その社に降る雨は
初投稿作です(^^)
感想頂ければ幸いです!
それはまるで白昼夢のような不思議な体験だった。
わたし結賀小夏14歳は、夏休みを利用して山梨県白州にある母方のおばあちゃんの家に遊びにきていた。
近くを流れる尾白川で地元の子たちと滝壺に飛び込んだり、裏の山にカブオムシを探しに行ったり、満開のヒマワリ畑を見に行ったり、普段都会では経験できない優雅な夏休みを満喫していた。
くたくたに遊び疲れた今は、おばあちゃんの愛猫の夏丸を膝に乗せ、風鈴の音とひぐらしの鳴く声を聞きながら縁側で夕涼みと洒落込んでいる。なんて贅沢。
「気持ちいいね、夏丸」
膝の上で丸くなっている白猫を撫でてやると「にゃあ」と短く一声返ってくる。ちなみに夏丸という名前だけど女のコ。わたしと同じ夏生まれ。
お日様が完全に落ちて空が満点の星に包まれ、夜風が心地良く焼けた肌を撫で始めた頃、おばあちゃんが冷えたスイカを切って持ってきてくれた。ほんとに至れり尽くせりですわ(笑)。
夏の味覚を愉しんだあと、その日の夕食もバッチリ平らげ、お風呂で火照った体を冷まそうとわたしはまたまた縁側へ。そこにおじいちゃんがビール片手にやって来て「小夏、一局」と人差し指を立てる。
碁盤を挟んで蚊取り線香の香りに鼻をくすぐられながら、ゆっくりと流れる夜の時間を過ごすのも風情があっていいですなぁ(完全にオヤジ口調)。
「小夏ももう14か?へぇだんだんと夏樹に似て来たな。顔も、頭ん中もっ・・・・・・と」
パチっと打たれた白石は見事にわたしの急所をつく。サラッと他愛もない話をしながら、14歳の孫に容赦ねぇなおい。わたしは冷や汗をかきつつ部屋の奥に見える仏壇に目をやる。
「お母さんとわたし、そんなに似てる?」
「ほうだな、そうやって困っちもう顔なんか瓜二つだぞ」
おじいちゃんはそうやってカラカラと笑う。今年還暦を迎えたばかりのおじいちゃんはまだまだ若々しく元気だ。毎日畑仕事に精を出している。
「こどもの頃の写真みたことなかったか?アルバム見るけ?」
「え、見たい見たい!」
「よおし、ほいじゃさっさと終わらせちもう」
おじいちゃんの放り込みにわたしは顔を青くさせる。
***
写真で見た母は本当にわたしによく似ていた。まだ若いおじいちゃんとおばあちゃんの間に立っているのがまるで自分のように錯覚してなんだか変な気分。こうして客観的に見るとわたしってけっこう美人?なんちゃって。
わたしには母の記憶がない。でもこうして写真みたり、話を聞いたりするとやっぱり親子なんだなぁとわかる。わたしと母の絆はこれだけでも十分だった。
母がいないことにさみしいと思ったことはあるけれど、不幸だと思ったことは一度もない。わたしをここまで育ててくれたお父さんや、美味しいご飯をたくさん作ってくれるおばあちゃんや、色んな遊びを教えてくれたおじいちゃん。とっておきの飛び込みスポットを教えてくれた白州の友達や、たくさん恋バナで盛り上がった学校の友達。
大好きな人たちに囲まれて、わたしは十分すぎるほど幸せだ。
そんなことをしみじみと感じながらアルバムを捲ると、ふと一枚の写真に目が留まった。
多分この家の庭で撮ったであろうその写真には、高校生くらいだろうか、白猫を抱き上げて笑う母の姿があった。
「夏丸・・・・・・?」
***
「そいつは初代夏丸だ」
次の日の朝、おじいちゃんにその写真について尋ねると、そんな突拍子もない答えが帰ってきた。夏丸が襲名性だとは初耳だ。
「今の夏丸は?」
「3代目」
ほうほう。これはなんとも面白い話になって来ました。わたしは好奇心に目を輝かせる。
「最初はねぇ、夏樹が捨て猫を拾って来たのがはじまりだったのよ」
