9.大蛇を倒しましょう!
◆ステージ2「林」◆
魔女には会えた。
あとは願いを聞いてもらうだけだ。
そのためにはあの大蛇を亡き者にせねばならない。
それが出来ればオレの願いはやっと聞いてもらえる。
なんだ。簡単じゃないか。
新しい技も伝授された。
これがあればオレにだって出来る。
大蛇なんかに負けるようでは不死鳥なんぞになれたりしないだろう。
ならば、恐れている場合ではない。
頼りなさげなネズミの勇者ともども、オレが出来ることはただ突き進むことのみ。
さあ、二体目の強敵を黙らせに行こう。
※
「ぶ、物騒だな、このヒヨコ!」
「まあ、不死鳥になりたいって思うようなヒヨコだし。肉食系男子だし、ね」
「いやいやいや……」
床にコントローラを置いてしばらく。
敵キャラの一切出ない魔女の屋敷付近のフィールドにて、わたしと少女はハヤロクと勇者様の待機モーションを眺めながら何処の会社のものともわからないコークを飲んでいた。どうやら少女が仕事に勤しむうえで差し入れに貰ったものらしいが、味は現実世界に売られているものとさほど変わらない。
涼しげな虫の音に不気味な鳥の声など、さまざまな環境音の中、ハヤロクと勇者様は待機しながら時折動く。黙っているとハヤロクも小さくて可愛いが、白いハツカネズミ的な勇者様も主役を食ってしまうくらいに可愛い。すごくいい。
さて、そろそろ説明しよう。前回威勢よく大蛇に立ち向かったわたしが、何故コントローラを置いたまま呆然としているのか。
なあに、単純なことだ。
レベルがあまりに足りなくてちょっと斬殺されてきただけだ。
ゲームオーバーになった結果、魔女に技を教わった直後に飛ばされてきたわけだが、そのまま途方に暮れていた。
レベルが足りないなら上げればいいじゃんって思うものだけれど、そんな簡単なことではなかった。敵キャラがわんさか出るのは大蛇が巣食っている所から更に一歩先に進んだ場所。しかし、大蛇のフィールドではすぐにボス戦が始まり、逃走することも出来ず、そこに戻ることが出来なくなってしまっているのだ。
じゃあ、どうして製作者は魔女の屋敷の前に敵キャラを置いていてくれなかったのだろう。
顔も見えぬ相手を怨んでも仕方ないが、悔しいのには理由がある。
答えはハヤロクのステータス画面だ。レベル2のままストップしているこのハヤロク。次のレベル3がいかほどの強さかなんて今の時点ではまだ分からないけれども、なんとまあ次のレベルまであと「10経験値」と表示されているではないか。つまり、あとミミズをたった五匹食べるだけでレベル3にすることが出来るわけだ。
次のレベルが途方もなく先にあるというのなら諦めがつくものだが、ここまで惜しいとなんだか悲しくなってくるものだ。ついでにやる気もなくなっていく。
そんなこんなで、わたしはいま、コントローラを床に置いてハヤロクと勇者殿の待機モーションを見ながら癒されていた。
「どうするー? もういっそのこと、最初からにしちゃう?」
少女にふと問われたものの、わたしはゆっくりと首を振った。
「ん、もうちょっと休憩してからこのままのデータで頑張ってみる」
単なるRPGだったら完全に終わっていたかもしれないけれど、これはアクションRPGなわけだ。己の限界までコントローラ操作を頑張れば、もしかしたら奇跡が起こるかもしれない。たとえ、このステージボスの推奨レベルが5とかだったとしても、わたしはめげない。
ただし――。
と、少女の住まうこの狭い部屋の床に仰向けで寝そべってみる。ぼんやりと薄暗い天井を見上げていると、幼い頃の記憶やら感覚やらが、なんとなく蘇ってくるようだった。
「ねえ」
