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◆プロローグ◆


 弱肉強食。

 この世界はそんな言葉で出来ている。

 誰もが憧れるのは頂点。死にたくない生き延びたい。そんな気持ちで走り回り、我ら生き物は平等に死を迎える。

 終わりに待っているのはいつだって死だ。それまでにいかに欲を満たすのか、それだけを考えて我らは生きている。

 食うに困らず、確実に子孫を残すこと。

 それだけを考えて生きている奴らばかりだ。

 だが、オレは違う。


 オレはヒヨコ。

 卵からかえった鶏の雛。初めてこの目で見つめた空は果てしなく高く、大地は果てしなく広かった。世間はオレの想像が及ばないほどでかく、途方もない。そして、世間のオレを見る態度は、何処までも傲慢で、何処までも冷たいものだった。

 オレはヒヨコ。

 ヒヨコは弱い。沢山生まれ、沢山死に、ごく少数が大人になれるような世界。それも、人間に管理されているような情けない立場ときた。ヌクヌク育って大人になれたとしても、いつかは人間たちに食べられてしまうのだと知った時から、オレの意志は一つに定まった。

 まあ、一昨日のことなんだけれどね。 



「と、まあ、こんな感じで物語は始まるわけなんだけどね」

「ちょ、ちょっと待って。私、まだ全然状況が読み込めないのだけれど……」


 真っ暗な部屋に懐かしのブラウン管テレビ。そのモニターは不安定な輝きを放ち、私と私の隣に座る少女の姿を照らしていた。

 まるで夜町を飾るギンギラのネオンのよう。それも、ある程度寂れてるような田舎町の。

 と、それはいい。

 私は今、混乱していた。

 原因は全て、テレビの前で不健康なくまを作りながらゲーム機のコントローラーを握っている少女のせいだ。ちなみに、黒いワンピースに黒猫のフード付きタオルを頭からすっぽり被っている着ぐるみ族の亜種とも呼べる風貌をしている。

 この着ぐるみ少女と私の間にこれまで接点はない。接点がないどころか、初めましてだ。

 そもそも私は自分がどうしてこの場所にいるのかすら分かっていなかった。


 事件が起こったのは三十分ほど前のこと。

 私が思い出せるのは、吐きそうなくらいの疲労を伴いながら、ダイブするかのごとく布団に倒れこんだという就寝およそ一時間前の記憶だ。

 どんな夢を見ていたかも覚えていない最中、ふと目覚めた私は、周りを取り囲む景色の異常さにすぐに気づいた。

 懐かしのブラウン管テレビ。

 人を小バカにしたような音楽と共にその画面にでっかく写し出される「ゲームオーバー」の文字。そして画面が切り替わり表示されるのが……「ヒヨコRPG」の文字。

 そして――。

「まただ……どーして勝てないんだろ……」

 がっくりと肩を落とす少女。

 ずっと握っているコントローラーもまた、わりと懐かしいタイプのコントローラーだ。だが、遊んでいるゲームについてはゲーム好きの私でも知らない。このハードのゲームソフトは結構チェックしてるつもりだったんだけどな……。

 それにしても、彼女はいったい誰だろう。

「あれ、起きたの?」

「ひっ……!」

「あ、ごめん、それとも起こしちゃった?」

 まるで私を知っているかのような体だけれど、私は全く知らない。誰だこの子は。親戚にもいないぞ、こんな可愛い血縁。

 ともかく、その少女は黒いワンピースと黒猫のフード付きタオルの効果もあるのか、非常に可愛い顔をしていた。

「え……あの……え?」

 此処は一体どこなんだ……?

「ああ、ごめんごめん。君は何にも分かんないんだよね。うっかりしてた」

 てへっとあざとい詫びを入れる少女。いや、そのあざとさに胸打たれる場合ではなく、本当に私は何がどうなっているのか分からなくて混乱していた。

 ここは何処なんだ。明らかに私の部屋ではない。おかしいな。部屋に戻って疲れて寝ていたはずなのに。電気が消されていて、ブラウン管から放たれし光しか頼るものはないけれど、それでも十分ここが私の部屋ではないことが見て取れた。

「ここは……」

「私の部屋だよ!」

 少女が元気よく答える。

「え……君の部屋? いや……え、どういうことなの……?」

「君は迷い込んで来たんだよ。珍しい事じゃない。今日みたいに雨の酷い日は君みたいな人が私の部屋に落ちてくるものなんだ」

 ――はい?

