同期のマドンナ
「あら、ゼン君じゃない?」
覚えのある声に、ドキリとして振り返る。
そこには、会いたくて仕方がない女がいた。
「紅さん」
そんな言葉しか出ないことに、情けなくなる。
「やっぱりゼン君だ。お久しぶりだね。元気だった?」
相変わらずの天真爛漫にあてられて、こちらの言いたいことが出てこない。
「それなりかな?紅さんはどう?解析班に移ったと聞いたけど、うまくやってる?」
もっと他に聞き方があったな。口に出してから後悔する。
「うーん、それなりに、かな」
含み笑いで返してくる。
ああ、俺は君のそういうところに惹かれたんだったな。
この子を幾度忘れようとしたことか。
「なんだ?知り合いか?」
先輩の一言で現実に引き戻される。
「同期入隊の紅さんです。彼女とても優秀で、学校を首席で卒業しているんですよ」
「へえ、大したもんだ。」
「ゼン君がお世話になっています。彼、ちゃんと仕事してます?」
よけなことを。
「してないね」
こちらもよけいだ。
先輩も半分笑って返す。
おーい、行くぞ
「やべ、遅れたな。ゼン、行くぞ」
別の先輩が少し離れていたところから呼びかける。いつの間にかみんな移動を始めていた。
「いろいろ話したいけど、あとでまた一杯やろうよ」
「いいね。楽しみにしてるよ。私の隊はしばらくここにいるから」
「それでは」
小隊の皆とはぐれないように、人ごみをかき分けていく。
少し離れてから振り返ると、目が合ってにこやかに小さく手を振ってくれた。
全く悪意がなく、天然だから困る。
仕事ができて、愛想がよくて、文武両道、おまけに美人な女に、こんな対応されたらば誰でも勘違いするだろうに。
俺もその一人だ。
彼女、恋人はいるのかな。今でも一人なのかな。
そんな考えが頭をよぎる。
「ゼン、さっきのはお前の彼女か?」
制服を壁に掛けながら先輩が言う。
「いえ、そういうわけじゃないですが」
「なんだ、片思いか」
思わず荷解きの手が止まり、言葉が詰まる。
「お前、わかりやすいな。ただの世間話なのに」
先輩は苦笑いする。
「ええ、まあ」
適切に答えようがなく、とりあえず応答する。
「まあいいや、晩飯早く食べて、自然と隊を抜ければ会えるだろ。タイミングが大事だな。」
この人、親切なんだな。今更だが。
「ただし、今後の予定を報告する場も兼ねているから、そこは頼むぞ。隊員との付き合いは大事だからな」
「ありがとうございます」
「ただし、さっきの子の知り合いを俺に紹介しろ、いいな」
「はあ、なんとか」
食堂は宿の一階であった。
木製の長いテーブルに向かい合って座る。
その組み合わせがいくつもあり、半数以上が軍関係者で埋まっていた。
大混雑である。大声で騒いだり、すでに喧嘩をしているテーブルもある。
いかに帝国とはいえ、軍隊専用の町を作る事はせず、普通の町の施設を流用する。
そのため、民間人と相席になっているところもある始末だ。
そんなところに、人間味を感じる。
隊はあらかじめ決められたテーブルに座る。
俺は末席で、隣には例の同部屋の先輩。
向かいは俺の少し前に配属された先輩であった。
「君は東のどこ出身なんだ?」
少し離れた隊員が、ちぎったパンをかじりながら、こちらに尋ねる
「極島です。黄国からさらに東の海の・・・」
パンの隊員は少し目を大きくして驚いた様子で聞き直す。
「侍の国か?」
「そのように呼ぶ人もいますね。」
帝国に来てから、自己紹介すると鉄板ネタだと感じる。
「お前の家も士族なのか?」
士族という表現に、今度はこちらが驚く。詳しいな。
「ええ、まあ」
おお、と、会話を聞いていた隊員たちは、少し感嘆する。
パンの隊員は、今は酒杯を飲み干し、こちらを向いて、やっ!と切りかかるジェスチャーを小さくして、
「頼りにしてるよ、侍君」
と、笑いながら乾杯の仕草をこちらにした。
俺は微笑みながら乾杯に応えると、周囲の隊員もつられて行う。
杯をあけると、別の隊員から注がれる。その繰り返しで、すっかり酔ってしまった。
ああ、そろそろ勘弁してくれないかな。
そう思いながらも、なんとなく心地よさを覚えていた。
そして、紅とどのように合流しようか、何を話そうかと、いつしか夢の中で考えていた。




