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8.新しいアクション「ジャンプ突き」を覚えましょう!

◆ステージ2「林」◆


 オレたちの事を見下している大蛇。

 しかし、賢いヒヨコならば分かるだろう。

 こんな安い挑発に乗るのは愚かな単細胞だけなのだと。

 オレはそんな鶏ではない。

 いつかは不死鳥になる者として、こんな蛇に喰われてしまうのは間抜けでしかない。


 そう、戦いとはぶつかり合うだけではない。

 勝敗とは力ずくで決するものだけではない。

 幸いにも、オレも勇者と名乗るこのネズミも、心得ていた。



「ほら、この台詞! 大蛇を遠巻きに見つめて一分経ったら出てくるの」


 少女がきゃっきゃと喜ぶ横で、私は少々疲弊していた。きっとこの少女がいなかったら、あと一時間は堂々巡りだっただろう。

 間抜けで愚かな単細胞プレイヤーでごめんね、ハヤロク、そして勇者様。

 ところでこれはイベントというよりも、ただのヒントだろうか。

 戦うのではなく、遠巻きに見ているだけでイベントが進んでいってクリアっていうパターンもあるけれど、どうもそういうものじゃないような気がした。

 特に、ハヤロクの後半の台詞。

「ちなみに、前のフィールドには……」

 と、今来た道を戻ってみたところ、普通に戻れた。

 一つ前のフィールドには経験値をくれる雑魚敵が複数いる。ミミズだったり、あのドブネズミたちだったりして、いかにもレベルを上げてくださいって言っているかのようだ。

「一応、ここで一杯レベルをあげたつもりなんだけど、どうしても勝てないんだよね」

 少女が首を傾げながら言う。

 そんな愛らしい少女に訊ねてみた。

「ちなみに、負けパターンはどんな感じ? あのモヤシネズミが喰われるパターンだけ?」

「ううん、ハヤロクが食べられちゃうパターンもあったよ。大蛇の攻撃はランダムでどちらかを狙うみたいだね。ハヤロクに来た時はかわせたりもするけれど、勇者様にきちゃったらほぼ100パーセントゲームオーバーなの。ここって運任せのイベントなのかなあ?」

 運任せ。悲しいかなそういう可能性を捨てきれないのがこのゲームだ。

 だが、ここは敢えてそうじゃないと仮定してみよう。たとえば経験値。稼いだ経験値でハヤロクのレベルはあがるのだが、ネズミはあがらないらしい。恐らくこのステージで困らない程度のステータスで設定されてはいるだろうが、無駄にあげる事は出来ない。

 つまり、ネズミの勇者を強化することは出来ない。

 しかし、大蛇の攻撃はランダム。ハヤロクだけに来るのではなく、強化出来ないネズミにも行く。ネズミを喰われるのもゲームオーバーとなると、どうにかネズミを喰われぬようにしなくてはならない。

 と、ここで私はある重大なアクションに気付いた。

 大蛇から離れている状態で、ネズミの傍にいる時にコントローラの裏に隠れているZボタンを押すと、ハヤロクがピヨっと鳴き、その後ネズミがついてくるのが分かったのだ。

 これで共に戦うのか。

 ――いや、違う!

 戦いとはぶつかり合うだけではない。

 野生動物の戦いは喰うか喰われるか。喰う側の強い者にとっては喰うことが勝利であり、喰われる側の特に力の弱い者にとっては逃走こそが勝利である。

 この二人はどうだ。強化できるハヤロクはともかく、もやしっ子の勇者様が出来る最大の攻撃とは何か。

「つまり、こうだ!」

 ネズミの勇者を誘導しつつ、大蛇からできるだけ距離を取ってみる。大蛇は動く上に、少しでも近くなると容赦なく攻撃してくるから侮れない。その上、この状態で何処へ行けというのか、よく分からない。

 少女も心なしか半信半疑で画面を見ている。そうだろう。少女によればこの場面は何度も挑戦して打ちのめされてきたのだから。

 少女が匙を投げるのも無理はない。ネズミの勇者と共に敵から距離を取って、何処だかも分からないゴールを目指すというだけのことだが、思いのほか難しかった。

 しかし、可能性を絞ってしまえばさほど苦痛ではない。

 大蛇の動きを注意深く観察して、ネズミを誘導するだけでいいのだから。

 強いて言えば、コントローラを濡らす手汗をどうにかしたいくらいだろうか。

「それで、どうするのー?」

 やっとの思いでスタート地点からフィールドの半分以上の地点まで移動した辺りで、少女がやや退屈気味に訊ねてきた。見ている方は確かに退屈だろう。やっている方はそれどころじゃないのだけれど。

