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童話

おくびょうなにんじん

作者: てこ/ひかり

 昔々あるところに、とってもおくびょうな人参がいました。


 そのおくびょうな人参は他の人参より色あせていて、ひときわ小さく、秋になっても地面の中に埋まったまま出てこようとしませんでした。おじいさんとおばあさんは心配になって、おくびょうな人参を何とか外に出そうと、必死に話しかけました。


「人参や。外の世界には美味しいものがいっぱいあるぞ。カレーに、スープに、ケーキだって……お前も美味しい料理になって、誰かのお腹を満たしてみたいとは思わんかね?」


 おじいさんの優しい問いかけに、だけどおくびょうな人参は目に涙を浮かべながらブンブンと頭に乗っかった葉っぱを振りました。


「でも私、料理恐怖症なの。包丁で怪我するかも知れないし、火傷するかも知れないわ。料理なんかになっても、きっと美味しくないに決まってるわ……」


 おくびょうな人参はガックリと肩を落とした、ように見えました。おばあさんが綺麗に並べられた料理の写真を持ってきても、人参はそっぽを向いて振り向きもしません。これに困ったのは、おじいさんとおばあさんです。二人は途方に暮れて畑に立ったまま、眉毛を八の字にして顔を見合わせました。


「どうしましょう、おじいさん。もう出荷の季節だってのに」

「ふむ。まあ人参なら他にもあるさ。料理だけが”人”生じゃない。この子のために、色々と試してみようじゃないか」



 それからおじいさんは埋まった土ごと、おくびょうな人参を透明な虫かごの中に入れて、人参のために色々な所へ連れ出しました。


 ある時、おじいさんはおくびょうな人参を高い高い山の上に連れて行きました。


「ほうれ、人参や。雲の海の真ん中に、朝日が見えるじゃろう。ここで暮らすのはさぞ気持ちが良かろう」


 おじいさんが山のてっぺんで、おくびょうな人参に語りかけました。だけどおくびょうな人参は土の中に隠れたまま、景色を見ようともしません。


「でも私、高所恐怖症なの。高いところは空気が薄いし、風邪引いちゃうかも……。こんな高いところに住んでも、いつか落ちて死んじゃうに決まってるわ……」



 またある時、おじいさんはおくびょうな人参を低い低い崖の下に連れて行きました。


「ほうれ、人参や。キノコや花がいっぱいじゃ。ここで暮らせば、さぞ友達も多かろう」


 だけどおくびょうな人参は土の中に隠れたまま、景色を見ようともしません。


「でも私、低所恐怖症なの。暗くて危ないし、毒キノコだったらどうしよう……。こんな狭いところに住んでも、いつか息が詰まって死んじゃうに決まってるわ……」



 またある時、今度はおばあさんがおくびょうな人参に色々な”先ぱい”人参たちの写真を見せて言いました。


「ほうら、人参ちゃん。みんなお花の形に切ってもらったりだとか、キレイでしょ? こんな風になってみたいと思わない?」

「でも私、”こんな風な恐怖症”なの。誰もがみんな、お花の形になれるわけじゃないわ。失敗するかも。”こんな風”になったら、びっくりして死んじゃうに決まってるわ……」


 もちろんうさぎや馬の餌場の写真を見せても、結果は同じです。


「でも私、うさぎ恐怖症なの。馬恐怖症だし、対”人”恐怖症なのよ」


 おくびょうな人参はとうとう泣き出してしまいました。


「ああ、おじいさん、おばあさん、ごめんなさい」

「人参や……」

「私は何で、こんなにおくびょうなんだろう。怖いものが多すぎて、ずっと何もできないの。何をやったって、どこに行ったって、びっくりして死んじゃうに決まってるわ……」

「なるほど、人参や。お前は何にでも怖がることができるんじゃな」

「え?」


 おじいさんの言葉に、人参はようやく顔を上げました。おじいさんは優しく人参に語りかけました。


「お前が居れば、一体何が危険なのか、一目瞭然じゃ」

「…………」

「これからもそうやって怖がってくれれば、きっとワシらの役に立ってくれるじゃろう。ところで人参や、土の中とワシらと話すことだけは、どうやら怖くないみたいじゃな?」

「あ……」


 おじいさんの言葉に、おくびょうな人参は思わず顔を塞いで、全身をオレンジ色に染めました。


「おやおや。すっかり人参らしい色になって」


 おじいさんとおばあさんが笑いました。それからおくびょうな人参は土の中に埋まったまま、おじいさんとおばあさんの家の前で末長くおくびょうに暮らしましたとさ。おしまい。


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