフィアはすさまじい。
家事全般出来るのは当然で、主人の防衛手段のために戦闘までこなす。
一人のメイドの所有が、他の神器の所有に匹敵するのだ。
当然といえば当然である。
「ところで、エイドスウルフを見つけてどうするのですか?」
「敵対するのならそりゃ倒すしかないけど、まあ、肉体言語にしても、肉声言語にしても、会話の余地があるのなら話しておきたいね」
ペットにできるのならやっておきたいね。
外見を自由に変更する種族。
光学迷彩クラスの偵察だろうとやろうと思えばやれるだろう。
それに……保存箱には餌付けをするにしては十分なものが入っている。
まあ、セフィア一人でもできるし、召喚魔法やマシニクルの付属兵器を使えば同じようなことはできるのだが、余りそう言うことをやりすぎても大人げないからな。
「秀星様。黒い笑みを浮かべていますよ」
「おっといけない。さて、群れのボスを見つけますか」
ぶっちゃけ、見つける手段はたくさんある。
アルテマセンスは様々な感覚神経が強化されているので、群れの中でも強いモンスターを探ればいいし、オールマジック・タブレットで探知魔法を使えばいいし、レシピブックを開いて、探知できる道具を検索してつくればいい。
そして……セフィアはすでに、ボスの居場所を知っているはずだ。
探そうと思う前に、既に見つけているも同然なのである。
「こっちであってるな」
アルテマセンスで拾った魔力の波長を見つけて、そちらに向かって歩いていく。
そこそこ歩くと、開けた場所に出た。
「……開拓してはいるが、人がやったにしては文明的ではない痕があるな」
「そうですね」
おそらく、集団で集まる時にはここで集まっているのだろう。
しばらく待っていると、木々の間から巨大な狼が出てきた。
ただ、若干浮遊しているのは変わらないのか、地面に降り立っても足跡はついていない。
「……人間か」
朝に見た個体とは違うな。もっと大きい個体だ。
体長だけで五メートルはあるだろう。
「喋れるのか」
かなり重々しいというか、年を重ねたような声だ。
「秀星様。エイドスウルフは人が持つ聴覚とは合わない波長で話します。アルテマセンスによって、波長が調節されているだけです」
「あ。そう」
「ちなみに、こちらの言葉を向こうは理解しています」
「ほう」
秀星はエイドスウルフを見る。
「ほう、私と話せるようだな。で、何のようだ」
「朝に君より一回り小さいくらいのエイドスウルフを見かけたからな。ちょっと見に来たのさ」
「私のいる場所に一直線に向かってきたな。気配を隠すのには自信があったのだが……」
「隠そうと思うんじゃだめだろ。もっと空気や雰囲気に溶け込むっていうか、一部になるような感覚じゃないとな」
まあ、そのような手段で隠れて……いや、感覚的には擬態に近いか?とりあえず隠れていたとしても、発見する方法はたくさんあるのだがな。
「最初に言おう。私たちは君とは敵対しない」
最初から下手に出てくるとは思ってなかったけどなぁ。
「俺もそう言うめんどくさいことをするために来たわけじゃないんだ。そうだな。君……いや、君たち。俺に従える気はないか?」
「……ほう」
エイドスウルフの目つきが変わった。
こちらを測っているのだろう。
ただ……測り切れるのかな?
数秒間、硬直したままだっただろう。
だが、向こうが脱力した。
「すぐには決められない。敵対しないことと、服従することは別だからな」
「ま、そっちにも誇りだの掟だのいろいろあるだろうからな」
ここに来るまでに、エイドスウルフの基本的な生活習慣を聞いた。
まず、彼らが食するものだが、人間以外の動物だ。
やはりと言うか肉食だが、人は食べないらしい。
理由として大きいのは、『霊獣だから』だろう。
肉体の多くを放棄し、魔力的に進化したのが霊獣だが、生きるための糧にするのは魔物たち、もしくは同じく霊獣たちであり、動物はあまり食べない。
理由としては、魔力が肉体にどの程度侵食しているか、と言う部分だろう。
魔力的な部分を肉体に反映させ、本来なら手にすることのできない膂力を得ているのが魔物である。
そういった魔物達を食すことで、霊獣たちは魔力を得て、人間で言う栄養補給を可能とする。
だが、動物は肉体に魔力が反映されていないので、霊獣にとっては食べても何の役にも立たない。
霊獣は動物における肉体的な部分を捨てているので、肉を食べても味がしないのだ。オマケに栄養もないので、食べても意味はない。
結果的に、人間を食べることもないのだ。
「ま、しっかり話すといい。ただ、俺に従えたとして、後悔はさせない。それは覚えておけ。セフィア。行くぞ」
「はい」
