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7.魔女の家を目指しましょう。

◆ステージ2「林」◆


 この目が忌々しい。

 闇夜に輝く猛獣の目がオレは欲しかった。

 周囲が微かにしか見えないこの状況の中で、少しでも見える白い勇者ネズミの後を追うしかないなんて。そして、周囲を蠢く謎の存在にここまで怯えなくてはならないなんて。

 正直、納得がいかなかった。


 この目が忌々しい。

 この目さえよくなれば。


 そんなことばかり考えながら、オレは歩み続けた。



「ていうか、いつまで暗いのこれ。まさか……このステージずっとこんな感じ?」

「関係ないけど、ネズミのキャラってどうして人気者ばかりなんだろう? 不思議だよね」


 リスタートが牧場からじゃなくて本当によかった。

 そう思いながら、私は勇者ネズミと合流するべくハヤロクを動かしていた。

 一度、攻略法が分かってしまえば簡単なものだ――と言いたいところだけれど、残念ながらそんなゲームばかりではない。たとえば、このゲームでいうならば、勇者様と合流するまでにこの真っ暗なフィールドの何処かにいる即死級の敵がどんな動きでぶつかってくるかも分からないのだ。

 私にできるのは、ちいちいという勇者の声に紛れて聞こえる何かが這うようなおっかない音の方向と動きに気を付けてハヤロクを動かすこと。

 そうしなければならないと、猫耳少女が言うのだ。

「実はね、ここで死んだこともあるの。余裕余裕とか思って勇者様と合流しようとしたら、いきなりパクってやられちゃって」

 てへへ、と笑いながらいう少女。

 いったい、何人のハヤロクをあの世に送ってしまったのだろう。もしかしたら、その時はハヤロクではなくてヤキトリだったかもしれないけれど、それはともかく、この少女のめげない心には感服した。さすがはこの場所で途方もない長さを過ごしてきただけあるのかもしれない。

「だから、気を付けた方がいいよ。まあ、お姉さんだったら余裕だよね」

 ちょっとちょっとそこで変なプレッシャーを与えてくるのは一体何なのかな。

 地味に精神攻撃をされながら、私は慎重にハヤロクを動かしていった。

 確かに、暗闇の中に居る何かは一か所に留まっているわけではないようだ。物音から察するに、ハヤロクのことが見えているみたいだ。近寄ってきているような時もあるので、その時は、音を頼りに逃げるしかない。何もかも音が頼りな場面ってことだ。

 もしもこれ正規のソフトとして売られていたりでもしたら、此処で諦める人もいるかもしれない。

 捕まったら即死。視界は暗くてハヤロクの姿を見るのがやっと。音だけを頼りにネズミの位置を把握しつつ逃げろだなんて。

 しかもこれ、まだステージ2なのだ。それも、始まってすぐ。

 まったく、どんな人たちが難易度を設定したのだろう。

 けれどまあ、慣れてしまえばどうにかなるもので、遊んでいるうちに、この状況すらも愉しく思えてきてしまうものがあった。別にマゾというわけではなくてですね。

 そういうわけで、勇者様とはあっさり合流し、まだ見ぬその先を目指す段階へと入ることが叶った。

「ふいい、やっとか」

「油断しちゃ駄目だよ! ほら、来てる来てる!」

「え、マジで!?」

 急いで勇者様の傍へとぶつかるように寄ると、確かに変な物音がすぐ後ろまで迫っていたことに気付けた。危ない危ない。

 っていうかもうこれジャンル詐欺だよ。ジャンルアクションでいいよ。此処まで来たらアクションがおまけじゃないよ、RPGがおまけだよ。となると「ヒヨコRPG」ってタイトルも変えなきゃだな。「ヒヨコアクションスター」ってタイトルとかどうだろう。

 え、センスない?

 それにしても、ネズミの勇者様も問題なもので、ハヤロクの傍に敵が近づいて来ると怯えてなのか足が速くなってしまう。ハヤロクを急がせてやっと追いつけるくらいで、もしもちょっとでも油断していればすぐにまたゲームオーバーとなってしまいかねない。

 なんでこんなに細かいところまで鬼畜なのだろう。これを作った人は、人を地味に苦しめることにかけてある種の天性の才能があるかもしれない。ものすごく困らせるのではなく、《地味に》困らせるという点が重要なのだけれど。

「っていうか、いつまで続くんだこの追いかけっこ。ハヤロクの目はいつまでこんななの!?」

「もうちょっと我慢してちょ! あと少しでイベントのはずだよ!」

 そう言いながら猫耳少女はいつの間にか存在していたポテチとコーラを愉しみながら、テレビの灯りで四コマを読んでいる。

 こらいけません。目が悪くなるでしょう。ごろごろしながらそんなの食べてばっかりいると、太っちゃうよ。

 っていうか、その四コマ、さっきはまだ一巻だったよね? もう十二巻も読んでいるの?

