6.新しいステージを進みましょう。
◆ステージ1「牧場」◆
――いい気味だな、雄鶏よ。
オレは無様に気絶するチキンを眺めながら唾を吐いた。
立派なトサカに時をつくる力、そしてその強靭そうな鍵爪と太い脚は飾り物だったらしい。
鶏の王を名乗るくせに人間相手にぺこぺこ頭を下げていたつけがここに回ってきたようだ。ヒヨコごときに負ける貴様なんぞ、クリスマスの食卓の端っこで寂しく並んでいる方がお似合いだ。
しかし、オレは違う。オレはこの牧場を出ていく。
食べられるまで待つなんて御免だ。
オレは必ず不死鳥になる。不死鳥になって、この腐った弱肉強食世界の頂点を目指してやる。
世の中はオレをあざ笑うだろうか。
ヒヨコが何をほざいているのかと馬鹿にするだろうか。
それでもオレは信じている。
己の何倍もの大きさの雄鶏を倒せた自分の能力を信じている。
さらばだ、我が故郷。
短い間だったが、ここで過ごした日々は忘れない。
さらばだ、我が兄弟。
せいぜい人間の王相手にぺこぺこしながら過ごすといい。
そしてさらばだ、我がお袋。
オレの卵を産み、温めた、その愛情は忘れない。
《新しいステージ「林」が解放されました。》
※
「ここからが問題なんだよねえ」
「いや、ここまでも問題だらけだったけれどそれは!?」
大きな一歩だった。現実世界への大きな一歩。
なんだかよく分からないけれど、今まで生きてきた中で三番目くらいに大きな達成感を得られた気がする。そのくらい、この「ヒヨコRPG」とかいうゲームは厄介だった。
いや、まだ、クリアしてないんだけれどね。
ここからが問題、と少女はさっきから何度も言うのだ。
話によれば、少女は何度かしくじりながらも雄鶏を倒すことはできているらしい。だが、この次となる林のステージにおいて、無垢な少女を残酷なほどに叩きのめす罠が仕掛けられているとか。
「で、どんな罠なの?」
「んー、なんつうか、視界が悪いし、それにすっごく強い敵がいるの。どうしても倒せなくてさ……」
視界が悪い。すっごく強い敵。
視界が悪いのは昔のハードだから仕方ないだろう。昔遊んでいたゲームだってそういうものだった。それに、強い敵。ああ、不思議ではない。強い敵なんてうろうろしてそうだ。
むしろ、その辺の雑魚がありえないパワーでハヤロクを粉々にしてきたとしても、私は驚かない。このゲームの製作チームがそのくらいの罠を仕掛けていたとしても不思議ではないだろう。なんていったって、「泣く女」リスペクトの地図に、最初のボスの即死コンボだもんな。
それでも、少女は私に期待を寄せていた。
「それにしても、低レベルで雄鶏を撃破するってすごいや! お姉さんならきっとあの強敵も倒せるかも!? もうほとんど諦めていたからこの先が見れるのは嬉しいなあ」
待て待て。早まるな、少女よ。私のレベルを過信してはならない。私はどのゲームにおいてもエンジョイ勢であって、ガチ勢では決してないのだ。
しかし、どうしたことだろう。少女があまりにも楽しみにしている無邪気な様子を見せてくるものだから、私は何も言えないままコントローラを握るしかなかった。だって普通に可愛いんだもん。仕方ないじゃない。がっかりさせたくないじゃない。
そういうわけで、私は少女に期待をさせたままステージ選択をし、画面が切り替わるのを待った。
◆ステージ2「林」◆
林の中は何処か薄暗い。
生まれてこの方、卵より孵った小屋の中か牧場の開けた大地しか見てこなかったオレにとって、この薄暗さは異様に感じた。
しかしここは林。もっと進めば更に閉ざされた森へと続くという。ならば、ここだって踏み台の一つに過ぎない場所だろう。
何故ならオレは不死鳥にしてくれるかもしれない魔女に認められなければならないのだ。
薄暗さ等にびびっているようでは魔女にも呆れられてしまうだろう。
さて、その魔女だが、この林の何処かにいるはずなのだが……。
暗くてよく見えない。
困ったものだ。空を見上げれば遥か上空に青空が見えるのは分かるのだが、足元、そして一歩二歩先となると、何があるのか全く見えないのだ。
そういえば年長の鶏が言っていた気がする。オレたち鶏は梟やら夜鷹などとは違って夜闇には弱い。だから、暗くなる前に小屋に戻るようにとのことだった。
なるほど、こういうことか。
だが、それが何だと言うのだろう。
何度も言うが、オレは不死鳥になって鳥界の頂点に昇りつめるのだ。そして行く行くは人間共を見下ろし、激しい業火でその横暴を牽制してやるのだ。
