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2.

 竜のお姫様が閉じ込められた水晶玉を懐に抱えた魔法使いは、空の高い高いところを飛んでいます。どんな鳥でも適わないほど早く、高く。雲よりもさらに上、星々の間を駆ける姿は、まるで一条の流れ星のようでした。

 遥かに見下ろす地上では、色々な国の色々な町が小さな玩具のように見えます。それらを繋ぐ道や川がレース模様のように複雑に絡み合う様子。緑色の草原が広がるところに馬や羊が遊ぶところ。深い蒼色がどこまでも続く海では、船が白い帆を風で膨らませて白い波を上げて走っています。

 普通の人では見ることのできないそんな景色のどれをとっても、溜息が出るような素晴らしいものだったでしょう。


「私を出しなさい! どうして言うことを聞かないの!」


 水晶玉の中で怒鳴り続けているお姫様は、何も気づかず何も見てはいないようでしたが。透明な水晶玉を、炎で真っ赤に染め上げるお姫様をちらりと見下ろすと、魔法使いはフードの影でくすくすと笑いました。


「お行儀よくなさってください、すぐに雪を見せて差し上げますから」

「雪なんてもうどうでも良い! お前を燃やしてやるわ!」

「この水晶玉から出られたなら、お好きなように。でも、誰かを傷つけようとしているうちは決してそれはできないのですよ」

「うるさいうるさいっ!」


 魔法使いの言うことは本当だと、お姫様も気が付き始めていました。いつもならば燃えてしまえと思うだけで、お姫様が見つめたものは何でもめらめらと炎に包まれてしまうのですが、今はどんなに頑張っても、心の底から消えてしまえ、灰になれと思っても、魔法使いからは煙ひとつ上がることはないのです。

 どんなに叫んでも当たり散らしても意味はないのだ、と――お姫様も薄々は分かっていました。でも、今まで気に入らないものは何でも燃やしてきたお方です。無理だと分かったところで、他にどうすれば良いかなんてお姫様には分かりません。誰かにお願いをするなんて、生まれてから一度もしたことのない方なのです。


 だから北の国までの長い長い道のりの間、お姫様はずっと魔法使いを怒鳴りつけて、ひどい言葉で罵り続けていました。


 お姫様がさすがに疲れて水晶玉の中でぐったりと座り込んで――つまり、とぐろを巻いた尻尾の中に崩れるように倒れ込んで――しまった頃、魔法使いは北の国に辿り着きました。

 分厚い黒い雲を通り抜けると見えてきた街並みは、夜の闇に沈んでいます。北の国では、冬の間は太陽が地面の下に隠れてしまってずっと夜が続くのでした。それでもレンガを積み上げた家の壁や、可愛らしい赤や橙色の屋根の色が見えるのは、白く積もった雪のおかげです。真っ白い雪は雲越しの微かな月や星の光にも輝いて、辺りをうっすらと照らしてくれているのです。寒々として、心まで震えてしまいそうな――でも、これもまたとても美しい光景でした。

 もっとも、水晶玉の中でふて腐れていたお姫様は、あんなに見たかった雪景色がすぐそこにあるのにも気がつかないのでした。




 北の国にもお城があります。太陽の下で最も美しく輝くように造られた、砂漠の国の色鮮やかなお城とは違って、雪の重さと冷たさに耐えるように石を積み上げて造られた、がっしりとしたお城です。

 その石のお城の真ん中に高くそびえる塔を見つけると、魔法使いはふわりとそこへ降り立ちました。そして、どんな魔物が襲って来たのか、この国に悪いことが起きようとしているのではないか、と――恐る恐る長い階段を上って来た兵士たちが剣や槍を向けてくるのも構わずに、砂漠の国の大臣たちに対してもしたように、魔法使いは自信たっぷりに告げるのです。


「この国の王様に会わせてください。とても珍しくて貴重なものを差し上げたくて参りました」


 魔法使いは、見るからにとても怪しい者だったのですが、だからこそ簡単に追い返すことはできそうにありませんでした。それに、空から舞い降りてくるようなすごい魔法使いが一体どんなものを持ってきたのか、兵士たちは気になってしまいました。だから、魔法使いはすぐにお城の大広間に通されて、王様にお目にかかることができました。


「そなたが見せたいというのは何か。本当に、それほどに珍しいものなのか」

「はい。この国ではきっと何よりの宝になるでしょう」


 王様の前でも魔法使いは堂々とした態度で、竜のお姫様が閉じ込められたあの水晶玉を取り出しました。


「ここはどこなの!? 私をどうしようというの!?」


 しばらく休んで怒る気力を取り戻したお姫様は、また声高く叫んで水晶玉の内側をどんどんと叩いていますが、魔法使いはそれには構わずに北の国の王様へ言いました。


「ずっと南の砂漠の国の、炎の竜のお姫様を捕まえたのです。どんなものでも雪のような灰になるまで燃やしてしまう、とても強くて恐ろしい方です」

「そんなものをこの国に連れてきてどうしようというのか」


 王様が気味悪そうに水晶玉を見下ろしたので、お姫様はもっと怒って何か言おうとしました。でも、魔法使いはそれを遮るように、にこりと笑って――やっぱり顔はフードに隠れているので、そんな感じがした、ということですが――答えます。