秀星は背を向けて、帰って行った。
いずれにせよ、もうすぐ夜だ。
良い子は帰って寝る時間である。
……秀星が良い子なのかどうかは議論する必要があるかもしれないが。
★
「秀星様。よかったのですか?」
「何が?」
「やろうと思えば恐怖支配も可能だったでしょう。それに、餌付けも可能だったはずです」
「まあ、可能だろうね」
神器を十個所有し、そのすべてにおいて使用制限がないのだ。試練をクリアしても、条件的な問題で使用が不可能な場合があるということを考えれば、秀星は戦力的に恐ろしいものになる。
食料に関しても、狼は大体、シカなどを食べる。
秋ごろになるとサケを食べるらしいが、まあそれはそれとして、確かに餌付けも可能だ。
「ただ、あの狼たちは、俺に従える理由がないんだよね。それに、別に従えようと従えなかろうと、俺の今の戦力を考えると誤差の範囲だ。戦闘力、生産力、諜報。どれをとってもな」
極端な性能を持つ神器と、汎用性の高い神器の二種類がある。
だが、その両方を持っているのだ。いずれにせよ、問題はない。
「それに、顔を見せに行ったって言うのは、別に嘘じゃない。戦わずともわかるというのなら、本能がしっかり機能しているんだ。敵対しないということを最初に表明してきた以上、無理にかかわる必要もないしな」
敵対の意思があるというのなら、まあ、死なない程度に痛い目に合わせるつもりでいたが、別にその必要もなかった。
「エイドスウルフがこの森の中ではどの程度強さなのかは知らん。ただ、あれほど堂々としているのなら、それなりに上位だろ。そいつらに顔を見せておいた。今日のところはそれで十分だ」
「それもそうですね」
セフィアも納得したようだ。
さて、次はどうするかね。
★
次の日の朝。
秀星は寝癖が付かない。
エリクサーブラッドの影響で、髪質に影響が出ているのだ。
そのおかげでいつでもサラサラである。
でもワックスをかけた時はしっかりと固めることが出来るのだ。意味が分からん。
「秀星様。お弁当を作りましたので、持って行ってください」
「え、冷蔵庫の中、何か残ってた?」
一昨日、昨日とスーパーに寄ってないけど。
カップラーメンがあったから適当に済ませたんだよね。セフィアにはいろいろと調査を任せてたから。
「材料は買いました」
「……その格好で?」
「勿論です」
相変わらずのメイド服で答えるセフィア。
大丈夫なのか?
「いや、もちろんって……ていうか、お金、渡してないと思うんだけど……」
「異世界にいた時に、時間を見つけて宝石や金銀を確保して置き、こちらでうまく換金しました」
「え、できたの?」
「私の格好を見て、どこか裕福層が雇っているメイドだと思ったのでしょう。メイド服の材料も仕立て上げも、この世界で最高峰です。醤油がついても落ちるほどですからね。そのようなものに対して、あまり細かい追及はできないものですよ」
まあ、なんとなく分からないわけではないが……。
確かに、英国の王族に仕えているメイドを思わせるほど、セフィアの容姿は整っているし、メイドとしての雰囲気や仕草も完璧だ。
メイドだからこんな凄さがある。と言う考え方を、丸ごと再現したようなもの。
なので、「メイドですから」という言葉に異様な説得力を感じるのである。
「はぁ……そう言うものなのか?」
「あとは密輸船に潜入しました」
「オイオイ……」
できる戦闘力を持っているのは分かる。
分かるが……。
「その格好で?」
「誰にも発見されませんでしたよ。マシニクルの小さな機材を使って、センサー機器を狂わせたあと、資金だけを丸ごといただきました。汚い金は奪ったもの勝ちです」
「……」
異世界でもよくやったなぁ。
まあ、いいや。しーらね。
「金があって困ることが無いのは確かだけどなぁ……まあ、弁当は持って行く」
弁当を鞄の中にいれた。
さすがに、中身が分かるようには作っていないようだ。
★
「……セフィア。本気出しやがった」
学校の屋上が出入り禁止になっている場合がある学校がちらほらあるが、沖野宮高校はそうではなく、そのかわりに網状のフェンスが高く作られている。
景色は若干楽しめないのだが、その代わり、広々とした空間を使えるのだ。
まあ、ベンチが数個ある程度でほとんど何もないのだが、これでも、学園祭の時はそこそこ人が集まるらしい。実質五階である屋上まで上がって来る人達はすごいと思う。
閑話休題
セフィアから弁当をもらったが、とっても綺麗で美味しそうな感じだった。
悪いわけでは無論ない。
だが、手作りにしてはすさまじい。どう考えても家庭レベルじゃない。