 いつのまにそんなに読んでいるんだこの子。

「あ、そうだ。ポテチ食べる?」

「え、いや、コントローラ汚れちゃうし……」

 って、それは何処のポテチなんだ。聞いたこともないメーカーだけれど、日本語でしっかり書いている。でも、製造元が天国とか地獄とか書いてあってものすごく怖い。

 え? 天国?

「……ね、ねえ、今、私たちがいるこの場所ってさ――」

「ああああ、お姉さん、画面見て画面! 危ない危ない!」

 少女に叫ばれて、慌ててコントローラを握りしめた。

 確かに危ないところだった。ちょっとだけ勇者様に置いてかれた隙に、闇夜に潜む何者かに忍びよられていたのだ。

 いや、ハヤロクはいいんだ。どうせ回避できたし。

 ゲームよりも今は、ふと気になったことがあるんだけれど――。

「あ、ほらほら、イベントだよ!」

 少女に無邪気に促され、ロード画面を見つめる私。

 気になることが山ほど浮かんだのだが、聞けずとも分かる。ここはどうせ夢の中なのだろう。だったら、ここでいくら説明を受けたところで、それが真実とも限らない。

 ただ、郷に入っては郷に従えという言葉があるように、何もかも拒絶する事はなく、とりあえず少女の言葉を信じて、願いを叶えてやっているだけのことだ。

 此処が何処で、少女が正確には何者なのか、それがはっきりしなくたって、私がやることはただ一つ。

 ハヤロクを魔女の元に導いてやる事だけだ。


◆ステージ2「林」◆


 同じ鳥でも闇夜で目が効く奴らが羨ましい。

 きっと不死鳥なんてものも、暗闇で目が見えなくて困るなんて経験はないのだろう。

 忌々しい事実だが、オレはまだ鶏。

 それも、雛なのだ。

 目が見えぬ中で、ちっぽけでひょろひょろとした白ネズミの後をどうにか追いかけながら、そんな屈辱的な現実を思い知らされること暫く。

 急にオレは光を感じた。


 分不相応にも勇者を騙るネズミは言う。

 此処は陽だまりの場所。

 明るくて美しいがそれは見た目だけの話。

 此処では恐ろしい強者が弱き存在の行く手を阻む。この世の弱者の命を容赦なく刈り取って糧とする恐ろしい存在。

 ヒヨコのオレも、ネズミの彼も、きっと奴から見ればそんな弱者に過ぎないだろう。

 だが、オレは怯えたりしない。だってオレは不死鳥になるのだから。



「で、何なんだその強者ってやつは――」

「ぬああ、ポテチなくなっちゃったぁ。次に貰えるの来月なのにぃー」


 暗闇から解放されたのはいい。

 光射すフィールドはやはりとても美しいし、明るい場所で見るネズミの勇者様も思っていた以上に愛らしい姿をしていた。

 なるほど。縫い針が剣なのね。ネズミらしいと思います。

 大きさはハヤロクと同じくらい。ハヤロクが動けば、すぐに近くに寄ってくるのが非常に可愛らしい。

 それにしても、最近のゲームならともかく、このハードのゲームでこのようにNPUとここまで自然に行動できるってすごいような気がするのだけれど、実際どうなのだろう。やっぱり夢の中だからなのだろうか。

 と、そんなことを言っているうちに、ハヤロクとネズミの勇者様の行く手を阻むようにボコボコと敵が現れた。ミミズ……だけじゃない。よく見たら違うものが混じっている。あれは……ネズミだ。

「え? ネズミ?」


 ちゅう。

 お前か、魔王様に逆らおうっていう不届きネズミは。

 ちゅう。

 真っ白のもやしっ子め、俺たち選ばれしねずみ色の戦士が叩きのめしてやるぜ。

 ちゅう。

 覚悟しな!


「えー、なにこのネズミたち、ちゅうちゅうって可愛いし緊張感なさすぎぃっ!」

「しかもね、こいつらに『突く』の技を使ってみると――」

 え? 嘘だよね? さすがに冗談だよね?

 私の隣でむふふと意味深な笑みを浮かべる少女。彼女の隣で恐る恐るハヤロクを戦わせてみる。ミミズを相手に「突く」をしてみれば、まあ、当然のようにぱくっと食べて経験値を得た。若干増えたといっても、+2じゃ雀の涙だ。残り幾つなのかを考えれば、考えただけでコントローラを投げたくなる。いやでも、投げちゃだめだ。私の日常を取り戻すにはどうにかハヤロクを進めるところまで進ませなければならないのだから。

 なんて言っている間に、ねずみ色の戦士たちがハヤロクに迫ってきた。

「わっとっと!」

 慌ててハヤロクを離れさせると、ねずみ色の戦士たちは揃いも揃って真っ直ぐハヤロクの方へとにじり寄ってきた。

 ていうか、え、ちょ、ちょっと待って!

「なんでこいつらハヤロクに来るの!? 勇者様を叩きのめすんじゃないの!?」

「そりゃー、ほら、ハヤロクが主人公だから?」

 そんな。主人公補正ネガティブ方面。でも、よく思い返してみれば、ゲームの主人公あるあるなのかもしれない。もしくは、NPUである勇者様を無理に戦わせることはさすがに――ってあああ、まずいまずい、戦わなくては!

