悪夢と夜明け
大和と武蔵はガ島に迫る。しかし米軍の艦隊は手出しができないでいた。
ガダルカナル島のアメリカ海兵隊にゴームレー少将率いる第六四任務部隊、キンケイド少将の第一六任務部隊が壊滅したとの報告が入ったのは二三三〇であった。これは海戦が終了し、大和と武蔵がガダルカナル島に向かい始めたときであった。
この頃には飛行場に攻撃してきた日本兵はほぼ鎮圧され全滅状態。対する川口支隊の攻撃を退けた海兵隊も突然の奇襲で受けた被害は大きかった。圧倒的な火力差であったのにも関わらず二〇〇以上の死者が出ていた。加えて負傷者数はその三倍の六〇〇を超えた。
案の定フレッチャー中将にも二艦隊敗北の報告は伝わっていた。
「馬鹿な、戦艦三隻だぞ」普段冷静で、そこまで口数が多くないフレッチャー中将は驚きの限りを態度で示した。彼が驚くのも無理はない。戦艦三隻が出撃していき、全てが撃沈されたなど到底信じれるものでは無い。フレッチャー中将はあの時自分が戦艦を貸し与えていたらと少し考えたが、報告に聞いたワシントンより大型の戦艦の存在を少しばかり恐れた。「朝が来たら」とフレッチャー中将は呟いた。戦艦は航空機に勝てないという図式が、彼の頭を支配していたからだ。だがそれどころではない。もし日本艦隊の目的が艦隊の撃破ではなく飛行場の砲撃であれば非常にまずい。戦艦三隻を沈められた今水上部隊で抗うことは難しい。万が一フレッチャー自身の艦隊に充分な戦力がっても、日本の艦隊がいると思われる海域まで三〇分はかかることになる。それまで敵は島を…。そこまで考えてフレッチャーは中将は帽子を床に叩き付けて言った。
「早く輸送船を島から遠ざけろ!」
島には一〇隻の輸送船がいた。既に荷揚げを終えているのは僅か二隻で、荷揚げ未完の船を撃沈されれば、島の海兵隊は物資不足に陥る。輸送船団をこの報告を受けると島の西側に向かった。
ここに至っては島を砲撃されるのは覚悟しなくてはならない。フレッチャー中将は肩を落とした。
島の海兵隊は半狂乱になりつつも残兵処理を行っていた。飛行場近くで倒れ伏した日本兵に銃口を向け弾丸を撃ちつけ、また踏んだ。死体は動かず生者はうめいた。うめき声の持ち主はさらに銃撃を受け、その息は絶えた。だが海兵隊は気が気で無い。やがて洋上から砲弾を撃ち込まれるというのに、ジャングルには日本兵がいるのだ。味方の艦隊の救助は絶望的で、夜間に航空機を動かせる操縦士は少ない。海兵隊は車両で死体を弾き潰したが、川口支隊の残存兵の肉薄攻撃で二両が破壊されるなど、被害は増加した。
そしてその時はやってきた。
一方大和と武蔵の双方が見ている島の情景に近藤中将や幕僚は困惑した。明らかに戦闘が起きた後であったからだ。陸軍から今日攻撃するとの報告は入っていない。威力偵察やゲリラ攻撃にしては範囲が大き過ぎる。訳が分からなかったが時間が無い。それに敵陣が被害を受けているのは、こちらとしては好都合だ。ぽつぽつと小規模ながら火災が起きているのが見えたので、それを狙いとして三式弾の砲撃を開始した。砲弾は弧を描いて島に次々着弾し始めた。
砲弾の炸裂により島の建造物の柱が根元から揺り動かされた。直後三棟ほどの移住居の天井が崩落し、中にいた兵士達を踏み潰した。次々に火が回り、兵舎は火にのまれ砂浜に築いた資材の山は撃ち崩れた。
やがて飛行場にも砲弾は着弾しはじめた。航空用燃料庫は砕かれ、ガソリンが漏れ始める。その上を火は走りだし、とどまらなかった。兵士は右に左に逃げまとい火を消す者はおらず、闇は光に変わり、夜は朝となり油は火の道となった。
予告された破滅を食い止める希望の剣であった砲台から放たれる砲弾は大和と武蔵には届かなかった。間もなく砲台は無残にも崩れ落ち、破片に打たれた兵士は燃える死体におりかさなり二度と起きなかった。転んだものは仲間に踏まれ、その訴えは混乱に取り除かれた。海兵隊にとっては悪夢であった。
