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4.新しいアクション「蹴り」を覚えましょう。

◆ステージ1「牧場」◆


 おや? Youは新しく生まれたヒヨコくんかな?

 この辺は蛇とか出るからあんまり一人でふらふらしていちゃ危ないYo?

 それともあれかな? Youはもしかして大将を夢見る勇者クンかな?


 →はい

  いいえ


 そうか、そいつぁ、失敬!

 じゃあ、お兄ちゃんがYouにいい技を教えちゃうYo!

 いいかい、深呼吸して、集中して……。

 走りながら「ジャンプ」して直後に緑と▲を同時に押すんだYo!

 そうそう、その調子! You、センスいいんじゃなーい?


《ハヤロクは新しいアクション「蹴り」を覚えた!》



 なんか思っていたのと違う。

 少女にピンクの羊の存在を聞かされてはや数時間。てっきり私はメスの羊に会えると思っていた。それこそ幼女向けキャラクターのように夢と魔法の世界にふわふわ漂っていそうなタイプの羊。

 しかし、待っていたのは何処までもちゃらい羊。そのピンクの羊毛は染めたのだろうか。ついでに頬っぺたには星マークのペインティングまで。違う。私が思い描いていた可愛らしいおピンクの羊じゃない。

 くそう。騙された。

 そんな悔しさを噛みしめながら、今しがた教わった「蹴り」をピンク羊に向けて放ち続ける。何の問題もない。どうせ当たり判定はないのだから。練習だ練習。

「ねーねー、せめてミミズとかにやろうよー。モブにやったって意味ないよー?」

 いたいけな少女が素直な疑問と共に私を抑制してくる。

 うん、確かにこれでは動き方は分かるけれど、その威力が全く分からない。仕方ない。素振りはこのくらいにして、今しがた覚えた「蹴り」とやらの切れ味を試してみるとするか。

 そういうわけで私はハヤロクをとてちてと走らせて適当なミミズを探した。

 同じマップの端っこに、ミミズ無限湧きコーナーがある。きっと、新技試しコーナーなのだろう。ぼこぼことフィールドに現れるミミズたち。しょっぱい経験値くらいしか彼らには貰えないけれど、ハヤロクと私の精神を統一させるにはちょうどいい練習相手だ。

「よし、いくぜ、ハヤロク!」


◆ステージ1「牧場」◆


 嘴という武器は本能的に使えるものだった。

 だが、足蹴というのはどうだろう。鋭い爪と太い足。これらを目にしていながら、どうやらオレは、ちっともその有用性に気付いていなかったらしい。

 それをふざけた毛色の羊に教えてもらうなんて、己の無知が悔しくてたまらないほどの辛さであったが、それでも知らなかったことは仕方ないし、わざわざ教えてくれた者に礼儀を尽くさないほど恩知らずなおとこではない。


 さっそく覚えた技を試してみよう。ピンクの羊に言われた通りにしてみれば、食らわれるだけの哀れなミミズは木端微塵になった。

 ――なるほど。これならば心が腐った雄鶏も倒せるのではないだろうか。

 チキン野郎が君臨するこの牧場を抜けだす事。それだけが不死鳥になるための大きな一歩であるはず。そう信じて歩み出すオレを、もしかしたら森に隠れ住む魔女は祝福してくれているのだろうか。

 背中を押すような追い風が、オレを導いている。

 そんな気がした。


《獲得経験値が2倍になりました!》



「随分と口が悪いなあ。ハヤロクのくせに」

「精神力高いからね」


 寝そべる少女がにこやかに頬杖をつきながらテレビを見つめている。

 薄暗い部屋に頬杖。何もかも健康によろしくない。目も悪くなるし、顎も歪むぞ。せっかくの美少女なのだから、と、口うるさくなってしまいそうになるところだが、なんて言ったってここは非現実的な世界。

 私が何を言ったところで少女は聞く耳を持っちゃくれないだろう。

 それよりも、だ。

 新技を覚えてハヤロクはやる気満々のようだけれど、私は気が滅入っている最中だ。

 あとは牧場のボス、雄鶏の居場所を目指すだけということなのだけれど、その雄鶏が何処にいるのだか分からないからだ。

 ちょっと待ってよ。

 本当になんでここからボスまで一本道じゃないんだ?