「ねえねえ、やってみて! 『突く』やってみてよ!」

「分かった、分かったから!」

 おらおらおら、突く突く突く!

 全部で三匹いた。役に立たなかった白い勇者様と同じような容姿だ。若干顔がいかつくなっているだけで、モデルは一緒かもしれない。針のような武器でこちらを攻撃してこようとしていた。ちなみに、ハヤロクよりも随分と素早い。

 しかし、こちらは雄鶏を倒してきた新星なのだ。負けるわけがない。

 突く一発、二発と当てると、ダウンする。さすがにミミズが相手の時のように一発では倒せないようだ。そこへさらに追い打ちをかけるように突くを入れたところ、急に動作がスローになり劇画っぽいエフェクトがかかった。


 スペシャル:捕食!


 わが目を疑った。

 だが、そんな私を置いてきぼりに、ハヤロクの嘴は哀れなネズミの命を貫いていた。ちいと断末魔を上げて倒れ伏すネズミを見下しながら、ハヤロクはハート型の謎の物質をごくんと飲み込んでしまった。

 表現がちょっとでも間違えば途端にレーティングがあがるだろう。っていうかもうあげてもいいかも。BかCでいこう。

 それにしても、食べてしまった。ネズミから奪い取ったハートを食べてしまった。

 ……なるほど。ステータス画面にあった技の説明。あれは嘘じゃなかったらしい。

「ね、ね、すごいでしょう! このヒヨコ肉食なんだね!」

 きゃっきゃっと喜ぶ少女。彼女は何歳だろう。うん、幼くは見えるけれど、中学三年生くらいだということにしておく。十五歳ならCでも引っかからない。

 そんな疑問のような不安のようなものも、ハヤロクの上に表示された+50という表示ですぐに引っ込んだ。久々に見た気がするぞ、この表示。っていうか、50も貰えるのか。これはいい。よし、残り二匹もハヤロクに食わせなければ。

 こうして手早く食い殺したネズミ三匹で合わせて150経験値だ。さて、レベルアップはしたけれど、ステータスの上昇は相変わらず微妙なものだ。

「さて、問題はここからなんだよね……」

 敵を殲滅した逞しいヒヨコの背中を見ながら、少女が不安な表情を見せる。そうだ。何度やっても勝てないと言っていたっけね。此処から先、ネズミの勇者と二人で、その何かに立ち向かわなければならないというわけか。

 だが、負けるものか。来るなら来い。ハヤロクの力を見せてやるぜ。


◆ステージ2「林」◆


 なんだろうこの地鳴りは。

 奇妙な雰囲気と気配に包まれながら、オレはじっと行く手を睨みつけた。


 現れたそれは、オレと勇者(ネズミ)にとって、あまりにも大きな敵。

 傍から見れば喰い物でしかないということだろか。

 現れた「そいつ」は、確かにオレたちのことを見下していた。


 大蛇。

 そんな言葉で表わされるその化け物は、赤い舌をちろちろと言わせながらオレたちの前に立ちはだかった。



 ――ちょ。雄鶏から大蛇ってハードルあがりすぎじゃない?


 イベントシーンが終わると同時に、私はハヤロクを大蛇から遠ざけた。

 まずは距離を取りながら様子見だ。幸いにも大蛇はそんなに積極的には来ないらしい。

「ここからなんだよ……」

 気付けば猫耳少女は漫画を読むのもやめて、じっとテレビを見つめていた。

「ここからが分からないんだよ……」

 どうして勝てないんだろう。

 たしかそう言っていたっけ。

 ってことは、この大蛇がラスボスなのだろうか。この大蛇さえ倒してしまえば、私はこの少女と不気味空間ともどもおさらばし、元の世界に戻れるということなのだろうか。

 だったら、やるしかない。

 さあ、ハヤロク! お見せ、お前のクチバシを!

 フラグ臭いことを想いながらコントローラを握る私を、少女は不安そうに見つめてくる。

「一つだけ分かってはいるんだ」

 彼女の言葉をバックに、私はハヤロクを操作した。

 とにかく、今は勇者様は脇に居てもらって、少しずつ体力を削るところから始めよう。援助攻撃なんて期待するのが間違っている。ハヤロク一人で倒す事だけを考えよう。

 そう思ったのだが――。

「え、ちょ、ちょっと――!?」

 ハヤロクを操作して近づくと、大蛇が急に激しく動きだした。その大きな口が向かうのはハヤロクの頭上――ではなくて、その少し離れた所で剣を構えていた勇者様の方。

 大蛇の攻撃の音とネズミの力無い悲鳴が重なると同時に、ハヤロクの視界は曇り赤く染まっていく。

 そう、そうなのだ。そういうことなのだ。

「勇者様が死んでも、ゲームオーバーなんだ」

 私の失敗をあげるとしたら、少女の助言を聞き終わる前に動いたことだろう。そう思う事にして、私はそっとコントローラを床に置いた。

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