獣の咆哮
一六三〇 今やミッドウェー上陸を阻害する米軍の作戦は失敗し、帝国陸軍の上陸を防ぐのはほぼ不可能になった。ミッドウェー島の戦闘機の航空兵力は全滅し、頼みの綱であった機動部隊も壊滅的なダメージを受け撤退中である。その機動部隊は現在小沢機動部隊の追撃を受けている。
同時刻上陸兵団を乗せた輸送船団が護衛の海防艦四隻、仮装巡洋艦一隻、駆逐艦二隻に囲まれてミッドウェー島へと進んでいった。また第一戦隊から長門・陸奥が切り離されて輸送船団と合流すべく二一ノットの早足で海上を進んでいった。第七戦隊も輸送船団近海にいたため一〇分とかからず合流を果たした。
第一戦隊と船団との距離は二〇キロである。長門と陸奥の一〇メートル光学式測距儀でも十分確認できる距離である。この一〇メートル光学式測距儀は二〇キロメートル遠方の艦影を観測した際の測定誤差が三〇〇m弱で観測出来る。一,五倍の基線長を持つ大和型戦艦の一五メートル測距儀なら同距離で200m弱となっている。戦艦の全長は二五〇メートルほどなので二〇キロを切ったあたりが戦艦が砲撃しやすい距離なのである。
一六五〇 「ジャップの奴がまた来た!全部撃ち落せ!!」十四ノットで退却するエンタープライズと同行している巡洋艦や駆逐艦が日本艦隊の攻撃機六機に補足された。
重い航空魚雷を抱え真っ直ぐに艦隊へと向かう。これに対し一斉に砲門を開く米艦隊。幾百の弾丸・砲弾が壁のように立ちはだかる。一機が無数の鉄の破片に翼をもがれ海面に叩きつけられ四散したが、五機は対空放火によって描かれるオレンジ色のラインを回避しながら距離一〇〇〇メートルまで接近した。魚雷が切り離されると同時に機体はグッと軽くなり上空へと浮く。追い撃ちの弾は当たらず攻撃機は雲目掛けて上昇していった。
だが攻撃機に目をやっている暇はない。自艦に魚雷が迫っているのだ。「機関停止!」 冷静な判断であった。エンタープライズは機関を停止し惰性でやや前方へと進んでいくが魚雷はそれを上回る速度で走りエンタープライズの前方を駆け抜けていった。
八分後四機の爆撃機に襲撃されるも難なく回避。その後日本艦隊の攻撃圏内を抜けハワイ方面へと逃走していった。
この報告を聞いた小沢は肩を落とし「不安要素を残してしまった」と草鹿へと呟いたと言う。
これから一五分後今度はミッドウェー島へと第二次攻撃へと戦闘機九機、爆撃機一二機、攻撃機一八機が、次いで二〇分後には同兵力がミッドウェーへと向かった。
一方の第七戦隊上陸部隊は長門と陸奥を後方五キロ地点に確認。島まで後二四五キロメートルである。船団の速度は一五ノットと鈍足であるが仕方がない。上陸まで後およそ九時間後、ちょうど日付が変わった頃である。
一七四〇 ミッドウェー島第二次攻撃隊二隊が空襲を敢行した。イースタン島、サンド島、スピット島にそれぞれ攻撃に攻撃を加え、残されていた魚雷艇・飛行艇を全て炎上させた。さらに倉庫などにも爆撃を加えた。被害は撃墜・自爆で零戦一機、九七艦攻二機だった。
二二〇〇 輸送船団の中では一木支隊が二時間後の上陸に備えていた。その時甲板上で機関銃の音が聞こえた。声と足音がドタドタと鳴り騒がしい。偵察機にでも発見されたのだろうか。誰もが空気の変化に戸惑いを隠せないでいた。周りの船の発砲音まで聞こえてきており只ならぬ事態であることを全員が察した。直後船が急旋回し左に傾いた。
刹那・・・。雷鳴のような轟音が近くで聞こえた。数秒後艦内にようやく外の事態を知らせる報告が来た。
「敵の潜水艦です」陸軍兵は恐怖にかられた。いくら陸上で勇猛果敢に戦い敵を撃破する猛者達でも海上では無力なのだ。
潜水艦相手となれば戦艦なども手出しが出来ない。まさしく水面下の獣である。その獣はひたすら沈黙を守り、今静寂を引き裂き襲い掛かったきたのだ。
