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5.雄鶏を倒しましょう。

◆ステージ1「牧場」◆


 雄鶏。確かに貴様はオレよりも数年という果てしない時間を生き抜いてきたのだろう。


 立派なトサカに時をつくる能力。どれもヒヨコに過ぎないオレにはないものだ。

 体格だって何倍も違う。卵から孵ってそう時も立たないオレにとって、貴様は怪物のように果てしなくでかいものだ。獰猛な目、太くて鋭い爪をもった脚、肉でも引き千切れるのではないかというほどのクチバシ。


 きっと、ただのヒヨコが大人の鶏――それも雄鶏に敵うなんてことはないだろう。

 それでも立ち向かうオレを見て、貴様は嘲笑うのだろうか。世間知らずのわっぱが何をほざいているのかと甲高い声で馬鹿にするのだろうか。


 だとしても、オレは信じている。

 恵まれた体格を持ちながら、人間に媚びることしか考えていない貴様なんぞ敵じゃない。

 貴様を倒してこそ、オレはただのヒヨコ――鶏として与えられたこの鳥生じんせいをうち破って見せる。そして、森の魔女の奇跡の力を仰ぐのだ。


 すべては不死鳥になるために。

 その力に相応しいヒヨコだと示すために。

 貴様には負けられない。



「ほらほらほらほら、戦闘始まっちゃうよ! しっかりコントローラ握って!」

「でええええ、どうしたらいいの? 何をしたらいいの? ぎょええええ!」


 パブロ・ピカソの「泣く女」リスペクトかなっていうほどの芸術的な地図を睨み続けながらようやく辿り着いたはステージボス。

 鶏の王である雄鶏。雄鶏の中の雄鶏。こいつを倒せば次のステージに行けるわけだ。体験版がどのくらいの長さなのかは分からないけれど、なんにせよ私のこれまでの日常生活を取り戻すには何が何でもこのくそ生意気なハヤロクの力で雄鶏めを蹴り殺さなければならないわけだ。

 やや口が悪くなったのは長時間ゲームをしているせいかもしれない。現実世界に戻れたとしても、しばらく「泣く女」は本当の意味でのトラウマになってしまいそう。願望としてはメッセージを送らずにこのまま少し休みたいのだけれど、隣でわくわくしている少女は許してくれなさそうだ。

 仕方ない。ここは根性だ。

 やんちゃな幼子時代の夏休み最後の日、一睡もせずに作文を全て想像で書いたあの日を思い出すんだ。ああ、思い出しただけで疲れてきた。

「ぼーっとしてたらやり直しだよ! 此処まで来るの大変だったでしょ!」

「え、もしかして、ここから再開じゃないの?」

「負けたらスタートのところ――つまり、ボーダーコリーおばさんのところまで戻されちゃうのです」

 なんだと――。

 考えただけで絶望してしまう。軽く眩暈もするし吐き気もしてきたのだけれど、これ以上動揺してはいけない。だってメッセージは送ってしまった。つまり、戦闘はもう始まっているのだ。

「だあああああ、ハヤロク、避けろ避けろ避けろ――っ!」

 すでに4もダメージを受けていた。貴重な11の体力が4も減ってしまっている。なんてこった。慌ててコントローラを握り直してアナログスティックをぐりぐり動かすと、すんでの所で追撃となる雄鶏の嘴攻撃をかわすことが出来た。

「良かった! それ多分、即死コンボだったから!」

 少女の後出しに冷や汗が滲む。

 いやいや、難易度設定おかしいでしょう。ゲーム黎明期かよ。そんな突っ込みはさておき、私はハヤロクを雄鶏から存分に離れさせた。まずは落ち着いて相手の動きを観察するのが大事だ。こういうゲームの場合、何かしら動きにパターンがあるはず。そこから見えてくる道筋を狙って動けば残り7の体力でも大丈夫なはずだ。

 ごり押しなんて考えない方がいいだろう。負けたとしても何度でも此処からやり直せるのなら、私だってそうするのだけれど。

 コントローラを握る手にも汗が滲む。このゲーム、全部やり終える頃にはボタンがおかしくなっているのではないだろうか。緊張感が増せば増すほど、この快適な操作環境にも関わらず、細やかな部分で不満が生まれてきた。たとえば、動きの速さ。スティックを強く倒せば走るのだけれど、もう少し早く走れないものだろうか。

