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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
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廃棄生の黄昏

作者: クナリ
掲載日:2016/10/10

生まれながらに与えられた運命の中、自分なりの一瞬を生きることを選んだ人々、選べなかったいくつものコト。

世界を構成するかけらのひとつひとつ、それが失われることの意味を時々考えます。

無為だとしても、ついついと。

 ある冬の路地裏で、乞食の少女達が身を寄せ合っていた。

 そこへ、一人の女が現れ、数枚の硬貨を施して行った。

「ありがと、お姉さん。でもできたら、炭か油がないかな。何年か前から燃料がそこら中で足りなくて、私らには売ってくんないんだ。このままじゃ凍え死んじゃうよ」

 女は少しの間考えていたが、やがて腰から下げた革袋から、炭をひとつまみ取り出した。レンガの破片で簡単な暖炉を地面に組み、炭にマッチで火をつける。手袋をしたその手は、ひどく震えていた。

「うわ、何この炭、これっぽっちでこんなにあったかいの。凄い、ありがとう」



 周囲を鬱蒼とした森に覆われた高校には、ろくに陽も差さない。

 一応、共学ではある。しかし男子も女子も皆似通っていて一様な顔立ちに見えるのは、この学校に――

「廃棄生だけが集められてるせいなのかな。外の学校は、高校生ってもっとバラバラな見た目してるのかな。想像つかないけど」

 ヨオキが教室の窓際で、スカートをつまんで言うと、隣にいたメツサが嘆息した。

「あなたくらいよ、スカートの丈やシャツの裾の出し方なんかにこだわっているのは」

 メツサのスカートはすねの中央くらいまで。ヨオキのそれは、膝上十センチほど。

 放課後の教室に残っているのは、二人だけだった。学校の中はグラウンドや体育館もしんと静まり返って人の気配もない。

「でもさ、メツサも聞いたでしょ。森の外の学校には部活っていうのがあるって。楽しそうだよね。ここは授業が終われば寮に帰って寝るだけだもん」

「それは、廃棄生に変に生きがいなんて持たれたら、困る人もいるのでしょうよ。いざ私達を燃料にする時に厄介だもの」

 その肉体を火力発電の燃料にすると、燃焼の効率が、現存する他のどの燃料よりも優れている。それが廃棄生の最大の美点だった。最大の問題点は、生きていて固有の意志があること。もっとも、考慮されたことはなかったが。

 一応校内からは火の気の類が排除されてはいたものの、校舎自体は木造だった。全校生徒の三百人程度を収容できる学生寮も木造で、校舎の一部に組み込まれている。つまりはその程度にしか配慮する気がないのだと、生徒達も悟っている。不要物を燃やす焼却室は、一応校庭の隅に建ててあるが、当然廃棄生は近づくことも許されない。

「燃やされるために生きてるなんて、何だか虚無的」

 今更だけどさ、と嘆息するヨオキの横顔を、沈みかけた冬の太陽が照らした。

 メツサはそれに見とれながら平静を装う。

「長時間日に当たるなら、少量なら手に入るから抑炎剤を飲みなさい。私達は何の加減で発火するか、分からないのだから」

「夏じゃあるまいし、この気温なら平気だよ。あの薬高いし、苦いから嫌い。確かに凄いけどさ、飲んでから丸一日は、火の中を歩いたってまるで平気だって言うんだもん。凄いけど、でも……普通の人間にはそんな極端な薬はないんだよね。私達の体、まるでおもちゃみたい」

 廃棄生は、必要とあれば一年生でも発電所に送られる。どんなに遅くても卒業式の直後にはトラックに積まれ、燃料となりに行く。

 だからだろうか、校内の恋愛模様も、確かに虚無的なものが多かった。例えば――

「例えばさ、メツサは同性交際は賛成派? それとも、安易だと思う?」

 メツサの心臓が止まりそうになる。しかし、決して顔には出さない自信もある。

「本人同士が良ければ、それで良いのではないの。どうせ、廃棄生の男子には生殖能力もな……」

 言いかけて、メツサはヨオキの唇が震えていることに気づいた。

「ヨオキ?」

「どうしよう、メツサ。私、子供できちゃった」


 高校には、森の外から定期的にボランティアが訪れる。多くは街の被差別層だった。

 半年ほど前にやって来て三ヶ月前に去った一人の男子高校生が、ヨオキと随分気が合っていたのはメツサも知っていた。

 二人の間で何かがあったのだろうとは思っていた。思っては、いたのだが。

 寮に帰り、麦を水に浸しただけの夕食を摂って、ヨオキとメツサは部屋に戻った。

 ベッド以外の家具が置けないくらい狭い部屋だが、一応生徒全員に個室が与えられている。程なく、ヨオキがメツサの部屋を訪れた。上級生にもらったという大粒のキャンディをメツサに一粒渡し、自分もひとつ、包み紙を解いて口に入れる。