テーブルで朝食の準備をしていたおばあちゃんが話に入ってきた。
二人が話してくれた経緯はこうだった。
ある日、高校生だった母が学校の帰りに白い子猫を拾って来た。その白猫は夏丸と名付けられその日から家族の一員となった。ちなみにその子はオスだったそうだ。
母はずいぶん夏丸を可愛がっていたが、数年たったある夏の日に夏丸は突然姿を消した。
母はそのとき町中を探し回ったそうだが結局見つからなかった。そして夏丸が家に戻ってくることはなかった。
「その次の夏だったかねぇ、夏丸にそっくりの白猫がひょっこり家の庭に現れてね。その子が2代目だよ。夏樹は夏丸のこどもだと言って喜んでいたよ。そんなことわからないのにねぇ」
「今の夏丸が3代目ってことは同じようなことがもう一度あったの?」
「そうだよ。今の夏丸がきたのは小夏が小学生にあがったころだったかね」
ぜんぜん知らなかった。あの夏丸にそんな面白そうな話があったなんて。そういえば今朝から夏丸を見ていない。もしかして・・・・・・。
「わたし、出かけてくる!」
そう言って、わたしはごちそうさまも言わずに家を飛び出した。
***
息を巻いて飛び出したのはいいものの、この辺地理に詳しくないわたしは早くも路頭に迷っていた。猫がいそうというイメージで近所の神社に来てみたが、当然ながらそんな簡単に見つかるはずもなかった。境内に腰掛け他にどこを探そうか悩んでいると、目の前に一匹の三毛猫が通りかかる。
「あ、お前夏丸の友達だな。ここに住んでるの?ねぇ、夏丸がどこいったか知らない?」
三毛は「にゃー」っと一声鳴いて、前足で顔を洗う仕草をする。
「知らな「にゃー」いか・・・・・・へ?」
その鳴き声はわたしの後ろから聞こえた。人間でいうと少しドスのきいた低い声の様な、貫禄のある鳴き声。振り向くと目つきの鋭い、猫にしてはやや恰幅の良すぎる黒猫が座っていた。付き人の様にトラ猫とブチ猫を従えている。その2匹はスマートだった。
その3匹は身軽な動きで(体格が良くても猫の動きだ)境内を飛び降りると、黒いのが三毛猫に向かって話しかけるように先ほどの低い声で鳴く。
すると4匹は同時にどこかへ向かって走り出す。
「これだ!!」
猫の集会というのを聞いたことがある。きっとこれを追えばそこに夏丸もいるはずだ。わたしはすぐさま黒たちの後を追いかけて走り出した。
神社の雑木林を抜けて、石の壁を飛び越え、細い路地をひたすら進む。途中やってるかやってないかわからないような商店を通り過ぎ、いつのまにか山の中へ。
帰る方向がわからなくなったところで、黒たちを見失ってしまう。
「・・・・・・迷った・・・・・・どうしよう」
耳を澄ますと水の音が聞こえる。とりあえず、ずっと走ったせいで汗だく。喉もからからだったので水の音の方に下ってみた。音が近くなって、いよいよ喉を潤せるかと膨らんだ期待も目の前の、渓谷にパチンと音を立てて割れてしまった。
水は崖の遙か下に見える。目の前にはいつかけられたかわからない様な吊り橋がかかっているが、ボロすぎて渡る気にはとてもなれない。
と思っていたら、橋の向こうに黒たちの一団が行くのが見えた。見えてしまった。
「・・・・・・マジか・・・」
多分、この夏一番の冒険だったと思う。一緒に渡ったらどんな男でも好きだと勘違いしてしまいそうなくらいハラハラドキドキしてしまった。ただその感情を分け合う人がいないのがなんとも寂しい。
そしてわたしは黒たちを追ってさらに森の奥へ。このとき帰れなくなるとかの恐怖よりも、ただ好奇心だけがわたしを動かしていた。
どこをどう進んだのかひたすら薄暗い森を進んでいくと、目の前に大きな石の鳥居が見えた。こんなところに神社?
