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虎の穴 第28回 『時の転生』

作者: あべせつ

第28回課題

時間のない世界(

もしも世界から時間がなくなったら)



『時の転生』  あべせつ  


二十二世紀の初頭、スイスのジュネーブ郊外で行われていた世界一大掛かりな素粒子実験が成功した。人類史上初、人工のブラックホールの誕生である。わずか半径9ミリメートルの極小のものであったが、それはまぎれもなく宇宙の深淵の産物であった。

当初、その極小さゆえにすぐに消失するものと思われていたが、その穴は実験室の中のものを吸収し、わずかずつではあるが肥大していったのである。今はまだこの研究室の中の被害で納まっているが、このまま肥大し続ければ、すべてのものが、いや地球そのものが飲み込まれてしまう!想定外の出来事に研究者たちは慌てふためいた。


そもそもの理論上では『ブラックホールの中心から外側に向けて電子が時間を遡りながら移動し、外部に辿り着くと時間の流れを逆向きに変えて宇宙空間に飛び去っていく。よってブラックホールは時間の経過とともに質量を減らし消滅する』はずであったのだ。


ところが実際はそうならなかった。

ホールの内部から時間を逆行してきた素粒子が、何らかの影響により外部にたどり着いても逆向きに変換されず、宇宙空間に飛来するどころか、そのまま再度内部に吸収されるというエネルギー供給の無限ループが形成されてしまったのである。


研究者たちは、この失敗を『無かったこと』にするため、あらゆる手を打った。

しかし、ホールは成長し続け今ではパチンコ玉サイズにまでなってしまった。このままでは近いうちに研究施設も飲み込まれて、もはやだれも制御できなくなる事態になるであろうことが目に見えてきた。

研究者たちは致し方なく最終手段を取ることにした。


『時間』の注入である。

ホールの内部から発生する「時間を遡る素粒子」に、正常に進行する時間の素粒子を当てて中和させ、ブラックホールの消失を目論んだのである。


そしてこの試みは成功した。


半分だけ。


ブラックホールはその成長を止めたが、時間を遡る素粒子の消失まではされなかったのである。

そしてブラックホールはその均衡を遂げたまま、刻々と『時間』を吸い続けた。

その結果、この世からすべての時間が消失したのである。


ルードは薄暮の中にいた。

あの日を境にこの山小屋の周りはずっと薄暮のままだ。訪れるべき夜は来ず、白夜のような不思議な光が辺りに満ちている。

もうどれくらい時間が経ったのだろう

数時間なのか、数年なのかが、はっきりしない。壁の時計は秒針をわずかに震わせながら、その位置で停滞している。進みもせず、戻りもせず、そして止まりもせずに。

針は進もうと全身の力を振り絞るが、何か強い力で引き戻されている。そんな動きである。

最初、壊れたのかと思ったが、腕時計も同じであった。コチコチ、コチコチ・・・。それまで鳴っていた時を刻む音がなくなると、ルードは静寂の深さに気が付いた。もともと都会の喧騒をきらって、この山にひとり登りに来ていた。山は静かだ。

 

しかしこの静けさは異様であった。

風の音すら聞こえない。まさに真空のようだ。

ルードは己の心臓の鼓動すら聞こえない気がした。

 そら恐ろしくなったルードは山小屋のドアを開けて外へ出た。そして山の尾根に走り、下界を見下ろした。

 

 ない。

 

そこにあるはずの麓の村は消失していた。

足元に広がるのは、大きく口を開けた深淵であった。ルードは声にならない叫び声をあげた。


 研究者たちは必死で『時間』を注ぎ込みブラックホールの成長を留めていたのであるが、ある大事なことを忘れていた。

「時間」と「空間」は表裏一体だということを。

時間の消失は、空間の消失をひきおこしていた。

 

地球全土が闇に吸い込まれるまでには、もう幾ばくの猶予も残されていないであろうと思われた。

 そのことに気づいた科学者の一人が、こうつぶやいた。 


『我々は急ぎ過ぎたのさ。時間を粗雑に扱ったから、こうして報いを受けるんだ。次に生まれ変わったら、同じ過ちはしようまい。

もっと時間を大切に生きるんだ』



 足元にひたひたと闇がせまってきた。 


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