2.基本操作を覚えましょう。
◆ステージ1「牧場」◆
牧場の主は人間だが、それ以外の生き物にもそれぞれ主はいる。
我々鶏グループの王たる雄鶏もやはり居て、人間のために仲間を管理する風変わりな男だった。ちなみに、オレの父親ではないと母親は言っていた。
事実がどうであれ、オレはあの男が嫌いだ。
立派なトサカは飾りなのだろうか。その目、そのクチバシ、その鍵爪の足が泣いている。オレにはまだ無くて、奴にはあるもの。
大人のくせに生き延びるために人間様に媚びへつらっているあの男は鶏のクズだ。
クズ相手に逃げ出すようなチキン野郎にオレはなりたくない。
不死鳥にして貰うのだから、当然の事だ。不死鳥になる資格がオレにあるかどうか、それは、あの鶏のクズを倒せるかどうかにかかっていると言っても過言ではない。
そう、だからオレは強くなる。身体が大きくなるのをただ待っているだけでは仕方がない。出来る限り技を磨き、このヒヨコの身体でも堂々と戦えるまでにならなくては。
この広大な牧場という王国。
その端から端へと駆けまわりながら、オレ――《ハヤロク》は来る時に備えて経験値を稼ぐのだった。
※
「うわあ、ハヤロクって名前で進んでるよ。本当によかったのー?」
「それよりもこれね、すっごく操作性いいんだよ! ほらほらスティック動かしてみてよ!」
サークルとか個人作成にしては妙に綺麗なグラフィック。
やっぱり、私が知らないっていうだけの会社なのかもしれない。そもそも、ここは夢の中なのだから、実在するのかも怪しいのだけれど。
ともかく、郷に入っては郷に従えという感覚でいちいち疑問にとらわれるのは止めることにして、私は言われるままに、この若干生意気なヒヨコ・ハヤロクを操作することにした。
うん、ハヤロクはやっぱり可哀そうだ。ヤキトリの方がまだましだったかもしれない。でも、仕方ない。それで進んじゃったのだし、今、この少女の機嫌を損ねる方がまずいのかもしれない。
そう思いながら、少女に勧められるままにアナログスティックを動かしてみたわけだ。
「はぁぁー……!」
思わず変なため息が漏れた。
私が最近するゲームといえば、モンスターを育成しながら冒険を進めるRPG方式のものが圧倒的に多い……というか、思い返せば最近それしかしていない。ひとつのシリーズを追って対戦とかしているのだから仕方ないわけなのだけれど。だが、そのシリーズに出会う前の私は、どちらかと言えばアクション系のものが好きで、RPGは気分転換にやるくらいだった。
そう、この「ヒヨコRPG」というゲーム。タイトルこそRPGという文字が入っているわけだが、その操作は限りなく3Dアクションゲームに近い。スティックで操作し、青ボタンでジャンプ、緑ボタンで基本攻撃。さらに黄色ボタンやスティックの方向入力で様々なわざを繰り出せるらしい。冒険を進めればさらに新しいアクションが増えるのかもしれない。
「これって、アクションなの?」
「アクションRPGだよ。」
なるほど。よくわかった。やはり、私が好きな類のゲームのようだ。
どうやら親切なチュートリアルなどは存在すらしないらしく、いきなり様々なアクションを試せるあたりは、このハード以前の難易度高めのゲームを思い出す。いや、それにしても楽しい。ただハヤロクと名付けられたこの哀れなヒヨコを動かしているだけでも頭おかしいくらい面白い。
「うえーい、超快適ー!」
とてとてとてとてと馬鹿みたいに歩き回る私と、
「ねー、早く先に進もうよー」
早くもじれったくなってしまったらしき少女。
しばらくしてやっと我に返った私は、無駄な操作をやめて先へ進むことを決意した。
少女によれば、進むべき場所は二か所。
「まずは新しいアクションを教えてもらってから、この牧場のボスを倒すの」
「ボスって冒頭でハヤロクが言っていた雄鶏のこと?」
「そう! 今のままでも挑めるんだけど、新しいアクションがないと勝てないようになっているんだ。私、それに気づかなくて一日潰したんだぁ」
恐ろしい地雷だ。
でも、こういうマゾ向けゲームは嫌いじゃない。
進むことしばらく。恐ろしく美しい牧場の地面よりぼこぼこと何かが這い出してきた。