 もしも連絡先書いてあったら苦情の電話を入れてやりたいくらいなのだけれど。

 相変わらず、地図を見ても意味が無い。こんなに読めない地図なんて初めてだ。せめて現在地点だけでも示して欲しかった。これは絶対に意見すべき点だろう。

「ところで、このゲームって誰が作っているの?」

 ふと少女を振り返れば、なんと彼女は駄菓子を食べながら漫画を読んでいるではないか。それも四コマ。なに寛いでいるんだこらあと怒鳴りそうになる所を必死に抑えていると、少女は猫のような流し目を此方に向けて、首を傾げた。

「うーん……君の知らない人かな?」

「そりゃ、知っている人だったらびっくりだよ! って、そうじゃなくてー」

「うーん……私みたいな人の為に漫画とかゲームとか考えてくれる人!」

「娯楽の神様ってやつか」

「そうそう。私ってばもう何千年もこの場所で、うっかりこちら側に落ちて来ちゃって大変な人を元の世界に戻してきたわけね。でも、最初はあまりにも何もなかったから三日で飽きちゃってさ、お仕事放棄して昼寝しまーすって言ったら、色々貰ったの。まだまだ欲しかったら働けってさ。昔は毬付きとかだった。カルタとかビー玉とかもあったなあ。人間の世界で流行っているものを少し遅れてこちら向けに改造してくれるんだ。それで、いまがこれ!」

 現代化されたのか。

 いやでも、何千年もとなれば仕方ないのかもしれない。

 この少女が何なのか、この場所が何なのか、よく分からないままだけれど、きっとここは現実の世界に隣接する狭間か歪みのようなものなのだろう。この場所に現実の世界の生き物が迷い込んでしまった時の為に、神様とでも呼ぶべきものが少女を送り込み、飽きないように気を引きながら仕事をさせているのかもしれない。

 って、まあ全部私の予想に過ぎないのだけれどね。ただの夢かもしれないし。

 しかし、夢じゃなかったとして、私はその娯楽の神様的な存在に軽く殺意を覚えているわけだ。

 少女の気を引くために与えたゲームのせいで、何故、こんなに苦労をしなければならないのだろう。ここに落ちてきた人を救うのが彼女の役目というのなら、本来、私がこんな理不尽なゲームをするなんてことにはならないはずなのに。

 けれど、幾ら文句を言っても無駄なのはよく分かっている。

 自力ではこの夢も覚めそうにないし、少女がこの場を握っている以上、従わざるを得ないからだ。

 そういうことで、私はただ不満をため込んだままハヤロクを動かしていた。操作性の良さと快適さだけが救いだった。あと、走っているハヤロクの後ろ姿を眺めている内に愛着が沸いてきたのも大きいかもしれない。

 このゲーム、もっとましな作りになったら買ってもいいかもしれない。

「製品版って言っていたっけ?」

「うん、製品版! 期間内にクリア出来たら特別にくれるって」

「どうして期間内なのかな?」

「うーん、よくわかんない。でも、期限を過ぎたら仕事と引き換えになっちゃうらしいから、頑張らなきゃなんだよね」

「へえー」

 ってあれ? もうすでに仕事と引き換えにようなものになっている気がするんだけれどそれは。

 段々と不安になってきた。この子、私を元の世界に戻してくれるっていう御役目を忘れていたりしないよね。頼むよ、お嬢さん。確かに、そこそこつまらない世界だったかもしれないけれど、それなりに楽しみなこともいっぱいある世界だったんだ。

 いやでも大丈夫……きっと大丈夫だよね。

 そう信じて私はコントローラを握りしめる。


 そういえば、色々あって突っ込み忘れていたけれど、さり気なく追加された「獲得経験値2倍」ってすごく大きいのではないだろうか。これまでミミズ1匹で1経験値だったわけですが、それがなんと2に! つまり、100経験値稼ぐのに、50匹のミミズだけで事足りてしまうのです。

 ああ、気が遠くなってくる。

 そもそも、レベルだってあがっていないのだ。新技を教えてもらっただけで、何も――。

「ん?」

 その時、不思議なSEが聞こえた。ハヤロクの全身が白い光に包まれ、頭上に小さくレベルアップ+1の文字が現れる。嘘、本当に? 私はさっそくスタートボタンを押してみた。


 ハヤロク レベル2

 たいりょく 11/11

 ちから2 ぼうぎょ2 すばやさ5 せいしん15

 つぎのレベルまで あと398けいけんち。


 やったあああああああ!