たまに……いや、頻繁か?とにかくやりすぎる時があるのだが、ここでもそれが出てくるとは思わなかった。
まあ、若干怖かったから屋上に来たというのもあるんだけどね。
「……一番疑問なのは……なんでまだ暖かいんだろう」
そう。弁当の内容だが、温かい方がうまそうな感じだ。
実際、数時間なら熱が普通に持つ弁当箱もあると聞いている。
だが、そう言うものではない。百八円をもってしかるべきところに行けば買えそうなプラスチック弁当なのだ。どこからどう見ても保温性能など皆無。
「弁当に保温の付与魔法でもかけてるのかね。気が付かなかったが」
感知能力に関しては高くなっている秀星だが、わざわざ意識しない細かい部分は荒っぽいのだ。
セフィアが使った付与魔法には気が付かなかった。
「そう言うところばかり、最初からすごかったな……さて、完食。ん?」
弁当の蓋を閉じた時、階段を上がってくる音が聞こえた。
「……」
秀星は無言で左手を出して、オールマジック・タブレットを出した。
「『メルティング・プレゼンツ』」
すると、秀星の存在そのものが空気中に溶け込んでいく。
一秒後には、もう何も見えなくなっていた。
屋上に上がってきたのは、八代風香だった。
スマホをタップして、屋上に誰もいないことを確認して、頷いた後、スマホを左耳に当てた。
「私です。朝森風香です」
誰と連絡してるんだろ。
「はい。今日の放課後、モンスターの捕獲に向かいます」
討伐ではなく捕獲か。珍しい。
ていうか、神社の出身と言っても、そう言うことってできるんだ。
「あの、私は、白狼が何か人間に危害を加えているとは考えられないのですが……はい、すみません」
ん?一瞬だけ、顔が青くなったな。
弱みでも握られているのか?
まあそれはそれとして、白狼……エイドスウルフのことだろうか。
まあ、他にも白狼と呼ばれる種族がいるかもしれないので、確かめる必要があるか。
「はい、わかっています。それでは、また報告します」
そういうと、通信を終えた。
秀星は空気に溶け込んだまま、マシニクルの出現思念を発した。
右手に機械拳銃が出現する。
そして、思念だけで入力を行う。
(通信記録のハッキング)
『Hacking communication record』
マシニクルの方にもテロップが流れた。
それを放つと、透明の線がスマホに直撃する。
そして、通信記録を一瞬で奪った。
ついでに、これからの通信も全てこちらで把握できる。
はっきり言ってプライバシーもくそもないが、まあ、こういう理不尽な性能を持っているのだ。
それが、神器と呼ばれるものである。
風香は気が付いた様子はない。
当たり前と言えば当たり前だ。ハッキングは気が付かれては意味が無いのだから。
風香は屋上から校舎内に入って行った。
「ふむ……魔法解除」
溶け込んでいた雰囲気がなくなった。
そして、マシニクルを見る。
「マシニクル。偵察機と仮想型ディスプレイを出せ」
『Object · Scouting machine · Virtual display』
小型のドローンと、半透明な板が二枚出現した。
半透明な板はウィンドウで、パソコンの画面のようになっている。
「テレビ電話ができるようにしろ。偵察機を昨日会ったエイドスウルフのところに向かわせるんだ。向こうが特殊な波長でしゃべることを忘れるなよ」
小型のドローンが一瞬ピコピコした後、猛スピードで跳んでいった。
すでに、ウィンドウにはカメラの映像が映っている。
数秒後、あの白い狼が映った。
【ん!?なんだこれは……おお、昨日の人間が写っている】
「名前を言っていなかったな。俺は唯一神秀星だ」
【ほう、話ができるのか。私はナターリアだ】
「そうか。で、ナターリア。聞きたいことがある。お前たちがいる森で、『白狼』と呼べるモンスターはお前たちだけか?」
他にもそう呼べるものがいるのかどうかが分からない。
ただ、エイドスウルフにしか接触していないのでよくは分からないのだ。
【『白狼』か……そもそも私たちは、白狼と呼ばれるものではないぞ。エイドスウルフと言うだけあって、確かに狼の形でしかいられないが、別に白い姿でずっといる訳ではない。白い姿は時々しかなっていないのだ。幻術で偽っている訳ではなく、配色を実際に組み替えているからな】
「なるほど」
戦いと言うより、生き残ることを得意としていそうである。
実際、そう言うものなのだろう。
【それを前提にするが、エイドスウルフ以外で『白狼』と呼べるモンスターは他にもいる。と言うより、私たちのように群れを成しているのではなく、単一個体として山に存在する『白銀浪マクスウェル』というモンスターのことだろう】
