38-1 誰の言葉
評議会の数日後、セシリアの答弁は王都の茶会で小さな話題になっていた。
白い花の箱をめぐる議論は、連盟の記録に残った。費用、急報、責任、段階的導入、匿名集計。いずれも正式な議題として扱われ、侯爵家の事業はひとまず停止を免れた。表向きには、グランヴィル侯爵家はよく答えたと言われている。
けれど、褒め言葉はいつの間にか別の形を取り始めた。
「あの答弁、ずいぶん整っていましたわね。まるで誰かが書いたものを覚えてきたようでした」
「まあ、侯爵夫人代理ですもの。代理なら、奥方様の言葉を代わりに読むのがお役目でしょう」
「ですが、途中からはご自身の言葉だったとも聞きますわ。もし奥方様と考えが違っていたら、侯爵家の中で方針が割れているということではなくて?」
最初は冗談めいた囁きだった。だが、囁きは扇の陰を渡るうちに角を持った。セシリアはリディアの操り人形なのか。それとも、リディアの名を借りて自分の考えを通しているのか。どちらに転んでも、二人の間にひびが入っているように聞こえる噂だった。
その噂が本邸へ届いたとき、セシリアはしばらく返事をしなかった。家令から報告を受け、エリアスが眉をひそめても、彼女は机の上の答弁控えを見つめているだけだった。
「セシリア」
エリアスに名を呼ばれて、ようやく彼女は顔を上げた。
「分かっています。伯爵の狙いは、白い花の箱ではなく、私たちの関係です」
「なら、気にしなくていい」
「いいえ。気にしないことと、記録しないことは違います」
セシリアは答弁控えをもう一度開いた。そこには、リディアから送られた論点整理の文と、自分が評議会で実際に口にした言葉の写しが並んでいる。似ている箇所もある。違う箇所もある。似ているから支配されているわけではない。違うから反発しているわけでもない。けれど、外から見る者は、その違いを好きなように切り取ることができた。
「リディア様へ、すぐにお知らせします。噂に傷ついたと訴えるのではなく、何がどのように言われているのかをそのまま」
セシリアは白い便箋を取り出し、いつものように整った前置きを書きかけて、そこで手を止めた。今回は、上手に整えすぎてはいけない気がした。迷いも不安も、削らずに残すべきだった。
『リディア様。評議会での答弁について、王都で噂が出ています。ひとつは、私があなたの言葉をただ覚えて読んだだけだというもの。もうひとつは、途中から私自身の言葉で話したことで、あなたと私の方針が違っているのではないかというものです』
『どちらも違うと、頭では分かっています。あなたの言葉は私の支えでした。けれど評議会で答えたとき、私は確かに自分の声で話しました。それは、あなたから離れたかったからではありません。あなたが教えてくださった目的を、私の場所から守りたかったからです』
『ですが、噂を聞いたとき、少し怖くなりました。私が自分の言葉で話すほど、あなたのお立場を奪っているように見えるのではないか。逆に、あなたの言葉を大切にするほど、私はただの代弁者に見えるのではないか。どちらにしても、私たちの間を疑わせることができるのだと気づきました』
『リディア様。私は、あなたの代理でありながら、あなたの影ではない。そのようにあってよいのでしょうか。あなたの言葉を受け取り、自分の声で返すことは、契約に背くことではないのでしょうか』
書き終えたあと、セシリアは封をする手をしばらく止めた。これは報告書ではない。ほとんど問いだった。けれど、問いを隠して整った報告だけを送れば、それこそ相手の望む形になる。
別邸に手紙が届いたのは、薄曇りの午後だった。
リディアは一読して、すぐには赤いインクを取らなかった。窓の外では、庭師が雨に備えて鉢を軒下へ移している。メイが茶を置いても、リディアは便箋の上に指を添えたまま、長く黙っていた。
「奥様?」
「セシリア様は、ちゃんと怖いと言えるようになりました」
リディアは静かに微笑んだ。そこには寂しさもあった。自分が差し出した紙の上を、セシリアはもう一人で歩き始めている。頼もしい。誇らしい。けれど、その背中が遠くなるようで、少しだけ胸が締めつけられた。
「でも、それでいいのです。代理がいつまでも影のままなら、代理ではなく人形ですから」




