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THE DUMP  作者: えふあーる
1/1

アポロ

 二十三世紀、地球は大きな発展を遂げた。科学の進歩によって様々なものがより一層豊かになったのだ。今まで逆らうことができなかった重力にも逆らえるようになったため、もう車に“タイヤ”などいらなくなった。また、住居も浮かすことができるようになり地震などに怯える日々も無くなった。あの大きなプラズマテレビはすでに不要とされていたが、今日では薄型の液晶テレビすら不要となった。空間に映像を映し出すホログラム技術が発達したためである。

 このように全てが、二十一世紀とはかけ離れて豊かになった。しかし、この豊かさによって貧富の差はよりいっそう大きく開くことになったのである。

 人類は地面から足を離し、浮いた建物の集まり…つまり空中都市で生活を始めた。のだが。全ての人類が空へ行けたと言うわけではない。多くのものは空へ移住したが、貧しい者たちは空中の物件を買えず。結局地面に足をつけて生活を続けるしかないのだった。

 空中に住む人類は空人、下の世界に住むものたちは地人と呼ばれるようになった。人類とはとても汚いもので、空人たちは空中へと来ることができなかった地人を見下し始めるのである。

 初めはただ下の世界を見て嘲笑うだけだったが、だんだんと悪化していき、最近では下の世界に空中での廃棄物をばらまくほどにもなった。落書きした紙のきれはしも、脚の折れた椅子も、危険な化学物質も。下には同じ血が流れている人間がいることを分かった上で、だ。

 地人はそのような中でも、必死に生きるしかなかった。空中に住めないのなら、地面に足をつけるしかないのだから。


 空から降ってくる廃棄物たちは、風に吹かれて何箇所かに集まる。そこはゴミ置き場と化していたが、地人にとってはとても大事な場所なのである。地人たちはそのゴミ置き場で価値のありそうなものを探し、換金してもらって毎日を過ごしている。換金といっても、一日に手に入れられるのは五ネスク。日本円にして百五十円程度だった。ゴミ置き場では今日を生きるために幼い子どもからよぼよぼの老人まで、男も女もゴミを拾うのだ。子どもが珍しいものを見つけると、周りの大人がそれを奪い去る。そんな治安の悪い社会ができあがるのも仕方がないことだった。

 そんなゴミ置き場では、二年に一度…“片付け”が行われる。空人がやってきて、ゴミもろとも人までを一気にスクラップし燃やしていくのだ。そんな最悪な世界だった。


 これは、“片付け”が行われるとある年の初めのお話。


「……」


 ゴミ捨て場にある一人の少女がいた。彼女には、名前がない。親もいない。気がつけばゴミ捨て場でゴミを漁ってた。たった、一人ぼっちでずっと黙々とゴミの中から明日を手に入れていた。


「……ふむ、これなら二ネスク。」

「……」


 少女は、黙って首を横に振る。換金屋は子どもに対していつもインチキを働く。相当するお金の半分しか与えないのだ。


「…違う、それ、四ネスク」

「……いや、二ネス…」

「四ネスク」


 換金屋はこめかみに青筋を立てた。この少女だけはその辺の子どもの様にはいかない。誤魔化そうとしても違う、と言われてしまう。渋々、四ネスクを少女の手に叩きつけた。


「可愛くねェガキだぜ!表情もねェ、愛想もねェ、おまけに賢ェ!さっさと行け!クソガキが」


 このゴミ捨て場で、表情が残っているのは幼い子どもたちだけである。落ちてある棒きれで戦いゴッコ、割れたコップで飯事遊び。歳を重ねるにつれて、笑うことも泣くことも無くなっていく。だが、この少女は幼いにも関わらず、全くと言っていいほど表情がない。辛うじて分かる感情は、驚くの一つだけ。生まれたての赤ん坊よりも酷いほど感情が表現できない子どもだった。

 また、親がいなかったせいか言葉が少し遅れていた。周りの大人たちが使う言葉を、単語だけ覚えただけというような感じで、一句一句の言葉を出すことしかできない。それから、大人たちが言うような言葉しか知らないので全く可愛くも無いのである。