そういえば無駄な操作をやめて歩くこと一分くらいだけれど、ここまで敵らしきものが出てこなかった。歩いている他のヒヨコに話しかけられるくらいで、聞いても聞かなくてもいいようなどうでもいい情報が得られるくらいしか進展がなかった。
しかし、ヒヨコのいないフィールドに足を踏み入れた瞬間、それらは現れた。
赤いうねうねとしたキャラクター。たぶんこれは、ミミズだ。
「これは……敵、なんだよね?」
またしても説明がないので不安になりつつ近づいていく。
緑のボタンで攻撃。ヒヨコの頼りないクチバシによる突きだ。その一発で、あっけなくミミズは食われてしまった。
「え、食べちゃった!」
「だってミミズだもん。小さい奴だしそれくらい食べるよ」
まじか。言われてみれば確かにそうかもしれないんだけれど、倒す=食べるだとは思わなかった。
それよりも、ミミズを食べた瞬間、ハヤロクの頭上で+1の表示が出た。
「経験値かな?」
「そうそう。レベルあげたら楽になると思う」
「でも+1なんだよね。次のレベルまであとどのくらいなんだろう?」
序盤だし、まだレベル低いだろうし、たぶん10くらいかな。
そんなことを予想しながらスタートボタンを押して、ハヤロクのステータスを表示させた。
ハヤロク レベル1
たいりょく 10/10
ちから1 ぼうぎょ1 すばやさ3 せいしん10
つぎのレベルまで あと299けいけんち
「ぶひぃっ!」
思わず口から豚が出てきた。
色々と突っ込みたいところはあったのだけれど、それよりも経験値あと299はきつい。それともこのフィールドには経験値をいきなり100くらいくれるようなラッキーモンスターでもいるのだろうか。
「大丈夫、ミミズ三百匹くらいなんてことないよ!」
「なんてことあるよ! え、もしかして君、こつこつミミズ倒してレベルあげたの?」
「うん! 全部で三千匹くらいは倒したよ!」
「さんぜんびき……!」
どうしよう。勝てる気がしない。
「それにしてもさ、ハヤロク弱すぎじゃない?」
「仕方ないよー。まだヒヨコだもん」
「弱すぎなくせに精神ありすぎ! なんてふてぶてしいの!」
「そのくらいないと不死鳥なんて目指さないってー」
くそ、同意が得られず残念だが少女の言うことはもっともかもしれない。
レベルは上げた方がいいのだろうか。分からないけれど、少しでも経験値は稼いでおいた方が有利だろう。ということで、私は走り回りながら目についたミミズを次々とハヤロクに食わせていった。
――ほほう。
たしかにこれは楽しい。うまく言葉で表せないのだけれど、走って食べるというこの単純の作業が快適で面白い。これなら経験値300なんてあっという間なのか……。
スタートを押して確認してみよう。
つぎのレベルまで あと258けいけんち
そんなことなかった。
あれ、おかしいな。少なくとも100の大台には突入していると信じるくらいにはミミズ食べた気がするんだけどな。そんなことなかったみたいだぞ。
いやあ、これで感心するのは隣で顎をぽりぽり掻きながら私のプレイングを監督なさっている着ぐるみ少女のことであります。だってこの子、三千匹倒したと言っていたではないか。
やはり私にはこの子に勝てなさそうだ。
「そろそろ次に進んじゃおうかなあ」
「それもいいかもね。新しいアクションを覚えなきゃなんないし」
「新しいアクションってどこで教えてもらえるのかな?」
「それは進んでみてからのお楽しみってことで!」
無駄に隠された。
まあいい。たしかに言われてみれば、手探りで冒険を進めていくというのもこういった初見のゲームを遊ぶ際の醍醐味であるだろう。……私はついつい攻略サイトとかを見ちゃう派なんだけれどね。
とにかく、レベル上げが苦行ならば新しいアクションを覚えるのみだ。これだけバランスが悪いということは、ここでの正規ルートは新しいアクションを取得して、ミミズ以外の敵キャラを倒すか、さっさとここのボスを倒して一気にレベルを上げつつ次に進むというものではないだろうか。
そうだと信じたい。いや、そうであるに違いない。
「よし、それならいっちょ駆け回りますか!」
張り切ってコントローラを握りなおす私。
横でニヤニヤしながら応援している少女。んん、なんでニヤニヤしているんだこの子。なんだか不穏な空気が漂ってきたところだが、ここは進む以外に道はない。
――ヒヨコの道は、一本道だっ!