「白銀浪マクスウェルねぇ」
【熱気と冷気を自在にコントロールし、さらに、そこに魔力を混ぜ込むことで、炎と氷を生み出すのだ。どちらも汎用性の高い手段であるとともに、マクスウェルはこのコントロールが超絶的にすぐれているのだ】
「魔力の保有量は?」
熱気と冷気のコントロールの手段と言い、それらを炎や氷にする手段と言い、何かと魔力を使いそうだが……。
【魔物としてはそこそこの魔力しか持っていないとされているが、必要な作業を効率よく行うため、圧倒的にコストパフォーマンスに優れている】
「なるほどな。ところで、マクスウェルが人を襲う可能性は?」
【空気中に存在する魔力を体内に取り込むのがやつの食事のようなものでな。人間は愚か、生物を自分から狩りに行くことはない】
山にそんなところあったかな。
後で確認しておこう。
「それにしても……マクスウェルと言う名前と、熱気と冷気をコントロールするという基本性質……思考実験の『マクスウェルの悪魔』か?捕獲と言っていたが……あ、ナターリア。もしマクスウェルが捕獲されたとしたら、この山はどうなるんだ?」
【マクスウェルは生態系に影響しないのだ。襲わない代わりに襲われることもないからな。ただ、熱を自在に認識、操作するやつの技術を手に入れようと捕獲するものはそれなりに多いと聞く】
マクスウェルの悪魔。という思考実験が存在するくらいだからな。
それをある意味で再現しているのだから、欲しがっているわけか。
なるほど、だから討伐で刃なく捕獲なのか。
【ただ、私としては、捕獲にしても討伐にしても、気分のいいものではない。良き話相手なのだ。洞窟内に流れ込んできたサケもくれるし】
めっちゃええやつやん……。
「なるほど。情報ありがとう。また話そう」
【構わぬ。ところで、この機械はこちらが保有しておいても良いか?いざという時にあってこちらに損はないからな】
「こっちとしてもデメリットはないな。いいぞ。それじゃあな」
通信終了。
「魔力操作における部分で、マクスウェルの力を狙っている奴がいるってことか……セフィア」
「はい」
セフィアが秀星が座っているベンチの後ろに現れる。
「どうするべきだと思う?」
「そもそもマクスウェルの強さは、八代風香のレベルで捕獲出来るものではありません」
「あ。マクスウェルって強いの?」
「はい。マクスウェルは寛容な性格です。命を狙ってきたとしても、笑って見逃すくらいの器量があります。しかし、八代風香の方は納得しないでしょう」
だろうね。あの様子だもん。
「……あの様子だと、風香の方になにか事情がありそうだもんな」
「マシニクルが奪ったデータを確認しました。呪いをかけている要です」
「呪い?」
「異世界にあった『奴隷の首輪』に似たような効果です」
「ああ。あれか。逆らった時の苦痛ってすごいんだよなぁ……似たようなものを、呪いとして再現しているってところか」
奴隷に一度落ちたことがある秀星だから言うが、電気的なものがするし、直接痛みと言う情報が送られてくるような感じがするのだ。
従わせることが目的なので、従うまで出力が上がる。
結果的に、耐えるのは困難どころの話ではない。
「それで、どうするのですか?」
「はぁ……あと昼休みどれくらいある?」
「二十五分ほどあります」
「組織の方はどこかわかってる?」
「ハッキングデータの確認のついでに特定しています」
よし、決まりだ。
「昼休み中に、その組織の本部に行こうか」
「畏まりました」
★
マクスウェルの悪魔。と言う思考実験を御存知だろうか。
1867年ごろ、スコットランドの物理学者ジェームズ・クラーク・マクスウェルが提唱した思考実験、ないしその実験で想定される架空の、働く存在である。
おおざっぱに言えば、空気を分子単位で見ることが出来るという『知的存在』がいると仮定。
均一な温度で満たされた容器を、小さな穴が開いた板で二分する。
そして、この『知的存在』は、容器の中の空気を、『速い分子(暖かい)』と『遅い分子(冷たい)』の二種類で見ている。
この『知的存在』は、それぞれの分子が、決められた部屋に向かう場合のみ通り抜けさせるように、この穴を開閉する。
そうなると、二分された空間のそれぞれで、温かい場所と冷たい場所を意図的に作りだすことが出来る。
もちろん、この理論は『熱力学第二法則』と呼ばれる理論に寄って不可能であることは分かっているが、あくまでも、それは物理における話。
科学における思考実験の不可能な部分を、魔力を使うことで解決したのが『白銀浪マクスウェル』なのだ。ものすごく疑似的かつ間接的だが。
