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夏目と少年と

作者: ココルル
掲載日:2025/12/06

 夏目は反対方向の電車に乗った。

 とある春の日、どうしても学校に行く気分にはならなかった。

 〈サボります〉と親に連絡をして、返信がくる前に携帯の電源を落とした。それから、こんなことする必要ないのに、と自分に苦笑する。

 車内に人はまばらだった。学校へ向かう車両なら、この時間はいつも満員だ。なんだか気持ちがすんと軽くなる。きっとこのうちの何人かは、反対方向の電車に乗っているのだろう。夏目は勝手に想像した。

 車窓からの景色はつまらなかった。

 クリーム色の家屋が忙しなく流れていく。それよりもずっと遅いスピードで、ひとりぼっちの太った雲が、薄い色の空をのんびりと後退した。

 つまらない景色を見ているうちに眠気がやってくる。夏目は目を閉じた。振動や音が心地よかった。春は車内も暖かい。夏目は穏やかな匂いのなかで眠りについた。乗客は夏目ひとりだった。

 

 目が覚めたところで夏目は降りた。海沿いの簡素な町だった。カモメが鳴いて、電車は次の駅へ向かった。

 夏目は歩くことにした。この町にも、人はまばらだ。

 海に沿って歩いていると、少年がひとり、かがんでなにかをしていた。

 近づくと、電車のおもちゃを地面に滑らせて遊んでいるようだった。緑色のTシャツに半ズボン、麦わら帽子をかぶった細い男の子だ。

 夏目は少年の隣に腰を下ろした。そこからは綺麗に海と空が見えた。

「なにしてるの?」

 夏目はきいた。

 少年は夏目のほうをちらりと見て、すぐに電車遊びを再開する。

「待ってるの」

「だれを待ってるの?」

「わかんない」

 少年はまた夏目のほうに目をやった。

 猫のように大きな瞳は、やけに静かだった。

「きっと来ないよ、その人」

 夏目が言うと、少年は「ふふっ」と笑って電車のおもちゃを力いっぱい転がした。スピードに乗った車体は、コンクリートの上を跳ねながら滑り、倒れて、海に落ちた。

「いま、来たみたい」

 少年は立って、夏目を指さした。

「待ってたの、私?」

「お姉さんは、どこから来たの?」

 少年の問いに、夏目は答えられなかった。

 自分がどこから来たのかなんて、とっくに忘れてしまっていた。

「わかんないよ、そんなの」

 夏目は少し、泣きそうになった。

「お姉さんは、どこにいくの?」

「‥‥‥死んだひとが、いくところ」

「それはどこ?」

「‥‥‥わかんない」

 少年はけらけらと笑って、夏目の額にキスをした。

「悲しいことはないんだよ」

 少年は言った。

「死んだ人のことは、誰かが物語にしてくれるの。ぼくのことも、お姉さんのことも、きっと誰かがつかまえて、物語のなかで生かしてくれる」

 夏目は少し不貞腐れていた。

「そんなの、意味わかんないし」

「意味なんてないよ。でも、そういうものなんだ」

「まあ、いいけど」

 夏目は立ち上がってスカートについた砂利をはらった。

「待っててくれてありがと。いこっか」

「どこに行くのか、決まったの?」

「‥‥‥うん、その誰かのところ」

 

 こうしてふたりは、ぼくのところへやってきた。

 ぼくは文才もないし、想像力もカラカラだから、きっと平凡な物語になるよと言った。

 夏目は不服そうだった。少年は笑っていた。

 ふたりの居場所を、ぼくは見つけなければならい。それがいつになるのかはわからない。

 でも、ぼくがまた物語をつくろうと試みたのは、とある春の日、こんな夢をみたからだ。

 

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