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第13話:アステリアの偽造紙幣事件

続きは明日にー

 エルディア魔力銀行の成功は、瞬く間に近隣諸国へと知れ渡った。

 特に、魔力を資産として流動化(りゅうどうか)させ、国力を底上げする仕組みは、魔力枯渇(こかつ)(あえ)ぐ国々にとって魔法の杖のように見えたことだろう。だがその仕組みの根幹(こんかん)にあるのが、徹底(てってい)した「代償(だいしょう)清算(せいさん)」と「信用の裏付け」であることを理解している者は少ない。


 特に、あの国の人々は。


「……陛下、これをご覧ください」


 私はエルディア王宮の監査室に届けられた、最新の「魔力流通報告書」を広げた。

 アルリック陛下は、私の隣で眉を寄せ、報告書に添付(てんぷ)された一粒の魔晶石を手に取った。それは、不自然なほどどす黒い輝きを放つ、(いびつ)な結晶だった。


「アステリアで流通しているものか…。不愉快(ふゆかい)な色だな。リゼット、君の目にはどう(うつ)る?」


「一言で言えば、『まやかし』です」


 私はスキルの視界を同期させ、その黒い魔晶石を鑑定した。

 通常、魔晶石は世界の魔力が結晶化したものか、あるいは正当な代償を支払って蓄積(ちくせき)されたエネルギーの(かたまり)だ。だが、この石の内部にある数式は、あまりにも支離滅裂(しりめつれつ)だった。


「アステリアの王子たちは、どうやら私の銀行の仕組みを表面だけ真似(まね)たようです。『アステリア魔力紙幣(しへい)』なるものを発行し、この禁忌(きんき)の魔晶石をその裏付けである担保(たんぽ)()えた…。ですが、肝心(かんじん)の『代償』のプロセスが完全に欠落(けつらく)しています」


「代償を無視して魔力を乱造(らんぞう)したというのか。そんなことが可能か?」


「ええ。禁忌の術式…土地の生命力を無理やり吸い上げ、将来の魔力を『今』に前借(まえが)りする禁じ手を使えば、一時的には可能です。ですがそれは、返済の目処(めど)がないまま借金を重ね、偽札(にせさつ)を刷っているのと同じこと…。裏付けのない魔力など、ただのゴミです」


 私は冷徹(れいてつ)(だん)じた。

 アステリアの王子たちは、私という管理の(かなめ)を失い、破綻(はたん)した自国の経済を立て直すために、あろうことか禁忌に手を染めたのだ。表面上の数字だけを整え、国民を(あざむ)き、その日暮らしの魔力を市場に流し込んでいる。


「リゼット。この『偽造(ぎぞう)魔力』が市場に出回れば、どうなる?」


「決まっています。価値の暴落(ぼうらく)、すなわちハイパーインフレです。あちらの『魔力通貨(つうか)』は、まもなく紙屑(かみくず)以下の価値になります…。いえ、もう始まっているはず」




◇◇◇◇◇




 その頃、アステリア王国の王都広場。


「おい! この魔力紙幣で、なぜ魔法灯のチャージができないんだ!」

「パンを焼くための加熱魔法を一回使うだけで、先週の百倍の紙幣が必要だなんて…っ。昨日まで金貨一枚分の価値があったはずだろう!」


 怒号(どごう)が飛び交い、民衆が兵士たちに()め寄っていた。

 王子たちが「救済の光」と(しょう)して配った魔力紙幣は、発行からわずか数日でその価値を半分に落とし、さらにその翌日には十分の一になった。

 裏付けのない魔力が市場に(あふ)れた結果、魔法そのものの価値が毀損(きそん)され、世界が「アステリアの魔力」を拒絶(きょぜつ)し始めたのだ。


 王宮のバルコニーでは、土気色の顔をしたウィフレド王子が、震える手で黒い魔晶石を握りしめていた。


「な、なぜだ…リゼットがやっていたことと同じはずだ! 魔力を預かり、貸し出し、循環(じゅんかん)させる…! あいつにできて、私にできないはずがない!」


「で、殿下! 国内の物価が……魔法触媒(しょくばい)の価格がさらに高騰(こうとう)しています! 国民が『偽札を配って俺たちの寿命を吸い上げている』と(さわ)ぎ出し、暴動(ぼうどう)が…!」


「黙れ! さらに()れ! 魔力が足りないなら、北部の森林からさらに吸い上げろ! 数字を増やせば解決するはずだ!」


 ウィフレドの瞳には、もはや王族としての理知はなく、破滅(はめつ)へと突き進むギャンブラーのような狂気が宿っていた。

 彼は気づいていない。自分が刷っているのは、希望ではなく、王国が最後に残していた「未来」という名の担保を切り刻んだ欠片(かけら)であることを。




◇◇◇◇◇




 エルディア、王宮監査室。


「…アステリアの魔力指数、さらに下落(げらく)。底が見えませんね」


 私は魔力観測盤モニターに流れる、真っ赤な暴落(ぼうらく)グラフを見つめながら独りごちた。

 もはや、あちらの経済は死に体(しにたい)だ。魔法を一回使うのに、荷車いっぱいの偽造紙幣(ぎぞうしへい)と、十人分の祈りが必要な世界。誰も魔法を使わなくなり、使えないことで生産性が落ち、さらに魔力が枯渇する。地獄のデフレスパイラルとハイパーインフレの同時多発スタグフレーションだ。