で、もしこのマクスウェルの悪魔の力を自在に使うことができた場合に何が出来るのかと言うと、『永久機関』が実現することになる。
言ってしまえば、石油も石炭も不要になるのだ。
「だが、残念。マクスウェルは分子を認識することはできるが、区切る力や、穴を開閉する力とかは全くないんだよね」
「魔力で効率よく熱気と冷気を集めることが出来るだけです。おそらく、見た人が勘違いしたのでしょう」
残念な話だが、それほど凄い規模だったのだ。
認識できるゆえに、空気分子の『選別』が楽だった。と言うだけの話である。
その認識能力だけでも、魅力的と言えなくもないのだが。
「で、ここか」
現在、擬態魔法と浮遊魔法を併用して現地に向かっていた。
ごく普通の事務所だ。
それなりに近くにあったので、秀星からすれば近所感覚である。
「周辺の空気が錆びれてるな。流石に、このあたりはいろいろまずいのかな?」
「そう言うものでしょう。よらぬ神に祟りなしです」
「本当になかったらいいんだけど、たまにあるからな……まあ、時間はあるけど無駄にしたくないし、パッパと片づけますか」
秀星とセフィアは事務所の前に降り立った。
五階建ての立派な建物である。
周りはさびれているけどな。
「真正面から行こうか」
「ヤクザの蹂躙気分ですね……」
「まあ、ぶっちゃけ変わらんな」
ドアを開けて入った。
すると、中にいた素行の悪そうな人達が秀星とセフィアを見る。
五人か。
「おい、テメエ。なにしにき――」
「『スリープ』」
オールマジック・タブレットを出すまでもない。
ちょっと発動した睡眠魔法一つで、五人は眠った。
「まったく、機密を抱えているんだから、物理的な部分だけじゃなくて、状態異常に対して対策を持っていてほしいもんだな」
「素行の悪いだけの事務所のヤクザにそれを求めるのは酷だと私はおもいますが……」
うるさいな。
異世界でも、そういった機密を抱えていた研究所とか貴族とかは、マジックアイテムを使ったり、結界を使ったりして頑張ってたんだよ。
地球に帰ってきたら、この魔力的な技術の低さである。
日本は技術国家ではなかったのか。もうちょっと研究員も頑張ってくれ。
「さて、本来なら階段を使って上に行くところなんだろうけど……」
「今回の場合は地下ですね」
あまり人に言える研究ではないだろう。魔力関連だし。
隠しきれているのか、若干分かりにくいのだが、まあ、それはそれとして、行きましょうか。
階段を見つけて降りると、そこは広々とした研究室になっていた。
白衣を着た研究員もかなりいる。
「おい、貴様一体どこから――」
「『スリープ』」
また眠ってもらった。
「さて、寝たふりをしている人間はいなさそうだし、呪いを発生させている道具を見つけて壊しますか」
「この部屋で行われている研究材料に関してはどうしますか?」
「風香の実家のポストに、茶封筒に入れて報告しよう。俺達で扱っても仕方のない情報だろうしね」
もっとすごい戦力や技術を秀星は持っている。
今更貰っても何もうれしくないのだ。
チラッと見ると、呪術関係のものが綴られているが、たいしたものではない。
「お、あった」
一番立派な机の中に黒い紙があった。
ファンタジーにでてきそうな古代文字で書かれているが、『八代風香』という名前が書かれているので間違いはないだろう。
「セフィア。これで間違いはないか?」
セフィアに見せる。
頷いてきた。
「異世界で見た奴隷契約書と細部が違いますが、この紙があることで、八代風香に呪いが発生しているのは間違いないでしょう」
「解除方法は?」
「異世界と同じです」
「じゃあ燃やして」
「はい」
セフィアが指をパチンと鳴らすと、契約書は一気に燃えた。
「さて、あとはいろいろ漁りますか。スリープの効果は一時間は続くし、この程度の事務所を調べるのは造作もないだろ」
「そうですね」
「とりあえず、何かヤバいものがあれば確認はするけど……この机が一番豪華で、厳重に保管されているのは……これか」
ジュラルミンケースを取り出した。
「これが一番厳重……なのか?セフィアはどう思う?」
「私もそう思いますよ」
「ていうか、今の間に全員拘束しちゃったのか……」
「はい。全員寝ているので簡単でした」
「だろうね。一体普段から何個手錠を持っているのかしりたいところだけど、まあ、それは今は置いておこうか」
「そのジュラルミンケースはどうするのですか?」
「鍵がかかってるみたいだな……まあ、ちょっとした頭脳プレーでこういったものは解決できる」
「頭脳プレーですか?」
「うん。おりゃ!」
バキャッ!という音がするとともに、ジュラルミンケースの蓋が開いた。
「な?」
