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3.

 竜のお姫様のお陰で、北の国の人たちの暮らしはかなり楽になりました。


 お姫様が生み出す炎は、王様が唱える呪文で国中の家のかまどに分け与えられました。竜の炎は火打ちで(おこ)す火と違って、少しの薪や石炭でも一晩中燃えるのです。薪拾いに行った子供が道に迷って雪に埋もれたり凍った川に落ちたりしてしまうことはなくなりましたし、石炭を買うお金がいらなくなったのでもっと良い服や食べ物を買うこともできます。

 それに、農夫たちも大喜びでした。魔法使いが舞い降りた、あのお城の一番高い塔に水晶玉を据えれば、冬の間も夏と同じように明るく国を照らしてくれるのです。だから、冬の間は凍りつかせておくしかなかった畑でも、少しは野菜なんかを作れるようになりました。牛や馬もやせ細ったりしていないし、飼葉が足りないからといって肉にしなくても良くなりました。


「みんな竜のお姫様のお陰だ。ありがたいことだ」


 北の国の王様も大臣も、普通の村人も小さな子供も、口を揃えて言うのでした。




 でも、だからといってお姫様が幸せに暮らしていたということはありません。だって、お姫様が炎を生むのはとてもお怒りになった時ですから。北の国の人たちは、あの手この手でお姫様をずっと怒らせようとするのでした。


 春と夏と秋の間、お姫様を閉じ込めた水晶玉はお城の宝物庫の一番奥に、更に鍵のかかる頑丈な箱に大事にしまい込まれています。北の国の冬を照らしてくれる大事な太陽ですから、誰にも盗まれてはいけないのです。お姫様は真っ暗な中でひとりぼっちになってしまうのですが、誰もお姫様の気持ちなんて考えてはくれませんでした。だって宝物が寂しがったりするなんて、いったい誰が思うでしょうか?

 そして、木々の葉っぱが落ちて、冷たい風が吹く頃になると、王様が重たい鍵を携えて宝箱を開けに来ます。真っ暗な中で、お姫様は自分をこんな目に遭わせた魔法使いや砂漠の国の大臣たちや北の国の王様をどうやって燃やしてやろうかと考えて一年のほとんどを過ごしているのですが――怒りでルビーのように真っ赤に輝くお姫様の目を見下ろして、王様はにっこりと笑うのです。


「さあお姫様、今年もちゃんと怒ってください」




 竜のお姫様は砂漠の国で大臣たちや大勢の召使いたちに大切にされて、何でも言うことを聞いてもらっていた方です。だからこんな思い通りにならない姿にさせられた今では、ほんのちょっとしたことでも怒ってしまいます。


 水晶玉をころころと床に転がしてみたりとか。クリームからバターを作る時みたいに、袋に入れて思い切り振ってみたりとか。魔法使いの不思議な技によってでしょうか、水晶玉がちょっとやそっとで壊れたりしないと分かると、王子様たちが鞠の代わりに投げ合ったり、階段の一番上から落として遊んだりすることもありました。


 お姫様は水晶玉の中でろくに身動きも取れませんから、転がされたり投げられたりする度に悲鳴を上げて、頭や身体をあちこちぶつけたり目が回ったりしてしまうのでした。そしてやっと動きが止まって落ち着くと、きいきいと高い声で喚き散らすのです。


「無礼者! 私を誰だと思ってるの!」


 すると王子様たちはくすくす笑って答えます。


「魔法使いに騙されたおばかさんのお姫様でしょう?」

「何ですって! ただの人間のくせに! 私を捕まえたのはお前たちではないでしょう!」

「わあい、お父様、お姫様が怒ってくれました!」


 お姫様の周りに炎が生まれて水晶玉を赤く染めると、王子様たちは喜んでお父様の王様のところへ持って行きます。すると王様も満面の笑顔で王子様たちにご褒美のお菓子をあげて、例の呪文を唱えるのでした。




 もちろん、お姫様だって怒れば怒るほど北の国の人たちを喜ばせてしまうことは分かっています。だから冬を何度か迎える頃には、今年こそは絶対怒ったりしない、何をされても知らんふりをしてやるわ、と尖った顎をつんと反らしてそっぽを向いて暗い箱の中からお出ましになるようになりました。


 北の国の人たちは、お姫様が熱と炎を生んでくれなくては困ってしまいますから、どんなに振り回しても効き目がないと分かると、言葉でお姫様を怒らせようと色々な悪口を考えます。


「砂漠の国は緑の豊かな国になったそうですよ。竜のお姫様のことなんて誰も覚えていないそうです」

「お姫様はいない方が良かったようですね。こんなわがままな方なんだから当然ですね」


 お姫様は、砂漠の国の人たちをずっと守ってきたつもりでした。それなのにそんなことを言われては、怒らないわ、という覚悟なんてどこかへ飛び去ってしまいます。


「まあ、あの恩知らずども! 誰が魔物や盗賊から守ってあげていたと思っているのかしら!」


 そうするとまた水晶玉は太陽のように輝き始めて、北の国の冬を照らしてくれるのでした。




 でも、ずっと怒っているというのはとても大変なことで、そんなことが何年も何年も続くとお姫様は段々元気がなくなっていきました。


 春と夏と秋の間閉じ込められている真っ暗闇の中では、冬が来るのが怖くなります。ひとりぼっちで誰も話す人がいないのが寂しくなります。

 でも、鍵のかかった箱のふたが開いて光が射し込むと、また嫌な冬の始まりです。転がされて振り回されて、小さな子供にも笑われてばかにされてしまうのです。


 箱の中にしまい込まれて、さらに水晶玉に閉じ込められて、お姫様は故郷の砂漠の国を懐かしく思い出すようになりました。真っ暗な中では、砂漠の眩しい太陽がとても恋しくなるのです。あそこでなら、たくさんの人たちがお姫様に仕えてくれて、思い通りにならないことなんて何もなかったのに、と。