「落ちてきた人はたいていの場合が事故。うっかりミスで落ちてきちゃうわけ。でも、安心して。私はそんな人たちを落ちる前の場所に戻す力があるのです」

 どうしよう、この子の言っていることが何一つ分からない。

「あのさ……もう少し分かり易く説明してもらえるかな?」

 考えてもきりがないと判断して潔くそう訊ねてみたところ、黒猫少女はあからさまに驚いたような表情を顔いっぱいに浮かべた。

「あれ、分かりにくかった? えっとつまりね、君は元いた部屋からこっち側に落ちてきちゃったの。こっち側って言っても、壁と壁に囲まれた隔離部屋ね。私みたいな引きこもりは別にいいんだけど、君、元の世界でやることもいっぱいあるでしょ? だから、助けてあげるよってこと」

「え。ええっと、つまり、このままだと私一生この場所に閉じ込められちゃうってこと?」

「そうそう。でも、私が元の場所に戻せるよっていう話」

 なるほどそういうことか。

 つまりこれは悪夢だ。オカルトの類を信じるかどうかはともかく、今、目の前にいるこの少女がすべてを握り、私を元に戻せるというのならば何も悲観することはない。

「なんだ。それを聞いて安心した。じゃあ、さっそく戻してくれる?」

 しかし、世の中はそう簡単に事が運ばないものなのだ。

 ものの五秒ほどで私は思い知らされることとなった。


 相変わらず部屋は暗い。

 節電のつもりなのだろうか。だったら一番の節電はテレビを消して、ゲームもしないことだが、そんな生意気なことも言えない状況に私は立たされていた。

 持たされるのはゲームのコントローラー。やや懐かしいフィット感だ。やや、というのも、このコントローラーにアナログスティックが装備されているからだ。少女直伝の持ち方も、3Dアクション特有のもの。あれ、これってRPGなんじゃなかったっけと思うなか、少女は意気揚々と一旦オフにしていた本体の電源を再びオンにする。ちなみにソフトはロムカセットだ。据え置きゲームとしては、だいたい二十世紀最後の世代のゲームですね。いや、それはどうでもよくて。

「まずはデータを新しくしてと!」

「ちょっと待とうかお嬢さん。私の願いをちゃんと聞いてたかな?」

「うん? 元の世界に戻りたいんでしょ? じゃあ、このゲームクリアするの手伝って! 来週までにクリアしたら、製品版を貰える約束なの」

「製品版……?」

 言われてみてよくよく本体に刺さったカセットを見れば、背中に「体験版」というシールが貼られていた。

 なるほど、これは体験版なのか。ん? 待てよ。このハードで体験版配布ってあまり聞いたことないぞ。次世代ハードではゲームショップとかで配ってたけども。

 いやいやいや、疑問に思うべきはそこじゃない。そこじゃなかった。

「製品版だか体験版だか知らないけど、私そんなにゲームは得意じゃないんだけど……だいたい全く知らないゲームだし……」

「あれあれー? 諦めていいの? 人生かかってるんだよー?」

「いやそもそもどうして私がゲームするのと君が助けてくれるのが引き換えなの? 私みたいなのを助ける役目なんじゃないの?」

「そうなんだけどねー。ここ三日ほどそのゲームに惑わされっぱなしで全然集中出来なくてさ。今の状態で転送したら失敗して冥府に送っちゃうかもしんなくて。へへへ」

 失敗したら冥府行き!

 なんて恐ろしい世界なんだ。

「いやでも、さすがの閻魔様も公正な裁判でもとに戻してくれるっしょ?」

「そうかもしんないけど、その場合、君の行き先は天国か地獄の二択。儚い人生が幕を閉じることに……」

「それは困る!」

「でしょー? だから、ね、一緒にゲームしよ♪」

 なるほど。不本意だけれどここはこの子に協力するしかないようだ。

「仕方ない!」

 覚悟を決めて、私はスタートボタンを押した。


◆ステージ1「牧場」◆


 牧場を楽園だと思っている輩がいるらしい。

 信じられないことだが、やつらは生き物とは所詮死ぬものと考え、その死まで食う寝る住むを保障される家畜こそが楽園の住人なのだと胸を張って言う。

 片腹痛いわ。家畜など所詮家畜。己の力で生き抜く野性動物の足元にも及ばないというのに、何を偉そうに。と、いいつつも、オレだって今はまだ家畜。しかも、産毛も生え変わらぬヒヨコに過ぎない。そんなオレが崇高な存在となるにはどうすればいいか。答えは簡単だ。