「頭脳とは名ばかりの力技ですね」
「その力技を容赦なく行使できるのも一つの知恵だ」
ケースの中身を見た。
そこには、直径三センチの立方体に加工された紫色の結晶体がある。
「……これは俺達で回収しておこう」
「そうですね」
「もう時間はないし、俺は戻るとしよう」
「この事務所のもの達はどうしますか?」
「どうせ全員手錠で拘束してるんだ。八代家の資料と一緒に、鍵もつけておこう」
「資料に関しては私がまとめて置きます」
「任せるよ。それじゃあ、また後で」
秀星は転移魔法を使って学校に戻った。
★
放課後。
「そうだった。既に呪いは終わっているのに、本人に伝わってないんだった」
山に向かって走って行く風香を見て、秀星は思いだした。
あの呪いって解けても本人はよくわからないんだよね。
「そうだ。あの資料が既に八代家に送られているということは、八代家の当主も、呪いがかけられていて、もう解けていることは分かっているはずだ。セフィア!」
「はい」
「呪い云々で、風香が山に向かっていること、八代家にリークしておいてくれない?」
「しておきました」
「え、そうなの?」
「もうそろそろ、彼女の親戚が向かっている頃でしょう」
毎度のことだが、仕事が早い。
「よかったよかった」
「既に、今回の件は一段落終わりました」
「セフィアの仕事って早いね」
「メイドですから」
「不思議なはず何だけどねぇ……納得できるのは……慣れか」
「慣れですね」
さて、今回のことはいろいろ終わった。
八代風香に対しては、という前提付きだが。
「で、セフィア。調べたか?」
「はい」
セフィアは紫色の結晶体を出した。
「この結晶体ですが、召喚魔法用の結晶体でした」
「召喚魔法?」
「奴隷契約……厳密には『隷属魔法』と呼ばれますが、本来は制御できないレベルの召喚獣を出した後、隷属魔法でそれを制御する。というシナリオだったのでしょう」
「なんで風香に隷属魔法がかけられていたんだ?」
「おそらく、生贄にするつもりだったのでしょう。八代風香は魔力の保有量が多く、生贄に適しています。この結晶の発動時に生贄にすることで魔力を確保し、隷属状態を引き継ぐことが目的だったのだと推測します」
「なるほど。まあ、よくある手段か」
「はい」
別に珍しいというわけではない。
大した怒りもない。
あいつらは手段を選ばなかった。ただそれだけだからだ。
「とはいっても、この結晶が俺のところにある限り、それは無駄になっただろうね」
「はい」
セフィアはうなずく。
さて……。
「八代家の中に、裏切者がいる可能性。あると思うか?」
「確実にあるでしょう」
「なんだ。まだ終わってないのか」
「ご命令とあらば、私が処分しておきますが……」
「ま、今はまだいいんじゃない?ただ、護衛は必要だろうね」
秀星はオールマジック・タブレットを出した。
「『サモン・エスコートバード』」
魔方陣が出現し、小さな黒い鳥が出てきた。
「そうだな。俺が都合いいように八代風香を護衛しろ」
黒い鳥は飛んで行った。
「さて、まあ、これで大丈夫だろ」
「そうですね」
秀星は帰ることにした。
★
「いったい誰が助けてくれたんだろう……」
八代風香はぼーっと空を見ていた。
一年前、『メイガスラボ』という組織に誘拐され、『隷属魔法』によって呪いにかけられた。
八代家は、『九重市』における表には公表されていないモンスターの対応をしている。
呪いにかけられた風香の評価は、八代家の中でも下がり続ける一方で、自力で解除する手段がなかった。
八代家の人間として、モンスターに対応しなければならない時に、メイガスラボからの命令で、味方の妨害を強いられていたことがあることを考えれば、それも当然といえるだろう。
むしろ、追放されたなかったのが奇跡といっていい。
逆らうと、全身に痛みが発生するという恐ろしいもので、恐怖によって従わざるを得なかった。
支配される。ということがどういうことなのか理解し、そして、あきらめてしまっていた。
辱められたこともある。嬲られたこともある。
ただ、どこかに売るつもりだったのか、何か事情があるのか、処女だけはなんとか守っていた。
そんなときに、あることを命令された。
白銀狼マクスウェル。
熱を認知するモンスターで、そのモンスターの捕獲を命じられた。
捕獲である以上、体内にある何かが目的なのは自明の理。
ただし、山の一部を所有し、管理している八代家だからわかるが、マクスウェルが人間に対して何かをしたという報告はなかった。
さらに言えば、マクスウェルは格上だ。
今の風香の実力では、捕獲することなど不可能だろう。
ぎりぎりまで戦ったとして、倒せるかどうかわからない。