意味の分からないことを自分に言い聞かせつつ、私はハヤロクを走らせた。
こうして回想している今から約三十分前の事である。
おかしい。
何故だ。
何故この私が道に迷うておるのだ。
昔、広大な砂漠で迷う夢を見たことがある。
オアシスを求めてさまよいながら汗だくになっている夢だ。
どうやら真夏だというのに部屋を閉め切り、空調どころか扇風機すらもつけずに寝たところ、部屋の気温が恐ろしいほどに上昇していたらしく危うく脱水で大変なことになるところだったらしい。
しかも、運命の神様が私を早くも転生させたかったのか、寝相の悪さがたたって空調のリモコンをばしばしと弄ることとなり、夜間でも30度近くとなっている中で冷房ではなく暖房が入っていたというお膳立て。電気代を無駄にして自分の命を死へと導こうとしていたのだと、と目を覚ましてから愕然とした私。それ以来空調のリモコンがわが布団に潜り込まないように置き場所を決めたというまさに革命的な日となった。
と、まあ、そんな恥ずかしい過去の失敗の話ではなく、砂漠の夢の話だ。
夢の中だというのに本当に気を失いそうなくらい朦朧としていたのは今でも忘れられない。汗だくになっていた通り、起きてみれば布団もまたびしょびしょだった。布団を洗って風呂に入らければと思いながらまずは失われた水分を補給してリビングで扇風機に当たりながら私は思ったのだ。
この先、どんなことがあっても、砂漠でだけは迷いたくない、と。
しかし、どういうわけだろう。今、私は、あの時と同じような心境にいた。
方向音痴とは無縁な子供時代を過ごしてきたのは、もしかしたらゲームばかりやっていたからかもしれない。方向が分からなくてはゲームも快適に遊べないからだ。いや、もともと方向に強かっただけなのかもしれないけれど、そんな卵が先か鶏が先かの話ではなくて、つまり私はゲームの中でも道に迷うということはあまりなかった。
プレイヤーを道に迷わせるために制作陣が意図して作ったゲームならば話は別だが、少なくとも一般的なゲームで道に迷うということはない。遅くとも二、三回行けばだいたいのマップは覚えられるはずだ。
それなのに、それなのに私は――。
とてとてとてとて。
「ああ、そっちじゃなくて、たしかこっち!」
とてとてとてとて。
「うーん、あれ? あっちだったかな?」
とてとてとてとて。
「んあー、分かんなくなってきた!」
少女の曖昧なナビゲーションの所為にばかりはしていられない。
どうしよう。見覚えのある背景は多いのだけれど、どうしてもマップが頭に入ってこないのだ。あまりに迷い続けているために痺れを切らした少女が教えてくれたところによれば、この牧場のどこかに新しいアクションを教えてくれる羊のキャラクターがいるらしい。そのキャラクターは小屋の外をふらふらと歩いているらしく、一見して特別なキャラクターと分かるようなピンクの毛に包まれているらしい。
しかし、ピンクの羊どころかその羊がうろついているという小屋さえも見つからない。
さっきからハヤロクが出会うのは、明らかにモブと分かるヒヨコや鶏、アヒル、牛、馬、豚、羊などばかりだ。
モブキャラも少しはヒントをくれたらいいのに、喋るのはどうでもいいようなことばかり。この牧場の農夫の尊敬する人が伊能忠敬だとか本当にどうでもいいよ。
ん、待てよ。
「ねえ、これマップとかないの?」
やっとそこに思い至って訊ねてみたところ、少女もまたはっとした。
「あ、そういえば……!」
お、もしかしてあるのか。
「そうそう。最初にハヤロクがいた場所。あの辺りに牧羊犬がいてね。話しかけるとマップをくれるんだった。忘れてた!」
よかった。まさに救いの神ではないか。
さっそくその牧羊犬とやらに会いに行こうではないか。
――って、あれ。最初にいた場所ってどこだ?
私たちの絶望はまだ始まったばかりだ。