わたしはそのままの状態で、隣にいる少女に話しかけてみた。
「君はずーっとここでゲームとかしながら過ごしているの?」
「ん? そうだよ。この場所から出ちゃいけないって決められているから、それを守る代わりに向こう側の人間たちがやってるゲームなんかを貰って遊んでるの」
「――それで、私みたいなのが転がり込んで来たら、お仕事するわけね」
横目で少女を見てみれば、彼女はそっとコントローラを手に取ってハヤロクを動かしていた。私の代わりに自分でもやってみようということだろう。
画面をじっと見つめたまま少女は答える。
「うん。私にしかできないお仕事だからって、ある人に頼まれてるんだ。……まあ、最近はあまりなかったんだけれどね。だから、お姉ちゃんが来てくれて実はちょっと楽しかったりしてさ」
くすくすと笑いながら少女はハヤロクと共に大蛇に挑みだす。
その姿を見ていると、なんだか昔の自分を思い出してきた。こんなに可愛くはなかったけれど、友達がたくさん遊びに来て帰ってしまった後、一人きりで静かにゲームの続きをしている昔の自分に少し似ている気がしたのだ。
「本当はすぐに元の世界に戻さないといけなかったんだけど、つい一緒にゲームしようなんて言っちゃったの。……お姉ちゃん、ごめんね。早く戻りたかったんでしょう?」
ロード画面中、ちらりと少女が振り返る。
その表情が思いがけず寂しげなのがとても気になって、言葉に詰まってしまった。
そんな私の戸惑いを見て、少女は再びテレビの画面を見つめる。
「何千年もこの場所で働いてきたし、こうやっていろいろ退屈しのぎのものを作って貰えるし、これはこれで幸せだーって思ってたんだけどさ、やっぱり誰かが落っこちてきたらちょっと嬉しいって思っちゃっておしゃべりしたり、一緒に遊んだりしちゃうんだよね。もちろん、ちゃんと元の世界に帰すんだけど、帰したあと、すこし……なんていうか……あ、ああ、ボス戦始まっちゃう!」
なんとなくだけど気持ちが分かる気がした。
気楽にゲームとか愉しんでいて、別に一人でもいいなんて思っていても、心の何処かでは誰かとお喋りすることは楽しい。それを実感した直後にまた一人に戻るというのは寂しいものだ。
この少女はずっとそんな思いをしてきたのだろうか。数え切れない時間をずっと。
「あちゃー。ハヤロク瞬殺だよう。お姉ちゃんよくあんなに生き延びたねー」
無邪気に笑いながらこちらを見つめてくる少女。幼い見た目だが、確実に私の人生よりもずっと長い時を過ごしているその頭にぽんと手を置くと、まるで妹でも出来たような気持ちになる。
不思議そうにこちらを窺うその目に苦笑いをしながら、私は一言だけ彼女をねぎらった。
「お疲れさん」
このゲームが終わったら、きっともう二度と会う事はないのだろうなと思うと、なんだか寂しいような切ないような、不思議な気持ちが浮かんできた。
◆ステージ2「林」◆
また現れたか、小僧。
わざわざ私の胃袋に収まるためにのこのこ戻って来るとはいい度胸だ。
かの魔女に何を授けられたかは知らんが、貴様は所詮、鶏の童。
古臭い支配者に代わってこの森の王者に昇りつめた私の敵ではない。
さあ、さあ、それでも逃げぬというのなら、かかってこい、小僧。
※
「頑張るしかない! このデータのままで勝利して見せる!」
「いよっ! がんばれ、お姉ちゃん!」
まずは敵の動きを分析しようか。
ステージ1のボス、雄鶏はわりとパターンが決まっていた。それから1ステージしか進んでいない以上、そんなにパターンは増えないはずだ。よし、自信がわいてきた。さくっと倒して少女の喜ぶ顔を嗜もうじゃないか。
そんな軽い気持ちでハヤロクをささっと動かして大蛇の攻撃パターンを観察することしばらく。