 でも、大臣たちは魔法使いに閉じ込められたお姫様を助けようとはしてくれませんでした。それどころか、お姫様のことを忘れて楽しく暮らしているそうです。お姫様は北の国でこんなにひどい目にあっているのに、冷たい人たちです。


「でも、私のせいなのね。私の方が今までひどいことをしていたのね」


 たくさんひどいことをされて、お姫様にもやっと分かってきたのです。気に入らないことがあると当たり散らして、誰彼構わず燃やしてしまって。そんなお姫様が好かれるはずはなかったのです。何でも燃やせる炎の力を、お姫様は素晴らしいと思っていたけれど。北の国の人たちもとても喜んでいるけれど。だからといって何をしても良いなんてことはなかったのです。

 北の国の人たちがお姫様にひどいことをしているように、お姫様も砂漠の国の人たちにひどいことをしていたのです。




 ある冬、北の国の王様が宝箱の鍵を開けると、お姫様は長い朱金の尻尾をぐるぐると身を守るように身体に巻き付けてしくしくと泣いていました。


「どうしたのですか、お姫様」


 王様が慌てて尋ねると、お姫様は顔を手で覆ったまま答えました。


「もうこんな暮らしはイヤ。絶対誰も燃やしたりしないから、ここから出して。逃がしてちょうだい」

「そんな。それではこの国は困ります!」


 これまでのようにお姫様が怒っていなくて、水晶玉が全然光っても熱を持ってもいないので、王様は焦って水晶玉を振り回しました。そうするとお姫様は水晶玉の内側にぶつかって、綺麗なお髪もすっかり乱れてしまいます。いつもならば、お姫様は目を吊り上げて髪を逆立てて、それこそ燃え盛る炎のように怒ってくれるのですが、もうお姫様にはそんな元気がありません。


「そんなことしないで。ずっと怒っているのに疲れたの。イヤなことも言われたくないの」


 お姫様がずっと泣きっぱなしなので、困り果てた王様は大臣たちを集めて何か良い考えはないかと相談しました。


「お姫様、春と夏と秋の間はもっと綺麗な景色が見えるところに水晶玉を置きましょう。話し相手も用意します」

「でも冬になったらまた突きまわして意地悪するんでしょう?」

「それではもう乱暴なことはしませんから」

「バカにされるのも笑われるのも全部イヤなの!」


 お姫様が高い声を上げたので、王様たちはこれは、と期待しましたが、お姫様はまた泣き始めただけでした。


 大臣たちの他にも、色々な人たちがやってきてお姫様を怒らせようと手を尽くしました。王妃様と王女様たちがそろって着飾ってやって来て、泣き顔のお姫様をみっともないと笑ってみたり。小さな子供たちが集まって、泣き虫なんておかしいんだ、とはやし立ててみたり。

 それでもお姫様は全然怒ってくれなくて、それどころかずっとぽろぽろと涙を流しているので、お城の人たちもだんだん可哀想になってきます。


「お姫様を出してあげた方が良いんじゃないだろうか」


 誰かがぽつりとつぶやきましたが、それはできない相談でした。


 魔法使いの不思議な水晶玉は、これまで散々落としたり壁にぶつけたりしてもひびひとつ入らなかったのです。魔法使いはあれきりこの国のどこにも現れないまま。どうやったら中のお姫様を助け出せるかなんて、誰にも分からなかったのです。

 それだけではありません。北の国の長く厳しい冬を照らし暖めるほどのお姫様の炎を、誰もが恐ろしいと思いました。今はしょんぼりと泣いてばかりで火が消えたように見えても、水晶玉から出て自由になったら、お姫様だっていつか仕返しをしようと考えるかもしれません。


 王様たちが相談を続けている間もお姫様は泣いています。小さな太陽のようだった水晶玉も、こうなってはただのガラス玉と同じでした。光りもしないし暖かくもない――これではもう国の宝物とは言えません。


「仕方がない、お姫様を自由にしてあげよう」


 王様はとうとう家来たちにそう言いました。でも、本当のことを言うと、お姫様があんまり泣くのでいじめているような気分になってしまって、目に入るところに置いておくのが嫌になっただけでした。水晶玉の壊し方も分からないままだしお姫様の仕返しも怖いので、お姫様を出してあげることはできませんしね。


 だから王様はあの宝箱の中にクッションを敷いて、お姫様を閉じ込めた水晶玉をそっと置きました。それからしっかりと鍵を掛けて、川に流してしまったのです。どこか流れ着いた先で、お姫様も静かに暮らすことができるでしょう。もしかしたら水晶玉から出してくれる人も見つかるかもしれません。北の国に仕返ししようとしても辿りつけないような、できるだけ遠いところに行ってからならば良いのですが。


「これからはまた冬が辛くなるなあ」

「何、元に戻るだけさ。今まで通り頑張れば良いんだ」


 お姫様がいなくなって、北の国の冬はまた暗く厳しいものになってしまいましたが、そこは長い間雪にも氷にも耐えて生き抜いてきた人たちのことです。お互いに励まし合って、以前のように一生懸命働いて冬を乗り切るのでした。

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