「……」


 また、ゴミを漁る。瓶、缶、鉄屑。ゴミ袋を退けて、奥の奥まで。ゴミの山に明日の欠片が埋まっている。明日を生きるために少女は手を黒くしながら欠片を探し始めた。

 すると、目の前には大きな鉄の塊が。


「……?」


 四角い箱の形をした鉄の塊。手と足らしきものがついていた。ところどころが継ぎ接ぎになっている。上の方には真っ黒な画面が。これは、いわゆるロボットというやつだった。

 少女は、ロボットを叩いてみた。しかし何も起こらない。ただ掌が少し赤くなって痛いだけだった。少女はこれが何というものなのか分からなかった。なぜなら、ロボットを見るのはこれが初めてだからである。空中都市ではロボットが使われているが、壊れたロボットは上で分解され部品が再利用されるため丸ごと落ちていることはまずないのだ。


「………」


 少女は、自分の背丈と同じぐらいの大きさの重い鉄の塊を小さな背中で背負い、自分のいつもの寝床へと引き摺りながら持って帰った。これだけの大きさのロボットなら換金屋に持っていけば一年は暮らせるほどのお金と交換できるだろう。しかし、少女は全く換金屋に持っていこうとは思わなかった。

 少女が日々寝食を行っている場所は、ゴミの山の端。ゴミ袋を積み上げて風が当たらない様にしているが、雨は防げない。拾ってきたカーペットを敷き、いつも眠っている。


「……どこ、来た?」


 話しかけても、答えは無い。ついている画面は真っ黒なままだ。少女は表情を変えず、そのままロボットの横になった。周りはゴミに囲まれているが、見える空は手を伸ばせば浸かってしまうような冷たい美しい青色をしていた。


「……」


 これが、何か喋ってくれたらいいのにな、と少女が思った、その瞬間―――――


「………ンアー…」

「!??」


 少女は驚いて跳び起きた。辺りには人どころか猫や犬もいない。見回しても、自分以外に何もない。聞き間違いかともう一度横になる。すると隣に置いた鉄の箱から、何やら音がする。


ガタガタ、ピー、ガタガタ、ブーン……


「…何、…?」

「…フアー!ヨク寝マシタワァ!」

「!!!?」


 鉄の塊、ロボットはゆっくりと身体を起こした。真っ黒だった画面には目のような四角と、口のような四角が浮かび上がった。少女は驚き目を丸くした。こんなに驚いたのは生まれて初めてで、どうすればいいのか分からずただじっと鉄の塊を見つめるしかなかった。


「ン、オマエサンダレデッカ?」

「……わたしの、こと?」


 少女は、人以外に言葉を喋るものがいるだなんて信じられず、頭の中の紐が全て絡まってしまっていた。これは何だろう、どうして人の言葉を喋るのだろう、何処から来たのだろう。これほど疑問を抱くのも、生まれて初めてのことだった。


「ソウ、オマエサンヤデ」

「……わたし、は、わたし…」

「…ソウイウ哲学的ナコトハ聞イトランガナ…名前ハ?」

「な、まえ…」


 少女には名前がない。だから、自分は誰か、と問われたら何と言えばいいのか分からない。自分は自分でしかないから。黙ってしまった少女を見て、ロボットは首を傾げた。


「ナンヤ、オマエサン名前ナインカ?」

「……」


 少女は黙って首を縦に振った。それを見てロボットは「ほんまカ…ソレハ困リマシタナ」と、おかしな形をした片手を画面の上、人間で言うのならば額にくっつけて何か考え始めた。数十秒して、にこっと笑って(と言っても画面の中の目が笑ったのだが)少女の顔を覗きこんだ。


「名前!考エタデ!今思イツキデ出テキタンヤケド…」

「…?」

「名前、“える”二セェ。可愛イヤロ?」

「……エル?」

「コレデ名前ヲ聞カレテモ困ランデ」


 少女…エルは、自分の名前をぽつり、ぽつりとつぶやいた。自分の名前。エル、エル……今までなかったものを、この鉄の箱が、与えてくれた。胸の奥の方が、じんわりと温かくなった。でも、エルにはその気持ちを何と言えばいいのかよく分からなかった。


「……名前、」

「ン?」

「……お前さん、名前…」

「ワシノ名前?ワシニハ名前ナイネン。製造番号ハI‐4002S…ソレガワシノ名前代ワリヤ」

「…あい、よ、えす…?」

「……ジャアオマエサンガワシニ名前ツケテクレ」


 いきなり名前をつけてくれ、と言われてもそう簡単に思いつくものではない。名前というものは一生それをもって生きるわけなのだから、ちゃんと考えなくてはいけない。エルにとってこのロボット…“I‐4002S”は、その大切な名前をつけてくれた存在であるから尚更、考えるのが難しかった。