 そのせいでしゃべり辛そうにしながら、ヨオキは真剣な目で切り出した。

「メツサ。私、この学校を出ようと思うの」

「父親の居場所は分かるの?」

「…………ううん」

「元々だめだけど、なら尚更だめ」

「もう決めたの。ね、明日の夜に学校の裏道から出て行こうよ」

「森で、遭難するのが関の山だわ」

「ツクナヒが、前に地図をくれたんだ。街まで行けば病院があるし、……」

 ツクナヒ。確かあの男子高校生がそんな名前だったと、メツサは思い出す。しかし、

「父なし子を産むつもり? 冗談はやめて」

 ただでさえ廃棄生の出産など前例がない。どんな事故が起きるか分からない。

「メツサが来ないなら、私一人でも行く」

 そう言えばメツサは必ず着いて来る、自分を見捨てることなど有り得ない、と信じているのだろう。しかしここで心を鬼にしなければ、取り返しのつかないことになる。

「私は行かないわ。一人では逃亡なんて不可能でしょう」

「本当に来てくれないの?」

「ええ。絶対に行きません」

「……そんなに、この学校が好き?」

「好きでも嫌いでもないわ」

「私よりも、ここが好きなの? 先生や他のクラスメイトの方が、私より?」

 ――何てことを――そんな訳が。

 二人の担任は、ひどい人間だった。廃棄生達を見下しながら、薄汚い欲望の籠った眼でヨオキ見ていたことを、メツサは知っている。所詮ここへ来る教師など、左遷に左遷を重ねられたか、森の外ではまともに職務を全うできないか、そうした連中に限られていた。


 他のクラスメイトも有象無象に過ぎず、メツサの目に眩しいのはヨオキだけだ。

 だが、今この場で、メツサは自分の想いなど口にできない。

「……噛み合わないわね」

「私の子供、見たくない?」

 子供よりも、ヨオキ自身に平和に暮らして欲しい。そう言えずに、メツサは端的に、結論だけを告げる。

「見たくないわ」

 ――大丈夫。感情は殺し慣れている。

「……そう」

 ヨオキはふらふらと立ち上がると、自分の部屋に戻って行った。


 翌日の放課後。案の定だとメツサは深く嘆息する。学校の裏門に、ヨオキを見つけた。

 旅支度などはしていない様子で荷物の類も持たず、いつも通りの制服姿だったことに、メツサはわずかに安堵する。廃棄生は、元より制服と寝間着以外にまず服を持たないが。

 日が暮れるのが随分早くなった。既に、十数歩先のヨオキの姿は人型に切り取られた影絵のようになりつつある。

「来てくれたのね、メツサ」

「あなたを止めにね。寮へ戻りましょう」

 ヨオキが、何やら身じろぎした。

 メツサが何歩か近づき、ヨオキが右手に取り出したものを見て足を止める。支給品の消しゴムより二回り大きいくらいの直方体。それを手のひらに乗せたヨオキの顔は、夕闇に塗り潰されてよく見えない。

「それは、何?」

「マッチと言うの。ツクナヒの、遺品」

 マッチ。マッチ箱。メツサも、聞いたことがあった。ほんのひとこすりで火を起こす、携帯用の発火物。いや、それより、遺品?

