第14話:魔法的ハイパーインフレと暴動
続きは明日にー
数字は残酷だ。
一度均衡が崩れ、信頼という重石が外れた帳簿は、坂道を転げ落ちる石のように加速して破滅へと向かう。
アステリア王国で発生した「魔法的ハイパーインフレ」は、もはや誰の手にも負えない領域に達していた。
「…ひどいものですね」
私はエルディア王宮の監査室で、アステリア全土の魔力ログをリアルタイムで表示する魔力観測盤を見つめ、思わず溜息をついた。
モニター上のアステリアのグラフは、もはや垂直に落下している。それと反比例するように、「魔法一回にかかるコスト」を示す指数だけが、天を突くような勢いで上昇し続けていた。
「リゼット、現地の最新映像だ。見るに堪えんが、現実を知っておく必要がある」
アルリック陛下が、遠隔透視魔法を操作した。そこに映し出されたのは、かつての私にとっての故郷の、見るも無残な成れの果てだった。
◇◇◇◇◇
アステリア王国の王都。
そこでは、ありふれた日常生活のすべてが地獄へと変わっていた。
「おい…冗談だろ。たかが火を点けるだけの点火魔法だぞ?」
路地裏で、一人の男が震える手で指先を鳴らした。
本来なら、ほんの僅かな魔力…子供でも使える程度の対価で、小さな種火が灯るはずの基礎魔法。
だが、男の目の前に現れたのは、小さな火花ではなかった。
『【警告】世界魔力レートの変動により、必要コストが増大しています。
現在、通常の100倍の魔力、および24時間の強制睡眠を代償として要求します。
支払いますか?[YES / NO] 』
空中に浮かぶ、真っ赤な警告ウィンドウ。
男が絶望に顔を歪めて[YES]を押した瞬間、彼の体からどす黒いモヤのような魔力が根こそぎ吸い取られた。
灯ったのは、消え入りそうなほど小さな、頼りない火。それと引き換えに、男はその場に糸が切れた人形のように崩れ落ち、泥の中で深い眠りへと落ちていった。
たった一度の火を得るために、一日の命を売らなければならない。
それが、裏付けを失い、信用が崩壊した国の末路だった。
「パンが…パンが焼けないんだ! 魔法釜の利用料が、1分で金貨3枚分なんて!」
「水だ! 魔法の蛇口から泥しか出ないぞ!」
市場では、人々が石ころ同然になった魔力紙幣を空に投げ、絶望の声を上げていた。
魔法が生活の隅々まで行き渡っていたからこそ、その決済不能は、そのまま生命の維持不能を意味していた。
そしてその崩壊は、富の象徴であった王宮で、最も劇的な形で現れた。
ガガガガッ…!
という、石と金属が擦れ合う不快な音が、王宮の謁見の間に響き渡る。
「な、なんだ!? 何が起きている!」
玉座に座るウィフレド王子が、怯えた声を上げた。
彼の目の前で、信じられない光景が繰り広げられていた。
王宮の柱を飾っていた眩いばかりの金箔が、パサパサと剥がれ落ち、ただの汚れた土へと姿を変えていく。壁にはめ込まれていた大粒の宝石は、輝きを失って、道端に転がっている石へと戻っていった。
「ひぃぃっ! 私の指輪が、私の首飾りがッ!」
新聖女エレノアが悲鳴を上げる。
彼女が誇らしげに身に付けていた豪華な宝飾品は、その正体が魔力による一時的な物質変容だったため、維持コストが支払えなくなった瞬間に、元のゴミへと退行したのだ。
アステリア王宮の栄華は、その多くが魔力の借金でデコレーションされた虚飾に過ぎなかった。リゼットという担保を失い、さらには偽造魔力で世界との信用を絶たれた結果、魔法で維持されていたすべての美しさが差し押さえられ、剥ぎ取られていく。
さらには、王宮を守る巨大な外壁にまで異変が起きた。
五百年、不落を誇った白亜の壁。
その表面に、巨大な魔法文字が、まるで呪いのように物理的な傷として刻まれ始めた。
『 【システム・エラー】魔力供給不足。この防壁は現在、使用不可です。』
城門には巨大な赤い「差押」の刻印が浮かび上がり、物理的な鍵すら受け付けなくなった。
「開けろ! 王子を出せ! 俺たちの命を返せ!」
「偽札を配って、俺たちの将来を食いつぶしたペテン師どもを引きずり出せ!」
城門の向こう側には、大勢の怒れる国民が押し寄せていた。
魔法が消え、光が消え、食料も尽きた民衆。彼らが最後に求める代償は、自分たちを欺き続けた支配者の首だった。
「ひ、避難だ! 隠し通路から逃げるぞ!」
ウィフレド王子が慌てて玉座の裏へ駆け込んだが、そこにも冷徹なウィンドウが立ち塞がった。
『【警告】隠し通路の維持費用が未払いです。利用を制限します。』
「…そ…そんな、馬鹿な…ッ!」
王子の絶叫が、崩れゆく王宮の中に虚しく響き渡った。
◇◇◇◇◇
エルディア、王宮監査室。
