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あなたの欲しいものは?  作者: 結城 誠
1/1

始まりー自由な街ー

のんびりと読んで下さい。

「うー。寒っ」

 ある人間が纏うコートの襟首を両手で手繰り寄せ、白い息を吐く。

 白い靄が空に溶ける様を見て、ふと視界に入り込んだ、登りかけの太陽に目を移す。

「あんたは何処でも綺麗だな」

 人間は少し目にしみる光を浴びて、呟いた。

「うわ、独り言とかないわ」

 右隣りの下の方から尖った声が耳に刺さる。

 それは幼い少女の声に聞こえるが、不思議と重みのある声だった。

「その癖やめたら?変態っぽいし」

「独り言じゃないよ、お前に言ったから」

 人間は何となく歩きだしながら、低い位置にある頭を右手でぐりぐりする。

「もうっ!それもやめて!」

 頭に乗せられた手を払い除けて叫ぶ少女に苦笑して、ポケットに右手を突っ込む。

「さあ、今日はどんなことがあるかな?」

「取り敢えずあなたがまともになれば文句ない」

「んー。それはどうだろ?」

「呆れた……」

 この長身白髪の精悍な顔つき、10代後半の人間と、白髪の幼い顔立ち、10代前半の少女の二人組は舗装されていない道を並んで歩いていた。

 長身の人間は文句を言いながらも、きちんと連いてくる少女の横顔を見て笑みを溢す。

「ちょっと、何がおかしいの?」

 目敏く表情の崩れを見つけ、少女がジト目で睨みつけてくる。細められた瞳は、朝日を受けて綺麗な銀色をしていた。

「いや。……ここでおまえに愛の告白をしたらどんな反応するかなって」

「ふんっ、そんなの全力で"NO"よ。」

「だよねー」

 ぷいっと顔を反らされてしまって仕方なく前を見ると、道の傍らに看板が立ててあった。

『この先、街』

「お、そろそろ着きそうだって」

「そうみたいね。毎度適当な看板だこと」

「そこがいいんじゃないか。あそこに『海の街』なんて書いてあったら、着いてからの楽しみが無くなるよ?」

「そうね。一体その楽しみの所為で何回死にかけたのかしら」

 肩をすくめる少女に人間は笑いながら応えた。

「でも、死ななかったでしょ?」

「はぁ……。行くわよ」

 自分の顔の高さの人間の腰に肘鉄を喰らわせて、少女は歩くスピードを上げた。しかし、

「……くっ。」

 圧倒的な歩幅の差で即座に追いつかれてしまった。

「むぅ……」

 その後、憎々しげに見上げる少女の視線に、人間は気が付かなかった。



 ー自由な街ー

「よし、これでいいなっと」

 独りごちし、手に持った紙とペンを受付の男に手渡す。

「有難うございます。……失礼ですが、どちらが……」

 男は微妙な表情で目の前の二人組を見た。それに長身の人間が反応して口を開く。

「ああ、自分がナル。こっちがシルね」

 人間ナルは初めに自分、次に隣の少女シルを指し示した。

 シルは街に入ってからずっと黙っている。

「かしこまりました。ナル様に、シル様。当ホテルには2泊するご予定ですね?」

「ええ。ただ、延びるかもしれないし、短くなるかもしれません。もし外出してから夜まで帰らなかったら、キャンセルにしておいて下さい」

「かしこまりました。ご自由にどうぞ」

 ナルは男に礼を言って黙ったままのシルとホテルを後にした。

 外ではお昼近くになっても気温はさほど上がらず、肌を刺す風が吹きすさぶ。

 道路を歩く人々は身を寄せ合い、道路に面した出店では温かい料理や飲み物を売り出していて、朝食もとっていないナル達の空腹を刺激する。

「シル、お腹空いてない?あそこのスープなんか美味しそうだけど」

「……」

「シルさん?おーい」

「……い」

「い?」

「いいわね!やっぱり街にいる人は活気があっていい!」

「……」

 シルが少女らしく目を輝かせてはしゃぐが、ナルはまた始まった、と遠くを見つめる。