「ツクナヒは、死んだよ。私の目の前で。三ヶ月前のあの日、私と彼がここを脱走しようとしたのを、指導部に密告したのはメツサでしょう?」

 自慢の鉄面皮がくしゃりと潰れるのを、メツサは自覚した。

「私達は先生に捕まってさ、ツクナヒは……殺されたの」

「嘘でしょう。外部の人間は、追い出されるだけだって」

 失言だと、言ってから気づく。

 ヨオキのシルエットが、歩み出す。メツサが後ずさる間もなく、ヨオキは唇をメツサのそれに重ねた。

 メツサは一瞬、混乱に打ちのめされ、思考能力を失った。その唇を割って、ヨオキの舌が侵入する。

 瞬間、メツサは、口中に凄まじい苦味を感じた。ヨオキの舌が苦味の元をどんどん押し込んで来る。

 やっと唇を離して、メツサが大きく息をついた。

「抑炎剤? なぜ……」

「これで、メツサだけは助かるよ。ここに誘導したのは一番森へ逃げやすいからなんだけど、もしかしたら素直に逃げてくれないかもしれないと思って」

 ――何を――言っている。

「メツサの気持ちも、分かってたよ。だから密告のことは、恨んでない。私にできるのは、キスが精一杯。ごめんね」

 メツサの脳は、混乱から回復できない。

「あのね、普通は確かに、外から来た人が問題を起こしたら、森の外へ追い出すんだって。でも、ツクナヒはそれじゃ済まなかったの。先生が、凄く、凄く怒って」

 あの担任か。ヨオキ恋しさから、嫉妬に駆られたに違いない。

「私、先生に無理矢理抑炎剤を飲まされて、焼却室にツクナヒと二人で閉じ込められたの。先生が火をつけて、……それで……」

 ヨオキの言葉が止まった。

 メツサは、息を飲みながらその顔を見た。最早乏しい明かりの中で、ヨオキは――

「私、全然燃えないの。焦げ目ひとつつかないのよ。凄いね、あの薬。でも、ツクナヒは……黒くなって……皮膚がどんどん、……叫んで……でも、……」

 ヨオキの顔は、笑っていた。

 指導部が得た問題生徒の情報は、校長も含めた全ての教師に与えられる。つまり、学校ぐるみで、この担任の考えた罰は問題ないと判断したということだ。恐らくは、余興気分で。

 メツサは、眩暈がした。

 触れ合えるほどの距離で、ヨオキは、恋人が焼死するのを見たのだ。

 ――私の。私のせいで。そんな。

「溶けて……形が……ヒ、中身が、……ツクナヒ、形……フ……」

「ヨオキ!」

 ――そんなに、この学校が好き? 昨夜はどんな気持ちで、ヨオキはそう聞いたのだろう。

「フ、……これ、昨夜言ってた、ツクナヒの地図。あげるね。上手く逃げて……」

 ヨオキが、メツサの手に紙片を押し付けた。

「私が廃棄生だったせいで、ツクナヒはあんな殺され方をしたの。先生達も、私も、同じ廃棄生も皆、皆、大嫌い。なくなればいい」

 渡された物を見たメツサがまた混乱する。

 紙片は、昨夜のキャンディの包み紙だった。

 メツサは、ヨオキの目を見た。暗闇の中でなお、ひときわ濃い黒色。ヨオキはふざけているのではない。手が震え、紙片が地面に落ちた。

 ヨオキは、狂っている。いつから。ツクナヒの死を見たせいで?

「ヨオキ、分かったわ。森を出ましょう。あなたとツクナヒの子供を、一緒に育てさせて」

 メツサが早口で告げても、ヨオキは首を横に振った。

「半分正気で半分異常、そんないびつな状態も、もう限界。私は、とっくにおかしかったわよ。ツクナヒが焼け死んで、私の服は焼け落ちて、そこへ先生が来て……」

 まだ、その日の話には続きがあるのか。

 まさか。嫌だ。聞きたくない。

「そして、私、子供ができたのよ。あの、クズみたいな先生の子供。正気の私は、ツクナヒの子供だと思おうとしてた。でも、狂った私は目を背けられなかった。少しずつ体の中で大きくなって行くのよ。もう、私の正気も私をごまかせない。さよなら、メツサ。私はもう、私じゃいられない」

「お願い、やめて……そうよ、森を出れば何とかなるわ。だから」

「メツサの前では、私は前のままの私でいられた。メツサは何も知らないまま、ただツクナヒがいなくなっただけだと信じて、今までと変わらずに私のことを見つめていてくれたから。まるで、あんなこと、何もなかったみたいに思えた」