近くまでいくとかなり大きい。手入れがされているのかそれほど古い感じはしない。鳥居の先は長い長い石段が続いており、石段に沿って等間隔で並ぶ石灯籠にぼんやりと明かりが灯っている。鳥居の両側に大小様々な形のお地蔵さんが並べられ、よく見るとどのお地蔵さんの頭にも猫の耳の様なものが見える。
少し気味が悪くなって、背筋にブルっと悪寒が走る。
しかしここまで来て引き返すわけにもいかない。もとより引き返す道もわからない。神社なのだから誰かいるだろうと思い、意を決して階段を登る。
「ええい、女は度胸だ!」
どの位登っただろうか。わたしの足が棒になって来た頃、ようやく長い石段が終わった。階段の終わりを向かい合って座る狛犬(これも猫に見える)が出迎えてくれた。登り切ったそこは開けた土地になっており、真っ赤な鳥居がいくつも連なって、その下を境内へ続く石畳がまっすぐ伸びている。異様な雰囲気に息を呑む。
わたしは不安を振り払うように気合を入れ直すと、鳥居をくぐって境内へ歩を進める。
おかしいと感じたのは、歩き始めて数分も立たないうちのことだった。
どう考えても境内が先ほどより遠くなっている。振り向くとわたしが登ってきた石段も見えない。ただただ赤い鳥居が連なっている。まるで合わせ鏡の中に迷い込んでしまったかの様な錯覚に鳥肌が立つ。どこからか猫の鳴く声が聞こえる。その声は次第に数を増やしわたしの周りで反響する。姿は見えないのに、沢山の何かに見られているような視線を感じる。
延々とこだまする猫の声と、風に揺れた木々のざわめきがわたしの恐怖心を煽る。わたしは前にも後ろにも進めなくなってしまう。どうしよう、怖い・・・・・・!
そのとき冷たい雫が頬を伝う。それは空から降ってきた。
「え、雨・・・・・・?」
見上げると、木々の間には青い空が広がっている。本日は晴天。
しかし雫は次第に強くなり、ポタポタと小雨が石畳を濡らし始めた。なぜだろうか、その唐突な天気雨がわたしの恐怖心を洗い流した。わたしはポカンと空を見上げている。
シャン…シャン…シャン…。
どこからともなく聞こえる鈴の音。次第に近づいてくる。
シャン…シャン…シャン…………シャン。
止まった・・・・・・。
いつの間にかわたしの前に鮮やかな和傘をさした行列が並んでいる。全員仮面をつけており顔は見えない。列の中央には黒の紋付袴を着た男と、純白の着物に身を包んだ女。周りを囲む僧侶の様な格好をした人々が杖をつき、先ほどの鈴の音を鳴らす。
その音にビクッと体を震わせるわたし。
白い着物の女がしゃがんで、その裾を持っていたこどもの一人になにやら耳打ちをする。するとこどもは頷きわたしに駆け寄ってきた。いつ手にしたのか和傘を持ってわたしに差し出すと、ある方を指差す。
差された方に顔を向けると、そこには一本の道が。さっきまではなにもなかったのに。
こどもは着物の裾を持つ仕事に戻ると、行列は再び鈴の音を鳴らしながら歩き出す。
列が見えなくなるまでわたしはその後ろ姿をぼーっと見つめていた。
示された道を下ると、ものの数分で見慣れた風景へと戻ってきた。振り返ると歩いてきたはずの道は見当たらない。まるで狐に・・・・・・いや、猫に抓まれた気分だった。
家に帰るとおばあちゃんがそうめんを茹でて待っていてくれた。
おばあちゃんが、夏丸がいないと言って首をかしげていたので「うーん、なんか嫁いでったみたい」というと目をパチクリさせてた。
「あーあ、来年まで寂しくなっちゃうなぁ。早く元気な子産めよー」
冷えたそうめんをちゅるるんっとすする。風に揺られチリチリンと風鈴が澄んだ音を鳴らした。
end