……あれ? おかしいな。
観察し始めて2分くらいなのだが、雄鶏の時のように分かり易い隙が全く生まれないのだがどうしてだろう。もしかして、ハヤロクがこうして遠巻きに眺めているだけだからだろうか。
くっ、ここは勇気を出して特攻するべきなのだろうか。うむ、どうせ此処で散ることがあったとしても、ボス戦のちょっと前に戻るだけだし、試しに動いてみるのもありかもしれなくもない。
「行こう、ハヤロク!」
「えっ、動くの!?」
少女が驚く中、わたしはハヤロクを走らせた。
なんせレベル2。レベル1よりはましでも、推奨レベルにはもしかしたら悲しいほど届いていないかもしれないヒヨコの勇者を動かして、うねうねと気持ち悪いくらい動き回る大蛇に向かってあらゆるアクションを試すべく突撃する。
ファイト。
思った通り、ハヤロクを近づけると大蛇の動きに変化が生まれた。どうやら高みの見物というわけにはいかないらしい。
それにしても怖い。大蛇の動きがリアル過ぎて気持ちが悪い。しかも、ハヤロクを近づけると丸のみにしようと大口を開けて襲いかかってくるようになった。レベル2のハヤロクでは避けるのも至難の業だ。
「恐い! レベル5くらいは上げといたほうがよかったかな、これぇ」
「どうする? もういっそ、最初からにしちゃう?」
少女の悪魔の囁きに心が揺さぶられる。
ああ、でもそれはあの広大すぎるステージ1でもう一回迷子になれということじゃないか。ようやく掴んだステージ2クリアという兆しを諦めるわけにはいかない。
「大丈夫! 見守っていてちょ!」
根拠のない力強さと共に、私とハヤロクは立ち向かう。
ステータスは足りないかもしれないけれど、諦めずに操作し続ければどうにかなるってもんだ。それに、一回くらい当たったとしてもすぐ死ぬわけじゃない。
よし、ハヤロク。冷静に頑張ろうじゃないか。
ボス戦の直前に授けられたアクション。ジャンプ突き。これこそが大蛇に一矢報いるカギとなるに違いない。むしろ、そうじゃないなんてことはないだろう。(まあ、そうじゃない可能性もこのゲームならば大いにあり得るけれど、今は考えないでおこう)
ぴょんぴょんジャンプして大蛇の攻撃をかわし、突きや蹴りなどの攻撃でまずは様子を見る。すると、戦っているうちに大蛇が自分をかばうような様子を見せているのに気付いた。
やっぱりそうだ。新しいアクションのスペシャルを思い出せ。何が有効かはすぐに分かるってものだ。
ハヤロクの視点を大蛇の両目にロックオンすると、少女が息を飲んだ。
「すごくえぐい事しようとしてない?」
少女に勘付かれた。多感な時期の御嬢さんを前に気が引けるところだが、これも勝負の世界だ。容赦しないで行こうか、ハヤロク。
左右へのステップに二段階ジャンプ。負け続けた結果、少しはこのゲームの操作にも慣れてきたような気がする。魔女に教わったコマンドを入力すると、ハヤロクが新しい技を披露しようと動き出す。足場なんてないし、下手したら大蛇の攻撃にあたってしまいそうだが、それでもハヤロクは勇猛果敢に小さい身体で特攻を決め込んだ。
そして――。
「ぎゃっ、痛そう!」
大蛇がのた打ち回り、片目をつぶる。手ごたえも伝わってきた。やっと一矢報いたらしい。
「さあ、もう片方もいくぜ!」
一歩、二歩と近づいて狙うはもう片方の目。
しかし――。
「な、なにっ!」
ハヤロクを近づけて無事な方の目を狙う動きを見せた途端、なんと大蛇が尾をこちらに向けて振り払った。片目を守るために動いたのだ。寸でのところで避けるハヤロク。だが、私がカバーできるのはあくまでもハヤロクだけだった。
ちゅうううう!