「外で会う人も希望を持った人が多いから好きだけど、やっぱり街の中の人の方が楽しくて好きだわ」

「そーみたいだねー」

「うん!あなたも段々分かってきたじゃない!」

「お陰様で。ついでにその"好きな人"に自分が含まれていないこともね」

「もっちろん。だって――」

 シルはずっと道行く人々から目を離さない。

「あなた、何か違うじゃない?」

 そう言って、もこもこの防寒着に身を包んだ少女の髪を掻き上げる仕草は。

 少女らしくなかった。

「……ま、取り敢えず何か食べよう。お腹が空いてたら始まらないから」

「じゃああそこのお兄さんの焼き鳥。いや、隣のお姉さんのやつも捨て難いわね」

「売り子の人だけじゃなくて、値段もチェック」

「はいはい。お金ないのは分かってるわ」


 結局、無難に温かい野菜入りスープを買い、街の中心に位置するらしい広場のベンチで啜った。

 その間も目の前を通る通行人を、シルはお皿を両手でホールドしながら、脚をパタパタさせて観察していた。

「ねえナル、ここの人ってインパクトあるわね」

「ん?まぁ」

「服とか、髪とか。統一感がなくて各々の特徴が目立つ感じね」

「確かに。ベンチだって、この広場にあるベンチも含めて全て違うデザインでできてる」

「なんででしょうね」

「なんでだろうね」 

「それはこの街が自由な街だからじゃよ」

「……」

 シルが周りを観察しているのに対し、その横顔をぼーっと眺めていたナルは、唐突な会話への介入に不意を突かれて口を閉ざす。

「こんにちは、素敵な叔父様。自由、な街ですか?」

 シルは完璧な返しで反応する。ついでに無邪気な笑顔も付けて可愛らしい。

「そう!この街は全て自由!服装、髪型、建物、食べ物、その他全部が個人の自由なんじゃ」

「うんうん、それで?」

 シルは相変わらず街人と話すのが楽しいらしい。

「つまり、人に左右されず、自分のやりたいようにできる!これこそ人間としての幸せなのじゃ!」

「なるほど。だからその髪型と服装、か」

 腰まで届きそうな緑色の髪、そしてピンク色のタンクトップ姿。二人の目の前のご老体は、そんな格好をしていた。

「そうじゃ。イカすじゃろう?これが儂じゃ!」

「自分のアイデンティティの為にピンクタンクトップか。冬なのに。……冬なのに」

「もう慣れたわい!それはそうと、旅人さん等はこれから予定はあるかの?無ければ世話話に花を咲かせたいのじゃが」

 シルの目がキランと光る。

「はい、行きます行きます!……いいわね」

「ま、まあ別にいいけど」

「そりゃあいいのぉ!じゃ、儂の家に行くかの」

 振り返り歩いて行くご老体の背中を見て、立ち上がりながらシルは呟く。

「本当に元気な叔父様ね」

「全くだ」

 珍しく同じ意見に落ち着いた二人組は、ご老体に付いて行こうとした、が。

「ここじゃよ」

 近かった。どうやら広場を出て道路を跨いだ所の家だったようで、家の中からも広場が丸見えだった。

「ところでご老体」

 これまた人の家でテンションを上げて、目を輝かせて椅子に座るシルを尻目に、ナルも同じく椅子に座ってご老体に声をかける。

「自由なと言っていましたが、法律、つまりルールの様なものは存在しないのですか?」

「んにゃ。あることはあるの。じゃが、必ずしも守る必要がないのじゃ」

「守ることも自由ってことですか」

「うむ。守らないのも、守るのも自由じゃからな。儂は気に入らんやつは守らず、どうでもいいやつは守っとるの」

 そこまで言うと、ご老体はお盆にお茶と茶菓子を乗せて台所から出てきて、二人の対面に座った。

「どうぞ」

「有難うございます」

 ナルはご老体からカップを受け取り、中身の熱い液体を口に含む。

「叔父様、このお茶は何というお茶ですか?」

 シルはカップを受け取るなりご老体に問いかける。

「さぁの、お店で買ったが名前を忘れたの。……美味しいかい?」

 ご老体はナルをじっと見ている。視線に気づいたナルは、ご老体を、次にシルを見て感想を伝える。

