人間は殺さない
「お前は、“人間”だよな」
「えあ、そのぉ」
刃は光を反射して男を映す。
男は剣をヘキルの首にあてながら、いきなり質問を投げかけた。
人間か?と聞かれへキルは困惑する。
人間と答えると殺されるのかもしれない。鋭い眼球は殺気が放たれている。
下手な嘘の方が殺されそうだ。
「えっと、人間です」
男は目を閉じ、剣をそのまま鞘に納めた。
一呼吸おいて男はしゃべり始めた。
「すまなかった。同族なら俺は討ち取らない。初心者なんだろ?案内してやるよ」
返答はあっていたようだ。
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男に連れられて村の入り口までやってきた。
門の外にある草原にその男は座り込んだ。ヘキルもそれにならう。
草原は丘が連なっていて周りの森と隔離された不思議な空間だった。
「俺は一応LENONと名乗っている。名前は?」
男がレノンと名乗った瞬間に横にLENONと表示されるようになった。
メニュー画面はやはり出てこないが、名前バーは存在しているらしい。
名前を聞かれて少し思考する。ここはやはりゲームと同じようにアバターネームと同じ感じにするべきなんだろうか。
しかし、ここの住民にとってはこの世界が現実になっている。ヘキルが過去に付けてきたような厨二なネームは止めといた方がいいと思う。
「碧...」
「ヘキ?」
「...いや碧です」
咄嗟に考えたネームは自分の本名の読み方を変えただけの安直なもので決してセンスのいいものではない。
本名を明かそうとしたが今さっき殺されかけた人に本名を教えるのも気が引けた。
プレイ前、“碧玉”とか名乗ろうとしていたのが運の尽きであった。
「そうかアオか、よろしくな」
レノンが手を差し出してきた。ヘキルはその手を握る。
人の温もりを感じる。あたたかい。
「ところでアオ。ここはかなり辺境地だがお前のような初心者がこんな場所にいる理由について心当たりは?」
「システムバグかなとは思っていたんですけど」
「バグか」
最近少し多いよなっとレノンは言った。
GMのあの閻魔大王も忙しいとか言っていた。あれはバグ修正が忙しかったのかもしれない。
そもそも閻魔って元から忙しいんじゃないのか。
人を裁く本業の方はしっかりやっているのだろうか?
さっきまでの出来事を振り返っているとレノンが話しかけてきた。
「Windowは持っているか?」
レノンは目の前で手をスライドさせてメニュー画面のようなものを出す。
この世界ではこれをウィンドウと呼ぶようだ。
中を覗くと文字化けしていて読めない。でも、レノンには見えているようだった。覗き防止の仕様だろう。
とりあえずメニュー画面のようなものがあってヘキルは少し安心した。
レノンには普通に持っていないことを伝える。
「これは購入品だからなあ。普通は真っ先に所持金で安いのを買ったりするんだが。まあいいやアオには俺の古いのをやろう」
レノンはウィンドウからウィンドウを具現化させてヘキルに渡す。
死にたくなければ持ってろっということで断る機会もくれずにウィンドウを受け取ることになった。
「値段が上がるにつれ性能が上がるんだ。初期のやつはマップが使えなくて不便なんだよ。マップ開いてみろ」
レノンから貰ったウィンドウを開いてみると過去ログやアイテム一覧など、今レノンが言っていたマップもあった。
あたり前ではあるがセーブの文字はない。ついでにログアウトも。
マップを開くと拡大縮小できる地図が表示された。真ん中には“始まりの場所”と書かれた村がある。
「いいかここが“始まりの場所”と呼ばれているところだ。普通は初心者はここからはじまる。一方俺達はそこから南東に行ったこの村にいる」
レノンはヘキルのウィンドウを操作してマップを表示し、現在地について教えた。
レノンは自分のあげたものとはいえ他人のウィンドウを操作している。レベルとかによって他人のまで見れるようになるのかもしれない。
今は深く考えないことにした。
レノンが指を指したのはヒガキという村だった。村は“始まりの場所”よりかなり離れており、初心者は普通行けない距離ということはすぐ分かった。
「ヒガキはな、昔は活気があったそうだが今やご覧の通り廃墟だ」
ヘキルは来た時に覗いた廃墟を思い出した。崩壊した理由までは分からないが建物の損傷はかなり大きかった。