「やっぱり速さは重要だね」

「んー、もう少しミミズ倒してから来た方がよかったかも?」

 今更過ぎる少女のアドバイスだが、よく考えれば自分でも分かることだろう。

 そもそも少女は言っていたじゃないか。ミミズ3000匹食べてから挑んだって。私のハヤロクはレベル2のままだ。ミミズ換算で1000匹すら越えていない。現世に戻れるか戻れないかという瀬戸際にも関わらず、初見、低レベルクリアプレイとかどんだけマゾなんだ私は。世の中舐め腐っているとしか思えない。

 これはもう潔く諦めて、再び「泣く女」観賞会といった方がいいのではないだろうか。このコントローラのLボタンもそろそろ壊れるかもしれないけれど、迷いながらミミズを食いまくってハヤロクをレベル10くらいにするほうが現実世界へ戻れる近道かもしれない。

 急がば回れってね。

「あ、危ない!」

 おっと、いけねえ。

 ハヤロク。即死コンボを食らいかける。

 あ、いや、食らってもいいんだ。いったん負けてから出直すのだったら、むしろこの即死コンボに飛び込んで死ぬのが一番いいかもしれない。

 そう思ったのだけれど。

「わあー! すごいすごい! そのレベルでそんなに動けるのすっごい!」

 隣で少女がはしゃぎ始めてしまった。

 コントローラを握る手に汗が滲み始める。あれ、これってもしかしてわざと死んじゃったりしたら凄く落胆されるという展開が見えてくるのではないでしょうか。このはしゃぎっぷりの直後、ハヤロク死亡からの沈黙からの純粋な声で「正直、幻滅したなあ」とかもしも言われた日には、私、もう現実世界に戻る前に心が死んでしまうかもしれない。

 よし。甘えてはいけない。

 お姉ちゃん頑張る。見ていろ少女よ。

「おらおらおらおらー!」

 レベルは2、すばやさは5のハヤロクを酷使して、ついでにコントローラを酷使して、私は雄鶏へ接近を試みる。十二分に観察してきたものだからすでに大体の行動パターンは把握してきている。コケと一回鳴いた時はただの突く攻撃。コココと鳴きながら地団太を踏んだ時は遠距離まで届くダッシュ蹴り。そして、コケーココココと言いながら羽をばたつかせた時は即死コンボの始まりだ。

 そのほか、防御面でも決まった動きがある。どう出るかは直感でとらえるしかない。こちらには防御姿勢ってものがないから、アナログスティックをぐりぐりやって避けるしかない。あと、気にしなければならないのがハヤロクの鈍さ。少女の言うとおり、レベルを存分にあげていればこんなことにはならなかったのだろうけれど、レベル2、すばやさ5というものは、考えている以上に遅いものだと思っていたほうがいい。

 それでも絶対に無理ということはない。

 たとえばコケーココココで始まる即死コンボ。1、2、3と空振りであっても、どうやら動きを止めることはできないらしい。1、2、3、と当たらないように避けながらその脇より蹴りをかませばどうにかなるんじゃないだろうか。

 よし、考えるよりも行動だ。

 残り7しか体力がないのが気になるけれど、やってみるしかない。

「来い、雄鶏!」

 意味がない事とは分かっていても、テレビ相手に煽ってしまう。その煽りが届いたのか、雄鶏はゆらりとこちらに向かってくる。移動は歩く、走る、跳躍の三種類。そのうちの跳躍にはどうやら着地の際に「踏みつけ」となって、あたり判定があるので注意されたし。

「ぐは」

 今まさに当たってしまったから分かったことなのだが。

「やばいよー! 4も食らっちゃったよー!」

「でえええ! なにこのダメージ判定!」

 そ、そうか。すばやさばかりに気を取られていたけれど、レベル2だから防御ももろいんだ。

 計算が狂ったあばばばばば。

 壊れかけの機械のようになってしまった画面の向こうの私を嘲笑うかのように、雄鶏はゆらりゆらりとハヤロクに迫りくる。突きでも、踏みつけでも、死んでしまうこの状況下で即死コンボなんてチャンスを与えてくれるだろうか。少なくとも、対人戦とかだったらなさそうだ。