先ほどの雷鳴は海防艦に魚雷が命中した音だという。海防艦と名は立派だが駆逐艦の劣化版のようなもので速度も遅く、装備も貧弱で魚雷は非搭載である。そして攻撃を受けることは想定範囲外のため装甲など無い。輸送船護衛の船舶なのだ。
駆逐艦や残りの海防艦が真っ黒に塗りつぶされた海面へと爆雷を投下したり、迫撃砲を撃ち込んだ。そうしている内に今度は戦艦陸奥に水面下の獣が波を凌駕する勢いで襲い掛かる。水柱が左舷に一本直立する。さらに休む暇も与えず今度は巡洋艦鈴谷に魚雷は突進してきた。轟音と水柱が周囲の艦船の乗員に底知れぬ恐怖感を与える。
明らかに複数艦による攻撃だった。数十秒の情景が鮮明に意識の壁に焼き付けられ、前にも後ろにも逃げ切れない船内という閉ざされた空間にいる事で、脳の一部が欠落したかのように冷静な思考を消し去り頭がひどく痛む。火災を起こしメラメラと立ち上るオレンジ色の炎が恐怖を更に増幅させた。
その恐怖の増幅に歯止めがかかった。駆逐艦親潮が爆雷を投下した海面が勢いよく吹き上がった。重油の膜と残骸が浮き上がる。さらに海防艦の迫撃砲が落下した地点から潜水艦が浮上してきた。おそらくどこかが故障したのだろう。長門が姉妹艦の陸奥の仕返しとばかりに第一砲塔を旋回させ咆哮した。直後魚雷の命中とは比べ物にならない水柱に潜水艦は包まれそのまま蒸発したかのように姿を消した。他の潜水艦も退散したのか周囲には再び沈黙が戻った。
鈴谷は速力低下するも応急処置により船団に追尾可能な速度は出せるまで修復された。陸奥も防水区画が一番丈夫だった場所への被雷だったため鈴谷と同じく船団の追尾可能となった。海防艦は沈没したが乗員の五分の四が救出された。結果として三〇分遅延となったが輸送船団の被害もなく再びミッドウェーへと針路をとった。
日付変更 〇〇二〇 予定より少し遅れたが目標地点へと到達した。
「一番配置・電流に問題は」砲員長の声が艦内電話の受話器から響く。
「一番問題なし」伝令が返事を返す。旋回手、射手がそれぞれの持ち場で指示に従う。
「撃ちかたぁ用意」
長門と陸奥の砲塔がゆっくりと旋回する。巡洋艦もそれに倣って主砲を島へと向ける。「主砲ぅてー」射手が発射の引き金を引く。砲門から四一センチ砲弾が勢いよく飛び出る。八つの砲門からそれぞれ放たれた砲弾は放物線を描きながら島へと飛ぶ。島にあった格納庫や兵舎がアルミ箔ように破れ火を吐いた。炎は巨大化し天に向かって激しく咆哮した。
まるで獣の咆哮のようであった。巡洋艦が続けて発砲する。絶え間ない音と振動が島のアメリカ守備隊を襲った。土砂が舞い上がり小石が石つぶての雨のように降り注ぎ、灰と化した物体が周囲を舞う。砲弾が命中した箇所には空洞がぽっかりと口を開き、亀裂がくもの巣のように四方八方に走った。二〇分の砲撃の後に待機していた上陸用舟艇が一斉に浜へと向かう。イースタン島にまず二〇〇名が上陸した。サンド島には八〇〇名がそれぞれ上陸した。イースタン島は飛行場があるだけで兵士はほとんどおらず小規模な戦闘がおき双方合わせ十数人の死傷者が出たが勝ち目がないと判断したのか降伏した。サンド島は一個大隊が配備されていた。装備も新鋭のものであり数は日本軍とほぼ同数だった。だが空爆と砲撃により破壊された兵器も多く、兵士の死傷者も既に数十名単位で出ていたため一時間後降伏した。日本軍の死者は二〇名だった。他にも幾つか島があるがそれらは一個小隊で全て制圧した。一木支隊の被害は五〇名を下回った。かくして上陸作戦は捕虜五〇〇名を得て成功した。
山本五十六はこの報告を聞いて戦艦大和の艦橋で笑みを浮かべた。翌日各島には日章旗がはためいていた。一部無事だった滑走路には早くも日本機が整列していた。