傷つき方からしてモンスターだと思う。
ふと思い立ってその場に立ってみると草原の道の間に石のオブジェクトがあった。
ここに来た時に足の下にあったオブジェクトだ。
急にへキルが立ったのでレノンは少し驚いている。
「レノン?あれは?」
レノンも立ち上がりそのオブジェクトを見る。草原には心地いい風が通り過ぎた。
「ああ転移石だな。まぁよくあるやつだよ」
その名の通り転移のための石らしい。
ここに拠点としていた人はダンジョンなどで転移を使うとここに帰ってくることができるんだとか。
逆にここから転移も可能らしい。
「しかし、高いんだよ転移は。あんまアテにできねぇぞ」
この時レノンの考えていることはヘキルを“始まりの場所”に送り届けてやるという事だ。
初心者は初心者らしく始める方がこの世界は生きやすい。
アテにできないとか言っているが、レノンは一応転移のためのアイテム一式は持っている。
今、必要になるなら提供しようということを考えていた。
「アオはどうすんだこれから。“始まりの場所”に行くなら手を貸すぞ」
「連れがここに来るって言っていたからそれまで待とうかと」
ルナはどうやってくるか知らないが来ると言った以上ここに来るのだろう。
取り敢えず、ルナが来るまでは動くつもりはヘキルには無かった。
「お前、連れって心中でもしたのかよ」
「?...あっ」
しまった。普通この世界は初心者に知り合いはいないはずだ。
死後の世界、普通死ぬっていうのは1人だ。連れがいると言うことは心中でもしない限り有り得にくい。
「いや、色々あって」
「まぁ、生前のことは聞かないよ」
ここが死後の世界だと実感した瞬間だった。
レノンは明らかにここが死後の世界だということを前提で話している。
レノンはへキルを1人の亡者としていて見ている。
レノンはそのような亡者の1人。
「そう言えばアオは結構落ち着いているな。死んだ直後の俺だったらこの状況かなり慌ててると思うぞ」
「この世界も現実もあまり変わらないと思っている...からですかね」
ヘキルは死んだわけではないということを知っていることのほかにルナの存在も結構安心感をもたらした。
とにかく知り合いがいるというのがこんなにも心強いとは正直思ってもみなかった。
「まぁ、俺はもうこっちが現実なんだけどな」
再び草原に風が吹き抜ける。風は2人の会話の間を埋めた。
「しかし連れがいるならやはり“始まりの場所”の方がいいんじゃないのか?」
「いやアイツは有言実行の塊みたいなものなので」
「そうならいいんだが。それだったら待っている間、装備をどうにかしようぜ」
使い古したジャージ、汚れた草履を見てレノンは言った。
はっきり言ってとてつもなくダサい格好である。
ルナが来るまで装備を揃えることになった。
「まぁ適当に見繕って...俺にとっては安もんだけどあまり高価だと装備出来ないだろ」
レノンはブツブツ言いながら幾つか装備類を具現化する。
装備を揃えるって言っても武器屋がある訳では無い。レノンが貸してくれることになった。
しかし、やはりレノンの好みなのか黒いものばかりである。
「よしこれ着てみろ」
レノンに言われた方法で装備を装着する。
教えられたウィンドウを使う方法は、わざわざ脱ぎ着する必要が無かった。
ジャージと草履はアイテムとしてウィンドウに収容された。
「うん。似合うな」
真っ黒姿になったへキルを見てレノンはそう言った。
さっきの姿よりはマシになったが真っ黒い男が2人いる光景はどうなんだろうか?
気にしなければいいだけだが。
「よし、じゃあその連れが来るまで待つとするか」
レノンには世話になりっぱなしになってしまった。
今度しっかり埋め合わせをしよう。
装備を揃えて武器を持ってもモンスターとかの気配はない。辺りは静かだ。
「初心者がここにどうやってくるんだ...」
レノンは独り言が漏れている。でも、レノンが言っていることは正論である。
普通はここに短時間で来ることなど出来ない。加えてウィンドウすら持っていなかったヘキルの連れがここに来れるとは考えづらい。
しかし、来ると言ったのはあのルナだ。来ると言った以上来るのだろう。
「暇だしこの世界の常識というのを話しておくか。色々役立つと思うぞ」
地獄にも仏。ここは地獄ではないとは思うがヘキルにとってレノンは明らかに仏だった。