第15話:債権回収の死神
続きは明日にー
エルディア王国の西側、アステリア王国との国境に位置する検問所。
かつて私が逃げ出し、朝日の中で騎士たちに跪かれたあの場所に、今、異様な緊張感が漂っていた。
もっとも、緊張しているのはアステリア側だけである。
「何、あの格好…。笑わせに来ているの?」
臨時監査所に設置された特等席。私は、最高級の茶葉で淹れたアールグレイを一口啜り、窓の外を眺めて小さく溜息をついた。
視線の先には、アステリア王国からやってきた「宣戦布告まがい」の使者団がいた。
彼らはかつて私が「予算オーバーです」と進言した際に、鼻で笑った高慢な貴族たちだ。だが今の彼らに、かつての煌びやかさはない。
魔法による維持が切れた宝飾品はただの石ころに戻り、汚れ、糸がほつれた官服を無理やり着込んでいる。何より、彼らの頭上に浮かぶ数字は、もはや赤を通り越して黒に近い、不吉な絶望の色を放っていた。
「リゼット、準備はいいか。不快な客人が到着したようだ」
隣で同じく、茶を楽しんでいたアルリック陛下が目を細めた。
彼の背後には、エルディアが誇る魔導騎士団が整然と並んでいる。彼らは魔力銀行からの融資を受け、最新の、そして私が極限まで燃費を最適化した魔導鎧を纏っていた。
その鎧は、呼吸をするだけで周囲の余剰魔力を吸収・循環させ、装着者の疲労を回復させるという、アステリアの騎士から見れば魔法の結晶のような逸品だ。
「ええ、陛下。ちょうど、滞納者リストの更新が終わったところです」
私は、かたわらに置かれた分厚い、あまりにも分厚い書類の束を愛おしそうに撫でた。
「開門!」
エルディアの騎士の声が響き、重厚な鉄門がゆっくりと開く。
なだれ込んできたアステリアの使者たちは、エルディア側の整然とした軍容と、何より自分たちよりも遥かに輝いている騎士たちの姿に一瞬怯んだ。だが、彼らの傲慢さは、破滅の瀬戸際にあっても消えなかった。
「リゼット! 貴様、そこにいたか!」
使者団の先頭に立つのは、かつて私を「ケチな算盤女」と罵ったエルモ伯爵だ。彼は顔を真っ赤にし、震える指で私を指差した。
「よくも、よくも我が国をこのような目に遭わせてくれたな! 貴様が去ってからというもの、我が国の魔法循環は無茶苦茶だ! これは嫌がらせか? それとも、隣国エルディアと共謀して、我が国の魔力を不当に盗み取っているのか!?」
私は、茶菓子であるマカロンを口に運び、ゆっくりと咀嚼した。飲み下してから、ようやく小首を傾げる。
「盗む? 人聞きが悪いですね、伯爵。私はただ、私が個人的に提供していた『肩代わり』を、契約終了に伴って停止しただけです。無償期間が終わった後に、利用料金を請求されるのは、市場の基本原則でしょう?」
「黙れ! 貴様のせいで、我が王宮の防壁は崩れ、民は飢えている! これは明白な敵対行為だ! エルディア王アルリックよ! 直ちにこの魔力泥棒を引き渡し、我が国が失った魔力資産を全額返還せよ! さもなくば我が国は、正当な権利として武力行使も辞さない構えだ!」
伯爵が懐から取り出したのは、ボロボロになった宣戦布告の書状だった。
魔法による加護を失い、インクさえ滲んで判読も怪しいその紙切れ。
それを見たアルリック陛下は、耐えきれないといった様子で吹き出した。
「武力行使、か。リゼット、彼の言っている『資産』と『権利』について、君の専門的な見解を聞かせてくれ」
「はい、陛下。では、公式な監査結果を提示させていただきます」
私は立ち上がった。
指先を軽く鳴らすと、監査所の空間全体に、巨大な魔力スクリーンが展開された。
そこに映し出されたのは、あまりにも巨額すぎて、一瞬では桁が読み取れないほどの負債総額。
「エルモ伯爵。あなたが仰る『正当な権利』とは、一体どの帳簿に基づいたお話でしょうか?」
私の声は、自分でも驚くほど澄み渡り、そして冷徹だった。
「我が国の調査によりますと、アステリア王国は過去5年間にわたり、聖女リゼット…つまり私個人の生命魔力を担保に、120兆MPを超える過剰な魔法行使を行ってきました。これは当時のアステリアの年間魔力税収の、実に2400倍に相当します」
「な……2400倍だと!?」
「ええ。私はその膨大な赤字を、私自身の『時間』と『健康』を売ることで、無利子で穴埋めし続けてきました。ですがあの日、ウィフレド殿下によって契約は一方的に破棄されました。当然、猶予期間は終了し、これまでのすべての『肩代わり分』は、即時返済義務のある『未払い債務』へと振り替えられました」