 ってあれ、喜んでいいのかな。次のレベルまで遠いけれど。


 まあいい。ステータスの話をしよう。攻撃と防御が雀の涙ほどしか上がっていないのだけれど、素早さは2も上がっている。そして、相変わらずのふてぶてしい精神力だ。

 ためしにアナログスティックをぐりぐりと動かしてみれば、さっきよりも若干早く動けるような気がした。攻撃と防御に関してはまだ実感はないが、技の繰り出し速度も少し早くなった気がする。

 もしかして、精神というのはそういうところに反映されているのだろうか。

「ん? あれ? こんなボタンあったっけ?」

 ふと気付いたのはステータスの一番下。緑ボタンを押して技チェックという欄がある。さっそく押してみれば、今使える技がコマンドと共に説明されているではないか。

「わあ、気付かなかった! こんなのあったんだ!」

「へえ、私も気付かなかった!」

 少女さえも気付かなかった一覧。

 そうだ。せっかくだしここらで技の説明でもおさらいしてみようかな。そういうことで、今使える二つの技。「突く」と「蹴り」を見ることにした。


【突く】コマンド:緑 威力:10 特殊:捕食(相手をそのまま飲みこんで摂取してしまう。ミミズ:100%、その他:10%)

 生まれ持った嘴より放たれるその一撃は煉瓦をも砕ける(かもしれない)。使い道によってはアルミ缶の蓋を開けることもできてしまう優れ物。また、鍛え方によっては人間の心臓を貫くくらいは朝飯前。ハヤロクにとっては貴重なご飯であるミミズさんたちを食べる上で重要な箸でもある。


【蹴り】コマンド:青+緑+▲ 威力:30 特殊:KO(一撃で相手の心臓を止める。イベント時:100%、通常時:30%)

 高く飛び上がり勢いをつけることで全体重をぶつけるわけだけれど、身体が軽いと何にもならない。だから私は君たちに言う。しっかりとご飯を食べよう。ミミズさんたちをこれで倒すのもいいけれど、やっぱり踊り食いが一番だ。


 ――なるほど。

 なるほど、良い解説だ。これで大体のことが分かった。このゲームを作っている人に関してだけれど。

 ていうか、人間の心臓を貫く程度の力を持つヒヨコとか危なすぎる。可愛い姿で人間を騙し、油断した所を一突きというわけか。おっかないな。

 そして、何気なく見ちゃったけれど、なるほどこの「蹴り」のコマンドにある特殊:KOっていうやつが鍵を握っているわけか。

 通常時でも三割で一撃必殺って恐ろし過ぎる技。だって、一発目の三割はほぼ五割って言われるくらいに当たるからね。なんのゲームかなんて言わないけれど。

 それと、もう一つ気になるのは「突く」のコマンドにある特殊:捕食というやつ。ミミズが100%なのは分かる。これまで戦ってきたミミズも、この技で倒すと食べちゃっていたから。気になるのはそこではなくて、その他が10%というところだ。

 ミミズ以外の敵がヒヨコにも食べられそうな類の生き物だったらいいのだけれど、ヒヨコには絶対に食べられないような奴相手でも10%なのだとしたら恐ろし過ぎるじゃないか。

「ちなみに、ミミズ以外の敵って見た?」

「うーんとね、あ、この次のステージまで一度行ったんだけど、ネズミやイタチ、ウサギやコウモリとか小さな蛇とかも敵で出てきたよ」

 どれもヒヨコの食べ物じゃない。寧ろヒヨコを食べる奴も含まれているときた。

 なんだ。そいつらに対しても捕食は発生するというのか。だとしたらなんて恐いんだ。このハヤロクとかいう名前を付けられてしまったヒヨコ、もしかしたら本当に不死鳥になれる素質があるのかもしれない。ごくり。

 さり気ない説明からハヤロクの秘めたる可能性を見出したところで、ちょっと休憩しよう。目が疲れてきた。

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