「ひゃーやめてーハヤロクが死んじゃうよー!」

「こういう時はジャンプしながら逃げるといいんじゃないかな!?」

 少女の有難いアドバイスに乗っ取って無駄にジャンプボタンを押しながら移動する。そうだ。このジャンプで少しでも陽動出来たら、ってそれも対人戦でしか通用しないような。

 そう思ったのだけれど、なるほど。対人戦じゃないからこその陽動だったのかもしれない。ちょこまかと動くハヤロクを前に、雄鶏は突くも踏みつけも当たらないと判断したのか、即死コンボを多様するようになった。もちろん、一回でも当たればハメられてしまう。それでも、私はハヤロクを必死に操作し、即死コンボが出そうになったときに急いで近づかせた。もちろん、深追いはしない。ダメだと判断したら引き返す。これの繰り返しが数分続いたその時だった。

 コケーココココと即死コンボが出る。ハヤロクがかわす、雄鶏の攻撃が外れる。

「見えたっ!」

 1、2、3、ここだ!

 コマンドは忘れていない。青でジャンプして直後に▲と緑!

 ――ハヤロクの蹴り・炸裂!

 爽快なくらいの手ごたえ。自分より何倍も大きい雄鶏の体がハヤロクの小さな体によって蹴り飛ばされた……のだが。


◆ステージ1「牧場」◆


 ぐぬぬぬ、生意気なわっぱめ!

 雛だと思って手を抜いてやったら調子に乗りおって――!

 見ていろ、これがワシの本当の力じゃあ!


《雄鶏が本気モードになりました》



「あれ、どうして? どうして戦闘終わってないの!? 本気モードって何!? 何なの!?」

「まだだよ! まだ雄鶏の体力が減り切ってないから!」

「え、どういうことなの? 即死じゃないの? 即死100%じゃないの!?」


 涙目になる私をあざ笑うかのように戦闘は終わらない。

 やばい。まずはハヤロクを逃がさなくては。

 残り体力3のハヤロクを必死に動かして、私は再び雄鶏を遠巻きに眺めた。速い。速すぎる。雄鶏の素早さが10くらいは上昇しているんじゃないでしょうかこれ。これ以上はさすがにレベル2のハヤロクにはきついのではないか。何よりも残り体力が3ってのがきつい。っていうかこのボス戦、体力回復アイテムとか落ちてないの?

 どうするべきか。諦めるべきか。

 ――いや、やってみなければ分からない。

 そういう泣き言はKOされてからにしよう。

「行け行け行けい、ハヤロク!」

 エンジンをかけるように私は再びハヤロクを接近させた。

 相手のスピードが上がっただけで動きは変わらない。気を付けるべきこともさっきと同じ。そう、全く同じだ。それならば、さっき以上に早め早めを意識して操作するのみ。

 突き、踏みつけ、これはただかわすだけ。狙うは即死コンボの誘発。本気モードというからには、単なる突きや踏みつけなんかではなくかっこよくコンボで倒しやがれとハヤロクなら言うだろう。

 さあ、どうする雄鶏よ。

 そう言っている間に、チャンスは再びめぐってきた。

 コケーココココからの――。

「来るぞ!」

 ハヤロク避ける、1、2、3、ここだ!

 ジャンプからの蹴り一発……二発三発!? ん、これは!?

 カットが変わった。カメラが斜め上からハヤロクと雄鶏とを見下ろす形へと回り込んだかと思えば、ハヤロクの回りが暗くなりその黄色い身体が光輝いた。


 ――蹴り! 超炸裂っ!!


 激しいフォントでその文字が現れたかと思うと、轟音と火花のようなエフェクトと共に雄鶏がぶっ飛んだ。

 雄鶏の身体の上に表示されるのは、-252の文字。地面にぶつかって横たわり、ぴくぴくと身体を震わせたところで、画面上に大きく、


 撃破! 牧場ボス・雄鶏!


 という文字がばしんと表示される。ちなみに異様に達筆なものだから一瞬読めなかった。

 いや、そこじゃない。捉えるべきポイントはそこじゃない。暗転する画面。沈黙するBGM。それらを震えながら見守りつづけ、じわじわと私は感動していた。


 ステージ1を……牧場を……クリアしたぞ!


 これで現実世界への帰り道がぐっと近付いた。

 ――……。

 近付いただけか……。

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