第10話:連鎖倒産の始まり
続きは夜にー
その日は、エルディア王国の歴史に「魔導革命の日」として刻まれるはずの日だった。魔力銀行の試験運用が最終段階に入り、リゼットの管理下でエルディアの魔力備蓄量は過去最高を更新。街には効率化された魔導灯が輝き、人々は自身の「信用スコア」を高めようと、誠実に、そして熱意を持って魔法と向き合っていた。
そんなエルディアの平和な午後のこと。
王立監査室の巨大な魔力観測盤が、突如として激しい警告音を鳴らし始めた。
「……何事かしら?」
私が椅子から立ち上がるのと同時に、アルリック陛下が険しい表情で入室してきた。
「リゼット、観測盤を見ろ。西の国境…アステリア側で、異常な魔力震動が感知された」
「アステリアで…?」
私は観測盤に駆け寄り、スキルの視界を同期させる。
モニターに映し出されたのは、隣国アステリアの全域を覆う、禍々しいほどの「赤」だった。
「……信じられない。これは…魔力の『不渡り』による、大規模な連鎖デフォルト(債務不履行)だわ!」
観測盤の向こう側、アステリア王国の数字は、もはや算出不可能なマイナスへと突き抜けていた。
◇◇◇◇◇
同じ時刻。アステリア王国の王宮は、阿鼻叫喚の地獄へと変貌していた。
ドォォォォォン……! という、大地を揺るがす重低音が響き渡る。
それは外敵の侵入によるものではない。五百年間、王国の権威を支え、物理的な強度を魔法で補強し続けてきた『維持魔法』が、その根底から崩壊した音だった。
「ひ、ひぃぃ!? 壁が、壁が剥がれ落ちていくぞ!」
「誰か! 誰か修復魔法を…魔法が、魔法が発動しないんだ!」
廊下を逃げ惑う貴族たちの頭上には、巨大な赤いウィンドウが、まるで死神の鎌のように浮かんでいた。
『【警告】担保回収不可。王宮全域の魔法的維持を放棄します』
パラパラと、金箔が貼られた天井の装飾が剥がれ、石造りの壁に亀裂が走る。
魔法によって無理やり維持されていた偽りの豪華さが、一気に現実によって剥ぎ取られていく。
あの日、リゼットが渡した『魔力貸借対照表』を投げ捨てた時、彼らは理解していなかったのだ。この王宮自体が、彼女の「肩代わり」という名の巨大な融資によって、かろうじて立っていた砂上の楼閣であったことを。
「ウィフレド様! 助けてください、ウィフレド様!」
新聖女エレノアが、ひび割れた床に膝をついて叫ぶ。
彼女の美貌は、差し押さえの影響で既に二十歳ほど老けて見えたが、その崩壊はさらに加速していた。
王宮の地下にある魔力貯蔵庫が完全に「空」になった瞬間、彼女の瞳から光が消え、髪は一気に白く染まった。
「うるさい! 私だってどうすればいいか分からんのだ!」
ウィフレド王子は、崩れ落ちた玉座の影で震えていた。
彼の自慢だった華美な服は、魔法による補強が切れた瞬間に糸がほつれ、ただのボロ布へと成り下がっている。
「そうだ……魔法通信だ! エルディアの、あいつに…リゼットに繋げ!」
彼は血走った目で、最後の予備魔晶石を通信機に叩き込んだ。
◇◇◇◇◇
エルディア、王立監査室。
静寂を破り、デスクに置かれた通信機が激しく明滅した。
その光は、通信相手の切迫した状況を物語るように、不安定で、どす黒い。
「陛下。不愉快な債務者から、最後のお願いのようですわ」
私はアルリック陛下の視線を仰ぎ、許可を得てから通信を繋いだ。
空中に投影されたのは、かつての婚約者、ウィフレド王子の惨めな姿だった。
『……リ、リゼットか!? そこにいるのか!?』
「はい、お久しぶりですわ、ウィフレド殿下。…あら、随分と『身の丈に合った』お姿になられましたのね」
私は冷徹な微笑を浮かべて、投影された彼の姿を見据えた。
かつての王子は、今や汚れにまみれ、恐怖で顔を歪めた、ただの負債を抱えた男でしかなかった。
『頼む……助けてくれ! 王宮が、国が潰れる! お前がいなくなったせいで、すべての魔法が止まってしまったんだ! お前なら直せるだろう!? 今すぐ、今すぐ魔力を送れ!』
「お言葉ですが、殿下。私がいないから魔法が止まったのではありません。あなたがたが『支払うべき対価』を支払わずに、私の善意を使い潰した結果です。今の状況は、単なる『決算の結果』に過ぎませんわ」
『金なら払う! 後で、いくらでも用意してやる! アステリアの国庫……いや、将来の税収をすべて担保にしてもいい! だから今すぐ、このウィンドウを消せッ!』
ウィフレドの言葉に、私は心の底から呆れ、そして吹き出しそうになった。