私は書類を一歩前へ突き出した。そこにはエルディア王室の公印と、最終督促状の文字が踊っている。
「伯爵、およびアステリアの皆様。我が国エルディアは、アステリア王国が他国や世界に対して負っていたすべての魔導債権を、先日正当に買い取りました。つまり、今この瞬間、あなた方が宣戦布告している相手は、『あなた方の借金をすべて握っている唯一の債権者』です」
その言葉の意味を理解したのか、使者たちの顔から血の気が引いていく。
伯爵は、ガタガタと膝を震わせながらも、必死に声を絞り出した。
「そ、そんなはずがあるか…! 魔力を買い取るなど、聞いたことがない!」
「それができるのが、私の作った『魔力銀行』の力です。さて、伯爵。我が国との『取引』をご希望とのことですが…。当銀行の規約により、新規の交渉を行うには、まず『延滞金の解消』が必須条件となっております」
私は監査台の書類をめくった。
「過去10年分の肩代わり元本、および契約不履行に伴う延滞利息、さらには不当な解雇による慰謝料と損害賠償金。こちらが、それらすべてを合算した『最新の未払い残高証明書』です。全額一括返済、お願いできますか?」
スクリーンに映し出された数字が、さらに跳ね上がった。
もはや一国の国家予算を何百年積み上げても返せない、神話的なまでの負債。
「……あら、お支払いいただけない? 困りましたね。債権者としては、これ以上の返済猶予は認められません」
私は、にっこりと微笑んだ。
その微笑みは、地獄の底から這い上がってきた死神よりも美しく、残酷な自覚が私にはあった。
「でしたら『担保』を差し押さえさせていただくしかありませんわね。陛下、お願いします」
「ああ。魔導騎士団、前へ」
アルリック陛下の短い命令と共に、エルディアの騎士たちが一斉に抜剣した。
彼らの剣が放つのは、私によって計算し尽くされた、最も効率的な強制執行の輝き。
騎士たちが一歩踏み出すごとに、アステリアの使者たちの目の前には、無数の赤いウィンドウが雨のように降り注いだ。
『【強制執行】未払い債務の回収を開始します。』
『対象:使者団の装備、隠し持っている予備魔晶石、および基礎魔力。』
『差押』
「ひ、ひぃぃぃっ! 私の剣が、私の魔導具がぁっ!」
「魔力が……私の中から、魔力が吸い取られていく…!」
伯爵たちが身に付けていた、数少ない魔法的価値のあるものが、赤い光の粒子となって空中に消えていく。それはエルディアの騎士たちの魔導鎧へと吸い込まれ、さらなるエネルギーへと変換されていった。
私は、腰を抜かして這いつくばる伯爵を見下ろし、冷たく言い放った。
「勘違いしないでください。これは戦争ではありません。ただの、強制執行です。価値のない者に、魔法という名の富を持たせておくのは、世界の不利益ですから」
伯爵の指から、最後の一点だった金の指輪が「差押」の刻印と共に消滅した。
後に残ったのは、泥にまみれた、ただの惨めな老人たちだけだ。
「……あ、ああ…リゼット…頼む、助けてくれ……! 王子に、殿下に言ってくれ! 私が悪かった、我々が間違っていたと……!」
「お言葉ですが、伯爵。私はもう会計士であって、救世主ではありません」
私は飲み干した茶器をトレイに戻し、静かに立ち上がった。
「次の返済期限は、明日です。もしお支払いが滞るようであれば、次はいよいよ、アステリアの『土地』と『王権』を差し押さえさせていただきます。計画的なご利用を、とお伝えしたはずですけれど?」
言葉も無くなった伯爵に背を向けると、陛下が私の肩を優しく抱き寄せた。
「見事だ、リゼット。これでアステリアの貴族層の資産は、実質的にエルディアの管理下に入ったな」
「ええ。ですが陛下、まだ本命が残っています。一番大きな、誠に不渡な、あの二人が」
「ああ、彼らへの最終通告は任せよう。死神さん?」
アステリア王国の滅亡まで、あとわずか。
私の持つ帳簿は、今、かつてないほどの巨大な「正義」という名の黒字を刻み込もうとしていた。
Q.学生時代に熱狂した作品がアニメ化すると聞きました
しかし制作会社が私にとっての地雷会社でした
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