第16話:自己破産してくださいませ
続きは明日にー
かつて私が、ボロボロの法衣で立ち尽くしていたあの日を、私は一時も忘れたことはない。
眩しすぎる魔法のシャンデリア、鏡のように磨かれた大理石、そして降り注ぐ嘲笑。
だからこそ、私はエルディア王宮の特別会議室に、あの日と寸分違わぬ舞台を用意してもらった。
大理石の床。
無駄に輝くシャンデリア。
唯一違うのは、私はもう壁際にて一人で震えている無能ではないということだ。
「リゼット。客人が着いた。あまりの異臭に、衛兵たちが鼻を曲げているがな」
私の隣で、極上のアールグレイの香りを纏いながら、アルリック陛下が低く囁いた。
私は、陛下が用意してくれた、金糸を贅沢に使った最高級の監査官正装の裾を整え、冷徹な笑みを浮かべた。
「ええ。債務整理の時間です、陛下」
重厚な扉が、左右に開け放たれる。
そこに立っていたのは、かつてアステリアの太陽だと自惚れていた男と、その隣で輝きを振りまいていたはずの女だった。
……いや、「立っていた」というのは正確ではない。
彼らは引きずられるようにして現れた。
ウィフレド元王子。かつての傲慢な面影はどこへやら、頬はこけ、目は血走り、泥と埃にまみれたボロ布を纏っている。
そしてエレノア。かつての真の聖女は、魔法的徴収によって奪われた美貌を隠す術もなく、白髪混じりの乱れ髪で、老婆のように震えていた。
「リ、リゼット……っ!」
私の姿を認めた瞬間、ウィフレドが床を這うようにして私に縋り付こうとした。だが、その前にエルディアの魔導騎士たちの剣先が突きつけられ、彼は無様に床に額を打ち付けた。
「殿下。……失礼。今はただの『不渡り手形』のようなお方でしたわね。ようこそ、エルディアの最終監査室へ。あの日、私を追い出した会場によく似ていると思いませんか?」
「リゼット……頼む、頼む! 昔の仲だろう! 私は悪かった、お前の価値を見誤っていたんだ! だから……だから少しでいい、魔力を融通してくれ! このままだと、私たちは……飢えて死ぬ!」
ウィフレドの声は、枯れた笛のようだった。
私の足元で、無様に涙を流しながら許しを請う男。かつて「お前の代わりなどいくらでもいる」と言い放った面影は、もはや微塵もない。
「リゼット様……わたくしも、わたくしも謝りますわ! あなたの椅子を奪うつもりはなかったの、ただウィフレド様に言われて……っ。お願い、その魔力銀行から、わたくしの美貌を買い戻すための魔力を貸して! あなたの力なら、できるはずよ!」
エレノアが、カサカサに乾いた手で私のドレスの裾を掴もうとする。
私はそれを、汚らわしいものを見る目ですらなく、ただ無価値なものを見る目で一瞥した。
「困ります、お客様。当銀行は慈善事業ではございませんので。融資には必ず、それに見合う『信用』と『担保』が必要です」
私はスッと右手を挙げた。
指先を鳴らすと、二人の頭上に巨大な監査ウィンドウが展開される。
だが、そこに表示されているのは、もはや数字ですらなかった。
『ウィフレド:信用等位【D:破綻先】
保有資産:皆無(全資産差押済み)
負債総額:測定不能(世界魔力平衡に対する重過失)
返済見込み:0.00% 』
『エレノア:信用等位【D:破綻先】
保有資産:皆無(魔力的虚飾の剥落)
負債総額:致命的(偽造聖女による魔力搾取)
返済見込み:0.00% 』
「ご覧ください。お二人の現在のステータスです」
私は、冷たい紅茶に砂糖を落とすような無関心さで、事実を告げた。
「残念ながら、お客様の信用等位は『D:破綻先』に分類されました。これは、銀行が関与できる限界を超えていることを意味します。これ以上の魔力の融通、つまり延命は、世界という名の市場に対する『魔力の不渡り』です。1MPの価値すら持たないお二人に、世界の大切な資産を貸し出す道理はありません」
「そ、そんな…! ほんの少しでいいんだ、生きるための魔力だけでいい! 昔のよしみで、利息はいくらでも払う! だから……っ!」
「利息? 殿下、利息とは『元本が返せる』という信用の対価として支払うものです。今のあなたには、支払うべき元本どころか、担保となる寿命すら残っていないではありませんか」
私は一歩、彼らに歩み寄った。
あの日、私が彼らに投げ捨てられた冊子を思い出す。
今は立場が逆転した。私が数字という名の真理で、彼らを裁く番だ。
「かつて私は申し上げましたよね。使いすぎは身を滅ぼすと。早めに自己破産をご検討ください、と…。あの日、私の『最終貸借対照表』をゴミのように扱ったのは、他ならぬあなた方です」
「……っ、あ…」
「魔法とは、世界から借りた『負債』です。使えば、必ず代償を払わねばならない。私はその代償を5年間、自分の命で払い続けてきた。でも、今の私はもうあなたの会計士ではありません。エルディア王国の、そしてアルリック陛下の管財人です」
私は陛下の瞳を見上げた。彼は満足そうに頷き、私の腰に手を添えて、私をさらに高く掲げるように支えてくれた。
その温かさが、私の言葉にさらなる冷徹な重みを与える。
「皆様、どうかこれ以上見苦しく足掻かずに、潔く『自己破産』してくださいませ」
「じ、自己破産……? そんなことをしたら、私たちは…」
「ええ。王族としての地位も、聖女としての特権も、そして魔法を使えるという『人としての優越感』も。すべてを失い、ただの、持たざる者として泥を啜って生きる。それが、あなた方が踏みにじってきた平民たちが、日々懸命に生きている世界の姿です」
私はスキルの出力を最大にした。
部屋中に、真っ赤な「破産(BANKRUPTCY)」の文字が乱舞する。
「お客様の現在の信用ランクでは、もはや延命措置そのものが世界の魔力循環を濁らせる『ノイズ』でしかありません。自己破産し、一般人としてゼロからやり直すこと。それが、あなた方が唯一、世界に対して行える『誠実な精算』です」
ウィフレドとエレノアは、もはや言葉も出ないようだった。
かつて彼らが笑いものにした私の「数字遊び」が、今、彼らの人生そのものを物理的に消去しようとしていた。
「さあ、衛兵。この『破綻先』の方々を外へ。ああ、彼らが着ているそのボロ布も、元はと言えば我が国が買い取ったアステリアの備品ですね。差押え、しておいてください」
「ひっ…!? ま、待ってくれ! 裸で放り出すつもりか!?」
「貸借の精算は、一点の曇りもあってはなりませんから。どうぞ、本来の『無一物』なお姿で、外の世界の厳しさを計上してきてくださいませ」
阿鼻叫喚の悲鳴が、会議室に響き渡る。
騎士たちによって引きずられていく二人。
5年間、私が味わった孤独と絶望。それに利息を乗せて返してあげた。
「どうぞ、数字の厳しさを身をもって知ってください。それが世界におけるルールですから」
最後のセリフは「世界」を「経済」に替えても通じるかと
この二人は最初の差押時点で自己破産していればマシだったかもしれない
そもそもの原因は使い過ぎなんですよね
リゼットがアステリアの聖女として呼ばれた時点で、魔法を控えて生活水準を落とせば解決した話です
現代に置き換えると『ルームシェアしている友人が生活費を出してくれていた』ってところでしょうか
まあ使い過ぎというのは自己破産した作者にもブーメランな訳で
次回は借金することになったいきさつでも書こうかとー
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