横で聞いていたアルリック陛下の眉間にも、深い深い侮蔑の皺が刻まれている。
「将来の税収を担保に…? ふふ、あはははは!」
私は、お腹を抱えて笑った。
監査室に、私の軽やかな、けれど刃のように鋭い笑い声が響く。
『な、何がおかしい!』
「おかしいでしょう? 殿下。あなたは今、破産した会社の名義で、他国の銀行から追加融資を受けようとしているのですよ? …陛下、今の彼の発言、会計士として査定してもよろしいでしょうか?」
「ああ。徹底的にやってやれ、リゼット」
陛下が私の肩に手を置く。その温もりが、私の言葉にさらなる説得力を与える。
私は通信機に向き直り、スキルの全出力を解放した。
私の瞳の中に、アステリア王国の崩壊していく数式が、滝のように流れ落ちる。
「ウィフレド殿下。あなたの現在の信用ランクを教えて差し上げますわ。監査結果を公表します」
パチン、と私が指を鳴らす。
通信機の向こう側でも、そしてこちらのモニターでも、ウィフレド王子の「最終査定結果」が大きく表示された。
「…評価ランク、D。分類は『破綻懸念先』を通り越し、既に『実質破綻先』。資産価値、マイナス。担保能力、ゼロ。…いえ、マイナス五億MPね」
『な、なんだその数字は!? 意味が分からん!』
「簡単に言えば、あなたは『死んでも返せないほどの借金』を背負った、ただの無能だということです。そんな相手に魔力を貸し出すのは、投資ではありません。ただのドブ捨てですわ。…世界に対する不渡りを出し続けているあなたがたに、これ以上の延命措置は不要です」
『リゼット…! お前、私を見捨てるのか!? 昔の情というものはないのか!』
「情? あの日、私が差し出した『魔力貸借対照表』を投げ捨て、ゴミ扱いしたのはどこの誰でしたかしら? 殿下。会計士を怒らせるということは、世界中の『真実』を敵に回すということなんです」
私は冷たい目で、画面越しの男を見下ろした。
もはや怒りすらない。ただ、無価値なものを選別し、整理する。それが私の、この国での誇り高き仕事だ。
「これ以上、エルディアの貴重な通信リソースを浪費しないでくださいませ。……最後に一つだけ、専門家としてアドバイスを差し上げます」
私は、かつて彼が私を追い出した時と同じ、にこやかで完璧な礼を捧げた。
「貸し倒れリスクが高すぎますので、速やかに自己破産してくださいませ。あ、もちろん、自己破産の免責は『命』で支払っていただくことになるでしょうけれど…。さようなら、お客様」
『待て! リゼッ――』
ブツッ、と。
私は無慈悲に通信を切断した。
◇◇◇◇◇
監査室に、深い静寂が戻る。
私は深く息を吐き出し、デスクに手をついた。
「…終わりましたわ、陛下」
「ああ。見事な手際だった、リゼット」
アルリック陛下が、私の背後から優しく抱きしめる。
彼の胸の鼓動が、心地よいリズムで私の背中に伝わってきた。
「アステリアという巨大な腐敗が消え、世界の魔力循環はこれから健全化していくだろう。…それはすべて、君が勇気を持って『ノー』を突きつけたからだ」
「陛下…。私、あんな風に冷たく言い放つなんて、昔の私じゃ考えられませんでしたわ」
「今の君は、自分自身の価値を知る一人の誇り高き女性だ。さあ、リゼット。古い帳簿は閉じよう。明日からは、エルディアの、そして我々の未来を黒字にしていく、新しいページが始まる」
陛下が私の手を取った。
窓の外には、アステリアの崩壊など知る由もないエルディアの民たちが、活気ある声を上げている。
アステリア王国を私の心には、もはや一片の曇りもない。
私は、自分の手で選んだこの国で、世界で最も健全で豊かな魔法社会を築いていく。
(前回の続き)
ここまで自己破産手続きをした感想
けっこう簡単&けっこう大変
簡単な点
・思ったより手続きが簡単で弁護士さんの指示に従うだけ
・難しく考えることが少ない
大変(面倒)な点
・銀行口座を複数持っていたので、履歴を準備するのが大変(ネットバンキングとか普段使わない口座とか)
・個人事業主なので3か月分の収入を書き出すのが面倒
まとめると『弁護士さんの指示に従うだけなので楽だけど、必要書類の準備が面倒くさい』という感想に落ち着くと思う
悪いこと言わないから自己破産する前に、通帳に記帳したり口座を整理した方がいいよ
では次は意外な落とし穴の話をば
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