第8話:王の溺愛と前払いの幸福
続きは本日中にー
羽ペンの先が、わずかに震えた。
視界の端が、ちかちかと明滅している。
「……駄目、あと少し。この『魔力融資実行計画書』の第三案を仕上げてしまわないと…」
私は自分の頬をパチンと叩いて、意識を強制的に引き戻した。
銀行の試験開店は大成功だった。けれど、その成功は膨大な事務作業を連れてきた。信用スコアの算出、融資先の事業計画の精査、そして不正利用の監視…。アステリア時代と違い、やりがいがあるのは確かだが、私の性格上、数字が完璧に整っていないと気が済まないのだ。
その時、監査室の重厚な扉が、ノックもなしに静かに開いた。
「リゼット。まだそんなところで算盤を弾いているのか」
「……陛下? どうしてこちらに…」
現れたのは、アルリック陛下だった。彼は私のデスクまで歩み寄ると、無言で私の手から羽ペンを取り上げした。
「顔色が悪い。クマも目立つな。君が管理しているのは『国の帳簿』であって、『自分の命』を燃やすための薪ではないはずだ」
「申し訳ありません、ですが…。効率を考えれば、今夜中にここまでは終わらせておかないと、明日の『運用利回り』に響きます」
「リゼット」
陛下の声が、一段低くなった。それは冷酷な王の響きではなく、どこか呆れたような、それでいて深い慈しみを湛えた響き。
彼は私の肩に手を置くと、逆らえない力で椅子から立ち上がらせた。
「これは王命だ。今すぐその書類を閉じ、私と共に来い」
「えっ? あ、あの、陛下…!? これ、まだ収支報告が…!」
私の抗議も虚しく、私はそのまま、陛下の用意した豪華な馬車へと押し込まれてしまった。
◇◇◇◇◇
連れてこられたのは、王都を一望できる丘の上に建つ、白亜の邸宅だった。
そこは王家御用達の超高級レストラン『ソレイユの極光』。一日に三組しか客を取らない、エルディア最高峰の美食の殿堂だ。
案内されたバルコニー席には、既に極上のテーブルセッティングが施されていた。
夜風が心地よく、遠くにきらめく王都の明かりが、まるで宝石箱をひっくり返したように美しい。
「あの、陛下…。このような場所、私のような会計士が作業服のまま来るような場所では…」
「気にするな、貸し切りだ。それに、君が着ているのは機能美に優れた一級品の官服だ。恥じることなど何もない」
陛下は私の向かい側に座り、流れるような動作でシャンパンを口にした。
やがて、運ばれてくる料理の数々。
アステリアでは見たこともない、贅を尽くした品々だ。
「…陛下、確認ですが。このディナーにかかる費用は、王宮のどの科目から計上されますか? 『福利厚生費』ですか? それとも『外交接待費』…?」
私が真顔で問いかけると、アルリック陛下は耐えきれないといった風に吹き出した。
「ふ、ははは! 君は本当に…。いいか、リゼット。これは公金ではない。私のプライベートな資産からの支出だ」
「プライベート…。では、今後の業務に対する『前払いインセンティブ』、ということでしょうか?」
「いや。…これは、私の個人的な『投資』だ」
陛下が、グラス越しに私を見つめて微笑む。
その視線があまりにも甘く、真っ直ぐで。私は思わず手に持っていたフォークを落としそうになった。
投資。デート。
……そんな、合理的なようでいて、全く理屈が通らない言葉。
「…投資なら、回収の見込み(リターン)を提示していただかないと、お受けできませんわ」
「リターンならもう得ている。君の笑顔だ。…さあ、冷めないうちに食べなさい。これは君の欠乏した魔力を補完するための、『必要なコスト』だ」
促されるまま、私は料理にナイフを入れた。
『金目鯛の魔導蒸し』。口に入れた瞬間、魚の旨味と凝縮された魔力が、全身の細胞に染み渡っていくのが分かった。
(…美味しい。本当に……美味しい…)
アステリアにいた頃は、食事の時間さえ「誰かの負債」を肩代わりするために削っていた。