「リゼット。あまりあの国のゴミを注視(ちゅうし)しすぎるな。視力が悪くなるぞ」


 背後から、アルリック陛下がコーヒーの入ったカップを私のデスクに置いた。

 彼は私の肩に手を置き、(のぞ)き込むようにしてモニターを一瞥(いちべつ)する。


「彼らが自ら()った墓穴だ。…それよりも、明日の『新造魔導船』の予算監査について、君の意見を聞きたい。アステリアの偽造紙幣のせいで、近隣諸国(きんりんしょこく)の魔力レートが不安定になっている。我が国への影響を最小限に抑えるにはどうすべきか」


「さすが陛下、目の付け所が合理的です。…エルディアの魔力は、実物(じつぶつ)資産である魔晶石と、私の『信用スコア』によって完全に裏付けられています。ですから、アステリアとの魔力交換の為替(かわせ)本日付(ほんじつづけ)で完全に停止し、物理的な遮断(しゃだん)を行えば、被害は軽微(けいび)で済みます」


 私はテキパキと対策案を提示(ていじ)した。

 アステリアが自爆(じばく)するのは勝手だが、エルディアのクリーンな帳簿を汚させるわけにはいかない。


「よし、その方針で行こう。…リゼット、仕事の話はここまでだ」


 陛下が、私のペンをそっと取り上げた。

 ……また。最近、このパターンが多い気がする。


「ええっと、陛下? まだ集計が残っているのですが…」


「監査官殿。君は自分の理論で、アステリアの『裏付けのなさ』を指摘(してき)したな」


 陛下が私の椅子の背もたれに手をかけ、私を閉じ込めるように身を乗り出してきた。

 至近(しきん)距離。

 彼の深い瞳に、困惑(こんわく)している私の顔が映っている。


「ならば、私の『想い』の裏付けも、君の目で確かめてもらわなければならないな」


「へ、陛下…!? 唐突(とうとつ)に何を……っ」


「私は君をエルディアの宝だと言った。だが、それは国家の資産としての話ではない。…リゼット、君が他国の……あのような無能な男からの親書に赤ペンを入れるたび、私は歓喜と同時に、強い焦燥(しょうそう)を覚える」


 陛下の手が、私の頬を優しく、けれど熱を持ってなぞった。

 心臓が、警告音のような速さで打ち鳴らされる。


「君という存在に、私以外の『負債(ふさい)』が一切(いっさい)残っていないことを確認したい。今夜の夕食は、仕事の話は一切禁止だ。君がどれだけ美味しいものを食べ、どれだけ私を見て微笑むか。その『幸福度』を、私の手で直接計上(けいじょう)させてもらう」


「あ、圧倒的な独占欲…っ。陛下、これでは私の中立性が保てません…!」


「中立である必要などない。君は、私の隣で、世界で最も偏愛(へんあい)されるパートナーになればいいのだから」


 陛下の顔がさらに近づき、鼻先が()れ合うほどの距離になる。

 あ、甘い…。コーヒーの香りと、陛下自身の知的な香りが混ざり合い、私の思考回路をショートさせようとしている。


(だ、駄目(だめ)…! いまここで(うなず)いたら、私の人生の主導権(しゅどうけん)が完全に陛下に握られてしまう…!)


「わ、分かりました! 夕食はご一緒します! ですから、その…心拍数の急上昇による『魔力()れ』をこれ以上誘発しないでください!」


 私は真っ赤な顔をして、陛下の胸を軽く押し返した。

 陛下は満足そうに(のど)を鳴らして笑い、私の額にそっと、羽が触れるような軽いキスを落とした。


「楽しみにしているよ、リゼット」


 悠然(ゆうぜん)と去っていく陛下の背中を見送りながら、私は力なくデスクに()()した。

 もう、本当に仕事にならない!


 アステリアでは、人々が(いつわ)りの数字に(おど)らされ、破滅(はめつ)へと向かっている。

 一方、ここエルディアでは、世界一合理的な王が、私という名の「非合理な情熱」に翻弄(ほんろう)され、私を翻弄している。


「……はぁ。アステリアのインフレも大変だけど、陛下の独占欲のインフレも、なかなかの深刻(しんこく)案件ね…」


 私は火照(ほて)った顔を冷ますように、冷めたコーヒーを一口飲んだ。

 窓の外では、夕闇が(せま)っている。

 アステリアの偽造(ぎぞう)された栄光(えいこう)が消え去り、真実の数字だけが残る時。

 私は、エルディアの輝く夜景と共に、陛下との非合理なディナーへ向かう準備を始めるのだった。


ハイパーインフレと言うとドイツを思い出しますね

歴史の教科書に載っていた、山盛りの紙幣を給料として渡され、途方に暮れる男性の写真が衝撃で、今でも覚えています…

覚えている方いらっしゃいます?


(ここから前回の続き)

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