「ゆ、勇者様ぁーっ!!」
か弱げな声と共に今まで何をしていたかもよく分からないネズミの勇者殿がぶっ飛ばされてしまった。な、なんてことだ。即死ではないみたいだけれど、これは面倒なことになった。たぶん、もう一回同じミスをしたら勇者様死亡でクリア失敗だ。
ぐぬぬ、ここで仲間が足かせになるなんて……。
……待てよ、よく考えよう。どうして勇者という仲間がいるのか。彼が一緒で役に立ったのは今のところ、ステージ2序盤の暗闇だけだった。それ以降と言えば、足手まといにしかなっていないようなそんな気がする。
まさかプレイヤーのイライラ度を上げるためだけに投下した仲間(笑)ではないはず。そう、彼が一緒という状態でステージ2のボスに挑んでいるということは、何か意味があるはずなんだ。
――そうだ。
観察すべきは大蛇の動きだけではない。仲間であり、これまで足を引っ張ってくれていた勇者殿の動きも注意深く観察すべきではないのか。
「どうしたの、お姉ちゃん? ちょっと休む?」
心配してくれる少女を安心させるべく、私は気合いを入れなおす。
「大丈夫! もうちょっと頑張ってみるぜ!」
片目をつぶされた大蛇。ハヤロクが近づくと庇う動きを見せて、下手をしたら勇者様が巻き添えを食らう。つまり、勇者様も巻き添えを食らってしまうくらい大蛇に接近しているということ。
最初のようにハヤロクと大蛇と少し距離を離して観察をしてみれば、予想通り勇者様が一人で大蛇に向かって針の剣を向けていた。大蛇はあまり真面目に相手をしていない。どちらかといえば、目をつぶしてきたハヤロクに一番注意を払っているようだ。
しかし、それも長くはない。時間がたつにつれ、大蛇もネズミの勇者を脅威とみなし、攻撃を仕掛けようと鎌首をもたげる。
――たぶん、いまだ!
大蛇の注意がネズミに向いたその盲点を、ハヤロクがレベル2のダッシュで切り込んでいく。操作さえ誤らなければ行けるか、行けるか、行けるようだ!
ジャンプからの突き。狙うは無事な方の目。大蛇はネズミの勇者を食おうと動き、ハヤロクの奇襲に間に合わない。炸裂。
「おっしゃ!」
「えぐい! えぐいよ、ハヤロク!」
両目をつぶされた大蛇。まだ戦いは終わっていない。だが、たぶん次で終わりだろう。よく分からないけれど、何となく三回の法則で終わる気がします。
そう信じないと、ちょっとしんどかったりするのだが――。
と、その時、ちいちいと勇者様が何やら合図を始めた。イベントシーンだろうか。そう思って悠長に構えていたら、突然勇者様が大蛇に向かって特攻を始めた。
「え、ちょっと、説明ないの!? イベントシーンは?」
「雰囲気で従ってねっていうことかなあ?」
「ふ、不親切すぎるよう!」
いや、でも甘えてはいられないか。なんせ、どこの誰だか知らない神様がこの閉鎖空間に居続けなくてはならない少女のために作ったソフトだ。何もかも誘導されて当然なわけがない。
ここは自分で切り開くしかない。
そう、元の世界に帰るためにも、自分たちでどうにか頑張るしかない。
「見て! 勇者様に大蛇が惹きつけられているよ!」
少女の指摘通りだった。
ちいちい言いながら走る勇者様に対して、光を失った大蛇がうねうねと動きながら迫ろうとしている。ぼやぼや見守っていれば勇者様が食べられて終わりだろう。むしろ、勇者様がわざと音を鳴らして大蛇を引きつけているのかもしれない。
なるほど。全てはハヤロクに託されているということか。
「よし、行けっ、ハヤロク!」
鍵となるのはジャンプ突き。魔女に教わったばかりの技を、今、ステージ2のボスである大蛇にぶち込む。
ジャンプし、突きに入るハヤロクの動きに、勇者様に気を取られていた大蛇が振り向いた。その瞬間、大蛇の額に何やらポイントが表示される。
ここだ。
――ジャンプ突きっ! 超炸裂っ!!
き、来た。このエフェクト!
大蛇が仰向けにどしんと倒れ、-1259というとてつもない数字が一瞬だけ表示されたようなそんな気がした。これ、ジャンプ蹴りじゃないときっと駄目だった。
撃破! 林ボス・大蛇!
すごい……相変わらず達筆だ。
いや、そこじゃなかった。すでに画面が暗転し、落ち着いた感じのBGMが流れ始めている。その哀愁漂う雰囲気を味わいながら、ふと、手が震えコントローラが汗ばんでいたのに気付いた。
――やった。やったぞ。
「ステージ2もクリアしたんだ……」
体験版っていつまで続くんだろうという疑問はともあれ、レベルが足りないのではと思われていた中での勝利。感動と同じくらい疲れは大きかった。
「お姉ちゃん……」
ムービーシーンが始まる中、勝利したハヤロクと勇者様の姿を見つめ少女が私を振り返った。
「凄いや。ありがとう。ここまで見れるって思わなかった」
嬉しそうに、だが、何処か寂しげなその表情が少し気になった。