荒れ狂ったように火は広がり続けた。百戦錬磨の雄々しい兵士さえも慌てふためき走り続けた。米兵は火から逃れるため丘を超えてジャングルに逃げだした。だが、火から逃げた先には日本軍の残党がいた。死体の中を駆ければ死んだふりをしていた日本兵に殺され、木々の間を走ればどこからか射撃された。ただ島の日本兵は何故米軍基地が砲撃されてるのか理解できなかった。この時の川口支隊と陸戦隊の戦闘可能な生存者は五〇〇名であった。
〇〇二〇
時刻が経ち日付は変わった。大和と武蔵が放った三式弾は双方合わせて二〇〇を数えた。弾種は一〇分前より零式通常弾に切り替えており飛行場を集中的に狙っていた。まだ各砲弾は残っていたがこれ以上はただ砲齢を短くするだけだと近藤中将は考え撃ち方やめを命じた。どんな砲にも年齢があり大型であるほどそれは短くなる。大和型の四六センチサイズは丁寧に手入れしても砲齢はおよそ二〇〇発である。少なく見えるかもしれないが一門二〇〇発で計算すると、大和型は九門の主砲があるため全体で一八〇〇発も放てる。
飛行場は文字通り火の海となり、滑走路は随所に通常弾による大穴が開いていた。大和と武蔵は反転しガダルカナル島を跡にしようとした。その時「左二〇度に雷跡!距離五〇〇〇」偵察員が叫んだ。
大和と武蔵の両艦は右に二五度回頭しこれをなんとか回避した。魚雷発射犯は米軍の魚雷艇であった。通称PTボートであった。両艦は副砲で攻撃したが的が小さいうえ速力四三ノット(キロに換算するとおよそ時速八〇キロ)と非常に高速であり、遂に逃げられてしまった。高角砲などに配備されていた水兵などは「逃げ足だけは速いんだな」と笑い飛ばした。
やがてツラギとルンガ岬の中間地点に大和と武蔵は到着した。無事に第二艦隊と合流で来た大和と武蔵は海域からの脱出を図った。ガダルカナル島で大和と武蔵に割り当てられていた任務が終わったからである。
〇四〇〇 ガダルカナル島に朝日が出た。飛行場は地獄を思わせる有様だった。まずドラム缶のだったようなものが幾つも転がっていた。熱で溶け、爆風で飛ばされ地面に半分埋もれたものもあった。中にあった燃料は全て漏れ出し焼き尽くされていた。飛行場はこの時二つあったのだが、どちらも砲撃を受けており配備されていた八〇を超える航空機は二〇機も残っていなかった。無事に残っていた燃料は昨夜の一割だけだった。米軍にとっての幸いだったのは、工事用の重機が半数以上残っていたのだ。これならば四日程でほぼ修復できる。恐ろしいほどの修復速度である。海兵隊は眠る暇も与えらず瓦礫の片付け、各箇所の修復作業(飛行場が優先された)、日米両軍の死体処理に追われた。
一方川口支隊はまだ数百の兵士が残っていた。川口隊長は兵士たちに東側陣地に戻れるものは戻るように命じた。川口隊長は責任は私一人で負うとして一人列から離れた。何人かが追いかけたが草木に遮られて遂に見つけることは出来なかった。恐らく自決したものと思われるが、真相は永遠に闇の中である。
そのころフレッチャー中将率いるレキシントン・ワスプの空母の甲板上には爆撃機と雷撃機がずらりと並んでいた。戦闘機は二〇機ほどが艦隊上空を旋回していた。フレッチャー中将は今朝から偵察機を飛ばしていたが第二艦隊を発見することはできず、また第三艦隊も同じく発見することが出来なかった。寝ずにひたすら朝日が出るのを待っていたフレッチャー中将は赤い目をしていた。見た目は落ち着いているように見えるが、細かい動作をみていると腹の奥では怒りを覚えているのが分かった。
「コーヒーを注いでくれ」椅子に座りフレッチャー中将はそう言った。一人の男が返事をして部屋から出ていった。しかし次に部屋に入ってきた男がもってきたのはコーヒーでは無くある一つの報告であった。
「提督!日本の船団を確認しました」