「アステリアの魔法的実効支配、完全に終了しましたね…」
私はモニターに表示された「王宮の維持指数:0.00%」という数字を見届けて、静かに報告した。
かつて、私をただの帳簿係と呼び、ゴミのように捨てた場所。
そこは今、魔法という名の虚飾が剥がれ落ち、醜い真実が剥き出しになった、ただの石の塊へと戻った。
「陛下。アステリアから、暴徒化した民を鎮めるための緊急魔力支援…いえ、人道的な無償譲渡を求める通信が入っていますが、どうされますか?」
私は、手元の通信機を指差した。
アルリック陛下は、冷めたコーヒーを一口飲むと、迷うことなく答えた。
「却下だ。無償などあり得ん。リゼット、君ならどう返すべきだと思う?」
「そうですね…。私なら、こう返します」
私は通信機の返信欄に、事務的な、けれどこれ以上ないほど冷酷な定型文を入力した。
『本件に関する要請は、現在受理できません。
理由:貴国の信用スコアは計測不能です。
なお、当方への度重なる無許可のアクセスは、セキュリティ・リスクと判断し、強制遮断いたします。』
「…完璧です。これ以上の言葉は無駄ですから」
私はエンターキーを叩き、通信を完全に切断した。
アステリアは自業自得という名の奈落に落ちていく。それは、他人の犠牲の上に成り立つ贅沢を当たり前だと思い込んだツケだ。
「終わったな、リゼット。だが、崩壊の次に来るのは、負債の『流出』だ」
陛下が、私の背後から椅子を回し、私と正対させた。
彼の瞳に宿っているのは、甘い誘惑などではなく、押し寄せる危機を冷徹に見据える、一国の支配者としての鋭い光だった。
「陛下…。アステリアからの難民、ですね?」
「ああ。既に国境付近には、魔法が使えなくなり、生活基盤を失った民衆が押し寄せているとの報告が入っている。リゼット、君はどう動くべきだと考える」
私はモニターに表示された国境の熱源反応を確認し、即座に脳内で計算を開始した。情に流されるのは簡単だ。けれど、今の私はエルディアの財産を守る管財人だ。
「無条件の受け入れは、我が国の『魔力インフレ』を招きます。彼らは魔力を消費するだけの存在になってしまっていますから…。まずは国境に臨時監査所を設けます。そこで一人一人の『信用スコア』を再測定し、更生の余地がある者、つまり我が国で労働力として機能する者から順に、期間限定の『更生融資』と言う名の労働ビザを発行すべきです」
「合理的だな。だが、スコアが絶望的な貴族どもはどうする」
「彼らはただの負債の塊です。エルディアの健全な帳簿を汚させるわけにはいきません。『過去の魔力消費に対する清算が済んでいない者の入国は、国際法に基づき拒否する』と通告してください。彼らを引き受けるコストは、エルディアの民が支払うべきものではありません」
私の冷徹な回答に、アルリック陛下は満足そうに口角を上げた。
「徹底しているな。だが、それが正解だ。君がそうして数字で防波堤を築いてくれるおかげで、我が国の平穏は守られる」
陛下は私のデスクに手を突き、顔を近づけた。そこにあるのは、仕事への信頼と、それ以上の、ひどく熱のこもった視線。
「君のその、情に流されず真実を射抜く瞳。私は、それを見ているだけで、自分の選択が正しかったと確信できる。リゼット、今夜は難民対策の最終詰めをしよう。私の執務室で、二人きりでだ」
「…結局、残業じゃないですか。陛下からの『労働要求』も、かなりの高金利ですね」
「ああ、だがその分、成果報酬は期待していい。今夜は、君をこの国で最も安全な場所で、最高に遇してやろう」
至近距離で交わされる視線。
アステリアの王宮が燃え、混沌が国境に押し寄せる中、エルディアの監査室だけは、鉄の論理と、隠しきれない熱情によって、静かに、そして強固に守られていた。
数字は嘘をつかない。
そして、私の心の帳簿も……。
この冷徹で情熱的な王に、頼もしさを感じ始めているという事実を、もはや隠し通すことは難しくなっているようだった。
ハイパーインフレで思い出すのがジンバブエドルですね
現在は新通貨が発行されたので、適正なレートに戻ったらしいです
ちなみに当時の旧通貨は100兆ジンバブエドルで0.3円の価値だったらしいです
ネタで「ワイはこっちに100兆ジンバブエドル賭けるよ」なんて言っていた思い出
そんな100兆ジンバブエドルですが、通貨としては廃止されているものの
Am〇zonで記念品として売られているらしです
売値はなんと27,000円!!
最終的な取引額から考えると90000倍!!!
ジンバブエドル買っておけばよかった~~~~~!!!
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