「とりあえず、端っこまでこの状態で行ってみようと思う!」

 戦わずとも戦っているときのようなプレイングは必要だ。素早く動き、同行者の動きを予測し、さらに大蛇の動きを見切る。

 でも、やってみたら妙に楽しかった。そもそも移動するだけで楽しいゲームなのだから楽しさが約束されているのも当然かもしれない。完全にアクションゲームのそれだけれど。

 さて、ここで残念なお知らせだ。

 端っこまで来たけれどイベントも起こらなければフィールドも切り替わらない。

 道は確かに存在するのに、見えない何かに阻まれてハヤロクもネズミも先へと進めないのだ。ふふ、どうやら、私の検討は見事に外れたらしい。

「ま、まずいよ! 大蛇が来ちゃうよ!」

 少女の言うとおり、後ろには大蛇が迫っている。

 まーでも、考えてみればここで死んだとしてもこのステージからの再開は約束されているわけだ。運が悪くてもネズミと合流する前の暗闇から、運が良ければこの大蛇に出会う直前に飛ばされるだけだろう。おそらく前者だけれど、だとしてもあまり痛くはない。

 さあ、殺せ。大蛇よ。このちっぽけな二つの命を食らい尽くすがいい。

 ってあれ? なんでいつまで立ってもこっちに来ないんだろう。

「なんか、引っかかってる? 大蛇来ないね」

 少女も気づいている。ハヤロクの視点に切り替えてみれば、恐ろしい形相でこちらに迫ろうとしている大蛇が真正面に見えるのだが、あちらはあちらで見えない何かに阻まれていてこっちまで近づけないままだ。

「もしかして、バグった? 大丈夫かな?」

 最悪のパターンはバグ。攻撃しても決着もつかずに永遠にクリアできないとなったら最悪だ。しかもこれは体験版であって製品版じゃない。どこぞの会社が作ったかもわからないソフト。ありえなくないぞ。

「あ、ロードしてる」

 と、絶望しかける私の肩を、少女が軽く叩いた。

 あれ、本当だ。一体なんだろう。疑問と共に画面は切り替わる。


◆ステージ2「林」◆


 何に恐れているというのだろう。

 大蛇はこちらに来ようとしない。

 まるで、オレたちの後ろに何か強いものの存在でも見えているかのよう。

 ならば、その強いものとは何なのか。

 オレも勇者も振り返る。そして、確信した。

 目的地はこのすぐ傍なのだと。



「時間制的な?」

「んー、わたしも前やった時、結構長時間戦っていたんだけれどなあ」


 やった。先に進めるようになった。

 とはいえ、どうして進めるようになったのかはちっとも分からねえ。時間制かと思ったのだけれど、それなら少女がやった時もイベントが始まらないと意味がない。

 ――あ、そうか。

 蛇が怯えてこっちに来られないって言ってなかったっけ。つまり、「蛇が怯えてこちらに来られない光景を見る」ことがクリア条件だったとか……なのかなあ。

 ともあれ、RPG要素が皆無だったこのイベントも無事終わりそうだ。

 新たに生まれた出口を進み、新しいフィールドへと入り込む。さて、次はどんな試練が……ってあれ? 入ってすぐに見えたのは一本道と、どう見ても魔女クラスの重要人物が住んでいそうなお屋敷だった。

 もしかして、これはゴールだろうか。ステージ2クリアなのだろうか。

 よく分からないまま、お屋敷に近づくとハヤロクとネズミが仲良く扉を開けて中へと入っていった。


◆ステージ2「林」◆


 沈黙に包まれた人間の屋敷。

 恐ろしいほど多くの無駄なものに囲まれたその石の建物は、オレが生まれた木造の小屋なんかとは比べられないほど厳重に外と中を遮断していた。

 中に広がるのは何処までも禍々しい雰囲気。

 そして、その奥で女王のようにオレ達を待っていたのは、冷たい赤の目を持った人間の女だった。


「ふん、ヒヨコにネズミか。つまらない生き物どもがこの私に何の用だ?」


 その眼と同じくらい冷たい声で彼女はオレ達を見おろしてくる。

 あの大蛇のようだ。だが、怯えている場合ではない。オレにはオレの、ネズミにはネズミの希望がこの赤目の女に対してあるのだから。

 オレが切り出すべき言葉に悩んでいる隙に、ネズミの勇者がひざまずいて切り出した。


「あなた様がこの森に住まう名高い魔術師ですね?」


 まどろっこしいほどに敬礼してから、彼は言った。


「あなた様にお願いがあって参りました。私は此処より遥か遠くの地にて生まれた勇者です。この世界に悪をもたらす魔王を倒すべく旅をしています。噂によれば、あなた様は魔王の弱点を知っているとのこと。ぜひとも私めにその弱点を教えてはくれませんか?」