暗闇がなんだ。
オレには武器がある。そう、生まれついた王者の勘というものが――。
《出口まで辿り着きましょう》
※
「ぬああああー何も見えない!! 私には無いよ!? 王者の勘、無いみたいだよ!?」
「しかもね、ここ、即死級の敵がいるんだよ」
わあい、真っ暗だ。
まだ、ロード中で画面が切り替わっていないのかと思ったけれど、フィールド以外の表示はされているし、その他のメニューは見られる。ということは、もう始まっているのだ。
嘘だろうこれえ。まさに闇。しかも、マップもなくてノーヒントだし、ハヤロクの姿が辛うじて見える程度だ。
そこへ、少女からの通達。
――ここには即死級の敵がいるんだよ。
さすがに鬼畜過ぎやしないだろうか。製品化ちゃんとされるのかな。もしもクリアの際にご意見ボックスが設けられるのなら、絶対に言ってやろう。もう少しだけレベルを落とした方がいいって。
よし、いつまでもぐだぐだ言ってはいられない。
恐る恐る私はアナログスティックを倒してハヤロクを歩かせてみた。慎重に倒したために忍び足だ。そういえばチュートリアルもなにもなかったけれど、こういう場所って忍び足で行けばいいじゃないだろうか。問題があるとすれば、何処に行けばいいのかよく分からないことくらいだけれど。
「あ、そうだった! すごく見落としがちなんだけれど」
「ん? なになに?」
「この辺りで音に注意してみて。ここで這うようなぞわぞわってした音に紛れて、ネズミのような声が聞こえることがあるんだ」
「なにそれちょっと怖い」
ハヤロクを立ち止まらせると、少女がテレビの音量を少し上げてくれた。
改めて聞くと物音が酷い。BGMはなくて、環境音だけだ。放置しているとハヤロクがきょろきょろ動くのは可愛いのだけれど、その可愛さを完全に闇が消してしまっている。そして、環境音。虫の声や鳥の声のようなBGM代わりのような物音に混じって、確かに時々何かが這うような音が聞こえてくる。どう考えてもあまり近づいていいような音だが。
「――ん?」
ハヤロクを立ち止まらせてしばらく。なんだか段々と環境音が大きくなってきた気がする。少女がテレビの音量をあげているわけではない。勝手に音が大きくなってきているのだ。何かが這うような音も大きくなってきているが、別に近づいているという様子でもない。
「すごいでしょ。ビビっちゃうよね。じっとしていたら音が大きくなってくるみたいなの」
「へえ、すごいね。っていうか、気付かないね。ちょっとは説明して欲しいかも」
心からのお願いだ。このハードのゲーム、色々遊んだけれど、ここまで不親切なゲームはなかったように思う。それこそ、もっと前のハードのゲーム並みじゃないの。
でもまあ、少女が居てくれたお陰で無駄に迷わずに済んだ。そこは感謝しよう。って、あれ? 何かとても腑に落ちないことを自分で思った気がするけれど、――まあいいか。
「ほらほら、聞こえてきた」
「ん?」
ちいちいちいちい。
あ、確かに。ちいちい言ってる。
這いまわるような音とは別の方向のようだ。これは多分、ヘッドホンとかしていた方がやりやすいのだけれど、このままでもどうにかなる。
ちいちい言っている場所は、スタート地点の真横あたり。
這いまわる音に近づかずに行けそうだけれど、何があるか分からないので私はハヤロクに忍び足させながら、ちいちい言っている場所に近づくことにした。
っていうかこれ、ノーヒントだったら絶対に気付かないよ。気付かない自信があるよ。むしろこの少女、どうして気付いたんだよう。
「ふふん、ここ来た時も何度か死んじゃってさ。試しに別の場所に行こうかなって立ち止まって考えていたら気付いたんだよね」
「へえ、よくめげなかったね」
「うん。めげそうだったんだけど、気付けた時に解消されちゃったの」
ああ、謎解きゲームしているって感じだ。
たしかに、プライベートで謎解きゲームなんぞしているのだったら、ノーヒントで突き進むのもさぞ楽しいだろう。攻略サイトも攻略本も参考動画も見ないでクリアした時の達成感や嬉しさはそれだけ格別なのだから。
でも、今はプライベートじゃない。遊びじゃないんだよ、これは。少女に元の場所に戻して貰うには大真面目にクリアを目指さなくてはいけないんだ。
「あ、ほら、イベントだよ」
少女に言われて気付くと、すでにロードは始まっていた。
◆ステージ2「林」◆
あ、あれ、ヒヨコ? どうしてヒヨコがこんな所に?