 この牧場を出て、強いものを目指せばいいのだ。


 聞くところによれば、牧場の外には林があり、その林の奥には魔女が住んでいるらしい。

 魔女には生き物を転生させる力がある。オレのようなヒヨコはどうあがいても鶏にしかなれない。それはそれで凶暴かもしれないが、それ以上のものにはどうしてもなれない。ところが、魔女の力を借りれば、オレは鳥としてもっと強いものに転生出来てしまうのだ。鳶、鷹、鷲……いやいや、そんなものではない。オレたちのような鳥族の最終形態……それは、不死鳥だ。


 オレは魔女に会いに行く。そして、不死鳥にしてくれるように頼み込む。その為ならば、どんな戦いも、どんな苦難もいとわない。オレはそこらのヒヨコとは違う。卵を温めてくれた母親や、刻を作るだけの父親とも違う。なんせ、選ばれしヒヨコなのだから。

 決意新たにオレは足元に広がる大地を見つめた。牧場だけでも果てしなく広い。森の奥となればもっと広いだろう。だが、オレの胸に不安の文字はない。

 強くなるために、オレは……勇者になってやろう。


《オレの名前を決めてください》



「どうでもいいけど、『オレの名前を決めてください』ってなかなかシュールな言葉だよね」

「どうでもいいけど、早く進めようよ」


 部屋を暗くしてちょい古のテレビゲームって明らかに目が悪くなるからやめなさいって怒られそうなシチュエーションだ。

 私だってただでさえ目はいい方ではなく、メガネが本体といってもいいくらいのメガネ人間である。メガネを取ると0.1ないくらいなので、メガネが最大の弱点なのだ。

 それに比べて、今の私の命運のすべてを握っているこの名前も知らぬ少女はメガネでもコンタクトでもない。ならば、おそらく年長者である私としては目は大事にと教えたいところなのだけれど、そんなお小言をいちいち真面目に聞いてくれるような女子には見えない。

 まあいいか。どうせここは夢の中。現実とは常識が違うのかもしれない。

「それにしても、この時点ですでに音楽がいい感じだね。クリエイターは誰なんだろう。っていうか、制作会社はどんなところなんだろう?」

 タイトル画面でちらりと見えたロゴは知らない会社のものだ。とはいえ、ゲームに詳しいというわけでもないので大手しか知らないのだけれど。でも、そういえば不思議なことがある。これは体験版と言っていただろうか。クリアすれば製品版をもらえる約束だと。こんな旧時代も旧時代のハードで新作を出す会社なんて存在するのだろうか。あるとしたら、それは本当に正規の会社なのだろうか。

 ――個人製作とか、サークルとかなのかなあ。

 疑問が疑問を呼び頭がこんがらがる中、少女もまた何やらぶつぶつ言いながら深く考えている。

「前はやきとりって名前だったんだけど……」

 ああ、そうだった。「オレの名前」を決めるんだったね。

「やきとりは絶対後悔するって」

「そうかなー? 勇者やきとりってなんか可愛くない?」

「むしろ可哀そうかなあ?」

 どうやらこの少女、なかなか変わったセンスをお持ちのようだ。

 まあでもこういう子はいるよね。明らかに気持ち悪いデザインのキャラクターに魅力を感じる系の少女。一方私は、明らかにあざといデザインのキャラクターに魅力を感じる系である。だから、この少女の外見ははっきり言って好みだ。ふふふ、ちょっとお姉さんと遊ぼうか。

 なあんて、不審者まがいのことを思ってみたりしていることも知らずに、少女はひとつ閃いた。

「そうだ! これにしよう!」

 そう言って私の持っていたコントローラーを奪い、文字を入力する。

 ハヤロク。

 どこかで聞いたことがある。的屋の言葉じゃなかったかなそれは。南無阿弥陀仏の六文字とかけているとかいないとか。つまり、金魚とかヒヨコは早死にしちゃうとかそういう意味だったような。

 この少女、本当にどんなセンスしているんだ。

 っていうか、もうすでにこのゲームに対する静かな怒りが込められているのではなかろうか。

「待って、その名前もあんまり――」

 私の良心が止めろと言ったのだけれど、遅かった。

「決定~♪」

 こうして、ハヤロクの冒険は始まってしまったのだった。

 出落ちしないように頑張ります。

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