マクスウェルが本気なら、風香の命がない可能性もある。
しかし、従わなければあの苦痛が待っている。
昼休みに電話をして、命を捨てる覚悟を。一度決めた。
放課後になって、何も考えずに、山に向かった。
その最中に、風香の進行を遮るように、父が来た。
いったい何があるのかと思ったが、そこで聞いたのは、信じられない情報だった。
メイガスラボの日本支部の重要拠点が壊滅し、風香を縛っていた『隷属魔法』だが、これがなくなった。
どう表現すればいいのかわからなかった。
ただ、助かった。ということは理解できた。
誰が助けてくれたのかを父さんに聞いても、よくは知らなかった。
本家に、研究資料をまとめ、研究材料を保管し、所属員すべてを拘束していたメイドがきたそうだが、『主人命令』の一点張りで、裏に誰がいるのかがさっぱりわからなかった。
敵ではない。
恩を売るつもりもない。
いったいどんな人なのかが気になった。
だが、あのメイドが現れないとわからないし、会えるかどうかはわからない。
「まあ、いっか。気にするなってことだろうし」
恩は忘れない。
だが、不干渉を決め込んでいる相手に対して思いをはせても仕方のないことだ。
風香は、戻ってきた自由を謳歌することにした。
★
「どういうことだ!」
椅子に座っている白髪交じりの髪の男性、簔口亮介が、拳をプレジデントデスクに振りおろした。
日本魔法犯罪組織『カルマギアス』の関東支部支部長であるが、その顔にあるのは焦りである。
「『DSP』は確実と言われていたのではなかったのか!それに加えて、生贄として最重要候補だった八代風香を逃がしおって。近藤。この責任をどうとるつもりだ!」
簔口は、自分が部屋に呼び出した女性を見る。
まだ若い。二十代前半と言ったところだ。
整った顔立ちの女性で、黒い髪を伸ばしており、銀縁の眼鏡をかけている。
フォーマルスーツを着こなすビジネスウーマン。と言った雰囲気だろう。その胸は豊満である。
苦々しい顔をしてもおかしくはない雰囲気だが、本人はまだ余裕があるようだ。
カルマギアス関東支部のナンバー2。近藤葉月。
カルマギアスの新興直轄組織、『メイガスラボ』の最高責任者でもある。
関東支部を拠点として運営していた組織で、先日、重要基地が再起不能になったが。
あれから確認したら、事務所は指紋一つ残っていないもぬけの殻だった。一体何があった?
「現在立て直しているところです。一か月あれば、問題なく遂行できるかと」
「『召喚結晶』が奪われていることを私が知らないと思っているのか?あれを作るのにどれほどのコストをつぎ込んだと思っている!しかも、レシピが既に流出しているというではないか!」
DSPというのはいろいろと略称があるが、この会議においては『Dragon Slave Plan』の略である。
秀星たちが予測した通り、魔力を膨大に保有している人間を隷属状態にして生贄にすることで、召喚獣を隷属状態で召喚する。というものだ。
ドラゴンと言っているが、なぜ爬虫類ではなく人間を生贄にするのかと言うと、召喚結晶の発動プロセスとして、生贄を媒体としてドラゴンを召喚するからである。
これがどういうことなのかと言うと、まず、『この召喚結晶』は、生贄にできる人間は一人だけ。
よく吟味して選ぶ必要があるのだ。
召喚結晶による召喚、しかも具現が永続的なものなので、魔力だけで解決するのは難しい。そのための生贄である。
ちなみに、候補は何人かいる。別に風香だけではない。
ただ、風香は神社出身の巫女であり、『儀式』や『契約』というものに適合しやすい。
生半可な量では魔力が足りないので、本気で書類を漁った結果なのだ。確かに時間はかかっている。某計算ソフトを使えばデータ入力と最大値検索で一発ヒットするのだが、そこは頭の固いアナログ連中なので割愛。
なお、処女がいいと言う理由だが、ドラゴン側の趣味と言うのが理由のうちの八割を占めている。
隷属状態で好き放題できる状態でも、一応、処女でいられたのはそういう理由だ。
なお、マクスウェルに関しては、風香について調べた時に、近くの山にいたから捕獲しておこうというノリであり、はっきり言ってオマケである。
風香は実力者なので、本気で挑めばマクスウェルも披露するだろうという判断で、近藤葉月の命令ではなく、支部の独断で行ったものである。
長くなったが、まとめるとこんな感じだ。
1 計画を高確率で成功させるためには、『隷属状態の八代風香』と『召喚結晶』が必要である。
2 隷属魔法と召喚結晶の開発に時間と資金のコストが莫大にかかったので、関東支部長は大激怒!
