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作者: 十日

何年か振りにタバコを買った。昔買っていた銘柄のパッケージが変わっていて、ちょっと買うのに戸惑ったけれど。

それだけあの人といる時間が長かったんだと思い知らされて、少し心が苦しかった。




何処から思い返せばいいのだろう。

とりあえず私はあの人と付き合い始めてから、タバコをやめた。理由は単純に、あの人がタバコが嫌いだったから。

最初は一人の時は吸っていたけど、吸う度あの人が思い浮かんで徐々に吸わなくなった。よく言う、貴方がいれば何もいらないわ状態だったんだろう。恋愛とは不思議なものだ。





そしてそんな私が何故また購入したのか。


答えは単純明快、今日私は4年間付き合った人に振られたから。





一昨日電話があって、たまたま休みだった今日に会う約束をして、少しドライブをしてから「別れて欲しいんだ」と、静かに言われたのだ。

理由は他に好きな人が出来たから。私の事が嫌だって理由なら何とか嫌な所を直すから、とか言えたけど。私は私以外直せる事なんて出来ないから、そっか、と小さく返した。



その返事に彼はわかったみたいで、ごめん、と言って黙った。私達の4年間は、3文字のやり取りで呆気なく終わりを迎えたのである。






その後すぐに駅で降ろして貰って、電車で帰った。

途中コンビニに寄って晩御飯と缶ビールとタバコとライターを買った訳で。

そして今ベランダで一人、夕焼け空を眺めながら缶ビールを飲んでいる。あぁ何だろうこの喪失感。でも不思議と涙は出ない。本当に何だこの状態。


昔は好きだって気持ちが強かったけど、次第にそれが穏やかになっていった。そしてその穏やかな、よく言う『空気みたいな関係』が私は心地良かった。

だけどあの人はそれが嫌だったのかな、物足りなかったのかな。必死に理由を探してるけど、きっと今考えてもわからないんだと思う。お酒も入ってるし。



太陽が完全に沈んだ。東の空はもう夜の色をしていて、小さく星が輝いている。持っているビールも空になってしまった。

手持ち無沙汰の私は、何年か振りにタバコとライターを取り出した。随分ライターも使いにくくなった、ちびっ子が勝手に使えない様にしてあるんだっけ?それは良いことだなぁと感心しながら、事あるごとにあの人といた時間の長さを改めて実感した。




『タバコ吸うの?』


「あぁ、うん。あ、タバコ嫌いだっけ。」


『うん、あまり好きじゃないかな。』


「そっか。じゃ吸わないようにするよ。」


『禁煙するのかい?』


「うん、その方が健康にもいいしね。」


『そうだね、長生きしてもらわないと困るし。』


「何それ。」



そういやこんな会話したっけなぁ、なんて今更思い出す。



あの時は言わなかったけど、あの人の嫌いな匂いをあの人につけたくなかったからやめたのもある。

でも今は、もうこの匂いをつけても問題は無い。もう私の隣にあの人はいないのだから。




固いライターに少し苦戦しながら火をつける。あぁこの匂いは変わらないんだ、と懐かしみながら吸った。


が、久しぶり過ぎて噎せる、苦しい。しかも煙で目が滲みて涙が出る。


ああ、目が痛い。涙が止まらない。どうしてだろう。

そっか、で別れた筈なのに。ぽっかり空いた部分はそんなに大きくないと思っていたのに。

穴が空いた部分に煙が入っていく。でも煙は埋めることは出来ないんだよ。触ろうとしても触れられないのだから。



愛してた事、愛されてた事、穏やかにこれから先も続いていくと思ってた。でもそれは煙のように、そこにある様に見えていたけど触れられないものになっていたんだ。



ああ、本当に私、貴方が好きでした。


証拠にほら、貴方のせいでこんなに、タバコが嫌いになってしまったのだから。

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― 新着の感想 ―
[良い点] >理由は他に好きな人が出来たから。私の事が嫌だって理由なら何とか嫌な所を直すから、とか言えたけど。私は私以外直せる事なんて出来ないから、そっか、と小さく返した。 >その返事に彼はわかっ…
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