 しばらくの間、エルは必死に頭を捻って考えていた。まず、エルには名前というものはどんなものがあるのか殆ど知らない。同い年の友達などもおらず、兄弟もいない。やってくる野良猫にも名前などない。必死に今まで聞いてきたものの名前を思い出す。うーん、と唸るうちに、ぽんっと絡まったところから一つの名前が出てきた。


「……アポロ…」

「…あぽろ?」


 いつだったか覚えていないが、同じぐらいの子どもが初めて月に行った宇宙飛行船だ、と言っていたものだった。勿論、エルはその子どもと話していたわけではない。近くでゴミを漁っていたときに偶然耳にしたのだ。その宇宙飛行船…アポロ11号から、名前をとった。何故この名前が浮かんできたのかはよく分からない。もしかしたら、彼女の意識の奥の方で自分に初めてできた一緒に居てくれるかもしれない存在、希望であったからかもしれない。


「あぽろ…イケテル名前ヤ!気ニイッタワァ」

「……良かった」

「カッコイイワシニピッタリヤナ」


 ふふん、とロボットの割には何やら得意げに喋るアポロ。こんな風に自分に対して話してくれる存在は今までいなかったものだから、エルは今まで感じたことのない感情がわいてきて、どう表現すればいいのか分からなかった。こんな時はどうすればいいのか、誰も教えてくれなかった。


「…デ、える。ココハドコダ?」

「……ゴミ捨て場」

「…ッテコトハココハ下ッテコトカイナ」


 アアアア、とアポロは変な形状の手で頭を抱え始めた。(しかし届いてはいないが。)プシュウと頭の方から煙が空へと抜けてゆく。

 エルは、何が起きたのかとアポロをじっと見つめているだけであった。こういうときは何もしないでそっとしておくのがいいだろう、という判断ゆえである。

 しばらくアポロはじっとして、考えこんでいるようだった。アポロの集積回路は熱を帯び過ぎて煙を出し続けている。どんどんその量が増えていくので、エルはとうとう心配になってきて訊ねてみた。


「そんなに、どうしたの」

「…ウウ……」

「……病気?」

「…病気チャウ…ろぼっとガ病気ニナルワケナイヤロ」


 少し笑いながらアポロは言う。こんなにアポロを悩ませているのは一体何なのか。エルには予想が全くつかなかった。それどころか、このような鉄の箱が悩んだりするのか、と驚くことしかできなかった。

 それからしばらくしてどうやら一段落したらしく、アポロは気分が落ち着いたようだった。エルはどうしたの、とアポロに再度訊ねてみると、アポロは画面の中の目を斜めにして悲しそうな顔をしながら、口を開いた。


「…ワシ、捨テラレテシモウタ」

「…アポロは、ゴミ、違う。」

「…ウッ、える、優シイ子ヤナア」


 エルは何故優しいと言われたのか分からなかったのだが、初めて言われたその言葉に、口角が少し上がった。優しいなど、全く言われたことがなかったのだ。まず感情をあまり出さないものだから冷たいという風に、他人は思っていた。


「…ウーン、ワシハドウシタライインジャロ…捨テラレテシモウタシ…」

「アポロ、ここにいればいい」


 はっと、エルはなんてことを言ってしまったのだろうかと口に手を当て、俯いた。今まで一人で生きてきたのだから一人ぼっちでも構わないはずなのに、アポロに出会ってから誰かといて、今までにないような楽しさや嬉しさがあって、いつのまにか一人でいることが嫌になっていたのだ。でも、きっとまたアポロも自分から離れていってしまうのだろう。そう思っていたのに。こんな風に自分の欲に対する意思を表すことは殆どなかったのでとても恥ずかしくなってしまった。

 そんなエルの様子を見て、アポロは画面に映る目をチカチカと点滅させた。捨てられてしまった、という現実にぶつかり、自分は必要とされなくなったという虚しさを無機物ながら感じた次には、この少女に必要とされてしまったのである。アポロは今までに無いほど回路が混乱し始めてきて、だんだんと温度が上がっていきオーバーヒート寸前だった。熱くなった回路を必死に冷やしながら、何とか機能を保ってはいたが。


「エエンカ?」

「いい。一緒にいよう」


 こうして、孤独に生きてきた少女エルと、捨てられてしまったポンコツロボットのアポロ。二人(?)の生活が始まった。




何となくずっと書きたかった世界観です。

こちらも文芸部で掲載していた二つ目にして最後の連載です。

どうぞお付き合いください。

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