3 マクスウェルはオマケ。
「レシピに関しては問題はありません。試作段階のものが漏れただけで、我々が『魔竜』を召喚しようとしていることは知られていないでしょう。メイガスラボに保管されているのは知られたところでたいした痛手にはなりません。機密情報に関しては私が厳重に管理しています。DSPは一か月後には遂行できます」
「お前が提案した計画なのだ。これ以上無駄なコストを払わせたら、タダでは済まんぞ」
「問題はありません」
大激怒の簔口に対して、どこまでも冷静な近藤。
どちらが上司かわかったものではない。
とはいえ、簔口は組織の中でも保守的な人間という評価だ。
目上の人間には媚びを売り、目下の人間は見下す。その典型例である。
ちなみに、本来ならこの失敗は許されないレベルだ。
資金にして一千億円以上。時間にして二年かかっている。
他の計画と並列しながらであるため、今までに何も成果がなかったわけではないのだが、それでも、『メタな対策をされる可能性ができてしまった』という時点で、問題は大ありだろう。文字通り首が飛んでもおかしくはない。
時間にして一か月。とは言うものの、資金の方は莫大だ。
召喚結晶の材料の確保のために、本部の保管庫から素材を取り寄せる必要があるだろう。
金額が莫大なので、その取り寄せ、及び運搬費は関東支部支部長である簔口の名前で決済されるのだ。
しかし、近藤は本部の重役の一人娘と言うこともあって、簔口としても大きく出ることはできない。
ミスは追及するべきなので、確かに注意はするが、それ以上のことはできないのだ。
組織の力学とはよく言ったものである。
ただ、『近藤のため』ということで書類を提出するのならまだしも、『近藤のせい』ということで書類を提出できないというのが、簔口が腹立つ部分だった。
「まあいい。一か月だ。一か月で必ず仕上げろ。ただし、通常業務に滞りがないようにな」
「はい。それでは失礼します」
近藤は特に責任を感じていないような口調で礼をすると、部屋を出ていった。
自動扉とはいえ、出ていく前に一礼くらいはするものだろうが、近藤はやらない。
完全に簔口を舐めている。
「クソッ!密輸船にコソ泥が入って、金もなしに取引に来たなどと赤っ恥をかいた後に、この醜態。何故私にばかりこうも不幸が回ってくるのだ」
ほんの十数時間前の話だ。
資金を大量に乗せて、カルマギアスと契約中の犯罪組織のアジア重要拠点に密輸船を出したのはいいが、防犯装置が狂わされているうえに、資金が丸ごとごっそりなくなっていた。
円、ドル、ユーロ。さらに金のインゴット。
莫大な資金を使った取引だった。
さすがに、こう言った取引で銀行の口座など意味はない。現金をもって取引に向かう。
ヨーロッパとも連携が必要だったため、ユーロを保有していた。
密輸船は無事、現地に到着したが、資金が丸ごとなくなっており、簔口のところに苦情が来たのだ。
現地のダミー会社に連絡をとり、何とか資金をかき集めて取引を完遂させたのはいいが、ミスは大きい。
そして今度は、莫大な資金と時間を投入し、もうすぐ還暦を迎える自分の、この組織における仕事の終止符になると考えていた『DSP』の破綻。
いや、心臓部分はメイガスラボの本部ではなく、こちらで抱えていたようなので、破綻の一歩手前と言った感じだが、いずれにせよ、先延ばしになったことに変わりはない。
生贄の選出、結晶の開発。
それだけならいい。
だが、DSPの成功は確実だと察知した関連者の計画を水に流したということも考える必要がある。
「私の方でも何かしら対策が必要だな……せめて、DSPの研究資料を私にまわすのなら判断できるのだが……あの小娘は渡さないからな」
おそらく、簔口がかかわったプロジェクトだと判断されたくないのだろう。
ただ、単純に報告義務がないと考えている可能性もある。
ミスさえしなければいいのだが、人材が良く手も、使いこなせないのだ。
与えられた人材たちが、自分がやっていることが充実していると感じるレベルで運用されているのがちょうどいい。
父親が本部の重鎮なので、与えられた人材の量が多く、質が高いにしては、成果があまり多くはない。
父親としては経験を積ませようと思っているのだろう。
近藤葉月本人は、その待遇が普通だと考えていそうだが。
「分かっていないようだが、今回の敵は、今までの連中の比ではない」
簔口はファイルをとりだした。
そこには、カルマギアスのメンバーの情報が乗っている。
電子情報として乗せるのは危険なので、こうして紙の資料として保管しているのだ。
「ふむ、まずは情報を集めさせるか。一か月。少々長い期間だが、情報収集と合わせて、できる範囲は広いだろう」
そういって、頭の中で計画を立てる簔口であった。
無論、素材取り寄せの書類に何て書いたらいいのかを悩みながらである。
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こうして、異世界から帰って来た秀星は、現代ファンタジーに巻き込まれていくことになる。
その先にあるものは……一体……
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とか何とか言っているうちにランキングに乗ってしまったので、この波に乗ります。
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