「ええ、とても。少し熱いですが、深みのある味で」

「それはそれは。気に入って貰えたみたいでなりよりじゃ。ほれ、お嬢さんも。茶菓子もあるのでな」

「うん、戴きます」

 シルはそう言い、両手でカップを持つのだが。

「ただ――」

 ナルがカップごとシルの手を押えたため、机から持ち上げられなかった。

「子供には少々刺激のある味ですかね?」

 ナルはご老体を見ながら語りかける。

「何かしら、ナル?」

「シル、これは悪戯じゃないからね」

「……またなの?」

「ご老体に訊いて」

「叔父様、本当かしら?」

 ご老体はまだナルを見ている。口も半開きで、呆然としている。

「お前、飲んだじゃろ?」

「ええ、熱かったですが。もう少し冷やして、遅効性の毒物が入ってなかったら文句なしでした」

「何故死なんのじゃ」

 ご老体が立ち上がる。

「体質なのよ。残念だったわね、素敵な犯罪者様」

 シルがゆっくりと立ち上がり、ナルもそれに倣う。

「法律を守る必要が無いなら、人を殺すのも自由って訳ですか」

 高身のナルからすると、ご老体を見下ろす形になり、固まった表情でご老体は後ずさる。

「まぁ、動機はどうでもいいです。好奇心から殺そうとしたのか、金品目的からなのか。その他様々な想定ができますが、自分達には関係ありません」

 ナルは再びカップを口に運び、残りを飲み下す。

「やっぱり冷えたほうが美味しいですね。御馳走様でした」

 笑顔を貼り付け、呆けたご老体を一瞥したナルはシルを率いて家を後にした。

 広場へ歩いて行く中、シルは不満気だった。

「素敵な叔父様かと思ったのに、つまらないわね」

「これで毒殺未遂は何回目だっけ?10は数えたと思うけど」

「知らないわ。ただ、私も殺されかけたのは久しぶりね。いっつもあなただけ毒を盛られるから」

「シルはいいところのお嬢様みたいだから、売って金儲けしようとする悪い大人が多いからね」

「あら、でも私だけ殺そうとした人もいたわよね。あなたが目的って、どういうつもりだったのかしら」

「……そんなことより、そろそろ街を出ようか。ここにいたんじゃ、いつ殺されても文句が言えない」

「もう日が暮れそうなのにかしら?」

 気付けば、紅い太陽がじんわりと地平線に落ちて、肌寒さが際立ってきている。

 暗くなるのも時間の問題だろう。

「あのホテルの人はルールに則ってるように見えたわ。むしろ泊まったほうが安全よ?」

「そうだけど……」

 ブツブツ呟くナルをほぼ無視してシルは歩く。

 すれ違う街人を観察するのに夢中なだけかも知れないが。

 しかし、

「ええっ!?何これ?」

 ホテルの扉に貼られてあった紙を見るなり、今日一番の声を上げる。

『疲れたので休みます』

 風で捲れる紙には、殴り書きでそう書かれていた。

「有り得ない……。人としての自覚あるの?」

「うーん、そりゃあ営業時間も自由だしね」

 周りを見渡すと、繁盛しだす時間帯の飲食店も軒並み閉まっていた。すっかり暗くなった街中で、道の傍らの街灯だけが唯一の灯りだった。

「これだったら外に出た方が安全、かな?」

「……分かったわ。ただし私はもう歩かないわよ」

「りょーかい」

 ビシッと人差し指を向けてくるシルに、ナルは背中を見せてしゃがむ。

 ワンテンポ躊躇して、軽いが確かな重みと温もりが背中に被さる。

「わ、暖かい」

「んもうっ!変態っ!」

 シルは両手でナルの髪を強めに引っ張る。

「いったた……。でも、人の温もり好きでしょ?」

「うっさい!どう転んでもあなたは嫌いよ!」

 街から出るまで、夜道に二人の声は響き渡ったが、誰も注意する人は居なかった。

 何故なら二人も"自由"なのだから。

私の目指すものはのんびりとした物語です。ついでに執筆ものんびりしてますので、のんびりと待って頂ければ幸いです。


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