どうでもいいや。君、まさか僕を食べに来たんじゃないよね?
え? 魔女のところに行くの?
僕と一緒だね。僕もそうなんだ。
僕は勇者。故郷を離れて、魔王を倒しに行くところなんだ。
その前に、魔王の事をよく知っているという魔女の元を訪ねて、色々と教えてもらおうと思っていたのだけれど、暗闇にいるアイツに襲われてね。
君も魔女のところに行くんだったら、僕と一緒に行かない?
→はい
いいえ
よかった。
ちょっとだけ安心したよ。
《勇者が仲間になりました》
※
「なんだか頼りなさそうな勇者だなあ」
「実際、戦力にはならないよ。でも、ここを抜けるには勇者様が必要なんだ」
さて、見えない。
せっかくの仲間だというのに、ほとんど見えない。
そう言えば、ハヤロクの近くに白っぽいものがいるみたいだ。二足歩行のようだけれど、ちいちい聞こえるので多分、ネズミなのだろう。
ハヤロクが歩こうとすると、率先して前へと行く。白っぽいデザインなのは、せめて少しでも見えやすいようにだろう。でも、素早い。ハヤロクが少しでも早く歩くと、あっちもいきなり四足歩行で走り出すので見失いそうで怖かった。
「もしかしなくても、あれを追いかければいいの?」
訊ねてみれば、猫耳少女は相変わらずテレビの灯りで漫画を読んでいた。いや、電気をつけようか。目を悪くしてしまうじゃないか。そう提案する前に、猫耳少女は顔を上げて微笑んだ。
「そうそう。でも気をつけてね。ちょっとでも遅れたり、道を逸れたりすると、たちまちのうちに――」
「ぎゃあ!」
タイミングよくその時は訪れてしまった。
間接的に口で説明されるよりもこの目で見る方が早い。
白っぽいネズミらしきものから遅れてしまったハヤロクを真横から真っ黒な何者かがぬっと襲いかかってきたのだ。避ける事は可能か不可能かと問われれば可能だろう。しかし、可能だからなんだ。完全なる初見殺しじゃないか。
向こう側では白っぽい何かが振り返り、ちいちいなにやら騒ぎ立てている。そして聞こえてくるのはハヤロクの悲痛な悲鳴。ぴよぴよ言いながら闇に包まれていった。
ゲームオーバー。
タイトル画面に戻る。
「あーあ、死んじゃった。でも大丈夫。途中から出来るから」
「よ、よかった……」
これでもしボーダーコリーおばさんの所から出直してこいとか言われたら、もう現実世界に戻るのはやめて此処でのんびり暮らそうかなとか想い始めていた。
いやいや、諦めるのはまだ早いようだ。
週末には楽しみにしていたゲームソフトが届くし、長期休みの間には、数少ない友達と某ゲームのモンスターを受け取りに映画見に行こうぜとか言っているのだ。映画はもう前売りだって買ってる。前売りプレゼントは受け取ったけれど、せっかく買ったのだしちびっこに混じってでも映画は見なければ。
それにしても、この「ヒヨコRPG」とかいうゲームなかなか出来がいいかもしれない。
特にあのネズミを追いかけるあたりだ。ハヤロクの動きを見てからきちんと案内しようとしていた。結構作りこまれているかもしれない。実際に現実世界であったらやりたいかもしれない。
「さ、めげずにもう一回しよう!」
元気よく少女に「つづきから」を選択され、私は気を取り直して画面に向き合った。……ん、少しだけ休んでからがよかったとか甘い事は言わないでおこう。