「ですが、この水晶玉に閉じ込められている限り、お姫様には何もできません」


 そう言われて王様は改めて水晶玉をじっくりと眺めて、お姫様がとても綺麗な方だということに気づいたようでした。炎の色のお(ぐし)も瞳も、輝く朱金の鱗もまとっている宝石も、それはそれは見事なものです。


「ふむ、本当に何も害がないというなら確かにとても珍しい――だが、我が国にも珍しい宝ならいくらでもあるぞ」


 それでもすぐに感心してみせたら面白くないと思ったのでしょうか、それとも自分の国をバカにされたように思ったのでしょうか。王様は少しむっとした様子でした。魔法使いは、それでも動じた様子はありません。


「はい、王様の国がとても豊かで力があるのは存じております。ですが冬の長さと暗さと寒さには少々うんざりしておいででしょう? この水晶玉の明るさを見てください。炎の竜のお姫様が、どれだけ明るい炎を生み出すことができることか。ろうそくを何百本集めても敵わないのではありませんか?」


 魔法使いの言う通りでした。太陽が昇らない冬の間、どんなにろうそくを並べても、鏡やガラスのシャンデリアでその光を何倍にもしようとしても、北の国のお城はどこか薄暗くて湿っぽい雰囲気がしたものでした。でも、閉じ込められてとてもお怒りのお姫様がずっと水晶玉の中で炎をごうごうと燃やしているので、まるで小さな太陽が広間に現れたようでした。

 まるで懐かしい夏の明るい日差しが戻って来たかのようで、王様と魔法使いのやり取りを見守っていた王妃様や王子様王女様たち、役人たちもどこかわくわく、そわそわとし始めます。


「なるほど……」

「しかも明るさだけではありません」


 王様も、水晶玉の眩しさに目を細めながらうなずきました。さっきまで気味悪そうにしていたのが嘘のように、今はお姫様も水晶玉も欲しくてたまらないというお顔になっています。そこへ、魔法使いはさらに重大な秘密を教えてあげますよ、というようなひそひそ声でささやきます。


「これほどの勢いのある炎です、パンを焼くのもストーブの代わりにするのも思いのままです。お姫様を水晶玉から逃がさずに、炎の熱を取り出す呪文をお教えしましょう。そうすれば、お姫様のお怒りが続く限り、この国が薪や石炭に困ることはありません」

「なんと! それは素晴らしい!」


 重々しく、疑い深いところを見せようと思っていた王様も、思わず玉座から立ち上がって叫んでいました。北の国の冬はあまりに暗くて寒いので、民はみんな、薪を集めたり石炭を買い求めたりするのに大変な苦労をしていることを、王様はよくご存知だったのです。


「だが……それほどのものだ、さぞ値が張るのだろうな?」


 とはいえ喜んだのも一瞬だけ、王様はすぐにお姫様の()()のことを気にし始めました。何百本ものろうそく、何百本もの薪、倉にいっぱいの石炭、そしてそれを集める人たちの苦労をこの先ずっと買い取るようなものなのですから。お城の財宝を合わせたよりももっと価値があるのではないかと、心配になってしまったのです。


「いえ、私はこの国がお困りなのを放っておけないだけですから。お代をいただこうだなんて、そんなことは思っておりません」

「おお、そなたは何と良い魔法使いか!」


 王様は感動して涙を流さんばかりに喜びました。そして安心してしまうと、()()でこんなものをもらってしまうのも気が引ける、と思い始めました。


「――だが余も恩知らずではないぞ。そなたの捧げた品に報いるように、何でも好きなものを持って行くが良い」

「ああ、何と慈悲深い、もったいないお言葉でしょう」


 魔法使いも感動したように、大きな声をあげると深々と頭を下げました。もちろん、王様がこんな風に言い出すことを、分かっていて言ったのですが。




 北の国のお城の宝物庫から、魔法使いは砂漠の国の大臣たちからもらったのとは違う種類の宝石をたくさん選んでまた懐にしまいました。それにふかふかした尻尾が暖かそうな銀色の狐や、鋭く尖った恐ろしい爪を残した白クマの毛皮なんかも。

 砂漠の国と北の国でたくさんの宝物をもらった魔法使いは満足そうに冬の空へと飛び立っていきました。


「竜のお姫様はお怒りになることで炎と熱を生むのです。だから、水晶玉を揺すったりして怒らせてあげると良いでしょう」


 北の国の人たちに、そんな助言と、熱を取り出すための呪文を教えて。




 こうして、砂漠の国の炎の竜のお姫様は、北の国で大切な宝物としてずっと閉じ込められることになったのです。

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