 メツサの心臓は、絶望で握り潰されそうになっていた。

 ツクナヒのことを学校に告げ口した自分が、皮肉にも今日までヨオキの正気を繋ぎ止めていたのだと知る。

 そんな自分は、ヨオキに昨日何をした? 脱走したければ一人で行け、お前とは話が噛み合わない、と友人を突き放したのだ。そのせいで、ヨオキはとうとう。

「許してヨオキ。お願いよ、ここから――」

 メツサの言葉が終わる前に、ヨオキが走り出した。校舎の中の寮へ向かって。

 放課後になって少し経ったこの時間は、生徒は寮に戻っており、職員室にはまだ教師が残っている。この学校の人々の行動は、多様性に乏しい。

 ヨオキは寮に飛び込むと、乱暴にマッチを擦り、自分の左手に着火した。

 豆粒のようだった火が、たちまち巨大化してヨオキの左腕を包んだ。恐ろしいほどの燃焼に、追いすがって来たメツサがひるむ。

 その隙に、ヨオキはそこら中の廃棄生に掴みかかり、次々に放火した。

 玄関、食堂、個室棟。寮の中で、嵐が吹き荒れるように、阿鼻叫喚の地獄が広がった。

 瞬く間に全身を火に包まれた生徒達は絶叫しながら、無秩序に駆け回って更に寮中に炎を広げて行く。

 ヨオキだけが火だるまになりながらも明確な意志を持って、最も効果的に炎が広がるように、最も消火しづらいように、人と建物への着火を繰り返していた。メツサは圧倒的な火勢に阻まれて、ヨオキを見失う。

「ヨオキ!」

 寮に住む何百という廃棄生の断末魔が響き渡る中では、いくら大声で名前を叫んでも無意味だった。

 メツサは、寮の玄関でがくりと膝をついた。その脇を、炎の塊が駆け抜ける。メツサは、それが誰なのかを直感した。

 慌てて後を追ったが、その炎は寮から校舎に入り、職員室に飛び込んだ。

 職員室のドアにたどり着いたメツサが見たものは、既に人影としてしか判別できないほどに燃え盛るヨオキが、寮からつかんで来たのであろう廃棄生のかけらをいくつも、手榴弾のように職員室のほうぼうに投げつける姿だった。

 逃げ出せないよう、職員室の出入り口は真っ先に火が放たれている。

 ヨオキは、笑っていた。教師達が炎に焙られて体を焦がし、急激な酸欠に悶えながらくずおれて行くのを見て、哄笑を挙げている。

「……メツサね。逃げて。私はもう狂ってしまったけど、あなたを生き残らせることが、私が昔、私だったことの、証明だから……」

 紅蓮の繭の中の人影が、こちらを見つめている。

 それが、メツサが見た最後のヨオキだった。

「ヨオキ、私は、……あなたがいなくては、……」

 人影の右腕が、燃え尽きた炭のようにガサリと落ちて床で砕けた。廃棄生では異例なほど短くしたスカートの裾を、短くし過ぎたと言って懸命に下へ引っ張っていた、ヨオキの細く白い右手。


 全ての取り返しは、もうつかない。

 メツサの涙が、溢れた傍から、熱気に煽られて蒸発する。だから視界が滲むこともなく、メツサの目にはヨオキがゆっくりと崩れて行く様がはっきりと見え続けた。

「あなたがいなくては、生きている意味がないの……」

 自分がただの人間もどきの燃料ではなく、本物の人間なら、ヨオキを救えたのだろうか。

 こんな事態は、引き起こさないで済んだのだろうか。

 なら私達は、何のために……

「ヨオキ!」

 さっきまでの寮と違い、周囲にはもう誰の絶叫も聞こえない。目の前の少女からの返答も、メツサの耳に返ることはなかった。

 校内の全てが、炎に包まれた。最高の燃料を山と抱えた猛火の奔流は、学校を飲み込むが早いか、周囲の森へ食らいつく。

 そして、森林一帯を巻き込む未曽有の大火災が起こった。

 これまで、世界のいびつさを溜め込み続けて来た火薬壺が、ついに爆ぜた。

 爆炎の中で、一人の少女が、最早消炭と化した校舎の跡に立っていた。

 いつまでも、いつまでも、目の前のひとくれの炭を見つめていた。



「うわ、何この炭、これっぽっちでこんなにあったかいの。凄い、ありがとう」

「きっと、そう言ってもらえて喜んでるわ」

 乞食の少女達は、顔を見合わせてから笑った。

「喜んでるの? 炭がア?」

「そうよ。何年か前は、泣いたり笑ったりしていたの。もう皆、忘れてしまったことだけど」

 少女達が、ああこの女は少しおかしいのだ、という顔をする。

 女は、路地裏を出るとどこへともなく歩き出した。

 感情を殺し慣れたと思ったことがあった。

 けれど、それは嘘だった。

 まるで人間のような、嘘だった。


 忘れることはないけれど、語り継いで行くこともしない。

 この世の誰もが、私達とは違うのだから。

 あなたはもう、どこにもいない。

 それでも、あなたがあなたでいたことは間違いではなかったと、信じて欲しい。


 狂気に乗っ取られてなお、この世に残ったあなたの体が、今も少しずつ誰かを温めている。

 私が今まだ生きている意味も、きっとそこにあるに、違いない。


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