第1話 明日は席替え
一学期の中間テストも、終わった頃。私としては、満足のいく結果では、ありませんでした。
しかし、そんなことよりも、大事なのは、席替えです。
その日、私は、朝早く、学校に来ました。
教室へ、一番乗りです。
すると、よく聞く足音が、聞こえてきました。
この音は、一年のころからの、女友達である、湯口加奈さん。
湯口さんが、教室に、入ってきました。
「おはよう。」
「おはよう。」
「遅い!」
さすがの私も、「これ以上、早く返事しようとすれば、タキオン粒子でも使わないと、無理です」とは、言いません。そんな話、いくら理系クラスといっても、女性相手には、通じるものでは、ありませんから。
そもそも、数年前にノーベル賞を取った南部教授は、タキオンの存在を予測していましたが、いまだかつて、証明されていません。――――当時の私は、今年中に南部教授が亡くなるなど、予測していませんでした。って、そんな話、私の以外の人間にとっては、どうでもいいことですね。
タキオン粒子の話が何かを知っている人など、この歴史ある進学校においても、少数派でしょう。「タキオン粒子は、光よりも早い粒子です」といっても、理解できない人だって、いるかもしれませんし、そんなことを、一々説明していると、聞いているほうが、寝てしまいます。
私が何者か、だいたい、皆さんも、わかってきたと、思います。
私は、歴史ある進学高校である、白鳳県立袖木高校に通う、一人の、理系男子高校生。
そして、素人だけれど、オンライン作家も、しています。政治活動も、一応、しています。
あとは、履修選択は物理ではなくて、生物で、数学と化学は苦手、・・・・といくと、だいたい、この後の私が、どうなるのか、みなさん、お分かりですよね?
だけど、この時の私は、自分が近いうちに、文転するなど、知りませんでした。
今は、三年生の、一学期。
私の、斜め前の席にいるのは、湯口さんです。
一応は、私の友達。2月14日には、義理チョコ一つ、くれませんでしたけどね。
「義理のない友達」って、ありえるのか、男女間はともかく、男子同士で、「俺はお前に何の義理も感じないけど、俺たち友達だよな?」といったら、どうなるのか、職業作家ではないものの、オンライン作家の卵としては、気になります。
まあ、三年生になってから、そんな湯口さんも、いい人だと、気づくようには、なりました。
毎朝、湯口さんと、若干の、会話をします。
「もうすぐ、席替えですね。」
「そうやなぁ、後ろの方がええな。」
湯口さんは、前から二番目、私は三番目の席です。
湯口さんは、後ろの席が、よかったようですね。まあ、そういう生徒は、どこの高校にも、少なくは、ありませんが。
「そうですか、私は前から二番目ぐらいを、指定しようと思っているのですが。」
「ああ、そうなんか。」
あまり、私のことに興味のない様子の、湯口さんは、自分の席に今日使う教科書でも入れ終わったのか、すぐに立ち上がって廊下に行き、私たちと同じ、旧一年F組仲間の男子と、すれ違いました。
「あ、岡田君、おはよう!」
教室にいる私に聞こえるほど、大きな声で、湯口さんは、岡田君に、あいさつします。
「ああ、お、おはよう。」
普段は、どちらかというと社交的な岡田君ですが、驚いたような感じで、返事をすると、足の歩みを速めて、自分の教室へ向かっていきました。
まあ、それが、普通の対応、ですね。
湯口さんは、男子のことを、異性として扱っているのか、疑問ではありますが、やはり、こういう少し変わったぐらいの女子に、近くの席にいてほしい、と思うのは、私だけではないでしょう。
席替えがあるのが、少し、寂しくなります。
とはいっても、私が好きな女性は、湯口さんでは、ありません。いや、湯口さんにも、国語学的な意味では、好きでしたが、それは、日本語において、likeとloveの区別がないからこそできる、言葉遊び。「湯口さんが好きです」というのは、「好きな女の子は誰?」と聞かれて、妹の名前を答えるのと、同じぐらい、ナンセンス。国語力は、あっても、空気は、読めていない人です。
この作品は、恋愛小説。
そういう作品において、「好き」というのが、どういう意味を持つのか、説明するだけ、野暮。
さて、話を、湯口さんが、教室から出て行った後に、戻すこととします。