 切実に求めるネズミの勇者に対して、魔女は少しも表情を変えずに視線を向けている。

 言葉が通じているかも分からなくなるほど、彼女の情動が分からない。だが、しばらくネズミの勇者の姿を見つめたあとで、その赤い視線が突如オレの方へと向いた。


「貴様もこいつと同じ願いか?」


 問われて、オレもまた初めて口を開いた。


「いや、違う。オレはオレの願いがあってきた」


 そう、そのためにあのくそでかい農場を抜け出し、無謀にも森へと入ってきたのだ。

 すべてはこの時のために。力ある魔女に願いを託すために。


「魔女よ、どうかオレに――」

「待て」


 思いのこもった願いが、魔女の冷たい一言で止められる。

 なんだ。せっかく口上を考えてきたというのに。


「勇者にヒヨコよ。どんな願いがあろうと、ただで叶えてやるわけにはならない。話を聞くのは後だ。もしも貴様らが私の力を欲しいというのなら、対価を払え」

「対価?」


 ネズミが訊ね返すと、魔女は頷いて片手をすっとあげた。


「貴様らに力を授ける。その力を使って、この森を荒らす大蛇を殺して来い。それが可能ならば、改めて願いを聞いてやらんでもない」


 にやにやしながら魔女は言い、オレたちに指を向けた。

 あの表情で分かった。まるで達成できるなんて思っていない。新しい力だけを持ち逃げして生きるために諦めようが、戦って死のうが、彼女が罪悪感を覚えることもないのだろう。そんな笑みだった。


 ――だが、こんなことで諦めてたまるか。

 何しろ、新しい力を授けてくれたのだ。それを使えば大蛇にだってかなうはず。そうだろう?

 ネズミの勇者なんていてもいなくてもいい。たとえオレ一人になろうとも、あの忌々しい大蛇の命を狩りとってやれる自信はあった。


 そう、新しい闘いの予感に、オレの嘴と爪はうずうずしていたのだ。


《ハヤロクは新しいアクション「ジャンプ突き」を覚えた!》



「イベントシーンなっが!」

「わあーい、魔女の姿初めて見たー! 可愛いなあ、可愛いなあ」


 青ボタンでジャンプし、直後にすぐさま緑ボタンを連続二回。

 これで「ジャンプ突き」とやらは出来る。

 試しにやってみれば、ピヨーっと勇ましく鳴きながらハヤロクが嘴を前に突き出した。その姿はまるでハヤブサか何かのようだ。言い過ぎか。

 ところでこの技、「蹴り」とどう違うのだろうかと思われるかもしれない。嘴と爪という違いというだけでは、具体的に効果がどう違うのか確かにわかりづらい。

 というわけで、ここで役に立つのがアクション説明だ。


【ジャンプ突き】コマンド:青+緑+緑 威力:40 特殊:目つぶし(相手の目をつぶす。イベント時:100%、通常時:50%)

 飛び上がって落ちる勢いをつけることで嘴は凶器となる。目なんかを狙われた日にはとんでもないことになってしまうだろう。ただし、勢いがつきすぎるので誤爆に注意されたし。


 通常時でも50%で目つぶししてくるヒヨコ恐ろしすぎる。

 しかし、目つぶしか。つまり、これであの大蛇の目を奪ってから戦うというわけだろう。こいつはなかなか血なまぐさい展開になりそうだぜ。

 ハヤロクは早くも野獣の血が騒いでいるみたいだけれど、少し落ち着こうか。この様子だと直接対決には変わりない。きっとこのゲームの事だから、目つぶししたって即ゲームレベルが下がるというわけでもないのだろう。

 ――レベル上げを大してしてこなかったことが、もしかしてもしかするとやばいくらいに来ているんじゃないだろうか。

 というのも、魔女の屋敷はもちろん、魔女の屋敷の前の小道すらも、ミミズ一匹出てこないのだ。それ以上進めばあの大蛇がいたフィールドになってしまう。

 これはもしかして、詰んでしまっているのではなかろうか。

「とりあえず、この状態で蛇に挑んでみたら?」

 少女が欠伸混じりに訊ねてくる。

 本当、自分のゲームのはずなのに呑気なものだねえ君は。まあしかし、このゲームに人生がかかっているのは私の方であって少女はそういうわけでもないのだから当然かもしれない。

 ともあれ、少女に言われた通り、私はハヤロクを大蛇のいたあのフィールドへと移動させてみた。

 新しい技「ジャンプ突き」とやらを信じて。

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