私が一切れのパンを食べるたび、あちらの王宮の誰かが派手な魔法を使い、そのツケが私の胃袋を締め上げた。食べることは苦痛であり、ただの燃料補給でしかなかった。
けれど、今は違う。
目の前の人が、私のために用意してくれた栄養。
私が働き、認められた結果としての報酬。
「……あ…」
不思議な感覚だった。
温かいスープを飲み下すたび、凍りついていた心が溶け出し、魔力回路の隅々までが黄金色の輝きで満たされていく。
食べれば食べるほど、体が軽くなる。
やつれていた肌には瑞々しいツヤが戻り、瞳には力が宿る。
(私、今…ちゃんと『生きてる』んだわ…)
気がつけば、私の頬を涙が一筋伝っていた。
「…リゼット? どこか痛むのか?」
「いえ…。ただ、あまりにも、幸福の『実質利回り』が高すぎて…」
私が鼻をすすりながら答えると、アルリック陛下は困ったように笑い、私の涙を指先でそっと拭った。
「泣くほど美味しいのなら、投資した甲斐があったというものだ。…リゼット、君は今まで自分を安売りしすぎた。これからは、私が君の『市場価値』を正当に維持してみせる。分かったか?」
「……はい。…はい、陛下」
その夜、私は人生で初めて、心の底から満たされた眠りについた。
◇◇◇◇◇
リゼットがエルディアで最高益の幸福を更新し続けていた、ちょうどその頃。
国境を越えた先、アステリア王国では、ある凄惨な光景が広がっていた。
「…っ、鏡を! 鏡を下げろ!!」
アステリア王宮の一室で、第一王子ウィフレドが悲鳴を上げた。
豪華な天蓋付きのベッドに横たわる彼の姿は、数日前とは見る影もなかった。
血色の良かった肌は、カサカサに乾いてひび割れ、まるで古い羊皮紙のような土気色に変色している。自慢の金髪も艶を失い、ボロボロと抜け落ちていた。
隣に座る新聖女エレノアも同様だ。
若々しい美貌が売りだった彼女の顔には、深いシワが刻まれ、その手は老女のように震えている。
「ど、どうして…。魔法を使っただけなのに、どうして私の『若さ』が…っ!」
彼らの目の前には、虚空に浮かぶ無慈悲な赤いウィンドウが、警告音とともに文字を刻み続けていた。
『【執行】担保(魔力)の不足により、実物資産の強制徴収を開始。 対象:生命力、外見的魅力、基礎代謝。 徴収率:現在、総資産の40%を差し押さえ中。』
「差押」の赤いシール状の紋章が、彼らの肌に、直接焼き印のように浮かび上がっている。
管理者を失った魔力負債は、もはや形ある財産だけでは足りず、彼らの肉体そのものを「代償」として食いつぶし始めていたのだ。
「あ、あの女だ…。あの無能なネズミ、リゼットさえいれば、こんなことには…!」
ウィフレドは震える指で、一枚の羊皮紙を掴んだ。
かつて自分がリゼットに投げつけた、罵詈雑言の数々。それを今は、血の涙を流しながら後悔していた。
「そうだ、戻せばいい。命令すれば、あいつは戻ってくるはずだ。今までだって、どれだけ酷使しても黙って従っていたじゃないか!」
彼は狂ったように笑いながら、羽ペンを取った。
(前回の続き)
初回の面談で弁護士さんから渡された書類
・冊子
・法テラスの立替金を口座引き落としにする申込書
この冊子はそこそこの厚さがあり、家族、月々の生活費、借金をした流れなどを書いてーと渡された
そこそこ面倒くさ…書く項目があり、まあ書きあがるのに1時間くらいかかるかな?
余裕をもって書いた方がいいよ(←ギリギリで書いた奴)
あと弁護士さんとの契約書を交わした(気がする、うろ覚え)んだけど、その時に印鑑が必要だから
念のため印鑑は毎回持っていくのが吉
ちなみにその場で持っているクレジットカードは全部預けました
弁護士さんと契約したことで、銀行など債務者からの督促電話が無くなったので(これ以上の督促は法律違反なのだそうな)、間違いなく裁判所に強制執行される前に破産申し立てをした方がいいですね
次回は「これ持ってきてー」と言われた物の話をば
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